うわまたでたよ嫌な奴
男が目を細めて言う。
「やあやあ諸君。冒険者ギルドでトラブルがあったと聞いてね。なんでもクロエ君が血まみれ処刑されたっていうじゃないか……って、あれ? ずいぶんと元気そうだね」
耳障りな声の主――ナルシスは拍子抜けしたように笑う。
俺はビシッと嫌味男の顔を指さした。
「おいコラおっさん覚悟しとけよ。こっちは十九体の魔族を倒してきたんだ」
イヴが「そーよそーよ! 明日の朝までにあと一匹ほどクソ雑魚魔族を駆除すれば任務完了なんだからね!」と煽る。
リンはしゅるしゅるとさらしを解いて臨戦態勢だ。おいやめろ今は暴力に訴えなくても勝ってるんだから暴れんな。
クロエも「ツグーニオ近辺の魔族はほぼ掃討されましたが、探せば湧いてくるのが魔族というものです。明日の朝までには良い報告をいたします」と、事務的だ。
ナルシスの唇が震える。こめかみあたりに青筋が浮かんだ。
「くっ……くくくっ……いやまさかここまでやるとはね。けど残念だなぁ。聖庁の上級司祭の名において、今からこのギルドを抜き打ち検査する。明日の昼までの通常業務を即時停止し、臨検に備えたまえ」
命令を受けて受付嬢が「で、ですが!」と声を漏らす。
「ん~監査を拒否すると? 君は何かやましいことでもあるのかね?」
「そ、そそそそそのようなことは。ですが、監査は先日したばかりで……冒険者の皆様もその……あと少しというところですし」
「口答えできる立場だと思ってるのかい? いいかい君ねぇ。先日したばかりってところで、油断した人間は悪事の尻尾を出すのさ。なんのための抜き打ちか理解できてるのかい?」
ナルシスに睨まれて受付嬢は申し訳なさそうに「理解……しております」と頷いた。
つーかよ。どんだけ権力持ってんだよ司祭ってのは。
イヴが吠える。
「ずっるーい! あんた負けそうになったからってルール変えてんじゃないわよ! 卑怯よ卑怯!」
「汚らわしい魔族がなにを言おうと無駄無駄。僕はただの仕事熱心な上級司祭さ。ほら、とっとと片付けてくれないかな?」
クロエが首を左右に振る。
「もういい。やめてくれイヴイヴ。最初から無理だったのだ」
司祭の目が糸のように細くなった。
「やっぱり君は良い子だクロエ。自分の立場というものを良く理解できているね。素直さに報いようじゃないか。今回の件、床に這いつくばって僕にひれ伏し『私はナルシス様の忠実なる下僕です。犬です。わんわん♪』って言うだけで済ませてあげるよ」
黒衣の裾をなびかせてからクロエは膝を折ろうとした。
それを力尽くで止める。
「やめとけクロエ。こんな奴の言うことなんて聞く必要ないだろ」
「そうはいかぬ……どのようなことがあろうとも、私は聖庁に身を置かねばならぬのだ。あの者を見つけ出すには組織の情報網が必要だから……」
青い瞳がじっと俺を見据えた。
譲れないもんがあるんだな。
だけど理不尽すぎるじゃねぇか。
「おい司祭。テメェは人の役に立つのが仕事だろうが?」
「ん~わかってないねぇ。僕は人の上に立つのが仕事なんだよ。部外者の野良冒険者にはわからないだろうけど、上下関係はきちっとするのが大人ってものさ」
クソ野郎だが殴ったらクロエの立場が危うくなる。
ナルシスは指をパチンと鳴らした。
「ほら隠れている職員のみんなも今日は外部業務は終了だよ。準備しなくていいのかな? 前回の報告書の使い回しなんてしないだろうね? ほらほら早くしないと監査部呼んじゃうよ?」
リンが切っ先をナルシスの首筋に向けた。
「おっと、これはなんのつもりかな? もし僕を傷つけようものなら、持ち主にはこの世のありとあらゆる苦痛を一万回は味わわせて死んでもらうことになるけど?」
銀剣のオーブが青く光る。
イヴが言う。
「リンちゃんも気持ちはダーリンと一緒だって。だけど……ダーリンは居場所を見つけたいんだよね? もしこの国でおたずねものになったら、ダーリンの夢を壊しちゃう……って」
リンの切っ先は力なく地面に落ちた。
勝ち誇ってナルシスは言う。
「さあクロエ君。三遍回って土下座して、わんわんって言えるかな? 優秀な君ならできると信じているよ」
俺は拳を握り込む。
なにが居場所だ。こんな奴が幅を利かせてる国なんざまっぴらごめんだ。




