7話 受付嬢に釘付けになった小鬼 冒険者の現実を知る
自分の姿を鏡で見てみる。
少し違和感があるが軽装備した盗賊にみえなくもない。
「どうだ?動きにくいとかそういうのはないか?」
「兜が重い以外は特に問題はないと思う」
試着を手伝ったエルティアナが装備品を見てなにやら確認している。
さて、どんな感じに装備したか少し思い出してみる。
そうしないと自力で装備できないから思い出すのは大事なのだ。
まずさきほどの騒動で試着室にて大騒ぎしたオレ達は仲良く店のオーナーに怒られて謝罪をした。
そのあと、持ってきた装備を身に着けてみてしっくりくるものを探していた。
ぶっちゃけ重装備だとゴブリンじゃ身体が持たないので軽装備を優先していた。
結局、機動性を重視して薄い胴着にブリガンダインと上腕甲を身に着けた。
ただそれだけだと心許ないので気休めに腕当てとひじ当てを装備して外套を纏った。
本当は鎖帷子も装備したかったが違和感があってやめてもらった。
下半身は、ズボンに簡易な『もも当て』と『膝当て』そして『脛当て』しか装備しておらず防御に問題はあったがそもそも白兵戦に秀でてないので動きやすさを重視した。
ブーツはゴブリンの足に合わなかった為、素足のままである。
バシネットで頭を覆って、鼻と口を覆わないタイプの鉄仮面を装備して口元は布で覆った。
視界はバイザーから覗くよりも確保できるうえにすぐに食事がとれるのもあるが自慢の『嗅覚』を邪魔しないのが一番大きかった。
いや、本当に『金属の匂い』が鼻について嫌だった。
他は、剣帯に短剣を装備して邪魔にならない程度のポーチを装備したくらいか。
色々思い出したところで等身大の鏡にポーズを決めてみる。
中々似合っている感じだ。
-----
「さっきからゴブタロウを見ていて思ったんだが前世は人間なのに全然そんな気がしないね」
「そりゃあ、ゴブリンだからな。異世界から記憶そのままでゴブリンに転生したわけでもないし、ゴブリンになる呪いがかけられた人間じゃないし」
「あくまで前世の知識で人間の価値観を持ってしまったゴブリンだからな」
エルティアナが考え込んでいるオレを見て不思議そうに顔を撫でて呟いた。
もちろん、オレですら自分の状態を把握できてないからなんとも言えない。
ただ一つ言えるのは、ゴブリンでも人でもない中途半端な存在ってところか。
「問題ないのであれば会計を済ませるけどいい?」
「さっさと支払ってくれ。受付嬢のところに行きたい」
「本能剥き出しのゴブリンらしい返答で安心したよ」
なんか皮肉で返されたような気がするがオレは気にしない。
そんなことよりオレはさっきの受付嬢に逢うのが楽しみであった。
そりゃあ、可愛い女の子と話ができるならそっちを優先する。
エルティアナがぶつぶつ呟きながら会計を済ませているのを見てようやくこいつも【女】であることを思い出した。
…と口に出したらなんか文句言われそうなので会計を終わらせた彼女と共に受付嬢がいる場所へと歩いていく。
ただ、装備品以外にも手帳を買っていたのは気になったがすぐに受付嬢の顔を思い出してニヤニヤしていた。
変態に見えるかもしれないが顔は、鉄仮面と布で覆われるので相手から見えないのでセーフである。
そして意気揚々として向かっていく。
「たったこれだけ?本当にこれっぽっちなのか!?」
「ギルドの規定によりこれが報酬の限度ですね」
さきほどのワクワクした気分は台無しになった。
解せぬ!納得がいかない!
上機嫌で受付嬢に戻ったところは良い。
ちょうど戦利品の勘定も終わってタイミングもばっちりで俊足鈍鳥の報酬をもらうまでは良かった。
問題なのは、森牙狼という戦利品の9割を冒険者ギルド側がもっていくのは納得ができなかった。
これじゃあ、どれだけ頑張ってもクエストの報酬以上得することが無いじゃないか。
「まだこれでも良いほうだぞ。【見習い冒険者】であるFランクは、達成したクエストの報酬以上の戦利品は全てギルドに献上されるからな」
憤慨してるオレは更にとんでもない話を聞かされてしまった。
「地方からやってきた一攫千金をみる若者が絶望する話だな!?」
つい口からこんなことを口走ってしまうのもしょうがないだろう。
だってあまりにもひどいルールなんだもん。
要するに新人冒険者は、しょっぱい報酬しかもらえないわけだ。
そして中堅の冒険者も報酬以上の物はほとんどもらえないとか…。
「ひでえ組織だな。これじゃあ新人が育たないだろう?」
そういってエルティアナの方に訴えてみる。
冒険者の彼女ならこういった理不尽を受けてるはずだし納得できるはずだ。
「いや、むしろ一攫千金を夢見るド素人のペーペーが依頼を受ける方がおかしいんだ」
「この国では、【傭兵斡旋所】でまず教育と訓練を受けてから冒険者をやるのが普通だったりする」
「そうしないと『依頼達成の報告書』は書けないし、なによりあっさり死なれても困るからな」
「というか『依頼達成の報告書』を書けない奴はそもそもクエストを受け入れられない仕様だし」
一般の冒険者である彼女が当然の様に話すのを見て酷くショックを受けた。
「エル姉が仰る通り【冒険者】というのは、皆が夢見るよな自由で華々しい職業ではありません」
「【冒険者】というのは組織の一員として、定められた規則に基づき諸外国で手が回らない事案を承りその地域と発展と交流を深めて未来を紡いでいく職業です」
「定められた規則を守れないのであればそれは【冒険者】ではなく【無頼漢】となります」
可愛い笑顔をしながら残酷な事実を告げていく受付嬢を見てしまいオレの頭で想像していた冒険者の像はガラガラと音を立てながら崩れ去った。
だが話を聞いていて根本的な疑問が生じる。
「だったら【冒険者】じゃなく【傭兵】として生きた方がいいんじゃないか。ここまでガチガチに縛られると冒険者になろうとする人は居なくならないのか?」
「傭兵は腕っぷしさえあればそれなりに昇格できるが限度がある。それに負傷したらそのまま自己責任として切り捨てられることが多いし作戦中はやたらと行動を縛られてしまう」
「一方、冒険者だと組織の一員として守られているから福祉もしっかりしてるし情報共有ができて依頼遂行中は縛られずに行動できる利点があるんだ」
つまり腕っぷしがあったら傭兵になればいいが長い目で見ると冒険者として活動した方がいいという事か。
ゴブリンのオレとしては、傭兵である程度地位を築いたら冒険者になるのもいいかもしれない。
「それでどうするんだ?冒険者になるのか?」
「傭兵で名声を挙げてから冒険者になるのはダメか?」
「余談ですけど傭兵として少しでも地位を築かれると冒険者として登録することはできません」
「じゃあ、冒険者で。面倒事はごめんだ」
さっそく挫折したオレは素直に頷いて冒険者になる手続きをする。
【傭兵斡旋所】でもらったメダルのようなものを提出して待機する。
隣ではエルティアナが複数の書類にサインしており受付嬢は受け取ったメダルを確認している。
そのあと受付嬢は何かの機械を動かしていたがオレにはどうでもよかった。
【人間界】は面倒だな…と思っていると書類を書き終えた彼女は、左手でオレの右手首を掴む。
また、引き摺られるのかと思ってうんざりして彼女を見たが何故か右手を剣帯に持っていった。
そして短剣の柄を掴んで勢いよく抜いて刃をオレに向けた。
「オイオイ何をする気だ!?なんでナイフをこっちに向けるんだ!?」
「何って『血判』を捺す為だよ。分かったらさっさと指を差し出してくれ」
「いきなりそれはな…痛っ!」
抗議するオレを無視して問答無用で右手の人差し指を切り付けられて小皿に血を垂らす。
そのあと、右手の親指を血だまりに押し付けられたと思ったら今度は目の前に何やら文字が書かれている書類を置かれる。
そのまま血塗られた親指を紙に押し付けられてぐいぐいと力強く染みつけさせられる。
「…はい、大丈夫です。これで書類は揃いました。証明メダルはお返しします」
「やったなゴブタロウ。これで晴れて冒険者だ」
メダルを受け取ったエルティアナはこちらのほうに向いて楽しそうに話しかけてくる。
バイザーのせいで彼女の表情を見ることはできないが声色で笑顔そうなのは間違いなかった。
それとは対照的にオレの顔は引きつっていたが。
…なんか彼女に振り回されぱなしで全然面白くない。
絶対どっかでこいつを泣かせてやる。
それもオレ関連で大泣きさせてやる。
オレは心の中で決意する。
「これはドッグタグという物です。これが【冒険者】としての証明になりますので肌身離さず持ち歩いてください」
「つまりこれが離れる時はオレは死体って事か?」
「はい、身元の照合に使います。再発行はしないので絶対に無くさないように」
ドッグタグを受け取ったオレはそれをじっくりと見る。
タグは何かの金属で精製された細長い棒状のものでありそれほど厚さ、長さ共に大きくなかった。
なにやら文字が数行が刻まれており上部には窪みが彫られていてその上に小さな白い宝石がはめ込まれている。
ふと、エルティアナの首からぶら下がっているドッグタグを見てみる。
同じ色のドッグタグだったが宝石部分は透き透った黄色であった。
たぶん、宝石の色で階級が分かれるのだろう。
「これで冒険者の登録は終了しました。お疲れ様です。それよりエル姉聞いてよ。今度の依頼はー」
「ごめんバイオレット。今はこいつの教育をしないといけないからそれはまた今度ね」
「あら残念。私には応援しかできないけど頑張ってね」
とりあえず受付でやる事は済んだのでその場をあとにしながらオレは考え事をする。
もちろん、ゴブリンらしくさっき会った受付嬢の事で頭がいっぱいだ。
…エルティアナと仲良くなればこの娘と親しくできるのか?
なんか理不尽な気がするが今はそれどころじゃない!
『バイオレット』という名をメモしなければならない。
だが外套のポケットやポーチを探ってもメモ帳は無かった。
しかしその状況は打開されることになる。
なんとエルティアナが無言でメモ帳と携帯型ペンを差し出してくれたのだ。
ありがたく受け取って名前をメモしようとして気付いた。
文字が書けなかったのもあるが都合よくメモ帳があるということは何か裏があるに決まってる。
考えろ、考えるんだオレ。
いつもこいつに振り回されてきて今回も何かあるに違いない。
どうしても今までの出来事で疑心暗鬼になってしまう。
「ゴブタロウ、日記を書いてみないか?」
「んん?」
疑心暗鬼になったオレの状況を打開したのは彼女の一言だった。




