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トラウマスイッチ十六連打

 人里離れた森の奥に村があった。


 リンが指し示したのはこの場所に違いない。


 村の入り口まで来るとクロエが突然走り出した。


「おい待てクロエ!」


 彼女を追う。


 村に踏み入る。と同時に体が重くなるような感覚が全身を包んだ。


 それも一呼吸する間に違和感は消えた。


 見渡す。


 辺境の寒村って感じだ。村境にしめ縄が張られていた。


 俺の故郷のイサリビ島と雰囲気が似てる。


 けど――


 違ったのだ。


 村中、そこかしこに死体が転がっていた。みんな獣人っぽい見た目をしている。


「ひでぇな……こりゃ」


 男も女も老人も子供も切り裂かれていた。銀剣が俺の前に回り込んで大きくぶんぶんと刀身を左右に振る。


「落ち着けって。お前がやっただなんて思わねぇよ」


 オーブが柔らかく光りリンは大人しくなった。


「誰かいないのかーッ!?」


 返ってくる声は無い。生き残りがいるかわからんが、あんまり期待できなさそうだ。


 村の出口に向かって逃げてきたであろう男が倒れている。死体の傷は焼け焦げていた。その腕には赤子を抱いている。


 赤子の顔は焼かれていた。


 俺の中で感情がすうっと消えていく。あまりの出来事に怒りすら通り越しちまったようだ。


 振り返りクロエに訊く。


「フォーボスってのはこういうことをするのか?」


 だったらこちらも相応の覚悟を決めなきゃならん。


 クロエは両腕で自分の体をがっしりと抱くようにしながら震えた。


「あっ……ああああっ……いやだ……やめろ……」


 うつろな瞳で唇を震えさせるとその場に膝を突く。


「おい大丈夫か?」


 駆け寄った瞬間――


 背後に殺気が生まれた。カキンと何かを弾く音のあと、遅れて再び振り返ると、銀剣が俺の背中を守ってくれていた。


 続けて握りこぶし大の石が村の奥から飛んでくる。リンがそいつを刀身に受けて防いだが、勢いに押されて弾かれた。長くは持たない。


 剣は苦手だと言って、ずっとリンを手にしてこなかった。


 拳と違って手加減できない。


 けどよ……こういう輩にゃ遠慮はいらんな。


 ギュンと空が唸った。敵の攻撃の手は緩まない。


 リンの柄を取り投石を斬る。さすが業物だ。刃こぼれひとつせず真っ二つ。つぶての断面はまるで鏡のようだった。


 つかの間、石くれが連射される。視線を遠くに向けると、丸太のような黒い腕だけが建物の陰から垣間見えた。


 二発、三発、四発と。弾き切り飛ばし防ぐ。


「どこでもいいから身を隠せクロエッ!」


「ううっ……どうして……みんな……死んでしまったのだ……」


「しっかりしろ! ここはお前の故郷じゃないだろ!?」


「故郷なのだ! あの日と同じ……なにも……変わっておらぬ」


 クロエがおかしくなっちまったんじゃなきゃ、今の状況がおかしいって話だな。


 これも魔族の力ってんなら。


「おいイヴどうなってやが……」


 あいつを助けに来たってのに、俺も混乱しちまってんな。


 たぶんこの村そのものがフォーボスの生み出した泡界。で、幻覚かなんかでクロエの過去を再現してんだろう。


 思考しながら剣を振り続ける。まるで体の一部みたいにリンは手になじんだ。クロエを守るには進むしかない。


 悪趣味な魔族だ。姿を現さねぇってんならこっちから行くぜ。


 距離を詰める。進むごとに速度が増す。ま、当たり前か。弾速が変わらなければ短くなるだけ到達も速まるからな。


 かわせばクロエを守れない。だから向かってくるすべてを叩っ斬る。


 精神を研ぎ澄まし集中。


 力めば逆に動きが硬くなる。体の力を抜いて、つぶてがぶつかる刹那に一閃。目で追わず視界を広くする。投石の到達時間を考慮し空間的に捉えて斬る。


 家の陰からにょきっと生えた丸太腕まであと十歩。


 向こうは俺が止められないと思ったようだ。石つぶてから、無数の小石を散弾のように撒く。


 銀剣を回すように弾いてあと五歩の距離まで迫った。


 黒い腕が引っ込み、沈黙する。


 飛び込み回り込む。集落の中央広場だった。


 住人たちが死屍累々。その中に――


「ケモショタお前……死んだのか?」


 俺を獣化させた柴犬魔族が大理石の像みたいに、ぽつんと立っていた。


 全身の毛をかきむしるようにして苦悶の表情を浮かべ、今まさに死を迎える刹那、時間を止めて切り取ったような姿で。


 俺たちに石をぶつけてきた黒い腕の主はどこにも見当たらない。


 と、思ったのもつかの間、再び物陰から空を切り石つぶてが襲ってくる。俺より早くリンが気づいて防御態勢に入った。


「くそッ! どうなってやがんだよ!?」


 四方八方から石弾が飛んできやがる。背中に目がなきゃ間に合わんところを、リンが勝手に動いて俺を守った。


 ただ、このままじゃ釘付けだ。


「おーいクロエさんや。頼むから手伝ってくれ~!」


 来た道に背を向けたまま俺は言う。


 結構切羽詰まってるんだが、故郷の惨状を見せつけられて放心状態のクロエに助けを求めるしかない。


 クロエは……動かない。


 石の雨は激しくなり、白化したケモショタ魔族を粉砕した。いきなり俺を狼男にした奴だけど、なんか……かわいそうだな。


 もしかすればイヴもそうなるかもしれん。


 俺は続けた。


「なあクロエ。家族も仲間も全部失ったお前の悲しみは、まだ少しでも残ってる俺にゃわかんねぇ。けど、過去は変えられないんだ。頼むから立ち上がってくれ。イヴを助けるためにも、お前の力がどうしても必要なんだッ!!」


 石弾の雨が止まり、一呼吸おいたところで――


 遠方から酒樽ほどの大きさの巨石が飛来した。


 身を翻しバックステップで避ける。


 が、俺の動きを先読みしていたのか、着地する硬直を別の石弾……いや、先端の尖ったやじりみてぇな石に打ち抜かれた。


 食らったのは右の太ももだ。血が流れる。故郷のじじいに言われてきたが、このあたりには太い血管があるんで、かなりやばい。


 石の雨が降り注ぐ。


 膝を着く俺を守るようにリンが防御するが、こいつは楯じゃない。ごめんな。くそっ……情けねぇ。


 石の雨に続けて、今度は小さな家の屋根ほどもある巨岩が降ってきた。


 今の足で跳んでもかわしきれるか。また着地を狙われたら、今度こそ終わりだ。


「防御はいい。攻めるぞリン」


 柄のオーブが虹色にきらめいた。お前はとっくに覚悟が決まってたんだな。


 銀剣を両手持ちにして空を一刀両断する。頭上からのしかかる岩盤もろとも銀剣は切り裂いた。


 その刃渡りの数倍はある質量が真っ二つだ。


 業物ってレベルじゃねぇぞこりゃあ。


 見ればリンの刀身は白く染まり、俺の腕からまばゆい光を吸い上げてますます輝きを増している。


 体から湯気みたいに力があふれ出て止まらない。


 こんな感覚は生まれて初めてだ。


 ずっと昔からを知ってたように思えてならん。


 巨石を打ち払ったところに再び石の雨が横殴りに吹き荒れた。


 が、それらを弾いて黒い影が乱入する。


「すまない……待たせたなダーよ」


 鎖に蒼い炎をまとわせてクロエが一心不乱に石弾を払いのけた。


「遅かったじゃねぇか。けどよ、これで役者は揃ったな」


「応急処置をしておけ。止血するだけでも違うだろう。痛いのは根性でどうにかするのだ」


 石弾に警戒しながら、クロエはスカートの裾を引き裂いて俺に渡してきた。受け取ると黒布を巻き、太もも付け根を圧迫して締める。


「これで少しは持ちそうだ」


「血も聖力も垂れ流しだな。時間はない。一気に行くぞダーの者よ」


「お前はもう大丈夫なのか?」


 青い瞳がフッと笑った。


「過去は変えられないが、今は変えられる。そうだろう?」


 大丈夫そうだな。


「頼りにさせてもらうぜ?」


「足手まといになるなよ」


 リンもオーブを光らせた。


 フォーボスはイヴを人質にとりクロエのトラウマを責めてきた。その上、自分が有利になれる泡界に潜んで、姿も見せず遠距離攻撃してくるクソ野郎。


 だが、一つだけ良いことをしてくれた。


 石や岩なんぞ投げてこなけりゃ、俺がリンを握って振るうことはなかったんだからな。


 次は「練習」じゃ済まないぜ。


よいおとしを~!

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