今から○○したいと思います(淫魔感)
ふらふらになりながらサキュバス少女は、なんとか立ち上がろうとする。
「おいイヴ無茶すんじゃねぇよ」
「ダーリンこそ女の子が泣いてるのに、放っておくわけ? そんなダーリン見損なっちゃうんだから……」
俺に寄りかかり体重を預けたまま、サキュバスは立ち上がった。
フォーボスの顔を指さす。
「そもそもあんた人間にこき使われてる雑魚魔族じゃない。ざーこざーこ♥」
「なんだ小娘? 俺様に手も足もでなかった分際で」
「打撃中心? 笑わせないで。あたしのこと角でどつきまわして斬りまくったでしょ。クロエの村の人たちも斬りつけられてた。ずばり! あんたが真犯人ね! それにやけどだってたいまつ使うとか、あとからどうとでもできるでしょ? 映像証拠も全部ねつ造よ!」
「見当違いな推理をゴリ押すな小娘が」
「そもそも自白してるじゃない? 悪夢を見せて恐慌状態にしたって。それが元で殺し合いが起こったなら、やっぱり全責任はあんたにあんの!」
「それがどうした? 魔族が他の下等種族を支配し蹂躙するのは普通のことだろうに。大切なのは身内殺しをさせたってところだ。禁忌と大罪。自責につぶれかけて魂が上げる悲鳴を聞きたいんだよ俺様は」
フォーボスは両腕を振り上げ雄叫びを上げた。
「世界に絶望と恐怖を! お前たちも俺様の夢の糧にしてやるぜぇ!」
牛が舌なめずりをする。
魔族に心を操られてやったこと。
と、割り切れるんならクロエはこんなに苦しんでねぇよ。
俺は青い瞳に訴える。
「クロエ……お前のことだから自分で自分を許せないかもしれねぇ。けど、悪いのはフォーボスだ。このままクソ野郎の言われるままにやられちまっていいのかよ?」
「私が……みなを……殺したのだ……事実は変わらない。この手に残る感触は……悪い夢などではなかった。いずれお前たちのことも……」
「うっせーよ。いずれもなにも。最初に俺をギロチンにかけておいて今更なに言ってやがんだ! こっちはもうとっくに一度やられかけてんだよ!」
「ダーよ……急になにを言い出すのだ?」
「生きてんだろうが! 死んでねぇだろうが! 俺はお前にやられるほど柔じゃねぇ」
イヴも自分の足だけで立ってうんと頷く。
「クロエは悪くないわよ! 何度でも言うわ! クロエのせいじゃない! 全部そこのデカ物雑魚魔族の責任よ!」
銀剣が地面に文字を刻んだ。
『立ち直らないと殺す』
じゃらり……と鎖が音を立てる。
闘気が……満ちた。
黒髪の少女の肩から力みが抜けて、背筋がピンと伸びる。
少女が顔を上げる。
「私は死ぬまで罪を背負おう。だが命を返すのは……今日ではない。貴様を斃すのが贖罪の始まりだ」
クロエは俺たちに視線を向けると小さく会釈する。
もう大丈夫そうだな。
途端に目の前が暗くなりかけた。足の感覚が無い。血が足りない。
「ちょ! ダーリンしっかり!」
ピンク髪の淫魔は今にも泣きそうだ。頭を撫でる。
「大丈夫だ。んな辛気くさい顔すんなって」
「うう……嬉しいけど! ダーリンによしよししてもらって嬉しいけど!」
それどころじゃないよな。
黒牛鬼の肩が震えた。
「甘美な恐怖が消えた……だと?」
黒衣の魔族狩りはショートボブを左右に揺らす。
「消えたのではない。恐怖も後悔もある。独りでは乗り越えられるものを……私の仲間が克服させてくれたのだ」
独りじゃきっと立ち直るきっかけもなかった。少なくとも俺ならそうだ。クロエも同じなんだな。
俺たちがここにいるだけで、力になれたのかもしれない。
黒牛鬼が形相を浮かべた。
「ならば目の前でその仲間ってやつをなぶり殺しにしてやろう! お前と出会ったからこいつらは死ぬんだ! ぬわっはっはっはっは!」
俺はイヴを背にかばうと手元にリンを引き寄せ構えた。
フォーボスが狙ってくるのは俺たち……というか一番弱いイヴだ。
裏を返せば俺とリンがイヴを守り続ける限り、クロエが黒牛鬼を攻撃できる。
「クロエ! 攻撃は頼むぜ!」
「私に指図をするな! あとクロエちゃんかわいいって言えッ!!」
鎖に蒼い炎をまとわせ振り回し、フォーボスに襲いかかる魔族狩り。
俺は声援をあげた。
「よし行けがんばれ手鎖じゃら子!」
「誰がじゃら子だッ!!」
ツッコミ返しも上々だ。やっと調子が戻ったクロエについ嬉しくて笑顔になる。この場に子供がいたらきっと泣いてるんだろうな。俺の顔見て。
なんてことを考えながら、迫り来る巨大な拳を銀剣で受け流した。
その間に鎖鞭がフォーボスの背中をえぐるように打つ。
が、炸裂する寸前で巨体がかすみがかってフッと消え、瞬時にクロエの後背に浮かび上がった。
「後ろだクロエ!」
声に反応し、魔族狩りの女は手元に鎖を戻して腕を十字にし跳ぶ。フォーボスの岩のような拳を鎖ガードした腕で受けた。
派手に吹っ飛ばされたがクロエは地面を転がりながら受け身をとって、スッと立ち上がり戦闘態勢を崩さない。
高いところから落っこちた猫みたいなしなやかさだ。
きっと自分から跳ぶことで打撃のミートポイントをずらして、威力を殺したんだろう。
黒牛鬼は自分の右腕を見て首をかしげた。
「少なくとも折ったと思うんだがなぁ。まるで綿でも殴ったみたいに手応えが無いな」
クロエが鎖をじゃらりと地面に落として告げる。
「腕力に頼った貴様の戦い方では、ダーの足下にも及ばんぞ」
俺も我流で力押しするタイプだけど、殴り方も蹴り方もそれなりに工夫はしてきた。
フォーボスにとって戦いは、自分が作った泡界に相手を引き込み、有利な状況で一方的に暴力を加えることなんだろう。
技術や戦闘経験ならこっちが上。
しかし……だ――
やつが瞬間移動で攻撃を躱すのはやっかいすぎる。
いくらリンの一閃が強力でも、まともに当てられなきゃ持ち腐れだ。
フォーボスの泡界から出ることもできないんじゃ、じり貧だっつーの。
イヴが寄り添うと俺の顔を見上げた。
「ねえダーリン……チューして」
「今の状況わかってんのか? そういうことはタイミングが大事だろ」
「今がばっちりなの! ねーお願いだからチューして! ベロチューじゃなくていいからぁ! エッチもお預けでいいからぁ! ね?」
無茶苦茶言うが、玉虫色の瞳は真剣だった。




