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(いろいろと)あかん

 結論。


 持たなかった。全身を蒼い炎で焼かれた俺の上に、胸をはだけさせたクロエが馬乗りになる。


 ショートの黒髪は肩まで伸びて、全身が獣毛に覆われつつあった。


 半獣人ってとこだ。


 人間の姿が結構残っている。今の俺の方がケモ度が高かった。


 クロエの全身は青あざだらけだ。しちまったのは俺だが。


 これ以上は無理だと思った一瞬の隙をつかれて、こうして組み敷かれちまった。


 半獣女は舌なめずりする。


「貴様の拳に喜びで体の芯から熱くなったぞ」


「タフすぎだろ」


「顔や頭を殴らない貴様が悪いのだ。この期に及んで手加減とはな。鼻フックはするというのにおかしな話と思わぬか。つまり貴様は本気で拒んでいないのだ」


「うるせぇよ」


 悪い奴なら男女平等にぶん殴るし、クロエに対して十分暴力的対応をとったんだが、彼女の獣化形態ビーストモードの強さを見誤った。


 いや、違う。


 なんつうか……やっぱ本気で戦えねぇよ。


 こうなる前から俺は負けてたのかもしれない。


「観念するがいいダーよ。獣化した貴様が魅力的すぎるのがいかんのだ。私の故郷が残っていたら一夜といわずハーレムになっていたことだろう。銀毛種とは、それほどまでに魅力的なのだ」


「俺は人間だぞ?」


「今は……獣だ。一族にはもう他に生き残りはおらぬし、強くなければ滅ぼされてしまう。私はもう……失いたくはない。貴様の強さなら歓迎だ」


 ふさっとした黒い尻尾がしゅんとうなだれた。


 女のたわわな水蜜桃が揺れる。胸元の聖印がかすかに光った。


 俺の胸に頭を寄せて耳を当てる。


「良い胸毛をしているな。心音も温かくて心地良いぞ。このまま眠ってしまいそうだ」


 クロエは本当は寂しかったのかもしれん。


 セルフ追放されたっつっても、俺にはイサリビ島がある。


 育ての親だって生きてるし、今じゃイヴもリンもいる。


「なあクロエ。俺の……俺たちの仲間にならんか? お前の故郷を滅ぼしたっつーフォーボスって魔族をぶっ倒したら、もう教団でアレな上司に服従せんでもよくなるんだし」


「な、なにを言い出すのだ?」


 青い瞳を満月のようにまん丸くして、フッと女の頬が赤らむ。


「俺はもう仲間のつもりでいたけど、お前さえよければ……さ。イヴはお前にとっちゃ憎むべき魔族かもしれん。けど、悪いやつじゃねぇんだ」


「もしイヴイヴが悪い魔族だったらどうするのだ?」


 胸の弾力がぎゅっと押しつけられた。


「そんときゃ俺とリンで止めるって」


「本人に……イヴイヴに悪いことをしているつもりがなかったとしても……か?」


 顔を上げクロエは寂しげに呟く。


「つもりがないってなんだよ?」


「酒宴の席で聞いた限り、イヴイヴの封印のされ方は普通の魔族ではあり得ない状況だ。自ら生み出した世界に封じられるだなんて……。封印した人間が恐ろしく強かったのかもしれぬが……」


「ちょっとよくわからんのだが」


「魔族が生み出す泡界。連中の生み出した世界の中では、作った魔族の力が何倍にも増幅されるのだ」


 なるほど。


「そして泡界を作る魔族は上級の中でもさらに一握り。超級と言っていいだろう」


「超って……あいつがか?」


「自覚が無いだけか、まだ覚醒していないのか。いずれ人間世界を滅ぼしかねぬ危険な存在になるやもしれん」


「んなことさせねぇよ。だったら俺がもっともっと強くなって、できねぇってわからせ続けてやる」


「どうしてそこまでするのだ? もう一度リンリンで封印することもできるだろうに」


 問われるまで自分でもよくわかってなかった。


 けど、答えはシンプルだ。


「俺さ……なんだかんだであいつのこと嫌いじゃねぇんだ。本人には言うなよ。秘密にしといてくれ」


「この状態でのろけられるとは思わなかったな」


「わかったならどいてくれんか?」


 密着していたクロエがぐいっと上半身を起こした。


「いいかダーよ。こういう言葉がある」


「な、なんだよいきなり」


「それはそれ。これはこれだ」


 女は鼻息荒く続けた。


「だから早く私のここに熱い子種をだな……」


 自身の下腹部を愛おしげにそっと撫でる。


「まずいぞ本当に。イヴよりもあいつが知ったら……」


「深い森の中、いったい他に誰が止めるというのだ?」


 瞬間――


 空気を切り裂き矢のような速度で、銀剣がクロエの頬をかすめて背後の木に突き刺さった。


 あまりの勢いに樹木がリンの刺さった場所から裂けて倒れる。


 これにはクロエも目が点だ。半口開けて固まる彼女に告げる。


「うちの銀剣、こういうことには厳しいんだよ」


「な、な、なん……だと」


 はらりと舞った黒髪にクロエは口をパクパクさせた。


 同時に俺の体から獣毛が抜け落ちて人間に戻る。


 どうやらイヴとリンがケモショタ魔族をどうにかしてくれたらしい。


「うわああああああ! イケメンが! 私の王子様がああああ! どうしてこんな男に発情してしまったのだ。あーもう黒歴史が過ぎるぞ! ダーにバカもう知らぬ!」


「誰が王子様だっつーの」


 クロエの方から飛び退いたのは良かったが、彼女との戦いで焼かれ破かれて服がボロボロだ。


 にしても――


「イヴの奴はどうした?」


 戻ってきたのはリンだけだった。銀剣は樹木を一本伐採するなり、ふわりと俺の元に戻ってオーブを光らせる。


 色使いがしっちゃかめっちゃかだ。規則性もなく七色を激しく明滅させた。


 混乱してるっぽな。


「落ち着けって」


「そうだぞリンリンよ。人間だろうと剣だろうと落ち着きが肝心だ」


 一瞬で半獣人から元に戻り、服を着直し襟を正すとクロエはどや顔だ。


 人間に戻った俺は牡としての価値が皆無らしい。ほっとしたような、少し残念なような。


 って、落ち込んでる場合じゃあない。


 銀剣は切り倒した木を板状にカットすると、その表面にガリガリと書き記した。




『バカ淫魔が誘拐された』



 一瞬、理解できなくて固まったぞ。詳しく話を訊こうにも通訳のイヴがいないのだ。


「誘拐ってどういうことだッ!?」


 俺の体は人間に戻ってる。ってことは、ケモショタの角は切ったってことだよな?


「イヴをさらったのはケモショタの仲間なのか?」


 リンは刀身をぶんぶん左右に振る。


「お前はイヴだけ置いて逃げてきたのかよ?」


 オーブが青く光った。


 柄を握ってオーブをにらみつける。


 リンの刀身が細かく振動した。


 瞬間――


 俺の頬にクロエの拳がめり込んだ。首があさっての方向に


「それくらいにしておけダーよ。リンリンが何かわかっておらぬのか?」


「なにってこいつは剣だろ!?」


「剣は剣のみにて武にあらず。必要なのは使い手だ」


 言われてハッとした。リンは意思を持って浮いたり飛んだりしてるんで忘れてたが、こいつ単体じゃできることに限界がある。


 いや、並みの相手ならスパッ! だろうけど、イヴを誘拐したのはリンだけじゃどうにもならん相手だったんだ。


「わ、悪かった。すまんリン」


 頭を下げる。と、俺の顔面にクロエのアッパーが突き刺さった。


「痛えぞさっきからなにしやがる」


「謝っている場合か貴様。守るのだろう?」


「そうだったな。目が覚めたぜ。案内してくれリン」


 鼻血を親指で擦って気合いで止める。


 リンが矢印のように俺とクロエの前に浮かんで方角を指し示した。


 黒衣の女の瞳に蒼い炎が宿る。


「ダーの者よ」


「なんだ改まって」


「もし、イヴイヴがあやつに……フォーボスによって人質に取られていたらどうする?」


 この界隈の魔族は結構ぶっ倒しちまった。


 イヴが簡単に捕まるような相手といえば、心当たりにフォーボスの……クロエの仇の名があがる。


「そいつは……まずいな。考えるのは苦手だが、隙を突いてなんとか助けてやらんと」


「どうにもならなければ私が囮になる。貴様はイヴイヴを救うことだけを考え、彼女を保護したら逃げるがいい」


「逃げる……だと?」


「危険な相手だ。私もやつがどういった力を持っているのかわからぬ。なのに故郷は滅ぼされ、私だけが生き残った。貴様らにこれ以上は……痛ッ!」


 俺はお返しにクロエの額にデコピンを食らわせた。


「うっせーよ。二人がかりでどうにかすんぞ。けどよ、即席のコンビネーションには期待すんなよ。俺もお前もそれぞれが最善を尽くす。いいな?」


 額を両手で押さえるとクロエは上目遣いで俺を睨みながらも、コクリと頷く。


 方針が決まり、銀剣が木々を縫って飛ぶ。


 俺とクロエは剣を追い森のさらに深くへ足を踏み入れるのだった。

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