お友達から始めませんか?
俺の視線に気づいたのか、クロエはぐいっと胸を張った。
「貴様、見ているな?」
「恥ずかしがったりしないのかよ」
「いちいち羞恥心に翻弄されるようでは、職員は務まらぬなからな。では早速、変態を処すとしよう」
両の手首につながれた鎖がじゃらりと音を立てた瞬間――
女は地を蹴った。速い。一呼吸で間合いを鎖の射程まで詰める。
青い瞳はじっと俺を捉えたままだ。女が腕を振るう。鎖鞭が大蛇のごとく牙を剥いた。
右腕で弾くつもりが鎖が巻き付き締め上げる。イヴ汁でヌルヌルなのに……だ。
この鎖、普通じゃねぇぞ。クロエの口元が小さく緩む。
「気づいたか。私の鎖には聖力が通っている。鋼鉄よりも硬く緩めるも締め上げるも自在なのだ」
脇でイヴが叫ぶ。
「ダーリンは女の子に手を上げられないのにひどいわよ!」
まあ、まったく手も足も出さんわけじゃないけどな。
淫魔の悲鳴に青い瞳は微動だにしない。
「変態の肩を持つとは実に魔族らしい」
かまわず俺は鎖に巻かれた右腕をぐっと引き寄せる。密接すれば左の鎖は振るえない。
クロエのおでこめがけて頭突きを食らわせた。
衝撃とともにガゴンと鈍い音が響く。
が、女は屈せず俺をにらみつけた。
「それで封じたつもりか貴様?」
「お前、ずいぶん根性座ってんじゃねぇか」
ガゴンガゴンガゴン。と、お互い三度ほど額をぶつけ合う。
脇でイヴが鳴く。
「ちょ、ま! やめて! ガチ恋距離やめて! 間違ってキスしちゃったら子供できちゃうでしょ!」
そんな間違い起こるかよ。
と、思った矢先。
クロエは青い瞳を伏し目がちにして、頬を赤らめた。
「それが狙いか。二足歩行する精子のような男だな貴様は」
「勘違いすんな! 決めつけが過ぎるぞ女?」
「粘液まみれのどの口が言う?」
「好きでぬっちょりしてるんじゃあねぇよ!」
密着状態から少しでも間合いが開けば、もう一本の鎖が飛んでくる。右腕でグッと引きつけて空いた左手の――
指を二本立てて女の鼻の穴に突っ込んだ。
「おら! 観念しやがれ!」
「んごおおお! なにをする貴様!」
イヴが絶叫した。
「でたー! ダーリンの美少女尊厳破壊鼻フックーッ!!」
でたーじゃねぇよ。女の鼻の穴に指を突っ込んだのは初めてだ。
と、イヴがさらに声を裏返す。
「って挿入! しかも二本差しじゃないのダーリンの人でなし~! うらやま……けしからんですよ! 突っ込むならあたしでしょ? 常識的に考えて!」
淫魔ってなんか大変だな。生きづらそうだ。
さておき、目の前の青い瞳が殺意を込めて俺を睨む。
「このような辱めに屈する私ではないぞ」
「屈しなくていいから、鎖を解いて一旦引いてくれんか? これ以上は俺もしたくない」
「変態の指図は受けぬ」
苦々しい表情ながらも、クロエはじっと俺の顔から視線を外さない。
こいつも俺を怖がらないのか? なら、ワンチャンあるかもしれん。
「ところでお前、俺のことどう思う? もしかして俺たち、友達になれないか?」
「人の鼻の穴に第一関節付近まで突き込んで友達になりませんかだと? はは~ん貴様さてはバカだな?」
女はどや顔である。鼻フックされた状態でその顔ができるのも大概だぞ。
クロエはさらに続けた。
「だいたい、こちらにはまだ左手が残っているのだ」
「振り回す間合いはないだろ?」
「激しく動かすばかりが能ではない」
じゃらじゃらと音を立て鎖が俺の首に忍び寄る。
まずいな。頸動脈でも気道でも潰されたらさすがにやばい。
仕方ないか。鼻フックを解く。その手で蛇のように這う鎖をつかみかけた瞬間――
キンッ! と、甲高い金属音が響く。同時に鎖が弾き斬られた。
ずっと息を潜めていた銀剣が、ゆらりと宙を舞う。
クロエは目を丸くした。
「――なッ!?」
銀剣のオーブは赤く点滅し刀身に光を帯びる。
イヴがすかさずリンのお気持ちを代弁した。
「これ以上マスター……えっと、ダーリンのことね! ダーリンをいじめると、破滅へと誘う衝動の黒。常世の咎人の一切を刈り取り果てよ生命。懺滅の刻来たれり! 業天のジェノサイドシールドッ!!」
色々言いたいことはあるが、おい剣。楯技になってるぞ。クロエはといえば。
「な、なにッ!? 剣でありながら楯でもあるというのか!?」
ちょっとわくわくしてんじゃねぇよ教団職員。




