10話 ゴブリン、ゴブリン退治を引き受ける
エルティアナと出会って20日以上が経った。
充実した日々を送ると月日が流れるのが早いと実感する。
あれからエルティアナの指導の下、必死に文字を書く練習と発音練習を繰り返してきた成果なのか、少しずつであるが文章が書けるようになってきた。
文字の『読み方』が分かるようになったのが大きいかもしれない。
【文字が書かれている単語】と【声に出した単語】が一致している。
それは傍から見れば当たり前のことかもしれない。
ただ、オレにとっては大きな前進であった。
オレは、いや、オレ達はクエストを終わらせて冒険者ギルドに帰る道中である。
ギルドに着いたらオレが『依頼達成の報告書』を書く予定なのでどんな風に書くか頭で想像しているが…。
うまく良いのが思い浮かばず頭が痛くなっていた。
オレの相方であり隣で歩いている彼女は、疲れなんざ知るか…といわんばかりにハイテンションでスキップしている。
なにが彼女をそこまで駆り立てているのかさっぱり分からない。
きっかけは、さっき終わらせたクエスト中に彼女のアドバイスが役に立ったので素直に感謝しその事を伝えた。
「教えてくれてありがとう」
この一言で彼女はずっとあの調子だ。
女というのは全く理解できん。
というか、20日程度の付き合いではあるが彼女の異常さに困惑している。
-----
ある日、尿意を感じて目覚めたオレは適当なところでしょんべんしようとした。
そして寝床から少し離れた場所で【ミニポークピッツ砲】を目標に照準を合わせて『おしっこビーム』を放出しようとしたその時。
『彼女の匂い』が漂ってきたので慌てて辺りを見渡してみた。
すると、ここから遠く離れていない場所で座り込んで頭を下げて素顔をさらけ出しているエルティアナが居た。
右手に向けて何やら呟いているようだった。
気になってバレない程度に近づいてみると複数の人名を呟いていた。
前習った『なんとか神教』の教義でやってるのかと思って暫く耳を済ませたら80人以上の人名を呟いてもまだ名前を呟いていており彼女が抱えてる深淵の一片を覗き込んでしまった感じがした。
…見なかったことにしよう。
オレは しょんべんを して すぐに 寝た OK?
そうしてその日は、気付かれる前にしょんべんして寝たが。
-----
どうも彼女はおかしい。
親切に教えてくれるのは感謝してるし、間違えたりすぐに忘れてしまっても怒らずにきちんと正しく教えなおしてくれるのはありがたい。
ただ、彼女は『教える』のが目的になっている気がする。
まるで【目的のためなら手段を選ぶ】のではなく【手段を達成するために目的を選ぶ】みたいな。
命の恩人であるオレはバカだから教育を施しているというよりも、教えたいからオレを気にかけている感じだ。
現に必死になって覚えているときは、すごく嬉しそうなのにいざ、その成果をみせると教えている時ほど嬉しそうじゃない感じがする。
…ダメだ。
『依頼達成の報告書』の事を考えていたら変な事を考えてしまった。
気にかけて教育を施した生徒が感謝してくれたら普通は嬉しくなるはずだ。
特に自分が教えたことが役立ってくれるなら誰だってそうなる。
オレだって、感謝されたら嬉しくなる。
どうやらエルティアナを偏見で判断してしまったようだ。
人を思いやらないゴブリン的思考で泣けてくる。
こうしてオレ達は冒険者ギルドに辿り着いていつも通り中に入る。
そして『依頼達成の報告書』を貰う為に受付嬢のところまで行く。
ここまでは、いつも通りだった。
次の瞬間までは。
「あなた一人では無理です!諦めて帰ってください!」
「絶対嫌っス!この依頼を受けるまで譲らないっスよ!」
心のアイドル、バイオレット嬢が何やら誰かと揉めているようだ。
ここは、彼女に助太刀をして男らしさをアピールしたいところだがゴブリンのオレでは却って事態を悪化させるので黙って傍観する。
「あっ!エル姉お帰りなさい!さっそくで悪いけどこいつを止めてほしいの!」
さっきまで口論していたバイオレット嬢はオレたちの姿を見て表情を緩めて手を振っていた。
厳密にいうとエルティアナに向けてだが。
チビなんて眼中にないですか。そうですか。
オレ達を【凸凹コンビ】と揶揄する連中がいるからもう少し目立ってると思いました。
でもやっぱり長身の彼女の方が目立つよなー仕方ないよなー。
…わりぃやっぱつれぇわ。
しょんぼりとした気持ちで胸がいっぱいになったので仕方なく彼女と討論していた人物を確認してみる。
青色のバシネットと首元と耳元を布で覆っており簡易な胸当て、小手とブーツを身に着けており全身を青色で統一されているが全身フル装備のエルティアナを見慣れてるせいか軽装備に見えてしまう。
この装備、どっかで見たことあるな…と思ったら王国軍の兵士であった。
「なんすっかあんたら?俺はこの依頼を受けるまでここを離れないっスよ!」
「気持ちが分かるが感情的に行動しても人様に迷惑を掛けるだけだぞ?ほら、駄々をこねて受付のカウンターを独占してるあんたのせいで隣では行列ができてしまって皆に迷惑をかけているじゃないか」
そう、彼女の言う通り、この兵士が受付の一角を占領する形となってしまい埒が明かないと踏んだ冒険者たちは、隣のカウンターに並びなおしているが当然、処理能力が追い付かず長い行列になってしまっている。
もちろん、その光景を好ましく思う連中なんぞ無に等しく厳しい目が向けられていたり受付の一角を独占してるのに対しての悪口が所々で聞こえてくる。
「いや!でも!この頑固な受付嬢がー」
「そこまで頑なに拒否されるということは事情があるはずだ。ちょっと私が相談に乗ってみるから書類を一旦置いてこっちに来ような?な?」
そういって彼女は、兵士が持っていた書類を瞬く間に奪い取ると机に置いて呆然とする兵士の手を掴み半ば引き摺るかのようにその場を後にした。
なんかオレ以外がこうやって誘拐の如く彼女に引き摺られるのは斬新であり衝撃的な光景であった。
その光景に拍手がされたりエルティアナを称賛する声が聞こえてくる。
あれ?彼女って意外に人気者なのか?
オレの頭上に、はてなマークが浮かんだ気がするが考えても仕方がないので彼女たちを見送った後、受付嬢の方に向いてみる。
あの光景を見て微笑んでいた彼女はようやくオレを見てくれた。
改めて受付嬢の様子を確認するために見上げてみる。
それは天使のような笑みだった。
「ゴブタロウさん。順番がありますので改めて並びなおしてくださいね」
どうやら営業スマイルだったようだ。
そして視線を感じたので後ろを振りかえってみる。
後ろには『早く退け』といわんばかりの顔をした大勢の冒険者や依頼人が居た。
その様子を確認し、改めてオレは受付嬢に向き合う。
「騒動を解決したお礼として例外的にオレを―」
「ダメです。ちゃんと並ばないと受理しませんよ」
有無言わせずにきっぱりと断られてしまったので仕方なくとぼとぼと行列の最後尾に並ぶ。
短気は損気というがゴブリン的に行列の真後ろに並ぶのは想像以上に苦痛になった。
仕方なく椅子に腰かけて雑談している彼女たちを恨めしく見るしか抵抗する手段がなかった。
ただ、更に惨めな気分になったのはいうまでもあるまい。
そしてようやく列が解消されて受付嬢の前に立ったオレはいつも通りに『依頼達成の報告書』を受け取った。
いや、今回は初めて書類を一人で書くのでいつも通りではなかった。
身長が小さいので踵を上げて背伸びするかのような態勢をとってペンを紙に押し付けるように書く。
姿勢がアンバランスで字が乱れているのを見た受付嬢は、台をもってくれたのでありがたく使わせてもらった。
うん、やっぱり天使だ。
間違っても野菜を無理やりオレの口に詰め込んでくるどっかの女戦士と違って。
そう考えつつも書き終えたので自信満々に書類を渡す。
「…報告自体はそこそこ良いですけど字が汚くてダメですね。ああ、泣かないでください。初めて一人で書類を書いたにしては上出来ですよ」
「左様ですか」
「これは私が書き直しておきますので今度はエル姉と一緒にいらしてくださいね。…次の方どうぞ!」
書類を受け取って確認し終えたバイオレット嬢は、笑みを崩すさず冷淡に告げてきた。
遠回しに字が汚過ぎて、次回にオレが書いた書類を提出する際は、エルティアナに確認してもらえ…と。
更に深読みするとエルティアナにもう一度、文章の書き方を教えてもらえとさ。
字は汚いけどちゃんと報告書を書いたと思い自信満々に提出をした分、その反動は凄まじく涙目になったオレは、報酬を受け取って急ぎ足でエルティアナのほうへ向かった。
鉄仮面を身に着けているおかげで誰にも惨めな顔を見られないで済んだのは幸いか。
-----
「ああ、ごめん!話が長くなってゴブタロウのほうに行けなかった」
「もう終わったらから良いよ…。報告自体はちゃんとできたからさ」
バイザーを押し上げているエルティアナは済まなそうに謝ってきたがどうでもよかったので軽く流した。
それよりさっきの兵士が青ざめているのが気になってしょうがなかったからだ。
「それでなんでこの兵士はあそこまで揉めてたんだ?」
「あの依頼は、彼の故郷から出された緊急クエストなんだけど誰も受けずに時間だけ経過していたので一人で受けようとしたそうだ」
気を取り直してきいてみると、どうやら故郷の危機に我慢できなかった兵士が無理に依頼を受けようとしたようだ。
そう聞いて納得したと同時に疑問が浮かんでくる。
「というか兵士が冒険者ギルドの依頼を受けていいのか?」
「任務中じゃないなら問題ないっスよ!依頼人が兵士だったりするし…そもそも傭兵を兼任してる中途半端なあんたらに言われたくないっス!」
「あ、うん。確かに」
「ちなみに自分はこの依頼を受けるために休暇を取ったっス!」
疑問に答えてくれたのは、さきほどまで青ざめていた兵士だった。
いきなり話に乱入してきたオレを見て驚いたようだったが次第に顔色を取り戻して早口で返答してきた。
逆に押され始めたオレを見てなんか嬉しそうに見える。
うん、気持ちは分かる。
何言っても討論では勝ち目がない彼女よりはポンコツそうなオレの方が楽そうだからな。
そう思って彼に同情しつつも変な事を喋らないようにする。
「だからと言ってあの依頼を一人で受けることはないだろう?私だって単独で受けるのは躊躇するんだけど」
「だって相手はアイツらですよ!油断しなければ余裕で達成できるはずっス!」
ソロで『Dランク冒険者』に上り詰めたエルティアナがあそこまで嫌がるとは珍しい。
受付嬢も必死に止めてたことだしやばそうな匂いがプンプンするぞ。
厄介事に巻き込まれる前に逃げる準備をするオレ。
それを察して何気なくオレの手首を掴んで離さない女戦士。
イレギュラーの乱入により話の流れが変わって顔色を取り戻した兵士。
絶妙な空気がオレたちの居る席を満たす。
「お仲間さんが来たようなのでもう一度話をするっス!」
「あのエルティアナが嫌がるってどんな依頼を受けたんだよ。死ぬ前に諦めたほうがいいんじゃないのか?」
「大丈夫っス!じゃあ俺がやる予定だった依頼内容を伝えるっスよ!」
その空気を打ち破ったのは、兵士だった。
何が大丈夫かさっぱり分からんが彼の顔を見る限りどうも人の警告を聞かずに話を進めていくタイプだ。
よく王国軍に所属してられるなと感心してしまうほどだ。
「巣穴のゴブリン退治さ!」
活発で血気盛んな若者らしく義心に溢れて勇敢なる兵士は眩しい笑顔で答えてくれた。
その眩しさは、陰湿なオレを照らして消滅させるほどと感じてしまうが…。
なんだろう。
よく分らないけどなんか死亡フラグが見える。
この後、新人たちを掻き集めてゴブリンの巣穴に入って真っ先に死にそうな感じがする。
女武道家、女神官、女魔術師という新米パーティを組んで返り討ちに遭う光景を思い浮かべた。
「確かにゴブリン退治は素人でもできそうだしやっても良いと思うが」
「やっぱそうっスよね!みんなは心配性なんだ!」
「オレからも言うけどやめたほうがいいぞ。なんならお仲間を連れてくれば文句は出ないと思うし今日は帰ってみたらどうだ?」
「みんな同じことを言ってくるっスね。なにかそう対応する決まりでもあるんですか!?」
うーん、殴りたいこの顔。
というのは冗談として討伐依頼になったゴブリンの巣なんて面倒な事この上ない。
数は無駄に多いし捕囚がいるかもしれないので慎重に行動しないといけない。
なによりゴブリン自体は【Fランク討伐対象】に指定されるほどの雑魚っぷりが拍車をかけている。
5歳児にクワをぶつけられただけで複雑骨折するほど貧弱なゴブリンは大した脅威にならない。
つまりその気になれば、そこら辺にいる農民たちが武装して数十人で巣穴に突撃すれば簡単に討伐できてしまう。
しかもゴブリン退治の依頼主は貧乏な農村が多いので報酬が安いのだ。
一匹でも取り逃がさせばクレームが来て【階級の査定】や報酬に響く上に捕囚の存在が確認できるまで魔法などで一方的に巣穴を攻撃できずにわざわざ侵入して調べる手間が掛かる。
必死こいて徒党を組んで計画を立てて準備して慎重に巣穴に侵攻して捕囚の安全を第一として一匹残らず殺処分したのを確認した結果、はした金の報酬を分け合う。
例えるなら『スズメバチの巣』を早くなんとかして欲しいが貧乏だから報酬は飴ちゃん一個でごめんな。
近くにいる子供たちに影響が出るかもしれないから煙やガスや薬剤や魔法の使用禁止な!
でも一匹でも逃せばクレーム入れて報酬を全額返金してもらっておまえらを【最下位の階級】になるまで追い込んでやる!
そして命がけで苦労して巣を潰しても小さな飴ちゃん一個を割ってみんなで分け合う。
冒険者や傭兵からしてみれば『こんな依頼なんてやってられるかボケェ!』だ。
ゴブリン専門家が居ればいいがそんな奴なんているわけないし仕方がない。
かといって腕っぷしに自信がある人物がソロで行っても返り討ちに遭うだけだ。
囲んで棒で叩く。未だ人類はこれに勝る戦術を編み出せていない。
それはゴブリンでも同様であり数的有利である以上ゴブリンの方に軍配があがる。
その為、苦労の割りに報酬が安い【ゴブリン退治】は敬遠されるのだ。
もっとも王国を揺るがす大事に至るまえに王国軍が討伐しちゃうからという理由もあるらしい。
エルティアナから以前そう聞いたのを思い出す。
だがオレはこの依頼を見逃すわけにはいかなかった。
何故ならゴブリンが悪名を轟かせるほどオレの正体がバレた時に執拗に命を狙われやすくなるのだ。
オレからしたらたまったものではない。
だから―。
「なあエルティアナ?オレ達もこの依頼を受けてみないか?」
「「えっ?」」
オレの発言に二人同時に驚愕な声があがる。
いや、一番驚いたのは当事者の兵士でなくエルティアナだった。
そして彼女は慌てて様子でオレの傍にやってくる。
『ゴブリンがゴブリン退治をして大丈夫なのか?』
珍しく真剣な顔立ちをして耳打ちをしてきた彼女を見て驚いたと同時に嬉しくもある。
もしかしたら同族を狩るオレを同情してくれたのかもしれない。
いや、いざ討伐しようとした時、葛藤してオレが彼女たちを裏切る可能性があるので警告してるのかもしれん。
でも心配は無用だ。
人間だって人間を裁いてるじゃないか。
ゴブリンがゴブリンを裁いてもいいじゃないか!
そもそもゴブリンは人間から良心と思いやりを取り除いた化け物と言われている。
そのゴブリンが自分の優位性を保つ為に同族を狩ってもおかしくないはずだ。
だからオレは彼女に耳打ちをした。
『人間だって人間を裁いてるじゃないか。だからゴブリンがゴブリンが討伐しても問題ないだろう?オレから見れば依頼書のゴブリンは山賊みたいなもんだ』
「それもそうだな。じゃあ決まりだ。ゴブリン退治でもするか」
エルティアナが納得した様子で呟いて元の席に戻っていった。
あれ?反応が思っていたのと違う。
もう少し驚くなり同情するなり心配してよ。
っておいー!?なんで二人で盛り上がってるんだ!?
何か聞き捨てならないこと話したんじゃないだろうな!?
オレも話に混ぜてくれ~!
こうしてオレ達はゴブリン退治をすることになった。
---------------
陽暦1051年 西秋申の月 26日
受付で さわいでいた兵士を エルティアナが れんこうした
オレは ギルドのクエストのほうこくを やってみた 一人で
字がきたなくて おこられて 涙目 なった
あとで ゴブリン退治の話 兵士から きいた
オレは ゴブリン退治を ひきうけた




