51話 五芒星将
結局、救出できたのは1部隊だけであった。
ただでさえ、3年前の事件で『人界方面師団』の精鋭部隊が半壊しているというのに更に精鋭を損失してしまい立て直すまで30年は掛かりそうだ。
報告がてらに大魔王様に謁見しようとするがタイミング悪く招集されたのでやむを得ず会議に出席する。
既にマーヤは休息をとらせていたので彼女の眷族である死の恐怖を付き人にしようと思考したが動く屍であるのに過労死という単語を結びつくほど哀れな中間管理職であるので、やむを得ずクラリモンドを付き添わせた。
彼女は格下の吸血鬼であるが無駄に我が眷族などで慣れているので五芒星将の覇気に押された無様な行動は起こさないであろう。
別に我が眷族でも良かったが獰猛過ぎて同僚を殺しかねないので仕方がない事であるが可哀そうな事をした。
あとで彼女の希望を訊いてどうするか判断しよう。
「お待ちしておりましたスコルツェニー様、どうぞこちらへ」
人喰鬼将軍に案内されてクラリモンドを伴って入室すると、既に他の五芒星将は席に着いており私が最後のようである。
無論、遅刻したわけではなく余裕をもって来たのだが向こうが更に早く入室していただけだ。
それにしても全員揃うとは珍しい。
我ら五芒星将の関係は、友好的ではなくむしろ敵対すらしている。
未だに力こそが全てという風潮を持つ魔王軍の中でも武闘派の将校である故にそれぞれ派閥を有しており大魔王様の配下であるにもかかわらず私以外は忠誠すら誓ってない有様だ。
「スコルツェニー少爵、緊急な招集で申し訳ない」
「例の件で報告したいと存じ上げたかったのでこちらとしても好都合でありどうぞお構いなく」
だからこそ【力の象徴】である『五芒星将』の上に君臨するブルクドルフ中爵が居る。
適当に断わりを入れて、形だけは豪華な夜食が置いてある席に着いたと同時に目配せで大急ぎで仕上げた書類をクラリモンドに配らせる。
五芒星が描かれた鮮血の如く染まった円卓に出来立てを思わせる様に湯気が立つ豪華な料理の香りが鼻をくすぐるがそれは緊張を和らげるものではなく正常な判断を失わせる罠である。
そしてそのすぐ横に分厚い資料が置いてあるのは嫌がらせか何かか?
さて、想定したとはいえまさか魔王城に帰還してすぐに招集されるとは思わず、この間に問答や指摘事項の対処法について、この場で考えなければならない。
「ん?いつもの吸血鬼王ではないな?」
「現在、彼女は休息をとらせております。お気に入りでしたらもしよければ後日、マーヤを面会させますが?」
「いいや結構だ、珍しくひ弱な吸血鬼を見て張り合う気力が薄れたわ」
「それはありがたい。代理のクラリモンドはまだ未熟でしてね、寛大な配慮に感謝いたしますディルレヴァンガー少爵」
「縺上∈縺ク蜿ッ諢帙>縺ェ!縺ゅ>縺、縺ィ縺ッ螟ァ驕輔>!」
最大の懸念事項であった【躄地】のディルレヴァンガーによるクラリモンド弄りはなんとか流すことができた。
古の悪魔であり種族主義者の中でも過激派の彼からすれば、同胞の悪魔すら選別して粛正しているので、ただの吸血鬼である彼女など【下級種族】として認識し陰湿にいびり倒してくると想定していたからだ。
もっともこうなったのは平和主義者の大魔王様の甘さでもあるのがまあいい。
魔王軍の戦力の4割弱を有する『魔界防衛師団』の師団長の敵意を浴びずに済んだクラリモンドは内心、気が楽になったとも思える。
「さっそくであるが貴公らに集まって頂いたのは連日における連合軍の大規模攻勢の事だ」
「わが軍は、先日のデスナブルク要塞戦で大打撃を被って以来、連合軍は破竹の勢いで進撃しております」
「少なくとも23個連隊が撃破され2級督戦隊まで損害を被っており死傷者は70万以上と想定されるそうだが、メンゲレ少爵!」
「ほっほっほっ。死傷者の大半は、魔王軍ですら手が余るゴブリンなどの下級魔族や死刑囚や融通が利かない連隊長ですよ?その程度は想定内ですよ」
ただでさえ厳格で仏頂面のブルクドルフ中爵殿が更に顔をしかめて連日の大敗の説明を求めると待ってましたと言わんばかりにメンゲレ少爵が立ち上がる。
気を立たせる為にわざとやっているのかと言わんばかりに高い声で大げさなジェスチャーをこなしながら反論した。
「23個連隊の損害が想定内なのか?どうやらわしの認識とズレがあるようだな」
「連隊と言っても正規軍ではなく住民などを勝手に連隊長が総動員した人数なのですよ?下手すれば【反乱軍】の隠れ拠点とまで揶揄されて忠誠心も糞もない方々が何万、何十万死のうと痛くありません」
人界方面師団の総兵力は600万ほど、だが正規軍としてみるとたった33万ほどである。
人界とウラジミール魔帝国の国境は、事実上の空白地帯であり以前から国境紛争が相次ぐ地域である。
それならまだ良かったのだが、ゴブリンや暴君蚯蚓など、国家に属している認識どころか理性すら持ち合わせていない問題児の生息地である為、正規軍ですら見放されて無法地帯と化したそんな辺境は、独自の荘園制度が根強く残っており、国家や大魔王様への忠誠などないに等しい。
その為、ここでの『連隊長』は、国境付近の領主ということである。
つまり人界方面師団長様は、戦争を利用してどさくさに紛れて邪魔者を排除したという事。
「メンゲレ、その言い分だとこの戦況を逆転できる策をお持ちのようだな?」
「侵略者からしても想定を上回る大進撃で、補給線は伸びきっております。幸い占領地は焦土作戦済みであり敵軍は今ごろ大急ぎで兵站計画を練り直している所でしょう」
【第三次魔大戦】以来のこの戦争は、パンタゴーヌ王国が主体となった連合軍による大規模攻勢である。
復讐に燃える王国軍は、国境付近に駐屯していた2個連隊を瞬く間に撃破して、救援に駆け付けた『国境警備師団』をも撃破、更に連合軍による4方面侵攻作戦によりただでさえ統制が取れてなかった連隊が各個撃破されてしまった。
それでも戦力を再編した『人界方面師団』は、デスナブルク要塞で防衛を試みたが3日で壊滅的な損害を被って陥落してしまった。
その件を人界方面師団長であるメンゲレがディルレヴァンガーによって遠回しに追及されている。
「人的資源を消耗し過ぎではないのか?」
「略奪種族や死刑囚などはいくら損失しても痛くも痒くもありませんよ。」
「はっはっはっは!確かにその通りだ!下等種族などさっさと駆逐するに限る!」
「驍ェ鬲斐□縺」縺溘@縺ェ」
「ようやく国境付近の連隊の大半を掌握し、大規模な反攻作戦の準備が整っていますよ。あと数か月猶予を与えて頂ければ数百万人の人命を大魔王様に捧げて見せてさしあげましょう」
だが、損害の大半が武器すら満足に所持してないゴブリンなどの下等魔族、死刑囚などの囚人兵、統制しきれない領民や領主、成り上がりを試みている3級督戦隊の隊員である。
白衣を纏った丁寧語口調のメンゲレは、大げさに腕を振り人界方面師団が受けた大損害は大した事が無いと熱弁しているが、実際にこれで士気が上がったのは間違いないだろう。
少なくとも大魔王様や我ら魔王軍ではなく、侵略者に敵意が向けられたとすれば…。
「なんなら我が配下とその部隊を援軍として派遣してやろう」
「ほっほっほっ。頭でっかちだと思いましたが意外と冗談がお上手ですね!」
「あ?」
「あんたんとこの配下が人界方面師団と合流した翌日には、私の可愛い部下達が骨も残らず喰われかねませんからね。援軍は砲兵9個連隊で結構ですよ」
「我が砲兵連隊をそれだけしか要求しないとは?下等種族共を殲滅する気はあるのか?」
「砲撃や爆撃で敵軍を殲滅できないのは【第二次魔大戦】で把握済みです。どうせ数週間もしないうちに奴らは自滅するので足止め程度の連隊で充分ですよ」
第二次魔大戦は先の大戦で喪失した領土を奪還せんと魔王軍が周辺国家に宣戦布告。
当時、魔王軍の魔界防衛師団長が考案した航空戦力による偵察、爆撃が猛威を振るっており航空戦力はおろか対空装備が無かった人類は大打撃を受けた。
ただ、拠点を狙った戦術爆撃では敵軍を殲滅できずに人口密集地に戦略爆撃をするも効果が薄く逆に貴重な航空戦力を消耗させるだけで終わったのは確か。
なお、その大戦の末期は悲惨としか言葉に表せないがここでポイントなのは、足止めと発言したこと。
「なるほど、だからわざわざゴブリンすら住み着かない湿地帯に敵軍を誘導したのか。あの地域は豪雪地帯、寒波がくれば敵軍は進撃も後退もできず雪原へと埋もれていくだろう」
「スコルツェニー少爵、さすがに気づきましたか?デスナブルク要塞をわざと手薄にして拠点させて敵軍を集結、更に急激な戦線拡大により物資や武器、弾薬などを輸送し、最前線基地とさせる。そしてー」
「縺上∈縺ク縺ク!荳狗ュ臥ィョ譌上′闍ヲ縺励s縺ァ豁サ縺ャ縺ョ縺ッ讌ス縺励∩!」
「【呪言】で発言するのはやめろと何度言わせる気だブロニスラフ!」
『神界方面師団』の師団長、【颶風】ブロニスラフ。
まだこの世界が深淵と混沌で支配された時代から存在する【呪言】という言語。
『呪文魔法』を行使する為に人間はおろか古の悪魔ですら使う共通言語とは別系統の禁じられしその言語を使いこなすのは、さすが神々を監視する師団の長というべきか。
【呪言】は、『旧支配者』と呼ばれる存在と密接に関与しており、今なお、狂気を帯びる呪いの言葉、私も『奥の手』の為に取得はしているが使う機会が無い事を祈るほど存在するべきではない言語。
「コレハ失礼シタ。ドウモコノ言語デ話スノハ違和感アッテナ」
「あの言語は、ご自身の部下達だけで使ってくれませんかね?ほら可愛い部下が気絶しちゃったじゃないですか」
「ほう?あの新人吸血鬼は耐えたか」
「彼女は、マーヤによって特殊な訓練を修了しているのである程度は耐性をつけております」
「なるほど、だからこいつをあの女の代わりに付き人にしたのか」
「さすがディルレヴァンガー少爵、ご明察の通りです」
まあ、私が事前にクラリモンドを『祝福』していたおかげで耐えただけでもう気絶寸前なのだが。
やっぱり彼女には悪い事をした。
まあ弱みを見せると付けあがる古の悪魔には隙を見せずに済んだのは、不幸中の幸いであり、暫くは彼の配下に弄られずに済むと考えると悪くはない。
少なくとも気絶したディルレヴァンガーの部下達には弄られないだろう。
「トコロデ発言セズニ食事ニ夢中ノ奴ハ注意シナイノカ?」
「五芒星の4名が本気で指摘しないとこの頭でっかちは考えを改めんからな。その癖、仕事はできるから腹が立つ」
「専門外には口を出さないタイプだからな。ディルレヴァンガー少爵、ブロニスラフ少爵少し落ち着きたまえ」
「クソが!!」
「話は聞いておるし、【魔神将】や『ヴェールヴィエンヌの大虐殺』の資料は配布した。何か問題でもあるのか?」
「やっぱ、この野郎!シメてやらないと分からんようだな!!!」
魔神方面師団の師団長、【冷諦】のフェードア。
彼は一言で表すと、本質を見極めて結果だけを述べる男。
例えるなら、途中経緯や感情、風土、習慣に興味を持たず結果から分析してまとめ上げるタイプ。
歴史家などの学者には向いているかもしれないが情勢が変動する戦場では向いてないので魔神及び魔神将の封印、監視を管轄している師団長である。
「それにしても、こうして久々に【躄地】、【蹈火】、【颶風】、【冷諦】、【瀝血】が揃うと圧巻であるな」
「五芒星将とは名ばかり、どいつもこいつもいがみ合ってるだけですけどねー」
「ところでスコルツェニー少爵?例の7個の戦略兵器について尋ねたいのであるが?」
「はい、それではお手元にある冊子の5ページ目、【監獄の罠】の項から述べていきます」
【監獄の罠】
それは【第二次魔大戦】で追い詰められたデュラント教国が製造した戦略兵器である。
要するに広範囲に展開する敵軍をその地域ごと異空間に閉じ込めて予め仕込んでいた魔法を発動させる時限式の魔道具の一種。
ご自慢の『聖印騎士団』が総崩れになった際、追撃を行った魔王軍に対抗するべく投入された戦略兵器であるが問題なのは教国内にある複数の都市に仕込んでおり、魔王軍はおろか自国民ごと吹っ飛ばしてしまった。
まさか自国民を巻き添えにすると想定しておらず、国境付近の住民を根こそぎ動員していた当時の『人界方面師団』は師団長も含め全滅、これが響いて数百年以上経過した現在でも人界との国境付近は無法地帯になっている。
後続であった魔界防衛師団も半壊したが人類側も巻き添えを受けて大損害を被り、それがきっかけの1つになり停戦に至った経緯があるほどの危険な戦略兵器である。
「なるほど、貴公の話を聴くと、教国に神の1柱が関与していると」
「間違いなくベロボーグ神教に登場する基本6神の1柱、クパーラと見て間違いないかと」
「チッ!逆手に取られたな。情報流出はやはり罠だったか」
「正規軍ではなく冒険者や傭兵などで構成された補給部隊、そしてわざわざ複数の中継国を通していたのを怪しむべきでしたね」
「手ッ取リ早ク最前線デ使用シテ来ナイノニ疑問ヲ抱イテイタガ」
これにより『人界方面師団』の精鋭、特に特殊部隊が壊滅し、後の上層部となる人材、いや人界方面師団の中枢となる人材が喪失したとなれば魔界防衛師団の影響がますます強くなるのは間違いない。
「ところで良くその緊急事態において女神クパーラの仕業と断言できたな?」
相変わらず痛い所を突いてくるなディルレヴァンガー。
さて、どう返そうか。
そう思っていると助け舟を出すかのように慌ただしくベルが鳴る。
「発言を許可する」
「会議中、申し訳ありません!緊急事態が発生しました!」
「何事だ!?」
「パンタゴーヌ王国軍がサンクトグラードに向けて進撃を開始!!おそらく1個軍団以上かと!更に後方に多国籍軍、また聖印騎士団がプリシプ峡谷に大規模な攻勢!目標は『対人類用 虐殺兵器設計局』かと!」
すぐにブルクドルフ中爵は、『消音障壁』を解除し会議の終了を知らせる合図と感じる。
それを受けて慌ただしく身だしなみを整える者、気絶した者達を起こす者、相変わらず飯を食べる者。
緊急時にどんな対応をとるかある程度、判断がつきそうであるがそれは置いておくとして中爵の怒声に縮こまったのか伝令は扉越しから震え声で報告してきた。
「教国の国境沿いとはいえ魔王領に攻勢してくるとは…」
「意外と早かったですね。まあ、先の大戦より兵站能力が向上しているという事ですか」
「所詮、下等種族の寄せ集め!さっさと撃破するのに限る」
「人類を舐めない方が良いですよ?最近、彼らの魂の研究をしていますが素晴らしい可能性の塊で恥ずかしながら興奮してしまいそうなほどですよ」
「あの貧弱な人間どもがか?ハッ!馬鹿らしい!」
「勇者になるのも聖女になるのも人間だけですし、動く屍や亡霊になるのも圧倒的に人間が占めてます」
ところで、この狂気の科学者に私の自室の前に設置された悪趣味な置物を撤去をお願いしたいのだがどうせ軽く流されるので強制的に撤去させてもらおうか。
なーにを考えて複数の人体を素材として合成獣化させた肉体に4人の魂を定着させて生命維持装置を付けたのか。
相変わらずこいつの考える事が分からん。
彼の場合は、戦争よりも3年前の事件で得た200人の魂にやたらとご熱心なのだから困る。
「これにて会議は終わりだ!各自持ち場に付け」
「「「「「イエッサー」」」」」
招集されただけで忠誠心も団結力もない彼らは一目散に飛び出していき残ったのは私と、憔悴しきって今にも座り込みそうなクラリモンドと、一名分を除いて手を付けられずに廃棄が確定した夜食だけ。
「やっと終わったのですか?」
「ああ、終わった、ご苦労だったなクラリモンド」
「ううっ」
「…自室までエスコートをしようか?」
「…はい、お願いします」
やはり精神的なダメージが大きいな。
五芒星将の配下を含めて吸血鬼如きでは歯が立たない【Sランク討伐対象】を瞬殺するメンバーだったので内心お察しする。
だからといって、遠ざけて存在力が低下して舐められれば、彼女は玩具として扱われかねないのでこうしてお披露目をするのは大事だ。
「それにしても、パンタゴーヌ王国軍は嵌められた気がするな」
「え?」
「いや、なんでもない」
私の記憶が正しければ、サンクトグラードを攻略するには湿地帯を避ける為に北西の荒野で迂回する必要がある。
その為、どうしても時計回りに進軍する必要がある。
だがそれは進軍の都合上、伏兵や奇襲攻撃、包囲されるリスクがあるので、だからこそ連合軍の部隊が後方に続いたのだと思うのだけど…。
サンクトグラードを攻略できる王国軍の部隊周辺には、人間至高主義の『デュラント教国』と『ゴンサレス魔導国』の部隊しか存在しなかったはずで、パンタゴーヌ王国軍は多種族で構成されている。
それらの情報を踏まえると、補給が立たれ孤立して豪雪に震えながら来るはずもない援軍を夢見て倒れていく王国軍の兵士の様子が目に浮かぶ。
まるで煽てて持ち上げつつ、いざとなったら王国軍を切り捨てる両国が想像できてしまう。
憎しみと報復に駆られた正直者の狗と力なき被害者の羊は横たわり、狡猾な老いた狐と神の如く傲慢な傍観者がそれを見て笑う。
まるで戦争の縮図ではないか。
「スコルツェニー様?」
「ああ、すまない。では行こうか」
まあ、私の知った事ではない。
今、やるべきことは顔色が更に悪くなった彼女を自室に送り届けるだけだ。




