50話 さようならエルティアナ
足元に出現した紋章が発光をさらに強めている。
まるでオレ達の存在を消滅させるかのように。
「紋章を壊して脱出はできないのですか?」
「…無理だな、空間に『固着』してるので破壊は不可能、空間を歪めても良いが何が起こるか分からん」
「では、このままあらゆる物質を消滅させる神聖魔法を受けろというのですか?」
「逆に考えるんだ。その神聖魔法を利用して脱出するのだと」
王国兵も冒険者も傭兵も四方八方にばらけて脱出を試みようと必死に走っている。
だが、それでなんとかなるなら魔王軍幹部たちもそうしているので間違いであることは分かる。
でもどうすることもできなくて魔王軍幹部の御一行様に近づいてみたらと良い話を聴いた。
なんか難しい話をしているようだが要するに彼女達の傍に居たら脱出できるかもしれん。
「後ろから来ます!逃げてください!」
「うおっ!?」
エミリーの叫び声で慌てて振り返ると人形が居た。
光のせいで見づらかったがその巨体が凄い勢いで突っ込んできたので慌てて回避するとそいつは、五芒星将の居る方に突っ込んでいって激突するかと思いきや解術されたのか砂の様に崩れ去ってしまった。
「この場では【血】すら制御できないか」
「それより早急に脱出の対応をして頂けませんか?これ以上長居したら肌を痛めてしまいますわ」
「日焼け止めクリームじゃこれは防げないもんな」
女吸血鬼王は手を竦めて呆れた様子で五芒星将につっかかっているが先ほどとは違い余裕がなさそうだ。
それを受け流して軽口を叩いている五芒星将も何かを掌から垂らしているようだ。
「それでエルティアナさんよお!俺達を始末するんじゃねーのか?」
「こうなった以上、私が手を下そうが下さないが結果は同じだからもはやどうでもいい」
「嘘ね。実際、やる気なかったはず」
「何でそう思うの?」
「だって、私達、まだ生きてる」
オレの冒険者人生を台無しにした女戦士様と抹殺されそうになってる仲間達が呑気に雑談していた。
人間性が薄れているエミリーは、ともかくエルティアナが仲間を虐殺するなんて考えられないからミシェル隊長の言う通りで五芒星将達を誤魔化すブラフじゃないかと思っているが…。
どうも、彼女の思考が歪んでいるのは間違いないだろう。
「デ?脱出できる提案は思い浮かんだカ?」
「それを考えるのが『賢者』じゃないの?ねえホイスラー?」
「その異名は、魔法学校を卒業した証に魔導国によって付けられた銘であってだナ」
「なんも策も案も無いなら皆さんと同じように四方八方散らばった方がいいのではないですか?」
「クロフォード、眩しくて瞼を閉じたいくらい視界が確保できないのに?」
「固まって全滅するよりマシでしょ!」
全員、負傷しているのに元気そうだ。
その元気をこっちに分けてもらいたいくらいだ。
とりあえずさっきの情報を伝えようと声を…。
あれ?なんか風を感じる。
おかしいな瞼を閉じたのように真っ黒に反転していて音が途切れた。
何が起こったのか分からない。
そう思った矢先、激痛が全身を迸り息ができなくなった。
苦しいってもんじゃない。
そして全身が叩き付けられたのを感じて初めて自分が攻撃を受けたと知った。
「が…っ」
喉に血が入ってるか声どころか呼吸すらできない。
「あらあら可哀そうに…これでは先は長くないわね」
女性の声から自分が瀕死なのはわかった。
意識も途切れそうに…なって。
あの時、自分の【本能】…従っていれ…
『後悔先に立たず』
前世の記憶が…これを、どう…。
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よりによって神聖 最上級魔法の1つ“最後の審判”を仕込んでおくとは…。
万物を崩壊させ、生者はおろか死者や精霊すらも断罪し全てを無に帰す物。
これを『救い』と捉える者もいるが実際は、全てを抹消させる浄化系魔法だ。
無論、これは人間で扱えるものではないし、大精霊であっても構築式すら作れない。
だが魔力と自身の流れている血から誰がこんな悪趣味な罠を仕込んだか分かる。
『ベロボーグ神教』に登場する13神が1柱、クパーラ。
清らかさや清潔などを司っていた女神!
あの忌々しい女神め!魔力の質や紋章、構築式からして嫌がらせのオンパレードだ!
幸い、タイムラグがあるおかげで脱出できるのであるのだけど…。
「血を垂らすだけで紋章ができるなんて便利ですわね」
「むしろこれだけの【血】を制御するのに精一杯だ、恥じるべきことではある」
「ああ、いい香り、やはり岩人形や泥人形を作る為だけに使用するなどと…」
さて、舞台と役者と道具は整った。
あとは開幕する為に必要な観客と血のみであるが肝心の血が…。
死者であるマーヤの血ではこの構築式では使えず生者の血が欲しいのだけども。
やむを得ずしもべを生贄にする為に創造しようとすると、地面に潜んでいた岩人形の攻撃を喰らって飛んできた冒険者が紋章の中央部に激突し、発動できる条件が整ってしまった。
「あらあら可哀そうに…これでは先は長くないわね」
お人好しのマーヤの発言通り冒険者は瀕死状態でありよっぽどのことが無いと助からない。
良く見るとあの人語を話すゴブリンではないか。
皮肉にも反抗した結果、創造主によって滅ぼされる岩人形達を自身の身を照らし合わせてしまいつい、確認してしまったが時間の無駄である。
「ゴブタロウ!」
「ゴブタロウさん!?」
彼女は、エルティアナだったか。
デロリアン4個中隊が1つ【疾風迅雷】の部隊長にして異端者。
横に付き添うのは幽鬼級の亡霊か。
不思議な組み合わせであるが…天空から出現し彗星が地平線に落ちていく以上、時間が無い。
「がっ、助け…」
「安心しろ、もうじきその苦しみも治まるさ」
「あいつら…も…助け…」
虫の息であったゴブリンは最後の力を振り絞ってエルティアナを指差した。
いや、彼女の後方で座り込んでいる6人の亜人の事か。
「次元 中級魔法“引力”」
「ぎゃあ!」
「がっ!」
別に放置しても良いのであるけど、彼のおかげで脱出できるので願いを叶えてあげようではないか。
【大精霊】が死にかけのゴブリンの願い事を叶えるとは我ながら可笑しな事をしたものだ。
敵意剥き出しで警戒しているエルティアナ達に彼らをぶつけたのは『契約』の代替というべきか。
もっとも、1人は霊体の為、貫通し、もう1人はうまく衝撃を殺しながら受け止めてしまった。
「本当にこの紋章で大丈夫なのですか?明らかに攻撃魔法のようですが…」
「逆転の発想さ、この【監獄】は神聖魔法が発動しないと脱出できない。ならその魔法攻撃を利用してやれば良い」
「利用ですって?万物を消滅させる回避不可能の魔法攻撃を?」
「マーヤの眷族である大いなる魔の探求者の技能の応用だ」
「ああ、魔法を魔力に分解して再構築させるのですか」
「そういう事だ」
さて、彗星が地平線へ沈んでいった。
それは、『“最後の審判”』の発動条件であり全てを打ち消す光が照らす合図である。
そしてそれは閃光のようにすぐに終わり辺りには砂漠が広がっていた。
「もう脱出できたのですか」
「所詮、罠だ。対処できれば発動した瞬間、効果を失う」
真っ先にマーヤの様子を見ようとしたが風によって砂が巻き上がり目に入るが問題はない。
吸血鬼王である彼女の肌は光で焼けているが…まあ、再生速度からして1日もあれば完全に回復するだろう。
さて、脱出成功であるが唯一の気がかりが紋章の発動がいまいちであったことだ。
天空に放出される神聖魔法に置き換える構築式は、間違えておらず実際に発動したのだが何故か想定より縮小した効果であった。
それは膨大な魔力の一部がどこかに消滅したを意味する。
感知しようとするが見つけることはできなかった。
わずかとはいえ膨大な魔力を放置するのはまずい事態であるがこれ以上の捜索はできない。
ここで遭遇した部隊も含め、8個の輸送中隊がこの【戦略兵器】を輸送している。
つまり、残り7個の中隊を襲撃した部隊が巻き込まれる可能性があるから一刻も早く救援に向かわなければならない。
「待テ…我々ハ」
「残念だがお前達に構っている暇はないのでな」
「お言葉ですが闇の眷族より神聖魔法耐性があるはずの彼らの灯が消えかかってます。放置すればそのまま死に絶えるかと」
それは嫌味かマーヤ?
亡者が生者を思いやる感動的なシーンではなく、救援に向かう前にすぐに治療しろという嫌がらせである。
さきほどまで発生していた光は、魔法攻撃ではないものの人体に深刻なダメージを与えており見かけ以上に重傷を負っているので保障しろということだ。
時間が無いが、しもべを殺害する為に創造する手間を省けた代償を支払おうとしよう。
「流水 中級魔法“治癒の雨”!」
これで多少はマシになっただろう。
あのマーヤが満足したとは思えんがそれよりささっと友軍の救援に向かう。
「これだけですか?」
「現時点で可能な限りの対処をしただけだ。…血は2瓶でいいか」
「2樽の間違いでしょう?あとで請求しておきますわね」
次回からは索敵に特化した眷族を同行させるか。
「次元 上級魔法 “上位転送移転”」
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「“流出接触”!」
「ぎゃあああああ!」
なんか抜けた!大切な物が抜けた!!
思わず目が覚めて辺りを見回すとエミリーが居た。
やっぱ、お前か!
「エミリー!それはやめろと何度言わせれば!」
「お身体は大丈夫ですか?」
大丈夫なわけない…あれ?
身体は痛くてだるいがそこまで大した怪我をしてない感じがする。
最後は死の宣告までされた気がするが何故だ?
「思ったより動けるな」
「そうでしたか、実は皆様も傷が癒えていたのでもしやと思いましたが…」
「まあ、生きているなら勝ちだ」
「つまり私は一生、負け犬なんですね」
「そんな顔するなよ。マジで怖いからやめてくれないか」
エミリーが怖い顔をしてきたので宥めて状況を確認してみる。
ミシェル隊長やローウェルさん、タイラー…全員居るな。
…と思ったがエルティアナがどこにも居なかった。
いつもの瞑想タイムでもしてるのかと思ったがこんな緊急事態でもやるとは思えない。
「なあ、エルティアナはどこ行ったんだ?」
「お姉さまはここにはいらっしゃいません」
「えっ?死んだのか!?」
するとエミリーが更に不機嫌になった。
前世の記憶から『般若の面』という単語が思い浮かぶほど生者ではあり得ない形相になってしまった。
「演技とはいえお姉さまはクランのメンバーに刃を向けたので責任を取って脱退しました」
「ええ?そんなにあっさり抜けたのか!?」
「別の思惑があったとはいえ私とゴブタロウさんを置いていくなんて…」
なんか禍々しいオーラが漂っている感じがして寒気がする。
エミリーは憎んでいるというより身を律しているがそれでも感情が抑えきれずにオーラが漂っている感じとういうべきか。
所詮、彼女の姿は仮であり本質は死霊になった魂なのだから肉体が無い分、感情が分かり易い。
「とにかく早く友軍の駐屯地で休みたいな」
「そうですね。ゴブタロウさんも目覚めたので皆様に働きかけて早く中継地点に向かわなければなりませんね」
「あれだけの騒動があったら連合軍の部隊の1つや2つ来てもおかしくないと思うんだけどな」
「実は、皆様が伸びている後、複数の場所であの悲劇が繰り返されたようで指揮系統が混乱しているようです」
話題を逸らす事に成功したが、つまりオレ達と同じパンタゴーヌ王国軍第3軍団付属の混成輸送中隊が全滅したという事に間違いないだろう。
もちろん、他にも補給物資を運ぶ部隊は存在するが、王国中の冒険者を徴兵して部隊を構成していたのでそれが全滅したとなると…。
「もしかして王国の冒険者って全滅したのか」
「そうかもしれませんね。その状況下で『古代の鳥』のクランメンバーが全員生存したのは奇跡かもしれません」
「傭兵の訓練を修了している分、他国よりダメージがでかそうだな」
「ええ、私達も全滅する前に早く中継地点に向かいましょう」
そう言ってエミリーは、皆に呼び掛ける為に飛び出していった。
風が吹いたと思うと砂が舞って思わず瞼を閉じて再び開けるとまるで砂漠地帯に放り出されてたような環境にいる事に気付いた。
あの空間を覆うほどの魔法陣は、視界が入る範囲の環境にまで影響を与えたようだ。
まるで死の大地と言わんばかりにさきほどまで氷で覆われた大地が砂で覆われており歩く度に装備品の重みで脛まで埋まるくらいだ。
「エルティアナ…」
思えば、彼女との出会いがきっかけでここまで来れた。
でももう、彼女はこの場に居ない。
強引の所もあったが色々教えてくれたり訓練や勉強を自分の時間を割いてまで手伝ってくれた彼女。
料理も作ってくれたりいろいろやってくれた彼女。
でももう居ない。
「せめてお別れの挨拶をしたかった…」
縁起でないのは分かってる。
でも、それでも彼女にきちんとお礼を言いたかった。
地平線に日が沈もうとしている。
オレを導いてくれる光は地平線の彼方に沈んでしまい闇が訪れようとしていた。




