第三話 ウルワシキシサンカ、シス
赤い幕が上がると、富子は勇と腕を組んで光り輝く中へ拍手に包まれて入っていった。
その間、角倉はそそくさと会場の隅に移動した。探偵にとって目立つのは都合が悪い。特にこの依頼を遂行する上では。
会場は角倉が今まで見たこともないほどに豪華に飾られ、たくさんの華やかな装いの人で溢れていた。まもなくして音楽が流れ始め、人々が踊り始めた。真ん中で踊っているのは富子と勇。その周りをたくさんの人がくるくると回る。あたりには耳当たりの良い音楽と耳障りな甲高い笑い声が響いている。
角倉はただ目の前を色とりどりの布が流れていく様子を眺めていた。段々と眉間にしわが寄っていくのを感じる。角倉にはこれが、この空間が、虚栄と自己愛に満ちているように感じられて仕方がなかったのだ。
「暇すぎて思わずこんなところに飛んできてしまったが、やはり来なければよかった。」
口の中でつぶやくと、吐き気を感じた角倉は会場の外に飛び出した。角倉が窓の外を眺めて呼吸を落ち着かせていると不意に、トス、トテ、トス、トテと、不規則な音がした。首を回すと会場の入り口の赤い幕が揺れている。
角倉はハッとして、まだ荒い呼吸のまま会場に戻ると音楽は変わって、人々はそれぞれ会話に花を咲かせていた。不可思議な動きをしている人はいない。角倉がそっと胸をなでおろすと、横に富子の秘書がやってきた。
「今の時間は休み時間です。ずっと踊るのは大変ですので。富子様は今別の部屋におられます。どうぞこちらへ。」
秘書のこの場には似合わない冷静な口調は角倉を幾分か落ち着かせた。
角倉は会場から少し離れた二階の小さい(小さいと言っても広い)部屋に通された。部屋に入ると中には数脚の落ち着いた色合いの腰掛、テーブル、扉の横に大きな鏡ときれいな花が飾られた花瓶と、先ほどの会場のような豪華絢爛な雰囲気はなく、角倉にとって居心地の良い空間が広がっていた。入り口で静かに立っていると華やかな赤いドレスに身を包み、先ほど会った時とはまた雰囲気の変わった富子と目が合った。
「角倉先生お待ちしておりましたわ。皆様、こちらは私の知り合いの角倉先生。学校の先生をしておられますの。角倉先生こちらは私の良き友人の林田末子。」
「末子です。あら、とってもスマートな方じゃなくて。仲良くしてくださいな。」
富子が紹介すると、富子とはまた違った美貌の女性が前に出て西洋風のお辞儀を披露した。その甲高い声は角倉をびっくりさせた。
「こちらは私の友人で会社の社長でらっしゃる北村健介さん。」
「いやあ、会社といってもたいしたことありませんよ、がはは。角倉先生、どうぞよろしく。」
北村は豪快な笑顔を向けると、筋肉質なごつごつとした手で角倉と力強く握手をした。
「そして中川清重さん。北村さんの秘書をされているの。」
「どうぞお見知りおきを。」
こちらは社長と違って、至極冷静。握手のために差し出した左手の薬指に指輪が光った。秘書という職業に就く者は皆冷静なのだろうか。
「勇さんと文子にはもうお会いになっているわね。」
勇は角倉に向かってよっと手を上げ、秘書の文子は会釈した。一通り紹介し終えると、富子は角倉に目配せをした。
「ねえ、角倉先生。先生は学校で何を教えていらっしゃるの?想い人はいて?」
末子が角倉に食いついてきた。お察しの通り、末子は面食いである。普段の角倉なら見向きもしないだろうが、今の角倉はどこかのお坊ちゃんなのだ。角倉がなんと返そうか考えようとした時、富子が横から間髪入れずに答えた。
「角倉先生は数学を教えていらっしゃるのよ。それから末子、みっともないから変な質問はしないで頂戴。角倉先生、ごめんなさいね。」
「もうー富子邪魔しないで。富子には勇さんがいるでしょ。」
富子が微笑みと共に勇と手を組んで見せると、末子はぷりぷりしながら窓の側へ寄ると、反射で髪をいじった。
まもなくして女中がワインとグラスが乗った台車を押して部屋に入ってきた。飲み物が全員に行き渡ると、富子が高らかに声を上げた。
「では皆様グラスをお持ちになって。私たちの友情がこれから先もずっと続くことを願って。」
全員がグラスに口をつけた。角倉は普段はお酒を飲まないのだが、このワインは芳醇な香りと言い、さらっとした飲み心地と言い、とても美味しく感じた。
「ウグッ!」
突然部屋に誰かの嗚咽が響く。
パリーン!
その人は床に鈍い音を立てて崩れると、けいれんし始めた。
爪が刺さり、赤黒いものが紅い首元を染める。
「はっ、ひぐっ、・・・ご、・・・め、ん」
かすれた声を最後にその人は動かなくなった。
部屋は静寂に包まれた。




