サキュバスの奥の手
ヘラクルはゆっくり首ブリッジの姿勢になると、頭をぐりぐり回した。すぽっと地面から角を抜いて立ち上がる。
「喜べ下等生物よ! これで汝も我が眷属だ! どうだ恐ろしかろう? かつて汝ら下等生物の幼体に追い回された恐怖……巨大なモノに蹂躙される恐ろしさを知るがいい!」
俺はヘラクルに飛びかかった。なってみると案外できるもんで、背中がパカッと開いて飛翔する。
そのままヘラクルの眼球めがけて角を突き入れた。
「ぐおあああああああああああ! 普通はもっと動揺するだろうが!? なんで一番の武器を速攻で使いこなすんだあああ!」
なんとなくだが、その場で全身を回転させてみた。
「あががががががああああああ!」
同時にイヴまで悲鳴を上げた。
「ダーリンの初挿入がああああああ! あんなにグリングリンローリングまでしてるうううう!」
こいつもこいつでアレである。
途端にイヴの頭ににょっきり巻き角が生えた。
瞬間――
ヘラクルは俺を掴んで投げ捨てた。視線はイヴに固定され、表情が引き締まる。
「その角……さぞや名のある上級魔族と見受けた。手合わせ願う」
「今すぐダーリンを元に戻して! でないとやっちゃうわよ」
「我を倒せば呪いは解けるぞ。さあ、構えよ」
おいおい、イヴは戦えるのか? リンにブッ刺されて封印されるようなへっぽこ魔族だろ?
何か言いたくとも声もだせず、羽音を立てるだけだ。
「ダーリン待ってて。すぐに元に戻してあげるから」
サキュバス少女は手のひらを一度合わせる。何度か擦るようにしてからゆっくり開くと、とろーりとした粘液が膜を張った。
それを口でフッと吹く。膜が広がり大きな泡となってヘラクルに飛んでいく。
なんだかわからんが、きっとあの泡で相手を閉じ込めたりとかできるのかもしれない。
が、遅い。ゆらゆらふわふわと巨大シャボンはマイペースにカブトムシ男に近づき――
角に触れた途端にパァンと弾けた。
そうか、あの泡は包むんじゃあない。弾けた時の衝撃で相手を吹っ飛ばすような技なんだ。
俺の予想は裏切られ、ヘラクルは棒立ちのまま首をかしげた。
「なんだ終わりか? どうやらその角……我の買いかぶりであったか」
イヴはといえば土下座である。
ただ、相手はヘラクルではなく地面に転がる銀剣にだ。
「ダーリンが死んだらリンちゃんの二代目マスターもいなくなっちゃうんだよ! ここは一時休戦しよ? ね? 機嫌直して? お願いだから!」
銀剣のオーブがほんのり白く光る。一人でにさらしがほどけて美しい刀身が陽光にきらめいた。
いや、反射じゃない。魔族を前に刃そのものに光が宿る。
ヘラクルが身構えた。
「な、なんだその光はッ!? まさか教団の……」
イヴがリンを手にする。ジュッと焼けたような音がした。
「あたしの体は自由にしていいから、あとは任せたからねリンちゃん」
魔族が光り輝く聖なる剣を構える。ヘラクルの視線は釘付けだ。
「どうして上級魔族が聖力をッ!?」
動揺している。俺の事なんて完全に意識の外だ。
チャンスとばかりに俺はヘラクルのもう片方の目に突っ込んだ。
「ぐはああああああああああ!」
ドンピシャのタイミングでイヴがリンを振るう。と、手の粘液で滑ったのか銀剣はすっぽ抜け、まっすぐヘラクルの額のあたりに飛んでいった。
薪割りの要領で甲虫魔族の角が真ん中からパッカンと割れる。
「ぎょうわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
枯れ木が倒れるように角が朽ち落ち、ヘラクルは頭を上下左右に振り乱した。
俺はとっさに離れる。と、体がみるまに大きくなる。
呪いが解け人間の四肢を取り戻したのだ。
ただし、全裸で。
右手と両目を失い、角を割かれたヘラクル。その額に浮かんでいた紋様も消え、半分頭に刺さったリンを俺は引き抜いた。
「どうする? 続きやるか?」
こいつはイヴを角で刺そうとした。俺もカブトムシにされたしな。
「ひええっ! 勘弁してください! もう人間をカブトムシに変えたりしませんから!」
「なら森へ帰れ」
魔族が改心するか正直わからんが。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ヘラクルの背中がパカッと開いて薄羽を広げると、ふらふらと森の方へと去っていった。
平原にいたカブトムシたちが次々と人間の姿を取り戻す。
みんな若い女性だった。
右を見ても左を見ても雌カブトもといおっぱ……女の子ばかり。
「だ、だめぇ! ダーリン見ちゃダメだからぁ!」
背後から俺の両目を手で覆うイヴ。
なんか……ねちゃっとしてるぞ。
◆
森の中に断末魔の声が響く。
「や、やめろッ! もう我に戦う力は残されていな……ぐああああああ!」
次の瞬間――
茶褐色の甲冑のような外殻が白く染まり、甲虫の体は砕け散った。
白い陶片のように。
黒い人影は森の奥へと消える。
魔族だったものの破片を残して。




