40話 開戦
『古代の鳥』のクランのメンバー達と打ち解けたようでそんな事はなかった。
とりあえずパシリにされたのでメモに書かれている弾丸などの材料と干し肉を買いに来ている。
ただ、新人だけでは信用されなかったのか翼竜人のミシェル隊長が同行してくれた。
「次行くよ」
「はい、分かりました」
前から思ったんだが彼女は、かなり面倒見が良いのかもしれない。
グイグイと引っ張って行ったり結構強引の所があるエルティアナと比べると口数は少ないが落ち着いている彼女の方が個人的にはホッとする。
そして後ろにはオレの呪縛霊に定評あるエミリーが付いて来ている。
「まるでデートみたい」
隊長と2人で買い物に行くのを知った彼女は、そう呟いて何やら拗ねた様子で不満気だったので同行してもらったがなんか機嫌が直らない。
放置して買い物に行くのは直感で危険と判断したものの同行されても気が重くなる。
「後で、2人っきりでヴァレリアンの街を観光しよう!」
そう伝えたのに更に不機嫌になってしまった。
一応、好印象を持たれているオレを取られて彼女に嫉妬してると思ったが違うようだ。
乙女心は繊細というが、ポンコツなオレに何を求めているんだ。
女は大好きだがこうやって接するのは苦手だ。
エルティアナの読心術とコミュニケーション能力を早く会得しなければならない。
「ゴブタロウ?」
「はい!なんでしょうか!」
「何か感じない?」
ミシェル隊長は、何かを感じ取ったように意味深な表情をしてこっちを見ている。
翼竜の顔に見つめられて威圧されてしまいタジタジになって言葉が出てこない。
彼女は何か感じ取っているようだ。
そして良く見ると彼女の視点は、オレではなくエミリーの方を向いている気がする。
おかしいな、寒くなってきているはずなのに全身から脂汗が噴き出て心拍数が上がっていく。
「えーっと失礼だと思いますが気のせいではないでしょうか?」
「嘘は駄目、気付かないと思った?」
なんか言葉数が少ない分、言葉が鋭く胸に突き刺さる。
良く見れば路地裏に誘い込まれたようで辺りに人気がなかった。
わざわざオレ1人にお使いを出して他のメンバーから引き離したのは察してたかもしれない。
「亡霊を感じるのですか?」
「幽鬼級でしょ?分かる」
彼女はエミリーに近づいて少しだけ眺めたあと、頭上を撫でている。
完全にエミリーの存在に気付かれているなこれ。
そして見抜かれた以上、オレ達の関係も気になっているはずだ。
もう誤魔化しきれないと判断して小声でこれまでの経緯を簡潔に説明した。
説明を受けている間、瞬きすら微動だにもせず不気味だったが全てを話し切った後、微笑んでくれたのでとりあえず納得してくれたと思う。
そして何か発言しようとしたら先に口を開いてくれた。
「その子、すごい執着心ある。特に貴方と女戦士に、肉親を超えた愛情の深さ。愛の対義語は無関心、でも愛の裏は憎悪と嫉妬。絶対に間違えてはならない」
なんかポエムのような事を言い出したが彼女は真剣に語っているようだ。
彼女の言葉を聴いて心当たりがあるのかエミリーは反論もせず黙って聞いていた。
「貴方達の関係気になったから入隊許可した。思ったほど深刻じゃなくて安心」
「じゃあ、エミリーと関係無かったら…」
「当然、貴方首。でも安心して私、最後まで面倒見る」
言葉数が少ないせいで何か違和感があるが彼女なりの優しさが感じられる。
「2人と1人の関係を邪魔はしない、危害がない限り、だから安心して、決して関係を崩さない。貴女は貴女のまま居ればいい」
今度はエミリーに向かって優しく話しかけている。
彼女を視覚できていないようだが何やら感じ取っているようでちゃんと彼女の目を見て話しかけている。
その言葉を聞いて何か安心したのかさきほどの不機嫌が嘘のように落ち着いた印象をエミリーから感じ取ることができた。
とりあえず何故不機嫌だったのか分析をしてみる。
デートみたいと言ってたからミシェル隊長に嫉妬してると思った。
でも実際は、2人っきりで居る時間を作ろうとしたのに不機嫌のままであった。
つまり、彼女の不満はそこじゃない。
そして先ほどの2人と1人の関係、貴方と女戦士という単語から想像できるのはオレとエルティアナとエミリーの関係である。
隊長が何度もオレ達の関係に介入しないと断言してたのをみると逆に言えば崩したくないという事だ。
そこから分かるのは、エミリーはオレ達の絆を崩す隊長に敵意があったと思う。
現に彼女だけの世界を崩さないと聴いたエミリーは落ち着いている。
つまり、執着心がある亡霊に対して話しかけることはただ一つだけ。
「なあ、エミリー。この後、エルティアナと一緒に3人でヴァレリアンの街を観光しよう」
「はい、ゴブタロウさん。楽しみにしています」
ようやく機嫌が直ったようだ。彼女の純真な笑みは癒される。
なお、生命力を奪って来る存在の模様。
とにかく不安事が解決したので身体が軽くなった気がする。
「止まりなさい」
思わずスキップしたくなる衝動を堪えて路地裏から出ようとすると、この先は通さないと言わんばかりに翼と腕を広げて隊長は睨みながら目の前で立ち塞がった。
「街中歩くなら憑依させなさい。トラブル避ける為に」
まるで犬の放し飼いは止めろと言わんばかりである。
もっとも犬なんか比べ物にならないほど危険である上位種の亡霊であるエミリーを自由に行動させているのはまずいのは自覚している。
エミリーって、緑色のローブ被って可愛い顔してるだろう?
こいつ、【Aクラス討伐対象】に分類されるヤバい奴なんだぜ。
Sクラス冒険者の死因の4割がAクラス討伐対象戦による怪我がきっかけという話をエルティアナから聞いたことがあるほどだ。それほどの脅威の存在である。
発見されれば国家が緊急事態宣言される存在を自由にさせていると思えば、彼女の懸念は正しい。
なのでエミリーに事情を話して憑依してもらうことにした。
はい、本音は隊長の睨む顔が怖かったからです。すみませんでした。
「なあ、エミリー?やっぱり亡霊が自由に町中を動き回るべきじゃないと思うんだ。だから暫くオレの中に憑依して我慢してくれないか?」
「ええ、そうします。勘付いているとは思ってましたがここまでこちらを感知されるとは思ってませんでしたけど、やはり私の存在が不安定のせいである程度の技量を持つ人には見抜かれるみたいですね」
「そういえば、なんでオレ達には姿が見えるんだ?」
「見ている、というより見せているという感じですか?信頼できる方にだけ認識できるようにしている感じです。そもそもゴブタロウさんが何故私を認識できたのか分からないんです」
あーなんか親しい人にだけ自分の乱れた私生活を見せる女性みたいな感じか。
でも最初は、エルティアナも認識できなかったしオレもはっきり彼女の姿は見えなかった。
もしかしたら亡霊は未練の他に存在を認識してもらうのも何かしら影響しているかもしれない。
とりあえずこの事をメモしようとポーチから日記を取り出して空いているスペースに書き出していく。
「お身体に失礼しますね。“身体憑依”!」
なにか異物が肉体に侵入した感じがして背筋が凍り付いて気分が悪くなってくる。
悪霊に憑りつかれるってこの事なのだろうか。
「何を書いていらっしゃるのですか?」
「会話できる亡霊なんて皆無だから何か情報を得たら書くようにしているんだ」
「でも何か書いているのか読めないですよ?」
ただでさえ字が汚いのに小さな文字で書こうとするからすごく汚くて読みづらい。
やはりメモ帳に殴り書きするべきであったか。
「だったら私に任せてください。教えていただければ代筆しますので伝えてくださいませ」
発言を聴いて脳裏に得意げに胸を張って自信満々のエミリーを思い浮かべる。
なんか解せぬ気持ちがあったが任せてみることにして書いて欲しい事を発言するとペンをもった手が自動的に動いて日記に文字を連ねていく。
エルティアナの字も綺麗だったが今、書き連ねていく文字も綺麗である。
そして手が止まり擱筆したと確認して日記を覗くと分かり易くメモが書かれていた。
「できました。これで良いでしょうか?」
「全然OKだけど、これだと不器用なのは肉体のせいじゃなくて中身のせいだと思っちゃうのはオレだけか?」
「これは独力で会得する技術じゃなくて代々受け継がれた物でコツとかありますからね。そこまで気を落とされなくても良いと思います」
「そーなのかー」
運動音痴の肉体にスポーツマンの霊体が憑依したらある程度動ける有能になれると思えばいいか。
もちろん、任せっきりだったら成長しないので参考にしながら努力する必要がある。
「終わった?」
「は!はい終わりました」
「行きましょう」
ミシェル隊長に話しかけられるまで放置してしまった事に気付いて慌てて返事をした。
だけども彼女は、その点は気にしないのか、エミリーが肉体に憑依をしたのを一目して興味が薄れた様に路地裏から中央道に出る道へと歩いて行った。
身構えてて暫しの間、動けなかったが慌てて彼女の後を追いかけた。
この後、当初予定になかった物もいくつか購入して帰路に着いたら日が地平線に近づいており空が少し赤く染まりつつあり時々吹く風から伝わる冷気が身に染みる。
思わずブルブルと震えるが『中の人』はなんだか楽しそうにしている。
五感が無かったのでいろんな意味で刺激的なのだろう。あえて無視をして歩いていく。
「ゴブタロウ、あれ見て」
「なんですかあれ?」
広場に近づくと人だかりができており隊長が歩みを止めてそれを見る様に促してきた。
まるでエミリーの制服披露会を彷彿させる集団に思わず立ち止まり確認してみる。
そこには何か立て札があり、その付近に王国兵が立って何か演説している。
立て札の傍にはパンタゴーヌ王国の国旗と思わしき青色ものと、赤黒のゼブラ模様の旗があった。
他には警備をしている王国兵達がちらりと人影から見えるくらいだ。
そして話を聞いている限り、立札の書かれた内容を報告しているかのようだ。
「読み書きできない人の代わりに内容を口頭で伝えているの」
「滑舌も悪くて内容をうまく伝えることができないオレには無理な仕事だな」
「ゴブタロウさん、あの仕事は想像以上にきついですよ。なにしろ多種族に分かり易くかつ、誤解が無い様に伝えないといけませんからね。嘘か真か演説を1回するだけで6ポンド(2.72kg)痩せるとか」
「なに、その重労働!?」
「それに下手すれば視聴者が暴徒になってサンドバックになるのであちらに居る方々は激戦を生き抜いたベテランの下士官だったりします」
ミシェル隊長が状況を一言でまとめてくれた。
更に便乗したエミリーが体内から解説してくれたがなんかヤバそうな仕事だということは分かった。
でもさっきから『報復』とか『憎しみ』とかいう物騒な単語が聴こえてくる。
「でもなんであんな物騒な単語を使ってるんだ?」
「それは民衆を焚きつける為ですね。扇動でうまく世論を誘導している感じです」
「どういう事?」
「あの赤黒の旗は開戦時に掲げるものです。そして今まで話から宣戦布告したのは…」
彼女は口を噤んだのかその先は話してくれなかった。
「ヴェールヴィエンヌの大虐殺を忘れるな!!」
口頭で民衆に呼び掛けていた王国兵が一回り大声で叫んだ。
『ヴェールヴィエンヌ』とはエミリー伯爵令嬢も含む大勢の住民が死んだ街。
度々出てくる『復讐』、『憎しみ』、『団結』、『正義』という単語。
そして開戦を知らせる旗。
そこから導き出せる事はただひとつ。
「もしかして報復する為に戦争をするのか?」
「はい、その通りです」
「そう」
2人が同時に肯定してくれたので間違いないだろう。
ただ、まずいのは…。
「私達も徴兵されるね」
ミシェル隊長がやれやれと言わんばかりに肩を竦めている。
だが彼女の顔は真面目であった。
-この国の冒険者は、傭兵も兼ねている。
というかまず傭兵斡旋所に登録しないと冒険者になれない。
すなわちこのパンタゴーヌ王国が所有している戦士を冒険者としてギルドに登録していることになっている。
もちろん戦争があれば徴兵されるが教育や訓練が施されており、この国のEランク冒険者は、他国のDランク以上の冒険者に匹敵すると噂されるほど精鋭である。
なにより傭兵として登録すると『1人の王国民』として受け入れられるのが大きい。
変装してるとはいえ、こうしてゴブリンが堂々と街の施設を使えて仮面をつけても怪しまれないのはこれのおかげだ。
多種族国家であるこの国では、いちいち人の習慣に突っ込まないのである。
「大丈夫ですよゴブタロウさん。徴兵といっても精々、街の警備や後方の補給部隊の警護くらいですよ。さすがに冒険者を正規軍と一緒に最前線へ投入することはないはずです」
「でも敵は強大なんだろ?絶対に戦力不足で投入してくると思うんだけど」
「デュラント教国の聖印騎士団に譲ったとはいえ、この国は軍事大国ですよ。正規軍40万の他にどこであろうと2週間足らずに増員10万を最前線へ投入できるように訓練されています。それとは別に予備役も30万も存在しますし」
ひえーどうやってその規模の軍勢を迅速に最前線に送れるのか気になる。
宣戦布告したという事は既に増員10万などは最前線付近に駐留しているかもしれないが。
それより論点が微妙にズレてたのが気になる。
「問題があるとしたら連合国を結成して共同で戦争をするという点ですね」
「ん?なんで問題があるんだ?同盟国と兵力が多ければ安心できるだろう?」
「多種族で構成されている人間の国家ってこの王国くらいのものです。よって軍も唯一、多種族で構成されています。なので必然的に周辺国家の正規軍と文化や習慣で揉めるんですよ」
人間至高主義のデュラント教国、多種族で構成されているパンタゴーヌ王国。
ああ、揉めないわけがない。
むしろ、憎悪に囚われている関係のはずなのだが何故かそのような声は聴いたことは無い。
「勝利をわが手に!」
どさくさに紛れてプロパガンダを交えて王国民に開戦を知らせている王国兵。
拳を握りしめて感情的にも見えながらも計算されたように世論を開戦に誘導している。
そう考えると、勇ましい表情とは別に何か意図を含んでいる気がしてきた。
彼は、野心と探求心がある人間でも、煩くて人懐っこくてしつこい鳥人もない。
喧嘩腰で活発な獣人でも協調性がありながらも問題児な蜥蜴人でもない。
演説を行なっているのが森人という異質さがこの戦争の闇を物語っている。
そんな気がした。




