41話 再びゴブリン退治
あの開戦を知らせる演説を聴いた後、冒険者ギルドに戻ると慌ただしく書類を抱えた受付嬢たちが走り回っており冒険者たちが真剣な顔立ちで兵士の話を聞いていた。
元より街の警備などに回されていたが戦争に徴兵されるという事もありかなり雰囲気が暗い。
中には激高した獣人が兵士に殴り掛かろうとして慌てて仲間から羽交い締めされている様子を見るとかなり揉めているようだ。
「遅かったナ、どこで油を売ってたんダ?」
「掘り出し物を買ってたら遅れただけ」
不機嫌そうな鳥人の賢者であるホイスラーがオレに理由を問うと同行していた高位魔術師のミシェル隊長が何かの腕輪を見せて庇ってくれた。
その腕輪は凄い物なのか、それを見た賢者は黙り込んでしまいそれ以上の追及は無かった。
「聞いたか?戦争だとよ!ホント、王国の上層部は、この俺様をこき使いたいらしい。」
「今の所、現状維持みたいだけどCランク進級が保留にされてやってられないね。アタイらはいつになったらCランク冒険者になれるんだろうね?」
「青い翼と提携関係を破棄したのが痛かったですね。あれさえなければ戦争前に全員Cランクに昇格できていたのに」
どうやら彼らは、戦争の混乱によって進級手続きが停止して不機嫌になっているようだ。
そういえば全員、Cランク冒険者に昇格する資格があったってどっかで聴いたな。
ただでさえ子爵の令嬢の行方不明になった事件で厳戒態勢を敷いてたのに開戦によって完全に戦時体制に移行したので完全に冒険者として活動していくのに支障が出ている。
次は、食事が配給制になるかもしれないので、今のうちに美味しい物を食べた方が良いかもしれない。
「ところでゴブタロウ?まだ冒険者としてやっていくの?長生きしたいならさっさと冒険者と傭兵を辞めた方が良いよ」
「ここで辞めたらどの道、他でも長続きしないよ。まだ冒険者としてやっていくよ。それに傭兵を辞めたらもう王国に居られなくなるしな」
エルティアナがオレを心配して進言してくれたが、ぶっちゃけ辞めたら堂々と生活できないから困る。
王国領に住んでいたが王国民ではないからな。
ゴブリンには人権がない以上、冒険者としてしがみ付くしかないのだ。
「ところで戦争について分からない事だらけなんだけどどうすればいいんだ」
「その内、軍から指示されるから遠征の依頼を受けるのは止めたほうが良いくらいかな?」
「なあ、この戦争ってなにがしたいんだ?」
「建前上は、ウラジミール魔帝国の魔王軍による世界各地で発生した虐殺事件の報復として宣戦布告したってところだね。実際は主要五大国が足並みを揃えている所をみると裏がありそうだけどなんともいえない」
エルティアナは、この戦争は虐殺事件の報復だと回答してくれたがどうも納得してない様子だ。
人類の脅威である魔王軍を殲滅するほかに資源の確保や珍獣の乱獲、魔族の奴隷売買とかの目的もありそうな気がするが末端であるオレ達からすれば関係ない話だ。
「ところでその帝国ってどれくらい強大なんだ?」
「この世界の6割がその帝国の領土って言ったらその脅威が分かるでしょ?」
「やばいな…勝てるのか?」
「『第三次魔大戦』以降大規模な戦争は発生してないし、情報も少ないから分からないけどあの帝国、未だに内戦やってるからつけ込む隙はあるよ」
あれ?イメージ的には魔王軍って世界を滅ぼそうとしている悪の組織だと思ったが違うのか。
というか小規模な戦争はやってるのか。
虐殺事件もその戦争のせいじゃないかと勘ぐりたくなる。
「どちらのせヨ、あの帝国は人類はおろか多種族の敵だから滅ぼした方が良イ」
「まったくだ!近頃の凶暴な魔物が多いのも奴らのせいに違いない!」
「アタイたちからすると異名も含めて絶好の稼ぎ時かもしれないから悪い事だけじゃないよ」
賢者も武闘家も女剣士も魔王軍に敵意があるようだ。
彼らからすれば戦争は、ピンチをチャンスに変えられる良い機会だと思っているかもしれない。
「おいミシェルさんよ!これから魔王軍が居る国境付近に行かねえか!そこなら仕事が山ほどあるかもしれねーぞ!」
「ダメ。独断で行動は厳禁」
「そうですよタイラー君、我々は冒険者なのだから血生臭いことは正規軍に任せればいいんです。ましてや私達が戦場に出たら連合軍に迷惑かけるだけですよ」
「うム、もう少し様子を見て戦況を客観的に判断する必要があル。負け戦に巻き込まれのは御免ダ」
相変わらず暑苦しいタイラーを呆れた様子で皆が宥めている。
さて、今すぐこの場から去らなければならない。
何故なら…。
「おいゴブタロウ!!お前もそう思うよな!!」
「オレに話を振るな!」
「なんだとてめぇ!!せっかくDランクになれるチャンスを与えてやったのに!!」
「ぎゃああああ!!!」
逃げ出したオレを猛牛の勢いでタイラーが突っ込んできてなすすべもなく連れ戻されてしまった。
嫌だあああ!ストレス発散に殴られるのも怒鳴られるのも蹴られるも嫌だああああ!!
「あっ!エル姉!良い所に居るわね!ねえ聞いてよ!」
「バイオレット嬢!助けてくれ!汗臭くて汚い暴漢に襲われているんだあああ!」
「なんだとてめぇえええ!!!」
「ひぃいいい!ごめんなさいいいい!!」
エルティアナに話しかけているバイオレット嬢に助けを求めたがあまりにも本音がひどかったせいで火に油を注ぐ結果となってしまった。
激怒したタイラーの身体からなんかヤバいオーラが見える!
これはまずい、なんとか機嫌取りしないとボコボコにされるううう!!
「ゴブリン退治?ほかに居なかったのか」
「それがねえ、Dランクのクランが討伐に向かったんだけど返り討ちにあったの。幸い死人は出なかったけど、とてもじゃないけどDランク未満に任せられないのよ」
「なんだとゴブリン退治!?あんな報酬が安くてポイントも少ない依頼なんてやりたくないぞ!?俺様はもっと格上の奴をボコボコにして報酬をもらいたいんだが!!」
おっ!タイラーがバイオレット嬢の話に食いついた。
スーパーボコボコタイムから逃げられるチャンス!そろりそろり抜き足差し足忍び足。
「妙な話だね、農民が団結して20人で攻め込めばゴブリン祈祷師が居る群れだとしても負けるわけないんだけどね」
「Dランクの風上に置けない連中ですね!一体どこのクランですか?」
「あまり大きな声で言えないけど『緋色の牙』よ」
「『緋色の牙』!?構成員が30人も居る、この街で最も大きなクランじゃないか」
初耳だなそのクラン名。
興味がなかったせいなのか、ちゃんとクラン名を把握してなかったせいなのかは知らんけど。
クランという存在もつい最近まで知らなかったから仕方ないかもしれん。
「お願い!このゴブリン退治の依頼を引き受けてくれない?Cランク以上は出払ってるしEランク以下のパーティにも任せたくないのよ」
「でもね、私はもうクランに所属してるから独断で引き受けられないんだ。ミシェルさんに頼み込んでくれないかな?」
「私は反対ですね。ゴブリン如きに矢を使いたくありません。それに苦労する割には報酬が安すぎてメリットがありません」
「そりゃあ、近隣の農村が端金で依頼してくるからな。俺達で分配すると酒を2杯飲めるくらいしかねえし、名声稼ぎで舐めプしたあいつらが悪いんじゃねえか」
「むしろDランクのクランが返り討ちって明らかに詐欺の依頼じゃないカ。最低でも難易度をDに変更して報酬を20倍にすれば物好きが引き受けるサ」
「小鬼討伐専門家とかそんな物好きの奴なんて居ねえしな!報酬を上げるくらいしかDランク以上の冒険者が引き受ける事はないだろう!」
タイラーはともかく森人も鳥人も乗り気じゃないな。
いつもならお人好しのエルティアナが引き受けたかもしれないがさすがにクランに所属している以上、以前のように自由行動がとれないようだ。
オレ?Dランク、Eランクが30人居るのに返り討ちに遭うゴブリン退治なんかしたくない。
絶対、裏にヤバい奴が良いそうだし、触れない方が良い。
『ねえねえゴブタロウさん、せっかくですから何故討伐が失敗したのか尋ねてみませんか?』
『おっ!?エミリー居たのか!?』
『そんなひどい!空気を読んでいたら気になったので提言したのにあんまりですわ!!』
『ゴメンゴメン会話に参加しないから空気みたいになってたよ。というかそれが本来の亡霊かもしれないけどな』
完全にエミリーの存在を忘れていた。
不意打ちに対して小声で返答できたのは自分でも凄いと思ったよ。
まあ、確かに依頼失敗するには訳があるから聞いていても損はないだろう。
その先、オレ達もやらかさないとは限らないし先人の轍を踏みたくないからな。
「思ったんだけどそのDランクのクランとやらが何故ゴブリン退治を失敗したんだ?」
「あらゴブタロウさん、いらっしゃったのですか」
「そんなひどい!」
「会話に参加しないと忘れられるから注意した方ですよ」
「むきゅー!!!」
エミリーをからかったら特大ブーメランが返ってきたよ!
彼女はオレの体内でクスクス笑ってるし完全に赤っ恥だ。ド畜生!
「そういえば何で失敗したんだい?分隊のパーティを送り込んだとしてもよっぽどの事じゃないとやらかす依頼じゃないよね」
「ええ、そのクランの報告書によると、そのゴブリンの群れはル・ノール港湾都市付近にある渓谷に住み着いていたそうで途中でまで順調だったそうです」
「その地域の渓谷って、王国最大級のリアス式海岸くらいしか思いつかんな」
「ゴブリンを32体討伐した時、突如現れた漆黒に統一された装備を身に着けた鎧武者によって参加者18名が撃破されたそうですよ。更にゴブリンの追撃で全滅に追い込まれたそうですが治癒と集団転移の呪文書のおかげで命ガラガラ撤退できたと報告されていました」
「おいエルティアナ!!こいつをどう思うんだ?」
「そうだね、漆黒の鎧を標準装備している魔王軍の兵士を真っ先に思い浮かべるよ。だから耳元で叫ばないでくれないかなタイラー」
青色で装備を統一しているのがパンタゴーヌ王国兵で、緑色のマントと銀色の鎧を装備してるのが聖印騎士団。
そして魔王軍は漆黒の装備を身に着けているようだ。
「依頼を受ける」
「ミシェルさん正気ですか!?魔王軍の関与しているとなれば正規軍に任せた方が良いと思います!我々はいつでも指令を受けられるように臨戦状態で待機するのを提言いたします」
「クロフォード、正規軍が攻勢を整えるまで1週間掛かる。私達は3日で現場に着ける」
「ミシェルさんよ!Dランクのクランが失敗するゴブリンの群れなんぞ軍がほっておく訳ないと思うぞ!俺達が辿り着くまでに討伐終了していたら骨折り損のくたびれ儲けになるわ!!」
まあ、そうなるわな。
ゴブリン32体討伐してもまだ居るって事は『ゴブリン王』が率いている【軍】だ。
ゴブリン退治は、冒険者に委任してるとはいえさすがにその規模になれば王国軍が動き出す。
「実は、ゴブリン討伐失敗の報告を受けたのは今さっきなんです。ですので手続きしても1週間は掛かります」
「ウラジミール魔帝国の国境から離れている街とはいえ、重要都市だからすぐに軍が動けると思うんだけどね」
「早く承諾したい、手遅れになる前に」
翼竜人のミシェル隊長がペンをもってウズウズしている。
もしかしたらヒューゴみたいに付近に親族が居るかもしれない。
それともそういった事態を見過ごさない性格なのか、どちらにせよ彼女は受ける気満々である。
「分かったよ。やればいいんだろう!?ただし討伐後の宴会は奢れよ?」
「分かった」
「私も上と掛け合って交渉してきます。では、ミシェルさん受付に…」
そう言ってミシェル隊長とバイオレット嬢はすごい勢いで受付へと走っていた。
短距離走で優勝できそうだなと思うほど決断したら早かった。
「ゴブタロウ、装備を整えた方が良いよ」
「何を買えばいいんだ?」
「鉤爪付きロープと防寒具、タオルと火打石、予備の下着と普段着は買った方が良いかもね」
「火炎魔法の使い手が居るんだし火打石は要らないんじゃないか?」
「万が一って事があるし、1人で火を起こせるようにした方が安心できるよ」
エルティアナから装備を整えるように進言された。
彼女はメンバーと逸れた場合も踏まえて火打石の購入を促しているようだ。
電撃魔法で火を起こせる気がするがベテランの意見を尊重して購入しておくことにする。
もし、使わなくても使わなくて良かったとでも言っておけばいいだろう。
緊急事態の際に物がないせいで死ぬよりはマシだ。
「そう言うエルティアナは何を買うんだ?」
「『鞭』かな」
「鞭?鎧武者に拷問でもするのか?」
「あれ?ゴブタロウさんご存じないのですか?エルティアナお姉さまは、鞭術のエキスパートですよ。そういえば、あの専用武器の鞭ってどうされたのですか?」
「【24の神聖武器】の1つだからね。教国から去る前に封印してきたよ」
「もったいないですね。あの鞭ってかなり強力な物でしたのに…」
エルティアナが笑顔で鞭を振り回して拷問している場面を想像したが違うようだ。
女戦士である彼女が鞭術のエキスパートとはなー。
剣術やクロスボウによる狙撃などの技能があるのは知っていたがそれは初耳である。
「さあ、集合場所を決めたら一緒に買い物をしに行こう」
彼女は手を伸ばしていつの間にか受付に集まっているメンバーの元に向かうように促している。
手を取ろうとすると体内から飛び出してきたエミリーが彼女の手を掴もうとするが通り抜けてしまい、地団太を踏んで悔しがっていた。
まあ、こいつに下半身がなく浮遊状態なので地面を踏めないのであるが…。
珍しい場面に遭遇してなんか面白いのでその様子を見守ることにした。




