そして黒幕へ
日が落ちて――
ツグーノの町に戻ると、まずはボロボロになった身なりを整えた。
イヴは相変わらず地味目な冒険者服だ。
俺も似たようなもんである。
クロエは修道女服だが、スカートの後ろ側にスリットが入ったものにしたそうだ。
獣化した時、尻尾の都合が良いんだとか。
支払いをする。不思議と服屋の店主は俺を怖がらなかった。
もちろん「無料で差し上げます!」なんてこともない。
誰も彼も反応が至ってまともだ。
幸せである。何も意識しないで普通に接してもらえるなんて。
額の十字傷が消えただけで、こんなに違ってくるもんなのか。
買った服におのおの着替えて店を出る。
街路を三人並んで歩いた。自分の額を指さしてクロエに訊く。
「やっぱ聖印ってやつのおかげなのか?」
「街中でうかつに出すでないぞダーよ。それと貴様の印は特別だ。印を解き放つということは、ちんこを出すようなものだと心得よ」
「言い方にイヴの影響が出てんぞ?」
「そ、そのようなことはないぞ! もしかすればその……私の聖印にイヴイヴの力が混ざってしまった影響が微細なレベルで存在するが……ただ」
青い瞳が揺らぐ。
「なんだよ?」
「貴様を獣化できる魔族がいれば、そのときには是非、一族復興のきょ、協力をしてほしいのだ。無論……イヴイヴのあとで良いので」
「良くねぇだろ」
「ぬっ……うぐぐ」
頬を赤らめ女は顔を背けた。
獣系の魔族には今後、要注意だなこりゃ。
ちなみにイヴはといえば親指を立てて「あたしが一番なら一向にかまわん」だそうだ。
サキュバスはハーレム肯定派である。さすがルヴェリア聖王国の国母様と言うべきか。
ともあれ――
女神教団職員曰く、俺は今まで制御不能で全身から溢れていた聖力を留められるようになったとのことだ。
ただ、自分の意思で印を出すのが難しい。つーかできない。なんかの拍子に発現した時は、クロエとイヴで押さえ込む手はずである。
どうすんのか具体的には知らんけど。
イヴが指でOKサインを作って上下させた。
「聖力がたまったらいつでも発散させたげるからねダーリン」
「また指でぶひぶひしたいのかお前は?」
「やだやだやだー! 突っ込むなら指じゃなくておちんぶひぃ!」
「言わせねぇぞ」
最後まで耳を貸さず俺はサキュバスのおでこを人差し指で弾いた。
教会の聖堂前でクロエが立ち止まる。
「ついたぞ。一同、気合いを入れ直せ」
俺よりも先に銀剣がさらしに巻かれた刀身を振り回し、オーブを七色に発光させて興奮気味だ。一番殺意……もとい気合いが入ってるかもしれんな。
イヴがおでこを手のひらでさすりながら、つばを飲み込む。
「国家権力を相手に下手なことをしたらダーリンがお尋ね者になっちゃうかもしれないし、あんなやつスルーでいいじゃない」
俺はイヴの前に立ち、両肩を掴んでじっと見つめた。
「放っておけばクロエの故郷みたいなことが繰り返される。俺たちで止めなきゃいけないんだ」
上級司祭ナルシス。
魔族フォーボスと結託してクロエの故郷を滅ぼした元凶だ。
黒衣の執行者は青い瞳に炎を燃やした。
「証拠は押さえた。奴が契約を破棄しようが書類を燃やそうが、こちらにはフォーボスのものがある。この契約書を魔力鑑定をすれば奴の……ナルシスの犯罪を立証できるだろう」
白化した魔族の遺骸から、クロエはきっちり取るべきものを取っている。
「なあクロエ。お前はナルシスを……殺したいほど憎んでるよな?」
クロエの手元で鎖がジャラリと音を立てた。
「ああ、殺してやりたい。今すぐにでも」
俺も聖人君子にゃなれん。夢に見た先祖みたいな殊勝さは持ち合わせてない。
ナルシス一人を暗殺って手もあるだろう。
個人的な復讐を考えれば悪くない選択だ。
もしすべてが明るみに出たなら、とんでもないことになる……とは、クロエの言葉だった。
国を支える女神教団の幹部級が魔族と通じていたなんて、人々が知れば信仰が不信に変わりかねない大醜聞。
社会に与える影響は測りかねい。
ナルシスは現在の王家の外戚だ。
聖印を持つからこそ選ばれた貴族たちへ、民衆の反感は高まるだろう。
王家にも飛び火しかねない。
女神教団が築いた信頼も失墜。その下部組織たる冒険者ギルドにも影響が出るだろう。
かといって非公開にして処分を教団に委ねられるだろうか?
フォーボスがこぼしていた。
自分たちだけじゃないと。
ブラフの可能性もある。
けどよ……。
魔族と組んだ司祭がナルシス一人とは限らない。
すでに国の中枢に魔族が入り込んでにるかもしれん。
そもそもこの国自体が、エイデンがイヴと契約してできたんだから。
玉虫色の瞳が俺に訴える。
「魔族と結託して自分の欲望を満たそうとするなんて、人の道に外れてるわよ。金! 権力! 地位! 名声! 魔族に頼ってなんでも得ようだなんて、人間としての尊厳は無いわけ?」
お前が言うな案件である。
「やめろイヴ。俺たちにも当てはまるぞ」
「ぐはっ! かろうじて致命傷だったわね!」
「致命傷はかろうじねぇよ」
「おーけーおーけー。落ち着いてくださいね。危うく墓穴を掘るとこだったわ。掘るなら墓穴よりおけつがいいに決まってるもの! ダーリンお尻出しなさいよ!」
余計な一言、二言、三言と重ねてコンボで悪化させるのやめーや。
つーか、時々俺、狙われてるよな。
自分の尻を手で守りつつ――
「三人ともこれだけは守ってくれ。他の人間は傷つけるんじゃねぇぞ」
イヴが頷く。
「そうよね。衛兵とかが出合え出合え~! しても、みんなナルシスに騙されてるんだし」
黒髪の少女も「わかっている。手加減しよう」と腕の鎖をジャラリと鳴らす。
ちょっと心配なんだが。
気を取り直し告げる。
「やつが……ナルシスって男が本当にどうしようもなければ……俺に任せてほしい」
クロエの髪がぶわっと逆立つ。尻側のスリットから黒獣の尻尾がふわりと広がった。
「その役目も権利も私のものだぞ」
「無茶やらかして、お前がいなくなったら今度こそ一族が途絶えちまうぜ」
「ダーのくせに……反論できぬ」
イヴが俺に抱きつく。
「けどね、ダーリンだっていなくなっちゃやだよ。故郷の島から追い出されたのかもしれないけど、いなくなっちゃったら、あたし……寂しいよ」
少女の桃のような香りも押しつけられた胸の弾力も、こうして生きてるから感じられる。
ここにいるから温かいんだ。
そっとピンク髪を撫でた。
「俺だってお前のそばにいたい。だから可能な限り全力で、穏便に済ませる」
俺の胸に顔を埋めてイヴは一度だけ「うん」と頷いた。
教会の聖堂に踏み入る。
並ぶ長椅子。真ん中に赤い敷物が道を作り、説教台が設置されている。
三人と一振りの剣が伴って奥へ。
見上げれば天頂から左右に、ステンドグラスで彩られた建国神話の物語が飾られていた。
悪しき魔族に聖剣を突き立て倒したエイデン王と、祝福を与える女神の構図だ。
俺の見た夢とは違っていた。
そして――
聖堂の置くには白い大理石で作られた女神像が架かっていた。
両手を広げた姿は神々しい。
ただ、相貌は「無い」のである。
「なあクロエ。なんで女神像がのっぺらぼうなんだ?」
「人の想像の数だけ女神には顔があるという教えだ。というが実際はわからぬ。首都エイデントロワの聖庁にはオリジナルがあるらしい。まあ、最高司祭でもなければ見ることもできぬ聖遺物だがな」
顔の無い像に不機嫌に中指を立ててから、振り返りイヴは訊く。
「聖遺物ってなによ?」
「真の顔を持つ女神像と聖剣……。いや、剣そのものはエイデン王が倒した魔族に突き立てられて現存せず、持ち帰り残された鞘のみが聖遺物として厳重に保管されているという話だ」
さすがに教団職員だけあって、色々知ってるんだな。
不意に背後に気配がした。
「おやぁ。クロエ君だけかと思ったら君らまでいるんだね?」
ゴージャスな金糸の刺繍入り神官服に袖を通した嫌味な優男――ナルシスのご登場だ。
クロエが冷たい視線を浴びせかける。
「約束の時間より早いようだが」
「仕事ができる男は常に五分前行動。先手先手を打つものだよ。それにしてもクロエ君……口の利き方がなってないんじゃないかい? 有給期間中でも僕は直属の上司様……だろ?」
皮肉っぽく口元を歪ませる男に、クロエは今にも牙を剥きそうだ。
しかし、こんなにあっさり姿を見せるなんて、どういうつもりだ?
俺はこっそり手元にリンの柄を呼び寄せた。
この先、何が起こるかは予想もできん。用心だけはしておきたかった。
1.ナルシスをどこまで処すか悩み中。少し時間をください。
2.スクエニとアーススターの公募に出してみました。応援よろしくお願いします。




