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大 成 功

「あと一歩でも出口に近づいたら……本気でぶん殴るぞ」


 教団職員は振り返る。その胸元が青い炎で焼け落ちて、肌が露出した。大ぶりな胸の谷間と鎖骨の間に獣の刻印が青く燃えている。


「その拘束台を破壊するということは、女神教団を敵に回すということになるが?」


「敵に回すだぁ? イヴに手ぇ出そうって時点でとっくに敵じゃねぇか。ふざけんな!」


 右の拳を握って振り上げる。拘束台が吹き飛びギロチンの刃を支える二本の柱がドスンと仰向けに倒れた。


 折れたなこりゃ。柱じゃなくて俺の腕。


 肩も逝ったか。右腕がだらりとなった。頭に血が上ってるせいか、痛みは感じない。


 立ち上がる。クロエはじとっと俺を見据えたままだ。


「そんなにあの魔族の女が好きになったのかダーの者よ」


「俺にとっちゃ初めてできた仲間だ。アホでポンコツだけど人間に襲いかかるような奴じゃねぇ。魔族ってだけで殺すってんなら、テメェは俺が止める」


「やはり恋仲ではないか」


 青い瞳から力が抜けて、黒衣の団体職員は胸元に手を当てると小さく息を吐く。


「もういいかイヴイヴ? そろそろこの茶番も限界が近い」


 クロエの背後の扉が開く。


 銀剣を手にしたピンク髪の少女が拷問部屋に飛び込んできた。


 涙目だ。


 銀剣には針金で板がとりつけられ「どっきり大成功!」の文字が描かれていた。


「うわあああああん! ごめんなさいごめんなさいダーリン!」


 銀剣を放り投げる。


 駆け寄りイヴは俺の右腕を手のひらでマッサージする。途端に痛みの感覚が戻る。


「痛ってええ!」


「あっ……ごめんね優しくしなきゃだよね。癒やし系のいやらし魔族なんだし」


 イヴが腕を撫でると痛みが引き潮のように消えていった。指先に感覚が戻る。


 こいつの力って、治癒とか回復系だったのか。


 治った右手でイヴの顔面を鷲づかみにした。


「どういうことか話してもらおうか?」


「ひっ! 落ち着いて聞いてくださいね。ダーリンが酔っ払って寝ちゃって、あたしはこれを好機ととらえたのです。いたずらっ子な淫魔の前に寝落ちした殿方。なにも起こらぬはずもなく……」


「ほほぅ。お前が主犯か」


「主犯じゃないです企画立案しただけだから! 恥ずかしがり屋さんのダーリンが、ちゃんとクロエにわかってもらうには、どっきり大作戦しかないって思ったのです! ね? リンちゃん?」


「リンまで共犯だったのか」


 床に転がる銀剣は水晶オーブを光らせもしない。だんまり(?)だ。都合が悪い時だけ普通の剣に戻るのやめーや。


 俺にこめかみをメリメリされてイヴが悲鳴を上げた。


「あだだだだだだ! だってこれくらいしないとダーリン素直に話してくれないし! メリィ! メリメリメェ!」


「変な声上げんなピンク羊ポンコツ淫魔ッ!! 心配させやがってえええええッ!!」


 つい指に力が入る。イヴが殺されちまうかとマジで思ったんだぞ。俺の心サキュバス知らずだ。


「ごめんなさいごめんなさいあばばばばばばば! クロエの迫真の演技がすごすぎたの! ちょっと脅かすくらいってお願いしたのに! 信じてダーリン!」


 クロエがそっと俺の肩に手を添えた。


「安心しろ。演技などできる性分ではない。私は半分……いや、八割方本気だったぞ」


「なん……だと……」


 イヴへのアイアンクローを解く。教団職員の視線は真剣だ。


 青い瞳が冷たい炎を宿した。


「女神教団職員とは言ったが、どういった仕事をしているかは教えていなかったな。改めて自己紹介させてもらう」


 クロエは手のひらで自身の左目を覆うようにしてポーズを決める。


「女神教団魔族対策四課所属の独立特別審問官クロエ・ウルフスタン。魔族による犯罪を曝き断罪し人間の協力者がいれば根こそぎ処罰するのが、私の使命だ」


 決まった。と言わんばかりのどや顔だ。


 腰に手を当てはだけた胸を張り、女はムフーと小鼻を膨らませた。


 はだけっぱなしの谷間を見せつけながら。




 地下室の床に落ちたままの銀剣を拾い上げる。手持ち看板に魔改造されたリンを元に戻す間に、クロエは語った。


 女神教はルヴェリア聖王国の国教だそうな。


 開祖は初代聖王エイデンってやつらしい。


 それまで神の加護を持たなかった人間が、女神と契約して聖力を得て、聖王国は今じゃ大陸有数のデカい国になったんだとか。


 で、国が栄えればいろんなやつが集まってくる。


 亜人獣人竜人エルフにドワーフ……魔族もだ。


 クロエは女神教団の名の下に、一般の冒険者じゃ手に負えない凶悪な連中を倒して回っているという。


 青い瞳がじっとサキュバスを見据えた。


「世のため人のためになる仕事だ。それにイヴイヴが魔族と戦う魔族なら倒さなくて済む」


「ちょ! あたしとダーリンは面白おかしく旅をしたいだけなのに!」


 だけじゃねぇよ。安住の地を探してんだっつーの。


 ほっぺたをぷっくり膨らませるイヴに、クロエは続けた。


「私の協力者になれば各地で衣食住の割引クーポンやら、冒険者の仕事も優先的に斡旋されるぞ」


「ダーリンお得よ! いい話じゃない? 乗るしかないわねこのビッグなウェーブに!」


「手のひら回転しすぎてそのうち取れるんじゃねぇか?」


「角と違って取り外しとかできなから!」


「普通は角だって着脱できんだろうに」


「けど、おっぱいのポロリはあるわよ!」


「やっぱり教団に引き取ってもらうか?」


 淫魔は俺の腰にすがりついた。


「やだやだやだやだー! ポロリなしにするからぁ!」


 有無の問題じゃねぇっての。


 残念上級魔族は俺が守ってやらなきゃならんようだ。


 クロエに視線を向け直す。


「んで、具体的になにすりゃいいんだ?」


「実はずっと追っている魔族がいるのだが、この地域で足取りが途絶えてしまった」


「追ってるって、魔族が逃げてんのか?」


「まるで蜃気楼のように手を伸ばすと消えてしまう。私の追跡パターンを読まれたのやもしれぬ。そこで貴様に同行することにした。イヴイヴの監視も兼ねてな」


 サキュバスの尻尾がピンっと立つ。


「だ、ダメよそんなの! ダーリンかっこいいからクロエも好きになっちゃうでしょ!」


「頭大丈夫かイヴイヴ。こんな男を好きになる物好きなど貴様くらいなものだろう?」


 銀剣がすうっと浮き上がり、クロエに切っ先を向けた。オーブが真っ赤だ。


 すかさず柄を握っていさめる。


 淫魔も剣も俺への評価がやたらとお高めだ。


「イヴもリンも落ち着け」


 クロエは軽く咳払いした。


「ダーの者よ安心しろ。私が貴様のような全裸鼻フック愛好家に惚れるなど、天地がひっくり返り世界が崩壊するレベルであり得ぬからな」


「なら安心……ってなるか! 俺だってしたくてやったんじゃねぇぞ」


 青い瞳を細めて黒衣の審問官はフフっと笑った。


 と、その時――


 聞き慣れない男の声が地下室に響いた。

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