仇(てき)の名は……
小指から順に手のひらに負って握り込む。
「おいクソ司祭。歯ぁ食いしばれ」
「――ッ!?」
ゆっくりと腕を引き踏み込み全身のバネを使って体重を載せた拳を放つ。その刹那――
「ダーリン待った!」
イヴがリンの柄を持つと自身の右角に刃を立てた。
「あと一本あれば二十本でしょ? 魔族の撃破じゃなくて角二十本だったわよね?」
ナルシスが青ざめる。
「ば、バカな。角は魔族の力の証。くだらない仲間だの友情ごっこのためにそれを捨てる気かい?」
「こっちは生半可な気持ちでダーリンと一緒にいるんじゃないんだから。孤独の縁からすくい上げてくれた……ダーリンはヒーローなの。あたしは……力になりたいッ!」
リンの刃がイヴの角に通らない。
まるで銀剣が斬ることを拒否してるみたいだった。
「リンちゃん斬って。いいから……ね」
覚悟を決めたサキュバスの言葉に呼応して刀身に光が宿る。
ストッ……と静かに角は切断された。断面は磨いた鏡のように綺麗だった。
イヴは自身の一部だったものを手にして受付嬢に提出する。
「これで任務完了ね」
「に、二十本確かに受け取りました! クエスト達成です!」
ナルシスの表情が苦々しくなった。
つまりイヴの行動につけるイチャモンが無いのだ。
自身を犠牲にしてまで人間に協力する魔族なんて、こいつの辞書には載ってねぇんだろうな。
「う、ぐぐぐ……今回はよくやったねクロエ君。約束通り有給を使う権利を与えよう。はっはっは。いや結構結構。偉いよ君は」
乾いた笑いとともに拍手すると「あとは監査部に任せるとしよう」と言い残し、ナルシスは去った。
クロエがイヴに涙目になる。
「イヴイヴ……そこまでしてくれとは言っていないぞ」
「あ、うん大丈夫大丈夫。これくらいポンッだから」
切断された角を根元から外すと、イヴは新しい角を生やした。
銀剣が踊るように刀身を揺らしながらオーブを七色に光らせる。わかってて「溜め」をつくって、さも決断をしたかのように演技しやがったな。こいつら。
まあ、こうなるような気はしてた。
元通りになった角に黒衣の審問官は開いた口が塞がらない。
「な、なな、なん……だと」
ぷるぷるするクロエに俺は「そういう体質の魔族なんだ」と告げた。
イヴが俺の腕に抱きつき、胸で二の腕を挟んで密着する。
「ダーリンはあたしを犠牲にしないって言ってくれたけど、あたしが自分からする分にはオッケーよね?」
「あんま無茶しないでくれよ」
「この国を敵に回す覚悟完了した目をしたダーリンほどじゃないわよ。もっと気楽に器用に立ち回らなきゃ」
ぐうの音もでねぇ。今回ばかりはイヴとリンに救われたな。
「苦手なんでこれからも頼むわ」
「うん! もちろんよ! ねーリンちゃん?」
銀剣もオーブを俺の左手にこすりつけながら刀身をぶんぶん上下に振った。
相変わらず喜び方が危ないぞ。物理的に。
クロエはスッと俺たちに頭を下げた。
「これまでの非礼、心よりわびる。済まなかった」
出会った当初は絶対に謝らないって感じだったのに、急にどうした?
「別に謝ることねぇって」
「だ、だが……傷も治療してもらい任務においても私は失敗した。私に力が足りぬばかりに、皆を巻き込んでしまった。あの男に目をつけられたのも、私の責任だ」
「俺もイヴもリンもあいつ嫌いだから気にすんなって」
青い瞳に柔らかな光が戻る。
「私の完敗だな」
クロエは笑顔を見せた。こいつ、笑うと普通に可愛いじゃねぇか。
「か、勝ち負けじゃなくてそういう時はありがとう……だろうが?」
「そうか……そうだな。ありがとうダーにイヴイヴにリンリンよ」
普通に感謝されて、ちょっとびっくりしたけどなんか……うれしいな。こういうのって。
と、思った矢先。
「ちょっとダーリンなにデレデレしてんの鼻の下伸びすぎじゃない?」
イヴがリンの柄を握ってオーブを俺の鳩尾にたたき込んできた。
リンも止めるどころか水晶球を赤く発光させてイヴの突きに加担する。
「おいやめろ二人とも!」
「はっはっは。仲良しだな貴様たちは」
クロエは楽しそうに笑う。その瞳の端にかすかに涙を浮かべていた。
くそっ。涙が出るほどおもしろいのかよ。見世物じゃねーっつーの。
俺はイヴを振りほどいて受付嬢に聞く。
「で、そっちは大丈夫そうか?」
「は、はい。あの……一本消えちゃいましたけど、認定時点で完了ですから」
イヴの角は消失……というか元通りになったようだ。
「って、大丈夫かってのはだな。監査だかなんだかの話だ。迷惑……掛けちまったな」
「い、いいんです大丈夫ですから。あの、それよりあまりじっと見つめないでください。あの……どうしたら許してくれますか? 犬ですか? 私がダリン様の犬になればいいんですね! わんわん!」
あっ……やっぱり一対一で普通の人とお話すると、圧が出ちまうんだな。
「いやいいから。普通にしててくれ。イヴ、俺の代わりに報酬受け取ってくれないか?」
聖庁からの依頼で審問官に協力した謝礼として、仕事料は結構なもんだ。一ヶ月は悠々やっていけるな。
背を向けた俺と入れ違いにイヴが「おらおらねぇちゃん金出せやひゃっはー!」とカウンターに向かうと、首をかしげた。
「ねえダーリン。あたしたち魔族の角は取ったけど……」
「どうしたイヴ」
「みんな真っ白になっちゃった」
さっきまで俺たちが集めた角は白化していなかったんだが、みれば全部が色落ちしていた。
「どういうことだ?」
俺の問いにクロエが視線を落とす。
「どうやら貴様たちに角を奪われた魔族が、まとめて何者かに倒されたらしいな」
「倒されたって……やっぱ角を折られて弱体化した魔族ってのはやられちまうもんなのか?」
「可能性は高い。だが、今回は様子がおかしい。ダーよ。戦った魔族は時間も順序も、バラバラだったはずだな」
手配書を片っ端からたどっていったおかげで、あちこち行かされた。三匹の豚魔族は兄弟ごっこしてたが、基本的に魔族は単独行動だ。
角を取られた被害者の会でも開かれたんだろうか。
そこを何者かに急襲された?
んなことしてなんになる?
「どっかに集まってるところを襲われた……ってことかよ?」
クロエは瞳を閉じて小さく頷いた。
「私に心当たりがある。が、まだ確信には至らぬ」
「もったいぶるじゃねぇか」
イヴが「じらしプレイ!?」と相変わらずの残念さだ。ちゃんと受付嬢から報酬もらっておけよ。
黒衣の審問官はおおぶりな胸を寄せてあげるように腕を組んだ。かすかに肩が震えていた。
「お前がびびるなんてよっぽどだな」
「びびってなどおらぬ。うれしいのだ……もしこれが奴の……フォーボスの仕業であればな」
青い瞳の瞳孔が開く。
「フォーボスってのは何者だ?」
「私の故郷を滅ぼし、一族郎党を皆殺しにした魔族の名だ」
そういや誰かを探してるっぽかったよな。クロエって。
復讐。それが黒衣の審問官の目的のようだ。他人に話したがらないのも当然だった。
ちょっと書きためまーす
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