45話 魔王軍幹部 五芒星将
荒野を駆けているせいかガタガタと荷台が大きく揺れている。
別にそれ自体は良いのであるが荷台に乗っているオレは揺れで気分が悪くなってくる。
隣に居る奴は、既に身を乗り出して吐いていて更に気分的に宜しくない有様だ。
馬車に乗る方が楽だろう…一昨日までそう思った自分を殴りたい。
こちらパンタゴーヌ王国軍第3軍団付属04混成輸送中隊022号車。
只今、補給物資を中継地点に輸送中。
冒険者167名、傭兵65名、王国兵23名、馬車25台、対空砲車10台、損害無し。
引き続き上空を警戒。
「やっぱさ、あの対空砲車は装甲が足りないと思うんだ」
「機動用だから仕方がない。あれも元々補給品の1つだしな」
別の冒険者たちの会話を聞いて酔いを意識しないようにする。
対空砲車とは、大きな車輪が付いた台車に軽量の小口径砲が取り付けられているものだ。
2匹の馬に曳かせる為、重量は最低限であり対空装備としても気休めである。
「『第二次魔大戦』で魔王軍の空爆で大損害を被った教訓とはいえ酷過ぎる」
「あれでも大型の魔物を撃ち落とせるんだから我慢するしかない」
この世界で何が一番脅威だと言われると空を駆け巡る魔物である。
代表的なのは、血塗られた大鷲などの化け物。
もしくは魔王軍に所属する航空戦力もしくは偵察部隊である。
こちらは地を這って進軍するのに向こうは空から丸見えとか戦略もあったもんじゃない。
ましてや連絡手段は限られており即時に情報伝達する技術がほとんどないのだ。
「だからと言って700年前とほとんど変わらない骨董品を持ち出すものか?」
「戦線が拡大して骨董品を引っ張り出すまで追い詰められてんだろう」
大虐殺の時は、エルティアナが暴風魔法で、血塗られた大鷲は瞬殺していたがあれは例外であり魔法が使えない兵士からすれば訓練さえすれば扱える対空装備はありがたいものだ。
「おいその見張り!さっさと上空を見張ってろ!」
「申し訳ありません!すぐに!!」
手を休めていたら同僚に怒られたので慌てて望遠鏡を覗いて索敵を行なう。
とはいえ、範囲が限られるうえに見えた時点で手遅れに近い。
「先鋒に志願するじゃなかった」
「斥候の恥さらしが!だったら物資担いでヒイヒイ言ってる歩兵になれ」
「そこで吐いてる奴に言ってやれよ」
「吐いてる人、うちのリーダーでなんとも言えないんだ」
商人を護衛した事はあるがそれよりも大規模で敵の襲撃がある可能性が高い以上、気が抜けずにイライラしてしまう。
調合師ローウェルさんは中央部の馬車の中で砲丸や弾丸製作に勤しんでいるだろう。
魔法使いも常時、臨戦状態とはいえ待遇が良い。
傭兵のほとんどは、対空砲を扱えるように訓練された者か騎兵である。
よって、荷物を背負ってヒイヒイ言ってるのは高度な知識や技術を持たない冒険者である。
「お前は良いよな!身体が小さいおかげで軽装備で居られてよ!」
「こっちだって背が足りなくて剣術や日常生活で苦労してるんだ!」
苛立った冒険者がオレを弄ってきたので反論して任務を遂行する。
いくら勝利で獲得した場所とはいえ敵地、いつどこから魔王軍が攻めて来るのか分からない。
もしかしたら転送魔法で味方部隊の中央部から敵が湧き出す可能性もある。
さきほどから嘔吐いている冒険者も後方を警戒しているのだ。
彼の場合は、馬車から降りた方が良いと思うのだがオレ達の個人的な見解で馬車を止めることができないのでどうしようもないが。
「13時方向、何かの集団を発見!」
「なんだと!?」
御者からの報告で慌てて前方を望遠鏡で確認する。
確かに12体くらいの魔族が見えた。
「武装してないから民間人じゃないのか?」
「奴らやお前らと違って人間は牙も爪ないんだぞ?人間視点から見れば奴らも脅威だ」
冒険者を徴兵するのはパンタゴーヌ王国くらいのものだ。
そこの冒険者は多人種で構成されているので必然的に輸送部隊は人外が多く占めている。
班長が拡声器で周りに知らせているのを尻目に輸送している補給物資を思い出してみる。
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食料、アルコール、包帯や雨具はもちろん、剣や弓や槍などの武器。
鎧や外套などの防具や呪文書や治療薬など高価な物も含んでいる。
そして高射砲や魔導砲などの貴重なものから、弾丸や矢などの消耗品を輸送してる。
特に爆薬や弾丸などは部隊の中央で専門要員が輸送している。
そこまではよかったのだが、1つだけエルティアナが警戒した物があった。
それはデュラント教国からの積み荷である。
彼女が部隊長に詰め寄り輸送を諦めるように説得していたほどである。
「中身や取り扱い説明もなく輸送するなどあり得ない」
珍しく彼女が何度も愚痴っていて新鮮であったがそれほど不自然な物であるのは確かだ。
正体も取り扱い方法も不明確のもあったがわざわざ中継国を通して遠回りに輸送しようとした意図が不明である。
それは黒く塗装された小さな金属製の箱であったので紐で縛り付けて固定して馬車に積んで輸送している。
エミリーも箱から光が溢れ出していて嫌だと駄々をこねていたが我慢してもらっている。
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何故そんな事を思い出したかというと、その黒い箱に躓きそうになったからだ。
誰だ!?積み荷に縛り付けたのはいいものの出っ張るように固定した奴は!?
「騎兵部隊が始末しにいくそうだ」
「血湧き肉躍る奴らめ、遭遇するのが不幸だというのに」
「いや、奴らは傭兵だから武功を立てるのに良い機会でありむしろアクシデントを望んでいたからな」
傭兵と冒険者は別物だ。
この国では、冒険者は傭兵でもあるが傭兵は冒険者ではない。
冒険者を傭兵の様に扱う事はあっても傭兵は冒険者替わりにならないのだ。
理由は簡単。
国際機関である故に制限がある冒険者とは違い傭兵は腕っ節で成り上がれるからだ。
奴らが敵の首を討ちとって持って帰ると報酬が増えるとは違い冒険者は依頼外の報酬はほとんどもらえない。
「部隊名、班名、発見時刻、規模、状況、対応はしっかりメモしたな?」
「もちろん、報告書を書くための準備はできた」
「よし全員できたようだな」
そして何より報告書を書くのが冒険者である。
奴隷の剣闘士が出世して傭兵になり最終的に王になる物語とは違って冒険者にロマンはない。
傭兵はアクシデントを望んで腕っ節で力づくで出世するのに対して、冒険者は想定外を望んでおらず依頼通りこなして報告書を書いて提出するのだ。
今回の場合は、オレ達の班が第一発見者になったので全員が報告書を書く義務がある。
傭兵だったら敵に突っ込んで勝利して戦利品を提出して口頭報告して終わりである。
メモ帳にペンを走らせ終えて班長に報告したがそう考えると傭兵に嫉妬したくなる。
「すごい勢いで駆け抜けていったな」
「傭兵は勝てば勝つほど出世していくからな。オレ達とは別ものだし」
「なんだゴブタロウ?もしかして冒険者を辞めて傭兵として生きていくか?」
「長生きできんから冒険者でいい」
「そりゃあそうだな」
冒険者は何も護衛任務とか戦争とかじゃなくても生活していけるが傭兵は常に最前線で活躍しないといけないから短命であり出世したとしても精々、軍の下士官くらいにしかなれない。
尉官や佐官クラスはより専門的な教育が必要だから腕っ節だけじゃ出世できないのだ。
まあ、こんな事を偉そうに語れるのは、大尉だったエルティアナくらいのものだが。
「あっさり倒したようだ」
「まるで虐殺だ。完全に民間人じゃないのか?」
「だったらどうした?我々は輸送任務、立ち塞がるなら薙ぎ払うまでよ!」
御者も含めて雑談してるのを聴きながら望遠鏡で状況を確認してみる。
7名の騎兵が手を振っており命懸けの戦闘をしたとは思えないほどである。
ちょうど進行方向だったので合流すると狩り取った頭を抱えて生き生きしている彼らの姿を見てドン引きした。
彼らから報告を聞いて討伐時刻と結果、そして念押しされたので名前も書き記した。
そしてメモ帳をポーチに仕舞おうとすると新手を見つけた。
「また居るぞ!今度は14時方向、数は8名。全員さっきと同じようだ」
「絶好の稼ぎ所だ!今度も任せておけ!」
数と方位を告げると騎兵隊のリーダー格がそう言ってまたもや部隊を率いて飛び出していった。
8名の勇敢な騎兵が哀れな獲物達に駆け寄っていく。
そこまでは良かった。
騎兵の暗黒森人が前方に居た同僚の馬を攻撃して被害者は悲鳴をあげて落馬した。
裏切り行為にそれを見た彼らの怒声がここまで聞こえる様だ。
「Bランク冒険者レオンさんから伝言だ。馬車を停車させて警戒せよとの事」
「了解、すぐに停車させる」
馬で翔ける伝令の伝言を受けて御者が手綱を握り締めて停車の準備を始めたようだ。
思わぬ転倒事故が無い様に足を踏ん張って荷台の縁に捕まって完全に停車するのを待つ。
完全に動きが止まったのを確認して荷台から降りて騎兵達の方を確認する。
どうやら裏切り者の暗黒森人に苦戦していたようだが多勢に無勢だったのかやられて落馬した。
一方、当初の目標は、少し遠くに見えるが騎兵からすればすぐに追いつく距離であろう。
落馬した騎兵はどうなったのか確認するまでもなく無事だったようだが馬は横たわったまま動かないのをみると死んだようだ。
他に犠牲者は居ないようで安心した。
「おいおい傭兵共が駆け寄ってるな」
「あれが傭兵社会の闇か、いやだな」
「馬鹿なこと言ってないで早く行くぞゴブタロウ」
「分かりました。すぐに行きます」
同僚から裏切り者が出たという事で慌てて傭兵達が駆け寄っているのを見ると中心に居る騎兵から話を訊く気力がなくなってくる。
それを察したのか班長に背中を叩かれれ喝を入れられて背筋が伸びる。
何かを言おうとするが彼は部下を率いて傭兵達の溜まり場に走っていった。
「やっと静かになりましたね。ずっと黙って傍観するのは暇でした」
「エミリーも見張りをやればいいのに」
「何を仰るんですか!私の視力じゃ見えませんよ!せめて望遠鏡を使えないと無理です」
「あー済まん、その事を考慮してなかった」
空気扱いに定評あるエミリーが話しかけてきたので愚痴ると逆に突っ込まれた。
だったら周りを警戒すればいいだろうとツッコミを入れると逆にグダグダになるのは経験済みなのでさっさと話を切って班長の後を追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってください!まだ憑依してませんー!ゴブタロウさんー!」
後ろを振り返るとなんか腕をバタバタ振り回して必死に追いかけて来るのを見て思わず意地悪したくなったのでそのままあえて無視をして走り続けた。
「酷いです!分かってて無視するなんて!エルティアナお姉さまに言いつけます!」
結局、彼女が追い付いたのはオレが足を止めていた時であった。
あーこれは後でご機嫌取りしたほうが良いな。
さて、どうしようか。
「全くこいつのせいで馬が1頭駄目にされた!畜生が!」
「結果的に馬は1頭余ったからさっさと次に行くぞ」
「お前らばっかずるいぞ!今度は我々にやらせろよ!!」
落馬した騎兵が恨むような眼付きで暗黒森人を思いっきり蹴っ飛ばした。
だがその死体に違和感を覚えた。
出血していないのに血の匂いが濃厚過ぎるのもあるがそもそも暗黒森人の騎兵なんか居た記憶が無い。
顔と名前を覚えるのは苦手だがさすがに特徴的な暗黒森人は気付く。
「ねえゴブタロウさん?」
「どうしたんだエミリー」
「死人が居ます」
そりゃあ死人だからな。
そう思ったが彼女の言い方が気になった。
「いや、殺されたら死人になるだろう?」
「違うんです!元から生者じゃない感じがします…それどころか動く屍?」
エミリーの話を聴いて皆から気付かれない様に後退をする。
皆にも告げたかったが明確な証拠がない以上、笑われるのがオチでどうしようもない。
ゴブリン的本能が全力で逃走しろと警告してくるがゆっくり後退するので精一杯だった。
「それにしても妙だな?斬ったのに血が出てこない」
「森人は血じゃなくて水じゃないのか?」
「同族を馬鹿にするのはやめてくれませんか」
「一緒にされなかったら試しにその短剣でこいつを斬り付けてみろや」
森人が傭兵仲間から短剣を渡されたようで嫌そうな顔をして死体に近寄った。
「すごい勢いで血が噴き出したじゃねーか!」
「死んだフリしていただけじゃないのか?」
「どちらにせよ、血で汚れちまった。手入れが面倒だ」
そして彼は短剣で肉塊を斬り付けると返り血が周りに飛び散ったようで集合していたせいで被害が拡大してしまった。
指示された挙句、仕方なくやっただけなのにもっとも血塗れになった被害者の彼が怒られるという不憫な光景である。
そこまでは良かった。
次の瞬間までは。
「おっ!ぐおっ!おっ!?」
突然、真っ赤に染まった森人の皮膚が次々に盛り上がっていく。
まるで体内から大量の泡が噴き出して皮膚を突き破ろうといわんばかりに膨らんでいく。
目、鼻、口、はおろかあらゆる部位が増殖する肉に埋もれていった。
それどころか、周りに居た傭兵達も同じように肉が増殖している。
鎧や兜を付けている分、軽装備の森人と比べて悲惨な膨らみ方をしている。
「ゴブタロウさん危険です!後退してください!早く早く!」
さっさと悲惨な光景を背に全力で逃げたかったがどんな結果になるか分からずどうしても状況を確認しながら逃げるしかできなかった。
というか、急な出来事で現時点で20歩くらいしか後退してない。
その為、エミリーが体内で急かしており身体中に彼女の声が駆け巡っている。
「分かってるよそんな事!」
ところで湧き出た泡はいつか割れるものだ。
それを証明するかのように泡立った肉団子は、血肉を飛ばすように弾けた。
まるで体内で爆発したかのように破裂した肉塊をきっかけにして次々に他も爆発していった。
飛び散った血が無事だった傭兵達に降りかかって真っ赤に染めた。
その瞬間、返り血を浴びた者達が次々にボコボコと皮膚が膨れ始めた。
「なんだあれは!?」
「良くわかりませんが魔力を感じるので魔法攻撃のようです」
「ふざけんな!こんな糞みたいな魔法があってたまるか!」
とんでもない事を聞かされて思わず怒鳴り込んだおかげか身体に力が入るようになったので、もはや恥に気にせずに全力で逃走する。
後ろから助けを求める声が聴こえるが生存者なんか知るか。
「ぎゃあああがっ!」
「うぎゃあっ!」
後方から聴こえる悲鳴はすぐに途切れているので爆発したようだ。
「エルティアナ!助けてー!」
ちょうど見覚えがある鎧を見かけたので彼女に向かって走る。
傭兵には教国出身の人物も居るのでエルティアナは縁起が悪い名ということで『ティアラ』という設定であるがもはやどうでもいい。
「返り血を浴びてないか!?」
「大丈夫、なんとか逃れたみたいだよ」
彼女に駆け寄って確認してもらって安心するのも束の間、息苦しくて布マスクを外したいが無理なので仕方なく息を整える。
後ろを振り返ると血だまりが広がっていた。
馬の死体や鎧や武器と一緒に眼球や内臓の一部が散乱しておりもはや地獄の光景であった。
「なんだあれは?」
「本隊へ伝達しろ!」
「何が起こったか報告しろ!」
周りは騒ぎ立てているようだがそれよりも血だまりが動いているのが気になった。
そして何かが立ち上がってこちらを見ている。
それは、さきほどの暗黒森人のようである。
血が垂れて姿が良く見えるようになるとそれは確信に変わった。
「ところであんな事をできる奴って魔王軍に居るのか?」
「1人だけ心当たりがあるよ。どうも異名は正しいようだ」
エルティアナに心当たりがあるって事は大物に違いない。
あーやだ、絶対四天王とかそういうポジション辺りだ。
「皆々様ごきげよう!ウラジミール魔帝国にようこそ!」
さきほどの虐殺の元凶がわざとらしく腕を広げて大声でこちらに呼び掛けている。
陽気な声であり血塗れではなかったら同僚を攻撃するようにはみえない男である。
「ゴブタロウ、気を付けろ。私の記憶が正しければ魔王軍の武闘派将校で構成される『五芒星将』の1人だ。」
「うげえ」
エルティアナの一言で、あちらにいらっしゃる御方が魔王軍幹部だというのは分かった。
どうしよう。こんなに早く遭遇するとは思ってなかった。
「ほう?すぐに見抜けるとはやるな」
近くから声がして慌てて距離を取るとなんと傍に血塗れの馬が居た。
当然の様に二足で立ってこちらを見ており大いなる魔の探求者ですら転送魔法を使ったというのに彼は、まるで瞬間移動をしてきたように何気なく会話に参加してきた。
「2つ尋ねたいことがあるのだが良いかな?」
彼はわざと周りに聞かせるようにエルティアナに優しく尋ねた。




