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探偵角倉聡介~水鏡湖のセイレーン~  作者: はつき


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第十一話 シンジツ


 今までの推理は角倉にとっては本番前のお遊び。勇の犯行は念入りに準備され、計画されているようであって、実際は実に単純な感情に先行されている部分が多々見受けられた。詰めが甘すぎたのだ。



「今回の推理はなかなか雑でしたね。雑な犯行には雑な推理しか生まれません。ここで一つ、お口直しに私の独り言にお付き合い願えませんか。」



文子は微動だにせず次の言葉を待った。



「これは十年前のお話。ある寒い冬の夜、湖の孤島に佇む館に招かれざる客が訪れた。顔見知りでもなければ夜に孤島を尋ねて来る者は警戒されるだろうから、その客人はおそらく館の主人と何らかの関わりがあったのだろう、館の主人はその客人を中へと招き入れた。しばらくしてなのか、すぐなのかは分からないが、客人、いや、その殺し屋は夫妻を刺殺した。その後殺し屋は長男の部屋へ向かい、そこで長女と幼い長男を刺殺、館に火を放った。


警察は一家全員が死亡したと判断したが、実は次女だけは生き延びていた。次女は何らかの方法で館を抜け出し、湖を泳いで対岸にたどり着いた。冬の湖はとてつもなく冷たい、次女は凍傷になり足には障害が残った。次女は今も足を引きずって歩いている。その次女はこの館から離れたどこかで育ち、事件のことを調べた。黒幕を突き止めた次女は叔母の元へ復讐心と共に村田文子という偽名で潜り込んだ。

すぐに復讐しなかったのはきっと、殺し屋の正体が分からなかったから。」



角倉の独り言をどこか遠くを見つめながら聞いていた文子は眼鏡をはずすと、寂し気な笑みを漏らした。



「ふふ、まるで現場にいたみたいですね。なぜそこまで知っているの?」



「私は想像力が豊かすぎる性質なので。」



文子は角倉と向き合うと、静かに言った。



「私は寺門静子、家族を殺されておきながら復讐を果たせなかった惨めな女です。あなたみたいな人が当時の警察にいればこんな惨めな思いしなくて済んだのに。いつからお気づきに?」



「あなたの表情にずっと違和感を感じていました。ずっと苦し気で我慢しているように見えた。一番の決め手は目元のほくろ。寺門富子の部屋で見つけた写真に写っていたふてくされた顔をした女の子もあなたと同じ位置にほくろがありました。それに眼鏡のおかげで最初は気づきませんでしたが、写真に写るお母様の面影もあります。」



「ほんとに皮肉ね。会って間もないあなたは気づくのにあの女は何一つ気づかなかった。


そのふてくされた少女の反対側に可愛らしい少女がいたでしょう。姉は本当に優しい人だったのよ。私たちの面倒を見てくれて、いつも笑顔で。そんな姉があの夜、険しい顔で私の部屋に駆け込んできた。私たちの両親を刺された時、姉はあの場にいたの。姉は私を叩き起こすと、私に窓から逃げるよう言った。その後多分弟の部屋に行ったんだと思う。

私は庭の木の上で待っていたの。いくら待っても姉たちが来ないからどうしようか迷っている内に窓から赤い炎が見えた。姉と弟を助けに行こうとした時、庭に顔は見えなかったけど首に大きな傷がある男が出てきたの。姉が言っていた私の両親を殺した人だと直感的に思った。恐怖で固まってしまって、男が木に近づいてくるのに、何もできなかった。


その時、湖から歌声が聞こえた気がした。知ってる?この湖にはセイレーンの伝説があるのよ。母がよく話してくれたの。歌声を聞いていたら、湖に飛び込んでいた。それから気づいたら対岸についていて、また目を開けたら病院にいた。その後しばらくは言葉を発するのが億劫で黙っていたら、ここから離れた場所に孤児院に引き取られた。後はあなたのお話通り。


私の大事な家族の写真があの女の手にあったなんて、不愉快だわ。」



家族の話をする静子は今までかぶっていた仮面が外れたかのような優しい表情をしていた。しかし憎き女を思い出したのか最後に苦々し気に吐き捨てると、トス、トテ、トス、トテと窓の横にある腰掛に座り込んだ。



「ところで、その憎い女と共犯の女はその恋人の手によって殺されました。恋人は共犯の女を殺した時小細工は行っていないと頑なに言っているそうです。

その恋人は遺書の話が警部から出たとき、『それはどういうことだ』と言い、心底驚いているようだったので、おそらく遺書のことは本当に知らなかったのでしょう。

では、一体誰が偽造したのでしょう。」



静子が質問の意図が分からず質問者を見上げると、彼の視線はなぜか静子ではなく部屋の隅に佇んでいる清重にあった。


角倉の頭の中では単純な消去法が行われた。まず使用人たちには末子の死因を自殺に偽装する理由があったとは考えにくい。という事は残った静子、清重、健介の中に偽装犯はいることとなるが、女性一人の遺体をつるすならばそれなりの力が必要である。か細い静子には無理であると考えざるをおえないが残った二人の男性には可能である。ではどちらが動機を持つか。



清重は深いため息をつくと、静子に淡い桃色に桃の花の刺繍が施されたハンカチを手渡した。



「これが林田末子の遺体の側に落ちていた。」



「ハンカチが静子さんの物であると分かり、静子さんを庇おうとした。」



「ああ。でも私の勘違いだった。

あの朝、皆が食堂に集まる前、私はナイフを持って林田末子の部屋に行ったんだ。富子が死んで、殺し屋に関する情報を持っているのは末子しかいなくなってしまったから、ひるんでいる暇はない、脅してでも聞き出そうと思って。しかしノックをしても反応は無かった、扉の鍵も開いていた。開けたら、あの女は既に殺されていた。予想していなかったことが起こって絶望してしまったんだ。やっとここまで来たのに、その手掛かりが目の前で息絶えているんだ。しばらく突っ立っていると、足元に静ちゃんのハンカチが落ちていることに気づいた。和子の刺繍が入っていたからすぐに分かった。

てっきり静ちゃんがやったのかと思って、咄嗟に遺書を書いて、遺体をロープで釣り上げた。何もかもが無意味なのにな。」



清重は苦笑いをしながら銀色の眼鏡いじった。



「なんで?」



部屋にか細い、頼りない声が響く。自分が庇われていたことに、もしくは自分の愛称を知っていることに驚く静子に角倉が紹介した。



「長女の和子さんの婚約者さん。ずっとその指輪していたんですね。」



「ずっと、前に進めない婚約者を見て和子はなんていうかな。村田文子が静子だってことはすぐに分かったよ。和子は君たちの写真をしょっちゅう見せてくれたから。

君は大好きなお姉ちゃんを取られると思って僕のことを毛嫌いしていたけどね、ははっ。」



清重は左手に視線を落とすと、寂し気に薬指をさすった。


大粒の涙が落ちた。




 虹の下を通る帰りの船は実に穏やかだった。行きの船で感じたような威圧感はなく、変わりに穏やかな風が頬を撫でた。虚栄心と欲望、復讐心が渦巻いた館はまるで憑き物が落ちたかのように佇む。


静子が角倉の近くに座った。



「この湖、綺麗でしょ。幼いころ家族みんなでよく遊んだわ。今思い出したんだけどね、あの夜、湖を泳いでいた時、本当は気を失っていたの。でも誰かに抱えられて気づけば岸にいた。私を抱えてくれた腕は暖かくて、周りには優しい音色が響いていた気がする。もしかしたらお姉ちゃんが助けてくれたのかも。」



そう言って微笑む静子は最初に会った時とは別人のようであった。船が湖畔にたどり着き、角倉が降り立つと湖から微かに誰かの歌声が聞こえた気がした。温かい優しい音色はまるでありがとうと言っているようであった。





「聡介、寝てないでそろそろ起きろ!ったく、鍵は閉めろと何度言えばいいんだ。」



埃っぽい事務所に響く氷室の声に角倉はしぶしぶ目を覚ました。



「なんだ、敬来ていたのか。前も言ったろう、うちには盗むものなんてありゃしないよ。」



「ああ言えばこう言う。大体だな、君のそのひねくれた好奇心のせいで事件に巻き込まれたんだぞ。こっちの身にもなってみろ。」



「失礼な、純粋な好奇心です!てか、心配してくれたならそう言ってくれればいいのに。」



「心配じゃない、迷惑だ!」



角倉は心配という言葉に過剰に反応する氷室の様子をしばしの間楽しんだ。氷室は居心地悪そうに眼鏡をいじると、横目で話を変えた。



「そういえば、この前の事件の殺し屋だが、まだ見つかってないらしいぞ。気にならないか。」



「うーん。しばらくはいいかな。それより喜びたまえ敬一郎君、角倉聡介しばらくは暇という病気にはかからなそうだ。」



                 完




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