46話 五芒星将 【瀝血】のスコルツェニー・ルサールカ
何が起こったのかさっぱり分からない。
突然傭兵達の皮膚が泡の様に膨れて爆散したと思ったら馬が話しかけてきた。
「馬が人語を使いこなすとは多種族国家もびっくりだ。別に構わないよ」
「単刀直入に訊くがデュラント教国の積み荷はどこにある?」
「教国の積み荷は1個だけ心当たりがあるけどあの小ささだ。どっかの馬車の荷台の隅にあるんじゃない」
「やはりそうか。後でじっくり探させてもらうとするか」
「させるとでも?」
いつの間にかエルティアナは片手剣を握りしめており、やる気満々である。
近くに居た王国兵や傭兵、冒険者までもが臨戦状態であった。
あっこれは巻き込まれるパターンだ。
「スコルツェニー様はお優し過ぎますよ。さっさと殲滅すれば済む話ですのに」
「弱い者苛めは可哀そうだろう?」
「その割には、さっきの攻撃は即死させずに苦しめて虐殺しましたね」
「さすがに意気揚々と自国民を虐殺する者達に慈悲はかけられん。彼らが自分の犯した罪を噛み締めて死んでいったのを願うばかりだ」
オネエの様な喋り方をする暗黒森人が二足で立つ馬に呆れた様子で話しかけると満更でもないと言わんばかりに意味のある行為であると反論しているようだ。
物騒な単語が聴こえてきたのでどう足掻いても敵なのは間違いはないが。
「さて、諸君らには積み荷を諦めてもらい寄り道せずに本国に帰還して頂きたい」
「それが2つ目の頼み事って訳?」
「冒険者の重要性を理解しているからこそ警告している。なにもここで死に急ぐことは無いだろう?」
「残念だけど任務でね。責務は放棄できそうもない」
あれ?魔王軍幹部に遭遇してるはずなのに何故か平穏に話が進んでいる。
話の流れからして馬の方が各上のようだが全然脅威じゃない感じがするしエルティアナは怖気づかずに平然と会話を続けていて、さきほどの惨劇が嘘のようだ。
「ゴブタロウさん、気を付けてください。2人とも得体が知れません」
体内に憑依しているエミリーが怯えた様子で警告してくれた。
つまり2人共、大いなる魔の探求者以上の実力者って訳だ。
ははは、笑うことすらできんわ。
「私の名前を上層部に告げれば納得するさ。至高の御方である大魔王様の部下にして『五芒星将』が1人、名はがっ!? 」
「撃て撃て撃ちまくれ!!」
「我らを照らす焔よ凶弾となり敵を焼き尽くせ 火炎 初級魔法 “火球”」
「大地を見守る土精爺よ 山を崩し毒を撒く者に怒りの鉄槌を!塊土 初級魔法“岩噴射”」
馬の眉間に矢が刺さったと思ったらそれを機に次々に矢や魔法攻撃が命中した。
最終的にどこからともなく飛んできた岩に潰されて姿が見えなくなった。
さすがに敵軍に包囲されているのに呑気に会話していたらそうなるわな。
「分身体とはいえ対応が酷過ぎるのもほどがありますわよ。これでは眷族に舐められるのも仕方ありませんね」
「次はお前だ!暗黒森人!」
「あらあら、私とやり合う気なの?ああ、この肉体では舐められるのも致し方ありませんか」
「何を言ってる!?」
「“擬似変身能力”」
「なっ!?」
余所見した隙を突いてオレが所属する部隊の班長に槍を突き付けられても動じずにむしろ穂先を指で挟んで挑発している暗黒森人は何かを呟いたかというと瞬く間に別の姿に変わってしまった。
それは紫色の上品なドレスに豪華なケープを着こなしておりそこにはどこかで見たことあるような肩章が付いている。
艶らかで滑らかな黒髪ロングで紅い瞳、そして整い過ぎて不気味なほどの絶世の美女である。
比喩ではなく文字通り大理石の様な白い肌からして人外なのは間違いないだろう。
そしてなによりスカートから覗く白いストッキングを履いた脚に魅了されて視線を釘付されていると何者かに肩を掴まれて後ろに曳かれてしまった。
「ゴブタロウ、気を付けろ。彼女は吸血鬼王級だ。【Sクラス討伐対象】でも上位の実力を持つ化け物だ。早く逃げた方が良いぞ」
「まだ“魂の障壁”を解除していないのにこの姿を見てすぐにそれを口にするのはやはり只者ではないわね。」
「一昔前に吸血鬼王級と交戦したことがあってね。彼女と同じ、いや格上の感じがしてすぐに分かったよ」
「ほら、そこの冒険者さんも彼女を見習ってわきまえたらどうかしら?」
エルティアナの忠告を聞いた女吸血鬼王は驚いて感心した素振りを見せたと思ったら穂先を親指と人差し指だけで圧し折ってみせて再び班長の顔を見て不敵に笑った。
「馬鹿な…光の魔力で付与された槍だぞ!?」
「相手が並みの動く屍なら対応は素晴らしいものだけど残念ね。まだ格の違いが認識できないなんて可哀そうに…」
まるで哀れむように素振りをみせるとどこからともなく黒い日傘を取り出して日光を遮るように傘を差した。
もはや彼女は班長を敵として認識してすらいないようだ。
それどころか一緒に囲んでいる同僚達に至っては存在自体認識していないかもしれない。
「大人しく任務を放棄して故郷に帰りなさい。貴方にも家族が居るはずでしょう?」
「舐めんなクソビッチが!」
「“頭狩り”」
「あがっ!?」
「良い歳した殿方が発言の区別を付けずに喧嘩を売るのはいい度胸ね。死んで反省しなさい」
呆然としている冒険者や傭兵を尻目に短剣を取り出して先手を打った班長であったが一瞬で胴体から斬り離されて勢いよく上空に飛んだ頭が付近に居た冒険者一行の近くに落下した。
「うわああああっ!?」
「ヘンリーさん!?」
「おのれ!!がっ!?」
「ぎゃああああ!!」
「無駄死にほど悲しいものはないわね」
酔っているイメージしかなかったが【竜狩り】という異名をもちBランク冒険者であるヘンリーさんをあっさり殺害されてしまい包囲している冒険者たちの士気が乱れたようだ。
また、班長を殺害されて同僚達が怒りで我を忘れて突撃するが返り討ちにあってしまった。
やはり魔王軍幹部は、桁違いの実力者のようだ。
それでも返り血を浴びてるどころか日傘すら汚さずに平然と話している女吸血鬼王を前にして誰1人逃げ出そうとせずに震えながらも彼女に刃を向けているだけですごい。
オレなんてグラディウスの刃を鞘に納めて後ろ歩きで逃げ出しているというのに。
ちなみにこれはエルティアナから目配せされたのでやってるだけです。
「あのね。この程度の軍勢なら息をするように殲滅できるほどの実力差があるの。だからこそスコルツェニー様は猶予を与えてくれたというのに死に急ぐのだから救えないわね」
「化け物め!!」
「誉め言葉よ。ところでいつまで秘書の私に敵軍を押し付けるつもりですかスコルツェニー様?」
大気が一瞬歪んだと思うと突然、彼女の背後に何者かが現れた。
「自己紹介をキャンセルされて出るタイミングが掴めなくてなー」
「冗談は平時だけにしてくださいませ。その様子だと目的は達成したようですわね」
「ああ、あの頭でっかち共を安全地帯に転送させるまでに時間が掛かった。全く、じいじ共は無駄に抵抗するから困る」
白髪で紅い瞳をして豪華な肩章を付いた外套を羽織ってる何者かが黒い箱を片手で掴んで申し訳なさそうにしている。
あの黒い箱はオレが居た馬車の荷台に固定された積み荷じゃないか。
それよりその声は、さっきほどの馬から発せられたものと同じである。
「これで目的は達成されたようだね?」
「そうだな…と言いたいところだが残念ながら諸君らを放置して撤退はできんので死んでもらうとしよう」
エルティアナの問いに対して恐ろしい事実をこちらに突き付けてきやがった。
向こうの目標は達成できたはずなのになんか恐ろしい事を言い始めたよ!?
だから魔王軍は創作の中ですら悪役にされるんだよ!畜生が!
「約束を反故にする気かい?」
「敵軍の輸送部隊として関与し続ける者達を放置するわけにはいかんだろう。ましてや輸送任務を続行してわが軍の脅威になるなら尚更生かす価値が無い。そしてなにより約束など結んでいない」
彼女が挑発すると奴は、呆れた顔で反論してきた。
そして左腕を前に突き出すと水しぶきと共に掌からレイピアが飛び出してきた。
それを慣れた手つきで受け取ると瞬く間に抜刀して見せてオレ達の居る方角に刃を見せびらかすように突き付けた。
「あえて見逃してやろうと伝えてやったのに…本当に愚か者どもめ」
「あらら、輸送中隊の襲撃部隊の中では最も穏健派だったのに…」
呆れた様子の2人の背後で音を立てずに完全に殺しにかかってくる冒険者一行が居る。
あの集団は、精鋭とされているBランクのクラン構成員達である。
そして本隊の部隊も合流して200人くらいの味方が万全な状態で包囲していた。
【Aランク討伐対象】が複数居ても負ける戦いになるはずもない状態であった。
「流水 中級魔法“血を誘発する小爆弾”!」
「塊土 中級魔法“土塊防壁”!」
その考えはすぐに過ぎ去った。
背後から奇襲攻撃を行おうとした冒険者一行が瞬く間に皮膚が大量の泡が噴き出したように盛り上がって肉に埋もれてしまった。
おそらくエルティアナに次ぐ屈指の精鋭たちが成す術もなくあの様だ。
しかし彼女は先読みしたのか瞬く間に生成された土壁で肉団子達を隔離してしまった。
かなりギリギリだったのか隔離したと思った瞬間、肉塊が爆発したのか土壁に金属音や液体が飛び散る音がする。
「なんだあの魔法攻撃は!?」
「あれは失われた『流水魔法』の1つだ!文献を漁っている時に知ったけど血を操って人間爆弾にする凶悪魔法だ!」
「マジかよ!?水魔法ってもっと清らかな物じゃないのか!?」
エルティアナからとんでもない事実を聞かされて混乱する。
いやだって、流水魔法って雨を降らしたり水を創ったりする魔法だと思うじゃん。
「無詠唱で瞬時に魔法を発動させたどころか、『魔法反射』で魔法攻撃を回避するとはデロリアン4個中隊級だな。やはり彼女にこの箱を訊くほうが良さそうだ」
「訊くのは勝手ですが私を巻き込まないで頂けませんか?」
「残念ながら索敵や感知技能を会得してなくてな。引き続きマーヤは感知を頼む」
「了解しました。傍観者に徹しさせて頂きます」
マーヤと呼ばれた女吸血鬼王はようやく解放されたと言わんばかりに姿を霧のように変えて消えてしまった。
「“創造 人形”! 攻撃指令!味方を攻撃せずに目の前の敵を殲滅せよ!」
スコルツェニーと呼ばれた魔王軍幹部は、レイピアで自分の掌を傷付けたようで血を1滴、地面に垂らした。
すると地響きと共に地面が盛り上がって複数の場所で何かを形成し始めた。
それは、人形であった。
岩で生成された岩人形、泥で構成されている泥人形など見た目通りの物であったが唯一、可笑しいことがあるとすれば…。
3階建ての住宅ほどの大きさであり巨人のようで威圧感が半端じゃない。
前世の記憶のおかげか、通常の人形はあの半分以下っていう事は確かだそうだ。
毎回思うけど、名前や強さは分かってても対処法は一切教えてくれないな。
この前世の知識とやらは!
「ぐぎゃああっ!」
唐突に動き出した人形の1体が重装騎士に殴り掛かった。
彼は慌てて大楯で攻撃を防ごうとするが盾ごと粉砕されてしまった。
何が酷いってあの巨体で機動力が半端じゃないってことだ。
合計6体の人形が包囲網を突破する如くオレ達に襲い掛かり始めた。
「『五芒星将』が1人にして【瀝血】のスコルツェニー・ルサールカが相手をしてやろう」
スコルツェニーが意気揚々と自己紹介をしてくれたが残念ながらそれを気にした人はいないだろう。
「ゴブタロウさん!背後から一体来ます!」
エミリーの一言で慌てて回避行動を取ると目の前に人形の拳が振り下ろされた。
重量を伴った殴打の為、地面が揺れて態勢が崩れるがあえて前転して距離を稼ぐ。
「正気か!?」
「ここで全滅するよりマシだ!構わず撃て!!」
爆音とともに人形の胸部が爆発してそのまま衝撃で崩れ去った。
補給品の1つである高射砲を転用して撃ち込んできたようだ。
旧式どころか骨董品レベルの代物だが遥か上空の敵を撃ち落とす為に製造されたことはあり、想像以上の威力である。
問題は炸裂弾を使用してるのか、弾け飛んだ破片が直撃して付近に居た兵士が砕け散ってしまった。
精度に期待できない以上、高範囲にダメージを与えるのを目的にしてるせいか援護目的で撃ちこむものではなかった。
「嘘だろう!?」
「ゴブタロウさん、ナビゲートしますので全力で逃走してください」
ところが瞬く間に砕け散った岩が勢いよく集まって身体を再生成し始めた。
自動修復機能が備わってるのか跡かたもなく崩れ去ったのに短時間で半分以上が修復されてしまった。
それどころか目視していたら死角から別の人形の攻撃を喰らって無残なミンチ状のハンバーグになってしまった冒険者たちが続出した。
巨体の割りに首なし騎士並みのステップをかまして動き回る人形の振動のせいで動くこともできないくらいだ。
「流水 上級魔法“神聖な洪水創造”!」
膨大な魔力の流れを感知したのか身震いがして声が聴こえた方を見ると上空に手を伸ばしたスコルツェニーの背後から水が落ちてきた。
親方!空から水が!ってレベルじゃねえ!滝だこれ!?
「待て待て死ぬ死ぬ!」
天空から降り注いでくる洪水が意志をもってオレ達を呑み込もうとするように大波で押し寄せてくる。
山よりも数倍以上の高さを誇る大波の直撃を喰らったら溺死どころか鎧ごと衝撃で粉砕されるレベルだろう。
慌てて武器を捨てて逃げ出す冒険者たちを退路に立ち塞がった人形が待ってましたといわんばかりに次々に撃破していく。
「エミリーどこに逃げればいい!?」
「16時方向!あっダメです!人形が居ない21時方向に全力で走ってください!」
「無理無理無理!大波が押し寄せてくるぅ!!」
慌てて逃げ出すがもはや退路がない!
速度では向こうが格上なので人形の傍を潜り抜けて小回りに回避行動に徹するが動く度に地面が揺れるので視界が揺らいでいるうえにそれどころか大波が押し寄せてくる振動で動くことすら困難になっている。
そしてなにより布マスクのせいで息苦しく走れなくなっているのだ。
「氷結 上級魔法“全てを凍結させる息吹”!」
エルティアナの叫び声と共に『ノアの大洪水』かといわんばかりに地鳴りを伴って押し寄せた大波は一瞬で凍結した。
付近の山より遥かに高く日光を遮るようにオレ達を覆いかぶせようとした大波は止まった。
だが事態は好転していない。
何故なら足を止めたせいで大質量の人形が目の前から突っ込んでくるからだ。
疲労で動けずにもはやグラディウスを構えて盾にするしかできない。
大楯を構えた重装騎士が粉砕された光景が脳裏に浮かぶが取れる手段がそれしかなかった。




