諦めんなよ! もっと熱くなれよ! (太陽神より)
一周してきた俺たちに黒牛鬼がため息混じりの笑みをこぼす。
「泡界は閉じた。どうだ? 絶望したか? もっとゆっくり会話を楽しんでいけよ人間ども?」
どうりで追ってこないわけだ。
ああ、面倒くせぇ。
ナルシスとの契約だのの話をしたのも、俺とクロエを逃がさない自信があったからってか。
「だったら楽しんでやるぜ。テメェをぶっ倒して外に出る!」
「威勢がいいなぁ小僧。そういう口は攻撃を一発でも当ててからきくもんだぜ?」
イヴを抱えたままじゃ戦えない。
クロエが吠える。
「ダーはイヴイヴを守れ。フォーボスは私が狩る」
クロエの体が一回り大きくなり、全身に美麗な黒い獣毛が広がった。
半獣化だ。服がはだけて胸の聖印が灯った。
炎の鎖を鞭のごとくしならせて黒牛鬼を乱打する。
まるで蒼い嵐だ。
これじゃあ加勢しようにも近づけねぇ。
フォーボスは瞬間移動を繰り返す。クロエは直感と鎖の広範囲な攻撃で、標的の出現位置に攻撃を「置く」ようにしていた。
ついに動きを捉えきり、黒牛鬼の腕に鎖を巻き付け締め上げる。
「捕まえたぞッ! 焼き尽くせ蒼の炎よッ!」
フォーボスの右腕が蒼炎に包まれた。が、余裕の表情だ。
「捕まってやったのがわからんとはな。その炎……懐かしい」
「戯れ言はここまでだ」
さらに火力が増す。離れている俺の顔まで灼けそうな熱気は溶鉱炉だ。
だが、フォーボスはびくともしない。腕が焼かれようとも。
「お前の故郷がなんで滅んだか教えてやろう」
「黙れ! 貴様はこのまま灼き尽くす!」
「真実を教えてやるぞ。あの村は女神教とかいう人間どもの宗教に改宗しなかった。人間の言い方をすれば『薄汚い獣』だ。唯一の生き残りが教団の犬というのは皮肉じゃないか」
「う、うるさい!」
「知りたくはないのか? 誰が村を消す決定を下したか」
「そ、それは……」
だんだんと蒼炎から勢いがなくなっていく。
クロエでなくても察しちまう言い方だ。
腕の中でイヴが「ダーリン……あたしはいいからクロエに加勢して……」と、震えた声で言う。今、こいつから離れたら……どうすりゃいいんだ。
「クロエ! そんなやつの言うことに耳を貸すんじゃあねぇ!」
「だが……ダーよ……私はナルシスという男を少なくとも貴様よりは知っている。あの男ならばやりかねない。従わぬ村があるなら地図の上から消すこともいとわぬ輩だ」
フォーボスが口を大きく開けた。
「がーっはっはっは! そういうことだ。ナルシスはお前を従わせるために俺様の情報を小出しにした。で、お前が俺様に近づきすぎた時には、知らせがくるようになっていてな。あと一歩が何度続けば気づくかって嗤ってたぜあいつは」
ナルシスの悪趣味さに反吐が出る。黒牛鬼は続けた。
「馬を走らせるにはニンジンをぶら下げてやるんだとよ。おっと、犬だから肉か? どうだ? さんざんじらされてから俺様に会えて嬉しいか?」。
「ああ、嬉しくて打ち震えているぞ」
少女の黒髪が逆立つ。クロエの尻尾がぶわっと膨らんだ。
フォーボスが嬉しそうに目を細める。
「殺気を隠そうともしなくなったか。ナルシスがお前の処分を決めたのは英断だったかもな。飼い犬に手を噛まれる前によぉ」
黒牛鬼がクロエの前に姿を現したのは、これ以上利用価値がないとナルシスが判断したからってことかよ。
腐ってやがるぜマジで。
クロエは俺に視線を向けてから、ゆっくりうなずき呼吸を整えた。
牙を剥きうなり声を上げ、吠える。
「貴様を倒してナルシスの罪も曝き、あがなわせるだけだ!」
「罪とはなんだ嬢ちゃん? 騙された方が悪いんじゃないか?」
「村のみんなを殺した罪と殺させた罪だ!」
「ならよぉ……俺様たちと嬢ちゃんは共犯じゃねぇか」
クロエの灯した炎が一瞬で霧散する。
「ち、違う……私ではない……あれは悪夢で……みんなを殺したのは……」
「俺様の力の本質は炎や爪や牙じゃないんでなぁ。こんな姿だからパワータイプって思われがちなんだけど、もっと繊細なんだよ」
黒い丸太のような腕からじゃらじゃら音を立てて鎖が抜け落ちる。
いったい……どういうことだ?
拘束が解かれた。腕のやけどをクロエに見せつけるようにしてフォーボスは指を鳴らした。
世界が暗転し、場所も聖域ではなく村の中央広場に変わる。
雲一つ無い星空。大きく輝く満月の明かりの下で、村人たちが殺し合いをしていた。
その中心にいて、次々に同胞を手に掛ける少女。
鎖ではなく、長く伸びた鋭い爪に蒼い炎を宿らせて、向かってくる者をみな切り裂き、灼いていった。
最後の独りになるまで。
フォーボスが嗤う。
「あの夜の狂気と絶望。醸成された恐怖は本当に美味だったぞ。時々、反芻するほどだ」
牛が上手いこと言ったつもりかよ。
クロエは動けない。
「あれは……悪い夢で……故郷を襲ったのは……貴様のはずだ……」
「俺様は手出ししちゃあいないぜ。ただ村の連中の何人かの夢に、とびきりの恐怖を植え付けてやっただけさ。満月ってのも良かったんだろ? 興奮したよな? なあ?」
「嘘……だ」
蒼い瞳から精気が抜ける。
「絶望が熟したか。お前から永遠に恐怖を取り除いてやろう。その命とともにな」
どうすりゃいい?
クロエのことは信じたい。仲間を皆殺しにするような奴じゃない……はずだ。
なんだよちくしょう。
ずっとぼっちなら仲間のことで悩むこともなかったってのに。
俺まで心が苦しくなる。
どうにかしてやりてぇのに、どうすることも……。
「ダーリン……立つね」
腕の中でイヴが呟いた。




