共闘戦線
司祭は壁に寄りかかり、なんとか立ち上がった。
「き、君の責任だ! 呼吸が止まるかと思った! どうしてくれるんだい!?」
床に落ちた銀剣の柄を握り持ち上げる。リンは借りてきた猫のように大人しい。
「ちゃんと忠告しただろ。危ないって」
「君が持つと全然暴れないじゃないかッ!?」
「あーそうだな。アレだ。運動して疲れて寝ちまったんだよ。おーよしよし寝る子は育つぞ。お前も立派なドラゴン殺しみたいな大剣になれよ」
すやすやと言わんばかりにリンの水晶オーブが柔らかい光で点滅した。革紐スリングをつけて肩から提げる。やっぱ鞘はほしいな。
悔しげに上級司祭様がうめいた。
「ぐぬ……く、口答えするんじゃないよ! ともかくそんな呪いの装備は、とっとと鋳つぶしてしまうことだね」
淫魔が口元を手で覆ってプークスクスと笑いをこらえる。いいぞもっとやれ。
「な、なに笑ってるんだ魔族風情が!」
「あっごめんなさい。思い出し笑いですからお気になさらず~」
イヴも魔族らしく良い性格してるよまったく。
ナルシスはクロエの顔を指さした。
「明日のこの時間までにこの地域の魔族を十体倒せ! でなきゃ君はクビだクビクビィッ!!」
ショートボブの黒髪が揺れる。
「いかに優秀な私でもその数を狩るのは……」
「おやぁ? 口答えするのかい? 罰として追加でもう十体倒してきてもらおうかな? 二十体。当然できるんだよねぇ優秀なんだし。とりま魔族の角を二十本納入ね。嫌とは言わないよね君が大っ嫌いな魔族どもを殺すんだからさ」
「……くっ」
クロエは下唇を噛む。
「じゃ、せいぜいがんばってくれたまえよ。はっはっは! クビが嫌なら任務をこなすか誠心誠意謝罪してもらうから」
つい声が出た。
「おいコラ! 最初からできねぇ仕事を押しつけるんじゃねぇよ?」
「言いがかりはよしてくれ。クロエ君ならできると僕は信じてるよ?」
「信じてるだと? だったら成功報酬くらい用意しろや」
青年は腕組みすると嫌らしい笑顔を作った。
「ん~そうだね。じゃあ貯まってた有給を使う権利をあげよう」
「有給ってなんだ?」
「働かなくてもお給料がもらえる休暇さ。できなければ全部無しだけどね! それじゃよろしく」
言うだけ言ってナルシスは去った。
そっと見ると、クロエはうつむいたままだ。
「貴族だか上級司祭だか知らんけど、言いなりになりすぎじゃねぇか?」
「組織とはそういうものだ」
「ならいっそ、クビになって冒険者にでもなればいいだろ」
「ギルドに圧力がかかる。私だけでなく、他の人間を巻き込めぬ」
横暴女と思ってたけど、思慮深いじゃねぇか。
「故郷に帰ってまったり暮らすってんじゃダメなのか?」
黒髪が左右に揺れた。黒衣の審問官はなにも語らない。
「そっか、訳ありってやつだな」
「…………」
言えないが、どうしたって引けない。と、青い瞳が俺に訴える。
「これ以上は訊かんから安心しろ。けど、話したくなったらいつでも相談に乗るぜ」
「……貴様は変わった男だな」
俺は自分の手のひらに拳を打ち付ける。
「よし! やってやろうぜクロエ。二十でも三十でも」
肩に提げたリンがオーブを七色に発光させた。やる気満々のようだ。
クロエは目を丸くした。
「私を手伝うというのか?」
「協力すればクーポンだのサービスがあんだろ?」
「今回ばかりはまっとうな任務ではない。ナルシスも失敗を見越して私に謝罪させたいだけなのだ。下らぬ事に貴様たちを巻き込むわけには……」
「うっせー。あーあー聞こえませーん。俺は自分の意思で手伝うって決めたんだ。一緒にナルシスの野郎の鼻を明かしてやろうぜ?」
「……痴れ者め」
「手伝ってやるっつってんのにバカ扱いかよ!」
「バカでなければ一日に二十体の魔族撃破任務など受けぬ」
淫魔の尻尾はクタッとなり、小さな肩がぶるりと震える。
「だ、ダーリン!? 最後の一体が足りなかったら、あたしのこと非常食感覚で……」
「させねぇから安心しろ」
「やっぱりダーリン優しい。好き」
サキュバスはポッと頬を赤らめる。
普通に可愛い反応やめろ。困るから。
イヴの尻尾がピンと立つ。
「ねえねえダーリン! あたしも手伝うから上手くできたら、ダーリンになんでもお願いできる券を発行して!」
「なんだよそのチケット制度は」
「肩たたき券みたいなものだし、絶対に悪用しないとここに誓います」
ピンク髪がビシッと敬礼する。が、口元が緩み目元もとろけていた。よからぬ妄想垂れ流しが見え見えである。
「する気満々じゃねぇか!」
「悪いようにはしないからいいでしょお願い!」
手のひらをぴたりと合わせてサキュバスは俺を拝んだ。




