王の名において汝に命ずる!
甲高い高周波を上げて、ぐいぐいと切っ先が押し込まれていく。
一秒刃を当てるだけで、数千回の斬撃が叩き込まれた。
「そんなバカなッ!? あり得ない!」
「聖剣なら奇跡を起こすくらい、できるんじゃあねぇか?」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! だ、第一、エイデン様の剣なら僕に従うはずだ! 従うべきなんだよ! 切っ先を向けるのはこっちじゃないだろうが!」
光剣を振るい、リンの刀身を弾こうとしたナルシスだが、超振動するリンに触れた途端、妄想の産物たる光剣はバラバラに砕け散った。
「どっちが偽物かわかったんじゃないか?」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
獣のように吠えるナルシスに、俺は渾身の突きを打ち込んだ。
壁に阻まれ軌道をねじ曲げられてなお、刃はナルシスの脇腹をかすめた。
この世界における自称、神の体に傷を負わせたのだ。
赤く染まった神官服に男は涙を浮かべる。
「痛いよぉ……許せないよお前ら! ゴミの分際でさぁ!」
俺はリンをまっすぐ男の顔に向けた。
「今すぐこの聖域を解いて罪を償うと誓え」
「僕に指図するなんてバカだねぇ」
「違う。最後の通告って奴だ」
「そういう台詞はさぁ……格上が言うもんだよ?」
不意にナルシスの姿が忽然と消えた。
振り返り銀剣をイヴめがけて投げ放つ。
「ちょッ! ダーリンッ!」
飛び退くイヴ。そこにフッとナルシスが姿を現し、イヴを捕まえようと手を伸ばした。
その手の甲を銀剣が貫通する。
「ひぎゃああああああああ!」
悲鳴を上げて男はのたうち回る。俺は指でクイッと呼ぶようにしてリンを戻すと再び握り直した。
「追い詰められると人質取ろうとするとこは、フォーボスと似たもの同士だな」
なお、クロエはといえば獣人的直感をフル動員し、瞬時に跳んで回避していた。
ナルシスがクロエを狙っても不発だったろう。
イヴが両腕を上げて抗議する。主に俺に対して。
「ぶーぶー! いきなり剣投げてくるなんてダーリンやばすぎるわよ! リンちゃん刺さったら出会った時の再現になっちゃうんだから!」
「悪かったな。けどリンならうまくお前の体を避けてくれるはずだぜ」
オーブが青く光った。
あっ……別に刺さってもいいや的な感じだったのかよ。
ともあれ、血まみれの手を押さえながらナルシスは地面に膝を突いて震えている。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
呪詛の言葉を繰り返し、悪鬼の形相を浮かべた男。
引導を渡す時が来た。
「そりゃあお前の台詞じゃねぇよ。クロエのもんだ」
獣化した少女が尻尾を膨らませた。
「私だけではない。この男の私利私欲を満たすため、多くの者が犠牲になった」
俺は銀剣を振り上げる。ひいっと声を上げてナルシスは下を向き、頭を守るようにした。
手から流れる血もお構いなしだ。
「ぼ、僕は人間だぞ!? 魔族とは違うんだ! 殺せるのか?」
「魔族だからとか人間だからとか関係ねぇよ」
「嫌だ死にたくない! なんで聖域なのにお前なんかが僕を傷つけられるんだ!?」
「顔を上げろ」
「指図するな! 路上の雑草にも満たないゴミのくせに! 僕はつぼみなんだ。この国の中心で大輪を咲かせるはずなのに!」
「こっちを見ろって言ってんだよ」
声で圧をかける。
普段は余計に怖がられるんですごむようなことはせんが、ナルシス相手ならかまわないだろう。
こいつに好かれたいなんて死んでも思わん。
男は恐る恐る顔を上げた。
視線が俺の額に集まる。
俺自身も力が解放されているのがわかった。
「俺の額のこいつをどう思う?」
「う、嘘だ!? なんで……完璧な形の聖王印なんて……」
「この国じゃあ偉いんだよな? 偉い奴はなにしたっていいんだろ?」
「あう……ううあああああ!」
「だからテメェは俺が……裁くッ!!」
銀剣をストンと振り落とした。
男がドサリと倒れる。
聖域の空間に亀裂が入り、闘技場も観客の幻影も雲散霧消した。
聖堂の真ん中に続く赤い敷物の道に、ナルシスがうつ伏せて倒れたまま動かない。
口から泡を吹き白目を剥いて気絶していた。
クロエが背後から俺の肩にそっと手を乗せる。
「貴様は甘い男だな。おっと振り返るな。聖王印を向けられては私もだな……貴様の圧にあらがえずうっかり服従してしまうかもしれぬ。ちんちんなど命じられたら恥じらい乙女の私は自害してしまいかねん」
お前のどこに恥じらい要素があったんだ。と、思いつつも俺は頷くだけにした。
まだ終わっていないのだ。
サキュバスに訊く。
「なあイヴ……聖王印ってのはなんだっけか。管理者権限みたいなもんがあるんだよな?」
「え? えっと……よくわかんないけどそうなんじゃない?」
しらの切り方を頭の中で辞書引きしてそうな間があったぞ。
「ナルシスの聖印を消す方法とかあるといいんだがな」
「だったら直接触れて回収しちゃえば? 聖印の王の名においてその力を剥奪する……とか?」
「直接触らなきゃいかんのか。こんなやつと握手すんのも気が引けるんだが」
クロエが「だったら手首ごと切り落とせばいい」と言う。
「それよりも五体満足で体に傷もなく聖印だけがなくなった方がショックは大きいんじゃないか?」
イヴが尻尾をぴんと立てた。
「ダーリンってばナルシスのこと本当にやっちゃわないつもりなの? 魔族視点で見ても酷いやつよ?」
「こいつにとっちゃ自分を支える一番のものが無くなる方が地獄なんじゃねぇか? 今まで身内相手にも聖印の格とやらで無茶な要望通してきたんだろう。なくなったとなりゃ、他の人間たちがどういった反応をするか……って思ってな」
「じゃあ死ぬよりつらい生き地獄コースってことね?」
「ま、ナルシスのことを慕ってくれる人間やかばってくれるやつがいれば、生き地獄なんてことにゃならんだろ」
クロエが小さく息を吐く。
「つまり絶望的ということだな」
元部下の言葉だけに説得力がある。
「なあクロエ。お前が望むなら……」
言い終えるよりも先にクロエは黒髪を左右に振った。
「ダーには命を救われた身だ。フォーボスは滅した。きっと私の仲間たちも貴様の選択を尊重するだろう。ナルシスは貴様が手を汚す価値のない人間だ」
言いながらも少し残念そうにふわふわ尻尾をたれる。そのままクロエは続けた。
「無論、フォーボスとの契約した証拠も提出するぞ。この男がネチられるのが楽しみだ」
イヴも玉虫色の眼差しを向けて俺に頷く。
「じゃあ、意見は全員一致ってことで……やってみるか」
意識を額に集中する。
ナルシスの手に浮かぶ聖印に触れて宣言した。
「聖印の王の名においてその力を剥奪するッ!」
命じると刺繍の糸がほどけるようにナルシスの手の聖印は消える。
敵意をもった聖印の反応が消え、俺の額の聖王印も鎮まった。
と、同時に――
「ダーリン見て見て! なんか子宮がぽっかぽかなの」
イヴの腹部に浮かぶ魔印が輝きを増す。
もしかして……ナルシスの聖印は消えたんじゃなくて、根源たる大淫魔の元に戻った……ってことか?
恍惚の表情のイヴに一抹の不安を覚えるものの、ひとまずこれでクロエの仇討ちは完遂だな。
次でエピローグの予定です




