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絶叫! パワフルハラスメント!

「おやおやクロエ君。働きもせずこんなカビ臭い地下室で遊んでいたのかい?」


 視線を出入り口に向けると、長身痩躯の男が立っていた。


 扉はずっと開きっぱなしだったのに、いつの間に?


 男の服は純白だ。聖職者っぽい。


 立派な金糸の装飾までされていた。


 首にやたらとデカい十字架をぶら下げてやがる。ご立派なオーブ付きだった。


 爬虫類系の顔。シャープさを隠すような金縁の丸眼鏡。後ろで束ねた長髪は腰までの長さがあった。


 薄暗くてよくわからんが、若干紫がかった明るい髪色だ。


 にしても年齢がちょっとわからん。オッサンってほどじゃないけど、若くもない。


 全身白なのに両手だけ黒革の手袋をしていた。その一点が異様に思えた。


「誰だお前?」


「僕を知らないって? まったく無知蒙昧な田舎者にはほとほと呆れるばかりさ」


 イヴがクロエに「有名人なの?」と耳打ちで確認した。返答しようとする黒髪の少女に割り込んで、男はスッと一礼する。


「僕はナルシス。聖王家の外戚にあたる大貴族ディスオーダ家の生まれであり、聖都エイデントロワのルヴェリア聖庁に執務室を持つ上級司祭。いずれ教団トップの大司教となる、選ばれし人間さ。こうして言葉を交わしたことを栄誉に思ってくれてかまわないけど」


 俺は拳を握ってクロエに確認する。


「とりあえずぶん殴っていいか?」


「それはよしておいた方が良い」


 青い瞳が曇る。


「強いのか?」


「ある意味、この場の誰もかなわぬほどに」


 見ればクロエの肩が震えていた。こいつが怯えるなんてよっぽどだ。


 純白の司祭――ナルシスが拷問部屋に踏み入る。


「おっと、コレが報告書にあったピンク髪のサキュバスなんだね? なかなか良いじゃないか」


 言うなり男はイヴの胸に手を伸ばした。嫌らしくうごめく指先は、いかにももみし抱くような動きだ。


 俺はナルシスの右手首を掴んで止める。


「いきなりご挨拶じゃねぇか。人を物みたいに言いやがって」


「無礼だね。高貴な身分の人間の腕を掴むなんてさ」


「お前、本当に聖職者なのか? 女の胸を出会い頭に揉もうとするってのはおかしいだろ?」


 イヴがクロエの背後に隠れて「そーよそーよ! ダーリンもしたけど!」と声を上げた。


 あれは不可抗力だろうが。


 クロエが俺に青い視線を向ける。


「それくらいにしておいてくれダーよ。でなければ、私が貴様を処断することになる」


 心苦しそうだ。俺はナルシスの手を解放した。白衣の司祭は手首をさすった。


「まったく躾がなっていないね。だいたい淫魔なんだから男にもてあそばれて喜ぶのが普通でしょ?」


「普通じゃねぇだろ」


「聖王国の常識が通じないねぇ? 亜種どもは人間様に恭順するから生かしてもらってるってこと、わかってんの? この国のルールはちゃんと守ってもらわないとね。ハハハ」


 男は薄く笑って続けた。


「君、出身は流刑イサリビ島だっけ? 先祖が犯罪者なんだろうねぇ。そんなことも知らずにファミリーネームに故郷の名前とかつけてんだっけ? 笑える」


「犯罪者だぁ?」


「あの島は流刑地さ。最下級ゴミ溜め民ってとこだね。ま、魔族よりはマシだけど。そんなゴミが人助けの旅なんて身の程をわきまえるべきじゃないかな?」


「盗み聞きでもしてたのか?」


「さてね」


 にらみつける。が、司祭はひるみすらしない。目を見て話せるやつなら、つい殴り合ってでも友達申請しちまう俺だが――


 こいつだけは絶対にお断りだ。


「怖い顔だなぁ。そんなんだから誰もパーティー組んでくれないんだよ?」


「な、なんでそんなことまで知ってんだよ!?」


「ギルドの運営母体は教団だってことも知らないんだね。義務教育の敗北……あ、まともな教育受けられてないんだ? ゴミ溜め島じゃだ~れも教えてくれなかったのかな?」


 ぶん殴りてぇ。楽しい思い出なんて数えるほどだし、追い出されたようなもんだけど、イサリビ島は俺の故郷だ。


 ナルシスは眼鏡を外すと右頬を俺に差し出した。


「握った拳が震えてるねぇ。殴りたくてしょうがないって顔だよ野蛮人君。心に余裕がないのかなぁ? やっぱり聖印も持たない一般人だもんねぇ?」


「なら望み通りぶっ飛ばしてや……」


 ジャラリと鎖の鳴る音がして、俺の右腕はクロエの得物にギチギチに拘束された。


「止せダー。司祭に手を上げれば冒険者ギルドからも追放になる」


 青い瞳は真剣だ。


 ガチだなこりゃ。


 誰もかなわないってのはナルシスが権力に守られてるからってわけか。


 俺に殴らせて処分しようって腹づもりだ。そうはいくかよ。


「なあクロエ。手は出さない。大丈夫だ」


「…………」


 右腕を拘束していた鎖が解かれた。


 止めてくれてありがとなクロエ。


 司祭は満足げに眼鏡をかけ直す。


「本当にお利口さんで良い子だねクロエ君は。ちょっとお節介がすぎるけど」


「王国民を守るのも仕事ですから」


 高圧的でぶっきらぼうなクロエがナルシス相手には丁寧な口ぶりだった。


「薄汚い血が半分も通っているだなんて信じられないよ。今後とも教団に忠誠を誓い、猟犬の役目を果たすといい。ちゃんと狩りができるうちは飼ってあげるから。あと、案外胸あるんだね? 君の聖印は良いものだ」


 はだけた胸の谷間に男は視線を注ぐ。


 クロエの背後に一瞬、青い炎が揺らめいて見えた。


「司祭様。わざわざこのような場所に足をお運びいただいて恐縮ですが、ご用件は?」


「そこの冒険者崩れの持ち物にオーブのついた十字柄の銀剣があるんだよね? しかも浮き上がって肉だのパンだの、夕食の席で切ったっていうじゃない? 意思を持ってるなんてさ、ちょーっと気になってね」


 男の視線が浮きっぱなしのリンに向く。すると銀剣は吊す糸でも切れたみたいに、床に落ちて涼しげな金属音を響かせた。


 うーん。知らぬ存ぜぬするには手遅れだぞリン。


 司教は動かなくなった銀剣の柄に手を伸ばす。


 止めようにもクロエが俺に睨みを利かせた。


 まあ、いいか。俺はナルシスに警告する。


「俺の手にも余るじゃじゃ馬だから、気をつけた方がいいぞ」


「君は剣もまともに扱えないのかい? 僕が手本を見せてあげよう」


 司祭が黒手袋で聖力絶倫リンの柄を握った瞬間――


 ぶおん! と音を立てて男の体が振り回された。まるで暴れ馬の背から振り落とされるように、地下室の石壁に男の長身が叩きつけられた。


 銀剣を放り出し、ナルシスは肺が潰れたようなうめき声を上げる。


「ぐはっ!」


「ほら、言わんこっちゃねぇ」


 イヴもガッツポーズだ。と、思えばイヴだけでなく、ナルシスに見えないようにクロエもこっそり親指を立ててみせた。


 しっかしリンめ、狙ってたな。

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