9話 閑話 エルティアナの正体
ゴブタロウとコンビを組んでる女戦士のお話です。
最後まで読むと…。
ゴブタロウが寝息を立てているのを感じ取る。
それを見てつい触ってしまう。
温もりが感じられてゴブリンでも人間らしいところがあるなと考えてしまう。
唾液を飲み込む音がしないので本当に寝てしまったのだろう。
私もただの人間で乙女だったら同じようにすぐに眠れたのか。
それは私には分からない。
ただ、こうやって触れ合っているとゴブタロウをかつての部下たちと重ねて考えてしまう。
その中でも純粋で元気な部下が一人思い浮かんだ。
そう私には部下が居た。
私には部下が居た
私は…とある王国の侯爵家令嬢として誕生した。
いや、娼婦から押し付けられた隠し子ともいうべきか。
もちろん周囲に秘匿され知っているのは限られた人物だけ。
かく言う私も10歳の時に偶然知ったのだから本当に禁忌であった。
でも私はそれで今までの環境に納得してしまった。
私という存在は、いわば侯爵家という血統に娼婦という忌まわしき血が混入した劣等種。
これを名馬やブランド牛に置き換えればとんでもない事だと分かる。
それは私のせいではなかったがどうしようもなかった。
殺されずに教育を施されただけありがたいと思う。
ただ家族からの愛情は得られず使用人からも蔑まれて物心ついた時からずっと愛情というのを感じることはなかった。
自分の生を知った時、納得がいったと同時に何か大切なものを失った気がした。
それがなんだったのかその当時は分からなかった。
『忌み子』
一言で私を表すならこんな感じであろう。
それでも建前上は貴族の令嬢として教育を施されたのは感謝してる。
ただ、期待と不安を半ばに社交界へデビューしたら評判はよくなかった。
孤独な生い立ちから『自分で解決策を模索する』という可愛げがない性格だったのもあるし
5フィート8インチ(172.72cm)という長身も拍車をかけたかもしれない。
自分の生い立ちがバレて知らない所で情報が拡散してたのかもしれない。
とにかく私は陰謀渦巻く社交界を作り笑顔で渡れずに脱落した。
もちろんそれは、ある程度予測していたし両親や義兄が何か仕掛けてくるのを想定して必死に何か解決策に結びつくものはないかとにかく本を読んで知識をつけて選択肢を広げようとした。
朝起きたら令嬢としての最低限のことを済ませる事以外は、読書をしていた。
ある日、『デュラント教国の歴史書』というタイトルの本を手に取り読んでみる。
胡散臭い伝説から実話まで様々な事が書いてあった。
そこまでだったらそれで終わりだったけど今回は違った。
私は『救世軍士官学校』という単語を詳細に書いているページに釘付けになった。
『救世軍士官学校』では、奨学金が出ており次席までなら全額学費を免除してくれると。
これを知った私は寝る時間を惜しんで勉学に勤しんだ。
社交界で失敗してる上にこの家で居場所がない私は、『救世軍士官学校』へ入学し『聖印騎士団』の士官として生きるしか道が無いと思った。
この事を伝えた義兄や父である当主には馬鹿にされたが意外にもそれを邪魔してこなかった。
負の遺産である私をお払い箱にできると考えたのだろう。
あの笑みを見ると失敗して更に絶望した私を馬鹿にしようと思っていたかもしれない。
もちろん筆記試験に合格して彼らの鼻を明かし15歳を迎えて成人になった私は『救世軍士官学校』に入学した。
その時の見送りは誰一人居なかったけど家族や使用人から邪険されているのは知っていたので特に何も思うことはなく私は日々精進し鍛錬し勉学に勤しんでベロボーグ神教の教義を叩き込まれた。
そして19歳の時、次席で卒業し学費は免除となり私は何の心残りもなく聖印騎士団に少尉として入隊した。
事務仕事、邪教団や山賊の討伐、遠征や式典の護衛。
やれることはすべて真剣に打ち込んで同僚達がドン引きするほど騎士として使命を果たした。
その姿は、女騎士なのに女騎士じゃないと将軍たちですら慄くほどだったとか。
おかげさまで『鋼の女』というあだ名を付けられてしまったが私は気にしなかった。
少なくとも『聖印騎士団』では、私の居場所があった。
それが嬉しかった。それだけでよかった。
22歳のある日、大尉である私は上官殿から大神殿のエントランスに呼び出されていた。
顔はいつも通りに上官殿と向き合いながらも内心はざわついていた。
何か失態を犯したとか辺境に飛ばされるとか想像して憂鬱であった。
しかし、上官殿の口から私の予想を裏切る信じられないことを発せられた。
聖印騎士団でも精鋭とされる誇り高き『デロリアン4個中隊』のうちの一つを私は部隊長として授かったという知らせを。
大聖堂で教皇猊下直々に任命してくださって、それはとても光栄であり思わず敬遠していた実家に一報を入れるほど嬉しかった。
今思えば、これが私の絶頂期であった。
私が担当した中隊には200人が所属しており、隙を見せない謀略家、乱暴者や軽口ばかりの気さくな男など、どいつもこいつも一人一人が曲者ぞろいの精鋭たちであった。
その中でも目を引いたのは、部隊長である私を除くと紅一点の兵士だった。
名は、クリスといい元気いっぱいだけど滑舌が悪い私と同じ士官学校出身の後輩だった。
成績を見るとお世辞にも優秀とは言えなかったが人一倍努力して中隊のムードメーカーだった彼女は皆から好かれていた。
私は彼らを見てデロリアン中隊の部隊長として任命されたという実感が改めて湧いて真剣に向き合い彼らの前に立って指揮官としての責務を果たそうとしたが…。
結論を言うと、中隊を指揮したこともあるし少佐殿の副官として大隊を補佐したこともあったがこの中隊の指揮にはかなり苦戦を強いられた。
元中隊長殿の熱い歓迎があったり女だからと舐められたりセクハラされたり散々な目に遭った。
その為、彼らと向き合った私は、それ以上の努力を重ねないと彼らは付いてこないと実感した。
出鼻を挫かれて吹っ切れた私は、まずメモ帳に一人一人、部下の名前を書いて、そして好物や趣味など知った情報を書き込んでいく。
部下たちに笑われようが気にせずに1冊、2冊、10冊、50冊と、とんでもないペースでメモ帳を消費していった。
その数は偶然、私の私室に訪れた大尉が部屋全体にメモ帳が置いてあるのを見て驚くほどだった。
それほど私は、【数】ではなく【人】として彼らを知りたかったのだ。
そこまでいけば、蔑んでいた部下たちも私の努力を認めざるをえなかったようだ。
もちろん彼らと打ち解けようと暇があったら彼らのもとに向かい交流を重ねていく。
拒絶されたり殺されかけたりしたが訓練や食事、実戦で交流を重ねていくうちに一年も経たないうちに中隊全員と仲良くなれた。
しかし、道中で私の黒歴史を掘り返されてネタとなってしまい中隊全員から軽口を叩かれるほど部隊長としての威厳が無くなってしまった。
この世は、等価交換の法則に基づいてるから彼らも私の事を知るのは仕方がない。
ただ、『娼婦の格好をしてストリップショーをやれ』と言われたときは、そう発言した連中の顔面を殴り倒して30分で24人を一発ノックアウトしたのは、今でも聖印騎士団で【伝説】として残っているかもしれない。
こうして皆と打ち解けた私は、この中隊に所属してから約3年間、充実した日々を送っていた。
あの日が来るまでは。
ちょうどその日は、【中隊で誰が一番男らしいか】というくだらないテーマで4人が喧嘩しており誰一人止めようとせずに逆に騒ぎ立て盛り上がっていた。
その喧嘩に巻き込まれて審判をさせられていたクリスが私に泣きついてきたので仕方なく4人共、殴り倒して騒動は一瞬で片付いてしまう。
それを見た隊員たちが『中隊で一番男らしいのはエルティアナ!』という不名誉な事を言ってきたので、【上官侮辱罪】でこっちにも何か罰してやろうと別室から『道具』を取りに行こうとした。
ところがその道中で上官殿に手招きをされたのでやむを得ずに会議室に入る。
会議室に入ると上官殿以外はおらず真剣な顔立ちであった為、ドアのカギを慌てて閉めた。
そして彼が席に着いたのを確認して書類が置かれている席に一声かけて座った。
曰く、魔王領のプリシプ峡谷という地域に『対人類用 虐殺兵器設計局』が密かに設立。
そして魔王軍を構成している『人界方面師団』のトップが関わっているとのことであると。
そういって上官殿から危険性を熱弁されたけど正直言って眉唾物だった。
「それで諸君らには『設計局』の実態を探ってほしいのだよ。引き受けてくれるかね?」
「我らにお任せください。必ずしや、かの施設の実態を暴いて見せます」
だけど私には任務を拒否することはできなかった。
軍人として騎士として上官の命令は絶対であった。
それにプリシプ峡谷という地域は、偉大なる教国と国境と接している地域であり決して他人事にはできなかった。
それに私たちがその重要な任務に選抜されたという事は、教皇猊下に報が届いているということもあり身を引き締まる思いでいっぱいであった。
すぐに部下たちと合流して渡された資料を基に作戦を練った。
ふと、勇敢な部下たちを見渡すと緊張しており不安そうな眼差しで私を見ていた。
それは心配でもあったが私を頼ってくれる嬉しさもあった。
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陽暦1048年 西秋戌の月 12日 04:50
魔王軍に対する演習として聖印騎士団が国境付近で大規模の部隊を展開した。
演習といえどもその気になれば魔王軍に大打撃を与えるほどの軍勢だった。
魔王軍も本土で展開してる師団を合流させて一触即発の状況となり緊張が高まっている。
しかし大規模なものだからこそ見落としがあるものだ。
魔王領の国境前に展開している【先鋒】である12個の中隊に紛れていた私たちは、隙を見て魔王領のプリシプ峡谷に侵入した。
抵抗なく侵入に成功したわが中隊は、予定通り4個小隊に再編成した。
それと非常事態時に備えて小隊の後方に2班を配置して進軍をする。
もし1個小隊が敵軍と遭遇し撃破されても後方にいる班が展開してる別の小隊に危険を知らせることができる。
もっとも索敵と威力偵察を兼ねていたのは私が指揮してる1個小隊だけで残りは、むしろ敵を察知する為のデコイでありただの偵察任務しか命じてなかった。
以前、魔王領の偵察任務を遂行していた経験をもつ私としては、あまりにも人数が多いのを危惧して予定時刻になったら『物資の補給』という建前で3個小隊を安全地帯に後退させるつもりだった。
それほど、上官の勅令である『4個小隊での偵察任務』は無謀だった。
しかし、定期連絡を4回入れても何の異常が無く杞憂だったのかと思ってしまうほどだった。
そう、ここまで順調だったのは覚えてる。
いや、怖いほど順調だった。
少し岩肌が明けた場所に陣を取り時刻を確認し、部下に命じて【魔道具】を光らせる。
すると3カ所から微かな光が発せられて間もなく8カ所から同じような光が発する。
それは、ゆっくりと2回瞬きしたら見逃しそうなほどあまりにも短時間で行われた。
結果としては、5回目の定期連絡も異常はなかった。
それが終わった部下たちは『私の貯金』について小声で軽口をたたき始めた。
使っている魔道具は、『特殊な魔力』を流すと光る代物で全て私の自費だった。
極秘任務であった為、予算に計上できず買う必要はなかったがむやみに煙や音を立てないので悩んだ末に独断で購入した。
元中隊長は、『自分が隊長じゃなくて良かった』なんぞほざいていたので請求書の一部をまわしてやるかと考えていたのをよく覚えている。
後ろから複数の物音がするまでは。
慌てて振り返って抜刀して距離を取る。
しかしそこには岩が落ちていただけだった。
ただ、まるで人為的に落とされたかのように同じ大きさの岩が11個落ちていた。
峡谷だから地盤が緩んで岩が降ってきたのだろうと部下たちから私にブーイングが届いていたが私にはその岩に違和感があった。
何故なら表面が生々しくて焼く前の肉の色であり周囲ではそんな色の岩肌が見えなかったからだ。
そして私は気付いてしまう。
メモ帳に記録してまで中隊の隊員たちを必死に覚えようとしたからすぐに分かった。
その岩は、私の隊員でさっきまで交信していたはずの11人の部隊長だった。
何かしらの手段で『肉団子』にされたのをすぐに理解し、すぐさま部下たちに分散命令を下すが…
遅かった。
辺りはすっかり魔王軍に包囲されていた。
部下たちの落ち度ではない。
明らかにテレポートのなどの『次元魔法』で一瞬で包囲された感じであった。
現に周囲を警戒していたはずの隊員たちが声を出さずに青ざめていて佇んでる。
しかし納得できない。
もし定期連絡の時点で成り代わっていたとしてもあの【魔道具】は…。
「ほほほほっほ。『光の魔力』でしか反応しない魔道具とはさすが精鋭部隊ですね」
「この私じゃなかったらこんなにうまく包囲できませんでしたよ」
そう、あの【魔道具】は『光の魔力』でしか発光しない。
だからこの部隊では、部下に任せたし他には11人しか持っていない。
もし、トリックがバレたとしても魔王軍じゃ扱えない代物である。
『光の魔力』は、神に祝福された種族であるはずの人間ですらごく僅かしかいない。
精鋭部隊であるはずの『デロリアン4個中隊』のひとつですら微力な光の魔力しか出せない隊員が12名いるだけだ。
万が一に裏切られてもそう簡単には…
「でもさすが下等生物ですね。たしかにその女隊長さんは素材としてぴったりですが頭の方がよろしくなくて助かりましたよ」
「…もっとも私たちも協力者たちが居なかったらここまでうまく包囲できませんでしたけどね」
「おやぁおやぁ?いい顔になりましたね。ほほほほっほ。」
腹立たしくて仕方がないがなんとかこの窮地を脱出する為に頭をフル稼働させる。
部下たちもなんとか応戦しようとしてるが明らかに無謀だった。
-ふと、女口調で高笑いするリーダーらしき魔族に見覚えがあった。
私の記憶が正しければ手配書に載っている高額賞金首。
たしか魔王軍の誇る5人の師団長で構成される【五芒星将】の一人、名は―
名を思い出す前に火炎魔法を打ち込まれた。
結果は惨敗。
一瞬で20人以上が跡形もなく溶けて消滅したと思う。
運よく生き延びた者も火傷を負ってしまい用意周到な魔王軍の兵士によって命を落としていく。
もはや、戦闘ではなく虐殺であった。
私があの場でできたのは、自決用の爆薬で『肉団子』を爆散させて閃光弾で奴らの目を眩ませて負傷した部下一人を背負って逃亡するだけだった。
両脚を負傷してしまい必死に手を伸ばして私の名を叫ぶ元中隊長の部下。
両目を焼かれて地べたを這いつくばっている謀略家。
全身が火に包まれ戦友に抱き着いて巻き添えにしてもなお悲鳴を上げ続ける気さくだった男。
拘束され生きたまま鎧ごと噛み砕かれて断末魔を上げる乱暴者。
後方では、まさに地獄絵図の阿鼻叫喚の状況だった。
私は彼らを切り捨てて逃げだした。
―私は既に死ぬ覚悟はできていた。
だけど背負っている彼女、クリスだけは必ず生還させたかった。
彼女は自分の意思でこの危険な小隊に志願してきた兵士の一人だった。
彼女も死ぬ覚悟はあったはずだ。
でも絶対に死なせたくなかった。
今まで培ってきた技能、剣技そして経験で―
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結局、味方の陣地に着くまで7日も掛かってしまった。
泥水を啜り髪の毛を毟って胃袋に収めて雑草を噛み締めて空腹を誤魔化して、兜に溜まった僅かな水をクリスに飲ませながら追っ手を撒いてようやくたどり着いたのだ。
衛生兵にクリスを任せた後、制止を振り切って大隊長殿から事前に借りた馬を走らせて上官殿の元に向かう。
『対人類用 虐殺兵器設計局』の情報を得られずに部隊を全滅させて生き恥を晒してしまったけど…。
それでもいくつか情報を持ち帰ってきた。
火傷で身体が痛み空腹で意識が朦朧として満身創痍を通り越して瀕死であったが、それでも気力で馬を走らせる。
一刻も早く情報を伝える為に。
それ以降の記憶は一切覚えてない。
―気付いた時は、上官は執務室で血まみれで息絶えていた。
そして私の右手には血が滴る軍刀が握られていた。
何があったか明白だった。
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この日、私は『史上最悪の反逆者』『異端者』という不名誉のレッテルを張られた。
少し前までは狩る側だったのに狩られる側になったわけだ。
『異端者』という烙印を押された以上『教会審問部騎馬隊』が死の果てまで追ってくる。
彼らの実力を知ってるがゆえにそして『異端者』という罪の重さを噛みしめて逃げる。
戻ると言った方が正しいかもしれない。
どのみち他国も受け入れてくれないしそもそも弁明する気も降伏する気も逃げる気もない。
私は、偵察作戦で3個小隊が戻る予定だった地点に向かっていた。
そこで装備を整えたら私は魔王領に侵入して魔王軍に攻撃をしかけて刺し違える。
敵前逃亡した挙句、何の成果も挙げられなかった【敗北者】は、味方に討たれるくらいなら魔族に討たれたかった。
そして先に逝った部下たちに謝罪して罪の償いをして来世へ。
それが最後の希望だった。
補給地に辿り着いてみるとそこには先客がいた。
おそらく我が中隊では最後の生き残りであるクリスだった。
彼女も計画を知ってるはずなのでここに居てもおかしくなかった。
ただ、まるで冒険者の様に皮の兜と鎧をして片手剣を装備している。
そして、彼女の顔はまるで -愛しい人を迎える伴侶のような顔だった。
「やっと会えましたね隊長。ここで待っていれば絶対に合えると信じて、ずーっとお待ちしておりました」
「ふふふ。こうやって向かい合うと初めて隊長と会ったことを思い出します」
「ああ、私も覚えてるよ」
私も彼女と初めて会った時のことは覚えている。
それだけ初対面はインパクトがあったのだ。
クリスは私の左手を手に取って何かを渡してきた。
慌てて左手を目の前にもってきて何を渡されたか確認する。
銀製の指輪だった。
かつてクリスが中尉の昇格試験に失敗して落ち込んでいるときに見かねた私が買ったものだ。
ペアリングで『私も一緒に傍にいるから』という意味合いで買ったら大喜びをして自信を取り戻したのは良かったものの【死んでも絶対に外さない】とまで豪語してちょっと引いてしまった。
かくいう私も任務中以外は右人差し指に填めてインデックスリングとしてリーダー力アップをアピールしていたりしたけど…。
そう思い出して、ふと彼女を見てみる。
それは女神のような笑みで女性の私でも安らぐほどだった。
しかしその笑みと取った行動を理解し始めると私は震えが止まらなくなった。
「いくらなんでも私に指輪を渡すことは無いだろう?さあ、一緒に行こう」
だから彼女の手を引いて帰ることにする。
今ならまだ戻れると。
「何を仰るんですかクリス!私は【異端者】なんですよ!」
「いいかクリス!馬鹿な真似はよせ!こんなことさせる為に生かしたわけじゃないぞ!!」
彼女は笑って震えている私の手を払いのける。
つまりこいつは、私の身代わりになって死ぬ気ということだ。
私とクリスは、髪も目も顔立ちもよく似ていた。
違いがあるとすれば身長と口調と漂わせる香水と雰囲気だけだ。
「隊長。私はあの時、死ぬはずでした。でも隊長のおかげでこうして立ってられます」
「今度は私が隊長を助ける番です。安心してゆっくり休んでいてください」
そういって彼女は呪文を唱えるために魔力を放出させる。
何を唱えてくるかは既に分かっていた。
「隊長命令だ!いますぐ馬鹿な真似をやめろ!」
「隊長いえ、元隊長。私たちにはもはや階級というのは存在しないのですよ」
「貴女は重傷を負っててこっちは気力満タンの武装した兵士です。どっちが有利か分かりますよね?」
さすが私の部下、既にこちらが限界だと見抜いている。
正直喋るのもつらいがそれでも止めたかった。
「それに元隊長、私はもう長くありません。衛生兵さんからそう伝えられました」
「でも余命宣告された私の命で、恩人である元隊長が救えるのです。これほど栄光なことはありません」
「私の分まで生きてくださいね。元隊長、お元気で」
彼女に飛び掛かろうとするが視界が歪んで倒れ込んでしまった。
そもそも7日もまともな物を食べてなかったのだ。しゃべれるほうがおかしかったのだ
朦朧とする意識で必死に耐えるが限界がちかい。
「絶対に死なないでくださいね。そしたら絶対に許しませんから」
許さないのはこっちのセリフだ。
「補助 中級魔法“睡眠”」
「大丈夫ですよ。指輪で私たちは繋がってます。私は貴女の事が…」
こうして私を意識を失って夢を見た。
もちろんクリスと初めて出会った時だ。
中隊全員と初めて顔を見合わせた日。
「えーっとクギィスですぅ!あああエドゥティアナ隊長!あ!すみません」
「元気だけがとぎぃえの私ですが、よろしくお願いします」
私とそっくりの女騎士が自己紹介で噛みまくっていた。
緊張してるせいかと思っていたが良く聞いてみると『ラ行』がうまく発音できないらしい。
そのせいで笑われていつも顔を真っ赤にしてると聞いた。
気になって『ラ行』の発音練習に付き合っていく内にいつの間にか一番仲良くなった。
そして彼女は自然と私の副官になっていた。
今では決して死なせたくなかった人材であった。
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目が覚めた私は、彼女が着ていた装備に着替えさせられていた。
食事を与えられたのかさきほどまでの空腹は無かったがそれどころではない。
偵察任務で使うはずだった補給物資を手に取って体調を整えてから彼女を探した。
しばらくしてエルティアナの末路を聴いた。
追い詰められた彼女は追撃してきた騎士たちにしがみ付いて自爆した。
そう、あの『教会審問部騎馬隊』に所属する2名の命を巻き添えにして。
原型を全く留めてなかったが鑑識の結果、エルティアナと判定されたそうだ。
重症だったので治癒能力を上げるために魔力を彼女に注ぎまくっていたのもあるかもしれない。
とにかく教国を震撼させた『異端者』は死んだ。
それを聞いた私は、人目に付かない所まで移動してから号泣した。
物心ついた時から部下が全滅した悲劇の時も一度も泣かなかった。
今までどんなことが起こっても決壊しなかった堤防。
その堤防が決壊して今まで貯め込んでいた涙が溢れ出したかのように泣き続けた。
あらゆる後悔、葛藤、あらゆる要因によって自己嫌悪の無限ループに苦しむ。
そして絶望が全てを塗りつぶすかの様に私の精神を蝕んでいく。
結局、私は部下をいたずらに死なせた無能だった。
入学試験に受かって舞い上がっていた過去の自分に会いに行って殴ってやりたい。
大人しくいき遅れとして余生を過ごしておけばよかったのだ。
亡き母にも家族にも教国にも教官にも同僚や部下にも迷惑をかけただけだった。
そう、10歳の時に私の出自を知った時に取り巻く環境に納得した。
その時に私は『忌み子である自分は他者と触れ合うことはしない』としたはずだった。
他人と触れ合って温もりを感じようとするのは捨てたはずだった。
今後を考えてみた結果、駄々をこねて足掻いた結果がコレだ。
永遠の愛?いつかはどちらかが、それか両方が破綻する。
友情?死んじゃったらそれで終わり。少なくともどちらかが。
名声?歴史の勝者によっていとも簡単に掻き消せる薄っぺらい物。
両親?血が継がっていようがいまいがいつかは破綻する。
この世は、諸行無常。形あるものがいずれ崩れるなら形など無いほうがいい。
だから私はこれから一人で生きていく。
目の前に動くのは、そういう風に指示されたカラクリだと。
風景だけだと物寂しいから設置されているのだと。
この世界には、私しか人間がいないと。
そうして生きていく。
誰も居なければ誰も失わない
泣き止んだ私が最初にやったのは『捨てる』ことだった。
既に多くの物を失っていたが私という痕跡を最小限にするためにあらゆるものを捨てた。
過去の自分と決別するかのように。
それでも2つ捨てることができなかった。
【名】と【ペアリング】だ。
母が名付けてくれた『エルティアナ』は捨てることはできなかった。
それが母との唯一の繋がりなのだから。
もちろん私の生存が教国にバレないように複数の偽名を使って、活動することも考えたが名付けた名前に誰もが納得してくれず逆に怪しまれてしまったので本名を使わざるをえなかったが。
【ペアリング】は彼女が私に託してくれたもの。
自分の物はいくらでも捨てられたがこれだけは捨てることができなかった。
捨てたら自分だけではなくてクリスまで否定することになるから。
死んでいった部下まで否定するほど私は落ちぶれていない。
2つの指輪を布袋に入れて封をしてお守りにしたのは、薄れていた良心が最悪の事態にならないように引き留めたのかもしれない。
こうしていろいろ捨てた私は、各地をまわって『パンタゴーヌ王国』に辿りついてからは冒険者として1からやり直した。
『聖印騎士団』に所属していた時と違って自身の【存在価値】も【存在意義】も見いだせず目標もなくただ依頼を受けて解決していく毎日。
あっという間に月日が流れていった。
一人で冒険者としてやっていくうちに受付嬢が『エル姉』と慕ってくれたり偶然出会ったかつての同僚に同情されたりしたがどうでも良かった。
私も含めて全ては、創造神ベロボーグ様がお創りになられた道具であり玩具でしかないのだ。
私はそのコマの一つとして行動し人生を終えればいい。
そうして一人で生きてきたことだしこれからもそうやって生きていく予定だった。
オッドアイのゴブリンと出会うまでは。
あの日、森牙狼に不意打ちで襲撃されたとき、必死に抵抗しつつも虚しさを感じていた。
部隊長時代では考えられないほどの隙を見せてしまい不意打ちを受けたもあるが【私の存在価値】も【私の存在意義】を見いだせずにあっけなく死ぬことに。
家を巻き込んで教国を巻き込んで部下たちを巻き込んだ結果、コレだ。
情けなくてしかたがなかった。
もはや【死】という安息に誘われて喰われるのも悪くないと感じ始めるほど私は末期だった。
その時だった。
あのゴブリンが『こん棒』で森牙狼の後頭部を殴りつけたのは。
ゴブリンが魔狼に噛みついて必死の抵抗をしてるのを呆然と眺めていた。
縄張り争いなのかとか必死にくだらないことを考えつつも目が離せなかった。
そして彼が放電して森牙狼を倒してしまったのをみて久しぶりに彼を【生物】として興味を持った。
命の恩人であるということが大きかったかもしれない。
気を失った彼の手当てをする為に急いで【治癒の呪文書】を取り出した。
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最初は興味本位だったのかもしれない。
食事を与えたりゴブリンに話しかけたり私を女と気付いてないと分かってあえて男口調でからかってみるなんて。
でも私たちは決して相容れるものではなく私とゴブリンの記憶しか残らない不思議な一晩で終わるはずだった。
朝を迎えたら別れるはずだった。
「だってオデェは前世の人間としての記憶と知識を受け継いだ『ゴブギィン』だから」
自己紹介をしようとした彼は滑舌が悪くて『ラ行』を噛んだのを見て一人の少女を思い出す。
オッドアイのゴブリンをかつての部下と重ねてしまった。
つい「ラ行の発音練習をやろう!」と口走ってしまったのは、誰かに私を頼ってもらいたいという最近忘れていた感情から出たのかもしれない。
それからというものゴブタロウの何気ない行動は、部下たちを思い出す行動をしている。
鏡に向き合ってウィンクしているナルシストの策略家、受付嬢に釘付けになった乱暴者。
数を上げればキリがなくゴブリン一匹から200人の隊員たちの事を思い出してしまった。
切り捨てた過去だったはずなのに。
過去と決別をするという名目で全てを捨てたダメ女なのに。
再び部下たちに逢えた気がする。
もちろんこのゴブリンが彼らの生まれ変わりなどとは思わない。
でも愛しくて愛しくてしょうがない。
ああ、嬉しい。
こんな落ちぶれた私に頼ってくれるなんて。
貴族の令嬢なら当たり前に書ける書類を私に任せてくれるなんて。
得体が知れない人物に防具や武器の調達を任せてくれるなんて。
ネーミングセンス無しの私が命名した単語を使ってくれるなんて。
指示を破りまくった過去がある私の指示を守ってくれるなんて。
使い込んだペンを素直に受け取ってくれるなんて。
私の言う事を純粋に信じてくれるなんて。
ああ、愛しきゴブタロウよ。
私に再び【存在価値】と【存在意義】を教えてくれたゴブタロウよ。
冷え切った心を溶かしてくれたゴブタロウよ。
今度は私がお前に教える番だ。
彼はゴブリンである。名前はゴブタロウ。私の部下。
彼は前世は人間だったそうだけど現世の常識を知らないし文字が書けない。
これでは、この過酷で冷酷で非情なこの世界では生き残れないだろう。
だから教えてあげる。
知らないなら教えてあげないといけない。
絶対に教えないといけない。
私の存在価値は、分からない事を教えてその知識を使って役立ててもらうことだ。
ああ、教えたい。
知らないなんてもったいない。
正しい知識はいくらあっても無駄にはならないのだから。
だから無駄になる前に教えたい。
死んでいった部下たちの分までしっかり教えてあげないといけない。
みんなの犠牲を無駄にしないために教えたい。
私が死ぬ前に知っていることをできるだけ多く教えたい。
それが彼に今後役立つならすぐにでも教えたい。
教えたい。教えたい。ここに私の存在意義を見出してしまう。
教えたい。教えたい。教えたい。教えたい。
教えたい。教えたい。ゴブタロウに。教えたい。
教えたい。教えたい。ゴブタロウを今すぐ起こしてでも教えたい。
教えたい私の技能を。教えたい私の文学を。
教えたい私の知識を。教えたい私の知恵を。
教えたい私の言語を。教えたい私の語学を。
教えたい私の魔法を。教えたい私の体術を。
教えたい私の肉体を。教えたい私の精神を。
教えたい私の性格を。教えたい私の信義を。
教えたい私の信仰を。教えたい私の祈りを。
教えたい私の野望を。教えたい私の失望を。
教えたい私の希望を。教えたい私の絶望を。
教えたい私の要望を。教えたい私の欲望を。
教えたい私の記憶を。教えたい私の異名を。
教えたい私の犯罪を。教えたい私の悪名を。
教えたい私の常識を。教えたい私の経験を。
教えたい私の本能を。教えたい私の理性を。
教えたい私の話術を。教えたい私の数学を。
教えたい私の音楽を。教えたい私の芸術を。
教えたい私の剣技を。教えたい私の弩術を。
教えたい私の鞭術を。教えたい私の拷問を。
教えたい私の経験を。教えたい私の狙撃を。
教えたい私の滑舌を。教えたい私の笑顔を。
教えたい私の草笛を。教えたい私の口笛を。
教えたい私の初戦を。教えたい私の敗戦を。
教えたい私の勝利を。教えたい私の敗北を。
教えたい私の故郷を。教えたい私の中隊を。
教えたい私の家族を。教えたい私の友人を。
教えたい私の部下を。教えたい私の上司を。
教えたい私の同僚を。教えたい私の教官を。
教えたい私の節制を。教えたい私の貪食を。
教えたい私の純潔を。教えたい私の色欲を。
教えたい私の慈善を。教えたい私の強欲を。
教えたい私の忍耐を。教えたい私の憤怒を。
教えたい私の勤勉を。教えたい私の怠惰を。
教えたい私の感謝を。教えたい私の嫉妬を。
教えたい私の謙虚を。教えたい私の傲慢を。
教えたい私の過去を。教えたい私の現在を。
教えたい私の未来を。教えたい私の人生を。
教えたい私の痛みを。教えたい私の悲劇を。
教えたい私の価値を。教えたい私の意義を。
教えたい私の『歌』を。教えたい私の『血』を。
教えたい私の『涙』を。教えたい私の『魂』を。
教えたい私の『全て』を。
でも今すぐ全部を教えても覚えきれない。
だから少しずつ覚えていこう。
おやすみゴブタロウ。
また明日。
ゴブリンと仲良くするような女戦士が普通なわけないでしょ。
彼女の正体は、心が壊れた核地雷の女戦士でした。
これで1章は終了です。




