もしも石像フェチだったら危ないところだった(一敗)
腐臭漂う紫の沼地と、草木も生えぬ灰色の山肌。
その頂上に本当に城が建っていた。
立派な城壁に囲まれて塔まであった。街外れもいいところ。誰が何の目的で築いたんだ? と、疑問に思う。
うねうねとした蛇のような山道を歩くうちに、日は落ちて月が夜空に浮かんだ。
今宵はまん丸の満月。
おぞましい声の正体を拝めるかもしれない。
城門にたどり着く。
近づいてみると城はそこまで大きくもなく、かといって小さくもなかった。
ぐるりと取り囲む城壁を含めても、せいぜいサーカスのテントくらいってとこか。
正門前に立つ。
城の扉にしては頼りない、緑色のビラビラとしたカーテン? いや……違うな。東の国の建物の入り口にある、暖簾みたいなものが門に掛かっている。
立派な石壁で囲んでも、扉がこれじゃあ入ってくださいと言ってるようなものだ。
「ぺらんぺらんじゃ侵入者は防げんだろ」
ツッコミつつ、ビラビラをくぐって城の敷地に足を踏み入れた瞬間――
「んほおおおおおおおおおおおおおおお!」
狼の遠吠えを甘ったるい糖蜜でコーティングしたような奇声が響き渡った。
よくわからんが生理的に無理。つーか、鳥肌が立つ。セントイナカの住人たちも満月の夜限定とはいえ、こんな声を聞かされては落ち着かんだろ。
どうにかせんとな。こりゃ。
◆
古城というから老朽化してボロボロと思い込んでたけど、中はまるで新築の綺麗さだ。
ピンクの灯りに照らされた通路が奥へと続く。両脇の壁に扉が等間隔で並んでいた。
とりま、一番手前の部屋から探るか。
ドアノブを回すが――
「んだよ鍵かかってんのか?」
鍵穴らしきものはない。他の部屋も同じだった。
で、全部開かずの扉と確認できた頃には、通路の終端に来ちまった。
上に続く階段がある。
「んごああああああああああああんんふんふん!」
うめき声が天井方向から降ってきた。
おちおち探索もできん。先に片付けちまおう。
階段を駆け上る。近づくにつれ奇妙な声も大きくなった。
ずっと同じようなフロアが続いたが、最上階で待ち受けていたのは巨大な観音開きの扉だ。
専用部屋ってとこだろう。
扉の片側が少しだけ開いている。声はその隙間から漏れ出ていた。
「あんあふんあんあふんあんあふんああああん!」
大声ってわけじゃあないのに街に届くってのもおかしな話だ。耳を塞ぎたくなるのは変わらんが。
「なんだかわからんが戸締まりしておこう」
「んらめぇええええええええええええ!」
会話してんじゃねぇよ変な声。
密閉して一件落着とはいかないようだ。声の正体をギルドに報告しなきゃならん。しぶしぶ中を覗くと――
部屋の中央に、ひときわ大きなベッドがあった。天蓋付きの立派な作りだ。
王様の部屋なんて見たこともねぇし想像つかんが、調度品だのソファーだの金銀財宝やら高級そうなもんが広々とした部屋に並んでいる。
天井には淡い暖色の魔力灯とミラーボール。
なんだこの部屋は?
声の主を探すが誰もいない。
いや、いた。つっても人じゃねぇけど。
部屋の奥の壁に奇妙なオブジェがあった。
乳白色の裸婦像である。十字架にかけられた聖人よろしく、両腕を翼のように広げていた。
調べないわけにはいかんか。
中に入り、近づいて、息をのむ。
石像とは思えない。今にも閉じた目を開きそうだ。
美人だった。髪は長い。
胸はその……あのええとだな……。
おおぶりなメロンほどもあるのにツンと上向きだ。形も整っていて綺麗だった。
くびれた腰と大きな尻のコントラストもやばい。
石像とはいえ、女の体をまじまじと見ちまってる。文字通り、目を奪われた。
自分が石像フェチだったら正気をたもてなかったかもしれん。
同時に罪悪感を覚える。
女の顔があまりにも穏やかな微笑をたたえていたことに。
女の像は到底、笑ってなどいられない状態で磔にされているのだ。
腹に銀剣が深々と突き刺さり、壁に打ち付けられていた。
彼女を貫く剣を見る。刀身に一切の曇りなし。柄そのものが十字架をモチーフにしていて、柄頭に水晶のオーブがあしらわれていた。業物ってやつだ。
吸い込まれたみたいに石像を貫いてやがる。傷口にヒビ一つない。
なぜだろうか。思ったことが口に出た。
「かわいそうだな。このままじゃ」
そういう飾り方をしてるってんなら悪趣味だ。
壁に磔にされたままなんて、心安まらないだろう。
せっかく大きなベッドも空いてんだし、寝かせてやってもいいんじゃあないか?
控えめに言って、像を下ろしてベッドに運ぼうとかって、我ながら奇行だと思う。
けど、石像の顔を見てるとそうしてやりたくなっちまったんだ。
剣の柄に手を掛ける。引き抜こうと力を入れると――
「お、おおおおっ!」
十字柄の銀剣はするするとカーテンでも引く感覚で抜けていった。
慌てて女の像を左腕で抱き支える。
ずっしり重たい。剣があまりにすんなり抜けたもんで油断していた。
そのまま乳白色の石像に押し倒されそうになる。剣を投げ捨て右腕も像を支えた。
倒れて床にガシャンとなっちゃあ、あんまりだ。ただ俺が器物損壊しただけになっちまう。
右手で裸婦像の胸を鷲づかむと――
むにゅん? ぷるぷるぽよんぽよん?
いやまてなんだこの柔らかくも弾力のある感触は。石の固さも冷たさもどこいった?
俺は石像に馬乗りにされていた。乳白色の肌が色味と体温を帯びる。
穏やかな笑みを浮かべ、裸婦像は少女になった。
首を振ればピンクの長い髪がさらさらと流れる。その下からにょっきりと羊のような巻き角が生えてきた。
目を開く。玉虫色の光彩が俺の顔をのぞき込む。
綺麗だ。マジで。
彼女は先ほどまで剣の刺さっていた傷口をそっと指先で撫でた。傷はぴたりと閉じて痕も残らない。
きめ細やかな白い肌。へその下あたりに、逆さ十字の紋様がうっすら浮かび上がった。
俺の上で「んしょ」っと、腰を揺さぶる。大きな尻の向こうで、矢印めいた黒い尻尾がにょきり。
背中でコウモリの羽がバサッと開く。
あっ……これはつまりその……。
剣で封印されてた魔族的な奴だ。
となるとやっぱり、声の主もこいつ……なんだろうな。たぶん。




