サキュバスの手のひらくるっくる
右腕を拘束する鎖が、じゃらりと緩んだ。
クロエは俺の顔を指さす。
「剣を取れ変態。その技を……業天のジェノサイドシールドを私に見せてみろ」
「変態じゃねぇ! ダリンだ。で、こっちのピンク髪がイヴで剣の名前がリンになる」
「ダリンとリンでは名称がかぶっているではないか。貴様は……ダーでいいだろう」
言われてみれば確かに。って、納得してる場合じゃねえ。
イヴが俺のパンツの裾を指でつまんだ。
「ねえダーリンもしかしてリンちゃんの名前ってお揃いにしたの? 持ち物にちゃんと名前書くタイプ? じゃあじゃあ今日からあたしもイヴリンになる!」
「余計ややこしくなるからやめとけ」
「じゃ、じゃあイヴ・イサリビになるね。これでダーリンと一緒♪」
「勝手に籍を入れるんじゃねぇよ」
クロエが鎖をぐるぐると回した。
「別れの挨拶は終わったな。では、かかってくるが良いダーの者よ! ジェノサイドしてみせよ」
「俺はそんな技使えんぞ」
宙を舞う銀剣の柄をひとまずキャッチした。故郷のじじいに教えられた基本の構えを取る。
対峙する青い瞳が鋭さを増した。
「王国騎士流剣術か……こんな田舎で出会うとはな」
「はあ? これはじじいの受け売りで全然上手くできんかったやつだし……」
「御託は十分ッ! いざ参る!」
再び剣と鎖がぶつかり合い、火花を散らしたその時――
一度は逃げた白いローブの巡礼者の中から一人だけ、戻ってきた。
互いに戦いの手が止まる。
巡礼者は、俺の顔を見るなり「ひいっ!」と怯える。怖いならとっとと行けばいいだろうに。
おとなしそうな垂れ目の巡礼者少女が声を上げた。
「お待ちくださいクロエ様! そ、そちらの方は恐怖の顔面をしていますけど、先ほどわたしたちを襲った魔族から、救ってくださった恩人なのです!」
クロエが鎖を手元に引き寄せる。俺ではなく視線を頭ピンクの淫魔に向けた。
「あ、あたしじゃないわよ! カブトムシよ! ダーリンもカブトムシにされちゃって、元に戻ったから裸だったの!」
イヴの訴えに巡礼者の少女もうんうん頷く。
クロエは自身の腕に鎖を巻き直すと背を向けた。
「ふむ、勘違いか。人間誰しも間違うことはあるからな。はっはっはっは」
俺はクロエの肩に手を掛け振り向かせメンチを切る。
「なあ、他に言うこと……あんだろ? ごめんなさいはどうしたコラァ」
「全裸で魔族を引き連れ浮遊剣を操り、あまつさえ全身ドロドロだった貴様が悪い。むしろ穴に指を突っ込んだことを、私は海よりも深く空より広い寛大な心で許してやるというのだ。二本差しを心の涙で水に流して大河を形成したのだぞ? 文明が興りかねん」
白いローブの修道女が「に、二本差し」と呟いてぶるりと震えた。
なんか勘違いしてるかもしれん。
「あれは正当防衛だろうが」
「こちらは初めてだったというのに。噂が広まり嫁のもらい手が付かなくなったらどうする? 責任をとれるのか貴様?」
にらみ合う俺とクロエの間にイヴが割って入った。
「だめだめはいそこまで! 女の子の責任とるってことは、えっと……ダーリンはあたしのなの! 無理無理無理無理! 同担拒否! はいこれ以上近づかな~い! ダーリンの半径三メートル以内への接近を禁じま~す!」
お前の所有物になった覚えはないぞ。つうか右手のリンもぶんぶん体を上下させた。
危ねぇっての。
クロエはため息交じりに、知らせに戻った修道女に視線を送った。修道女は十字を切って祈ると街道を戻る。
黒の教団職員は腕組みをする。
「ふむ……仕方あるまい。謝罪など言葉だけの無意味なものだ。私は謝らぬ」
「全然仕方なくもなけりゃあ譲歩するつもりもねぇんじゃねえか」
脇でイヴが「そーだそーだー! ダーリンの言うとおりだー!」とヤジを飛ばした。
クロエは右手の人差し指を立てた。
「いくらだ?」
「お前、金で解決しようってのか?」
「金でなければ貴様の言うことを訊いてやろう。無論、耳を傾けるのではなく願いを叶えるというものだ。常識的な範囲内かつ私にできることを提案しろ」
命令形かよ! しかもめっちゃ頼みにくいやつじゃねぇか。
イヴがクロエに顔を近づけ眉間に皺を寄せた。
「じゃあ有り金全部おいてどこにでも消えなさいよ?」
「これだから魔族は……おいダーの者。この魔族は貴様のなんなのだ?」
「知り合いだが」
イヴがグーで殴ってきた。鳩尾を。
「やめろ痛いだろ」
「ダーリンもっと言い方があるでしょ?」
青い瞳が遠くを見る。
「恋仲か。把握したぞ」
途端にイヴの目尻がトロンと落ちた。くねくねしながら「この人間……えっと、クロエだっけ? いい人よ! いい人に決まってるわ!」と手のひらを返した。




