第十話 ハンニン
「はっはは!宝探しか。まあこんな立派な館なら何か隠されていてもおかしくはないな。そんで、なんか見つかったのか。」
「ええ、十万ばかりを少々。」
「十万だと?そんな大金がそこらに転がっていたら大変だぞ。」
驚きの声を上げる健介を横目に角倉は続けた。
「勇さん、事件が解決したと勘違いして祝杯を挙げるのは結構ですが、酔っぱらうにはまだ早いかと。」
「勘違いだ?もう犯人は分かっているんだぞ!早いも何もあるか、ははは!」
相当酔いが回っていると見える勇に角倉は不敵な笑みを見せた。
「いえ、まだ早いです。酔っぱらうのは無事にここから逃げ出せてからです。まあ僕は犯人を逃がすつもりはありませんが。」
「あ?」
「それはどういうことです?」
文子が思わず声を上げた。
「宝探しをしていたら、面白い事実が判明したんです。林田末子は寺門富子を脅迫していました。発見した十万は林田末子が寺門富子に要求したお金です。雨に濡れてお金が重くなっていて、運び込むのに苦労しました。」
角倉がやれやれというように肩を回すと、何か言いたげな警部を遮るようにつづけた。
「林田末子の家からはインクや紙などの証拠も見つかっています。仮に林田末子が犯人だとして、これからお金を手に入れるのに果たして殺人なんかするでしょうか?それも衝動的なやり方ではなく入念に準備された方法で。
富子さんは毒によって殺されました。毒はあらかじめ準備しておく必要があります。まさか都合よくこの館にあったなんてこと考えにくいですから。
では毒は誰が持ち込み、どのように富子さんが摂取したのか?皆さん思い出してみてください。女中によって運ばれたワインは同じ瓶からグラスに注がれ、皆が自由にそのグラスを取った。という事はグラスやワインそのものに毒を仕込むのは難しい。殺したい相手に毒が回らない可能性があるから。
そういえば文子さん、富子さんは部屋に移動する前に衣装を変えていますよね?」
「あっはい、勇さんの飲み物が富子様のドレスにこぼれてしまったので。」
「なるほど、僕が部屋に入ったとき富子さんの服は最初の深紅のドレスから赤いドレスに変わっていました。雰囲気も変わっていたのでおそらくお化粧も変わっていたのでしょう。
例えばそのお化粧に毒が仕込まれていたら。口から摂取したとすれば、口紅とかが怪しい。」
「そういえば私が部屋に富子様を呼びに行ったとき、部屋には富子様と勇様がいらっしゃいました。勇様が富子様にドレスに合わせて口紅も変えたらと勧められていたような。」
口紅という単語に反応した文子が勇の方へ目をやった。
「まさか、勇君、君がやったのか?」
健介が信じられないという様子で聞くと、勇は顔を茹でダコにして立ち上がった。
「は?僕はただドレスに合わないといっただけだ、ヒック。」
「畑山勇、落ち着け。寺門富子の部屋にあった口紅は五本、全て押収した。調べればわかる話だ。」
「おいおい、待てよ。確かに富子には口紅をあげたさ、でもその口紅に誰かが後から毒を仕込むことだってできたはずだぞ。例えばそこの女とか、秘書なら部屋に忍び込むなんてこと簡単だろ。」
「富子様はいつも化粧品の入った引き出しには鍵を掛けられていました。何でも昔女中に盗まれたとかで。その鍵もいつも富子様が保管されていたので私には無理です。」
「じゃ、じゃあ末子さんはどうなんだ?僕には末子さんを殺す動機なんて無い!」
「僕たちは一言もあなたが末子さんを殺したなんて言ってないのですが、まあ良いでしょう。あなたが末子さんの話題も出すという事は、富子殺しと末子殺しは同一人物だと知っているからですかね。」
その場にいる全員の視線が勇に集まる。
「ふざけるな!じゃあ遺書はどうなんだよ!俺が偽造したっていうのか!」
「小説とかだと、遺書は疑惑の目で見られることで有名な物のひとつ。そもそも、これからお金が入るっていうのに命を絶つとは考えにくい。まだ特別疑われてすらないのに。という事は遺書を偽造した人は林田末子が寺門富子を脅していたという事実を知らなかった人間になります。」
勇は少し黙ると不敵な笑みを見せた。
「それなら、僕じゃなくても末子さんが富子さんを脅していたことを知らなければ誰でも可能だ。まあ、いい。角倉さん、あなたはまだ若いからこういうこともあるだろう、僕を疑ったことは許そう。」
勝ち誇ったように胸を張る勇に角倉は淡々と告げた。
「お許しいただきありがとうございます。実は、末子さんの殺害現場には他の物も残されていました。ハンカチです。犯人が残したものと見られます。」
清重が微かに動き、何かを言葉を発そうとしたのを勇が遮った。
「はっ、じゃあそこの女が犯人だな。僕じゃない。」
勇の言葉を聞いた瞬間、角倉と警部の表情が消えた。
「畑山勇、なぜハンカチが村田文子のものだと分かった?我々はハンカチとだけしか言ってないぞ。」
始めはぽかんとした顔していた勇だったが、言葉の意味を理解するにつれ、険しく変わっていった。
「なっ、何となく。何となくそう思っただけだ!」
「はあー。こんなひっかけが通用するとは。
畑山勇、諦めろ。林田末子の家からある文章が見つかった。名前に力という字が入っている人が毒の調達を依頼したというものだ。勇、君の名前にも入っていたな。末子にそのネタで脅されたんじゃないか?一度やったことは二度三度するからな。」
「まあ今すぐお認めにならなくても結構。毒の入手元を調べて捜査すれば分かることですから。時間の問題です。」
興奮して立ち上がっていた勇は辺りを見渡すと、椅子に踏ん反り返った。
「あーあ!くそ、嫌気がさしたんだよ!あんな婆に付き合ってやったんだ、金ぐらいもらってもいいだろ。」
勇は今まで取り繕っていた脱げかけの仮面を完全に捨てるかのように、奥歯をかみしめながら唸り始めた。
「それをケチりやがって。僕と結婚するつもりだったらしいぜ。はっ、一生一緒なんて御免だ。はあ、これで自由だと思ったのに今度はもう一人の若作りの婆に邪魔されて。」
「つまり君は金銭関係で寺門富子と揉め、別れるために殺し、林田末子にそれで脅されたため自殺に見せかけて殺したことを認めるのか?」
「そうだよ。誰だって耐えられないだろ!言っとくが僕は何一つ悪いと思っちゃいねえからな。聞いた話だが、あの婆共人殺しらしいぞ。ははっ、人殺しを葬ったんだ、感謝してほしいぐらいだね。」
「やはり口紅に毒を?」
「そうだよ。口紅に毒は我ながらいい考えだと思ったんだがな。
あの婆、昔のけがかなんかで味がしないんだとさ。
あーそうだ、それと自殺に見せかけるような小細工は僕じゃないからな。」
「畑山勇、署まで来てもらおう。おら、行くぞ。」
瞳孔を大きく開き狂気的に笑う勇を見て、角倉は思わず身震いした。
現実で人殺しと相対したのは初めてだ。勇が警察に連行されて部屋に残ったのは、静寂だった。遠くから勇の高笑いが聞こえる。健介は今までの疲れが一気に出たのか頭を抱えながら椅子に座り込んだ。その横に清重が付く。
角倉は窓際に呆然と立つ文子の隣に立った。
さあ、これからが本当の答え合わせだ。




