36話 ゼロから始める亡霊との生活
ようやくヴァレリアンの街に帰って来れた。
相変わらず排泄物は建物の隅に転がっているがもはやどうでもよかった。
ここには死体も魔物も動く屍もないのだ。
あの地獄を生き抜いたら汚物など屁でもない。
一方、エミリー嬢はキョロキョロ街を見ており新鮮な感覚なのだろう。
なにやら楽しそうに建造物や亜人種達を興味深そうに眺めていた。
その姿は、初めてこの街に来たオレにそっくりでその話題で盛り上がれそうであった。
もっとも亡霊なので会話はできずに意思疎通が困難であるが…。
そうこうしている内にようやく冒険者ギルドに辿り着くと懐かしい雰囲気を漂わせている。
エミリー嬢の眼前で手招きをするとこちらへ寄ってくる。
ふわふわと浮遊しながら移動してくる姿は可愛いかった。
「こうして冒険者ギルドの建物の前に着くとなんだか懐かしい感じがするな」
「以前はこの街を拠点に活動してたけど最近はヴェールヴィエンヌの街で活動している時間が長かったからね」
オレの呟きに近くに居たエルティアナは呑気そうに反応してくれた。
でも彼女の様子を見る限りなんだか嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
何も変わってないという当たり前の光景はこっちに安心感を与えてくれる。
だけど前には進めなかった。
ボコボコになった鉄仮面を捨てて顔全体を包帯で隠しているせいか医者の所に連行させそうで怖いのもはあるがそれ以上に亡霊であるエミリー嬢をここまで連れてきて良かったのかという疑問だ。
神官や修道士に遭遇したら絶対に一悶着あるとは思うが何かあったら責任を取るとエルティアナが豪語したので彼女に任せる事にしているがやはり不安だ。
エミリー嬢はオレ達に強く結びついて現世に留まってるせいか、街の郊外に待機させると逆に悪化する可能性があるのでリスクを伴っても一緒に行動させていたが建物の中にいざ入ろうとすると足を止めてしまったが考え込んでるとエミリー嬢が不安そうにこちらを覗いており彼女の顔を見て覚悟を決めて冒険者ギルドの建物内に入ると2人も一緒に付いて来てくれた。
そして受付で見覚えある女性を見つけて声を掛けようとすると逆に彼女の方からこちらへ来てくれてエルティアナの方へ抱き着いた。
「お帰りなさいエル姉!本当に無事でよかった」
「ゴメン心配をかけた」
女性に抱き着かれるなんてなんと羨ましい!
ロングスカートでも隠せないくるぶし当たりの黒色のストッキングが逆にエロさを誘う。
上半身と下半身を交互にチラチラ見ていると眼前を何かが遮った。
無視をされたエミリー嬢がほっぺを膨らませて腕をぶんぶん振り回していた。
注目の的になるのは嫌がっていたけど無視されるのも嫌いというある意味面倒くさい女だな…と思ってしまうのはオレの心が汚れているせいだろう。
ちなみに彼女は生存と違って分かり易い行動を取っており表情が豊かである。
エルティアナ曰く魂だけの存在が具現化しただけなので彼女の感情がそのまま反映されているようで緑色のローブを被っているのは日光を遮る肉体がないせいで眩しいという感情から作られていると推測していた。
つまり彼女の姿は、その時の心情が直接反映されるということである。
「なあ、エルティアナ?ちょっと外で休んで良いか?」
「ああ、いいよ。私が書類を書いておく」
こうしてエルティアナに後処理の書類を任せてエミリー嬢に構うべく手招きをして彼女を伴ってギルドの建物を出て近くのベンチに座る。
彼女には視覚以外の五感が存在しない。
なので以前地理や用語の名を書き込んでいたメモ帳を使って意思疎通をするしかなかった。
必死にエルティアナに教えられながら日記を書いて練習してきた甲斐もあってなんとか冒険者ギルドで書類を書いて提出できるレベルまで文字を使いこなせるようになった。
あの時は、まさか亡霊とコミュニケーションに使うとは思わなかったがエミリー嬢の嬉しそうな顔を見ると頑張って努力した甲斐があったよ。
こうしてみると亡霊ってそれほど脅威ではないと思うが肉体を失った魂を現世に留ませていると必ず悪霊になるそうなので彼女のご機嫌を取りつつ早く未練を解消して成仏してもらった方が幸せなのだ。
でもオレは読心術の技能がないので彼女の意思は姿に反映される感情とジェスチャーくらいしか分からない。
なので現状はご機嫌取りで少しでも長く人間の感情でいてもらうしかない。
それにしてもやたらと感情豊かなのを見ると伯爵令嬢としてのエミリー嬢は本当に素の感情を隠して生活してきたのが分かる。
「ゴブタロウお待たせ!お土産に鉄仮面を買ってきたよ」
帰ってきたエルティアナに鉄仮面を渡されてありがたく受け取って装備をする。
前と違って軽いが頭に負担が掛からないので良いかもしれない。
「そういえばこれからの予定はどうするんだ?」
「色々やりたい事はあるけどまずエミリーと会話できるようにしたい」
そう言って彼女は亡霊に優しく微笑んだ。
音が聴こえないエミリー嬢は発言を理解できないがなんか楽しそうな事をすると受け取ったのかワクワクした表情をしている。
「いや、なんで魂だけの存在に会話できるのか?」
「普通はできないよ」
「じゅあ、どうやってエミリー嬢と会話するんだ?」
「手っ取り早く言うと魔法を覚えてもらう」
ほうほう、念話魔法とか便利な奴があるのか。
「念話魔法とか覚えるのか!」
「そんな都合の良い魔法はないよ。あえて言うなら『振動魔法』と言ったところか」
振動魔法ってなんだよ…。
氷結魔法とか火炎魔法とかすぐにイメージできるけど振動魔法は想像できない。
身体がプルプル震えたり地震を起こすイメージをするがそれで会話ができる気がしない。
「振動魔法で会話できる気がしない」
「ねえゴブタロウ、音って何だと思う?」
「叫んだり手を叩いたりすることで起きる現象だろう」
「おしい!簡潔に言うと、振動を伝えられる空間の中で発生した振動を身体の器官が感じてそれを脳に伝えることで音として認識できるものだ」
おかしいな。
知ってる単語が少し増えただけなのに頭が痛くなってきた。
「どこかがおしいか分からんがそれがどうしたのか?」
「エミリーが私たちの声を聴こえないのは身体の器官がないからだよ。耳も脳もなく魂しかないからどんなに頑張っても音を認識できないんだ」
「ああ、肉体がない亡霊だもんな」
「だからその器官を魔法で補えば彼女に言葉が通じるようになるし逆に話すことができる事ができるんじゃないかというのが私の見解だ」
つまり振動魔法でむりやり音にして会話をしようという事か。
どんな魔法か知らないけどそう考えると良い案に感じる。
「なるほど確かに振動魔法とやらを覚えると便利そうだな」
「だから今から図書館に行こうと思うんだけどゴブタロウも来る?」
「なんで図書館に行くんだ?」
「そんな魔法なんて知らないからだよ。本音を言うと幽鬼級の亡霊は呪文を詠唱して魔法で攻撃してくるそうだからなにかしら介入できる手段があるはずだ」
えーつまり幽鬼は呪文を詠唱できるからエミリー嬢も何かしら話せる手段があるというのが彼女の本音で振動魔法とやらを覚えても会話できる根拠はないのか。
とはいえこのまま会話できないとコミュニケーションが支障が出るからやってみる価値はあると思う。
「じゃあ、エルティアナはエミリー嬢と一緒に図書館に行くんだな」
「別にそれでもいいけどゴブタロウも新しい電撃魔法とか覚えていた方が良いよ。遠距離攻撃手段が投石かナイフ投擲じゃ心許ないから」
確かにあの地獄では、遠距離攻撃手段がなくて仕方なく接近戦で戦っていた。
いくら強化魔法で身体能力が上がっていても人間に劣るゴブリンの肉体なので堂々と戦うのはかなり不利だからなにかしら遠距離で攻撃できる魔法を覚えておきたい。
「確かに何かしら新しい魔法を覚えておきたいな」
「よし、決まりだな。さっそく図書館に行こう!」
そういってエルティアナはオレの手首を掴んで急かすように足を踏み出した。
行くとは言ってないんだけど彼女の中では確定事項になったらしい。
会話に参加できずに不満気に傍観していたエミリー嬢も慌ててこっちについてきた。
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相変わらず図書館には亜人種がたくさん居る。
イメージとは違って勤勉なのは意外にも人間じゃないかもしれない。
そう思うほど図書館は混んでおり隅の席で電撃魔法の魔導書を読んでいや解読している。
“雷の矢”、“雷系付与”、“稲妻閃光”などの中級魔法の呪文の紋章を見てるが頭が痛くなってくる。
良く見ると似たような紋章があるので複雑に見えて基礎を抑えれば案外解読できるのかもしれないが残念ながらそんな頭脳はオレにはないので紋章をメモ帳に記して呪文を覚えることに専念した。
何故かは分からないが普通は呪文を全て暗記するか紋章を理解できないと魔法が使えないそうだがオレの場合はイメージして発動する為の呪文を唱えると魔法が使えるのでここで重要なのは詠唱する呪文である。
エルティアナはエミリー嬢と一緒になにやら片っ端から本を読んで時折メモをしている。
彼女によるとエミリー嬢はある程度呪文魔法を理解できるようで初級魔法程度の火炎魔法や神聖魔法なら無詠唱で魔法を発動できるほどの素質があったらしい。
故にオリジナルである振動魔法とやらを紋章として構築するべく試行錯誤しているようだ。
一方、使えそうな電撃魔法の紋章と詠唱呪文をメモをしたオレは暇になり『精霊図鑑』とやらを手に取ってページを捲ることにした。
軽い気持ちで勢いで手に取ったものの火精蜥蜴や土精爺など呪文で出てきた名が絵と共に簡潔な解説文があるのですぐに内容が頭に入ってきた。
精霊は、自然界を司る存在でオレ達が魔法を使えるのは彼らが力の一片を貸してくれるおかげであり属性ごとに司る存在が違う。
そして精霊は召喚することもできるがあくまでも本物ではなく力が化身したものであり本来の強さには程遠いものの圧倒的な火力で敵を葬る事ができる。
召喚士がコントロールできるのは30秒ほどであるがその強さはすさまじい物らしい。
デュラント強国では、召喚小隊とか中隊が存在してるほど火力支援では優れている。
精霊の凄さや召喚する代価など大げさにも思えてくる文章であるが読みやすいのでどんどんページを捲っていくと、ある属性を司る精霊に関する記述に違和感を覚えた。
それは水の精霊である。
水精乙女やその上位の存在である水精王子や水精王女の記述が少ないうえにやたらと文章で貶められているのが気になったのだ。
他の精霊であれば持ち上げられて偉大さを大げさに書かれているのに対して水を汚染させて世界中を大混乱にしたとして他属性の精霊や他種族で構成された連合軍、一部の魔王軍ですら水の精霊達に戦争をして打ち破ったそうだ。
というのも水の上位精霊達が何故か殺し合いを始めてその余波で水が急速に汚染されたとされ当時のディラント教国の聖印騎士団が国内に居た水精王女に攻撃を仕掛けて辛うじて取り逃がしたとされている。
水が汚染されたから狂ったのか、混乱して水を汚染させたのかは分からないが呪文魔法を制式化する大賢者以前の時代の出来事のせいか、かなり曖昧な記述がされている。
そして水の魔力所持者が存在せずに『流水魔法』が使えないのは力を授けてくれる水の精霊が居ないせいというのが有力な説となっている。
『ゴブタロウがそんな本を読むなんて珍しいね』
『なあ、エルティアナ?聖印騎士団が水の精霊を攻撃したって本当なのか?』
『遥か昔に誕生したばかりの水精王女に攻撃を仕掛けて多大な損害を被ったそうだけど彼女を消滅する寸前まで追い詰めたそうだよ。それ以降はどの国家でも水の精霊を見かけていないとされている』
『そのせいで水の魔力所持者が生まれなくなって流水魔法も使えなくなったのか』
『その出来事が事実かは分からないけどその時期に世界中の水が汚染された影響で疫病が流行ったのは事実だしどうやっても流水魔法を使えないので水の精霊は全滅したか力を貸さなくなったかの説が有力になってるよ』
エルティアナに話しかけられるまで本に夢中になっていたが結構珍しいことである。
水の魔力所持者や流水魔法の使い手が存在しないのは水の精霊関連のせいだという話であったが亡霊が実際に存在したり詠唱呪文に精霊の名がないと魔法が発動しない点をみると彼女の話を聞く限り間違ってはいないようだ。
ともかく彼女達の様子から目的が達成されたと思い本を本箱に戻して帰り支度をする。
『その様子からすると振動魔法とやらが完成してみたいだし帰るのか?』
『そうだね。街の外に寄って練習してみるけどゴブタロウも来る?』
『迷子になりそうだから付いていくよ』
ちょうどメモした電撃魔法を使いたかったので彼女に付いていく事にする。
魔法練習をする前に詠唱する例の『10項目』を忘れていたのに気付いたのは街の外に出て小さな湖に着いた時であった。
「1ーつ!魔力のコントロールを覚えること!」
「2-つ!自分にどの属性が適正なのか把握しておくこと!」
こうして改めて教えられた10項目を叫んで気持ちをリラックスさせる。
そしていざ呪文を詠唱して魔法を発動しようとすると滑舌が悪くて何度も失敗してしまった。
結局、発音練習を人間とゴブリンと亡霊が湖に向かってやっているという第三者視点から見ると奇妙な光景に見えた事だろう。
特にエミリー嬢は湖の上で水面に顔を近づけて練習している光景に違和感を覚えるがもし振動魔法が成功して波が発生すると発音できている事になるので問題はない。
日が地に沈みかけて辺りを赤く染める頃、待ちに待った瞬間がやってきた。
「ゴ ブ タ ロ ウ さ ん 聞 こ え ま す か ?」
「全く聞こえないよ」
「酷い!!絶対に聴こえていますよね!?」
オレのとぼけた返答に頬を膨らませて抗議しているエミリー嬢を見るとなにやら虐めたくなるのはゴブリン的本能に基づいたオレの心が歪んでいるせいだろう。
どういう理屈か分からないが会話が成り立っているので事実上目標を達成できたようだ。
発音を練習した甲斐もあってオレも電撃魔法をいくつか覚えたもののやはりイメージでしか発動できないので覚えたというと何かしっくりこないのはある。
それでも遠距離攻撃手段を複数覚えたのは大きな一歩であった。
一方、エルティアナは何故か発音や振動魔法を練習していたが彼女曰くみんなで一緒に楽しくやる方がモチベーションアップに繋がったり絆を深められると頬を掻きながら話してくれた。
とにかくこれでエミリー嬢と会話の壁の障害が無くなったので気軽に話せるようになり野宿で晩御飯を食べる時には自分の分が用意されない事に不満を呟いたらお供え物を用意されて更に涙目になったのは印象に残っている。
その出来事を日記に書く時にエルティアナからエミリー嬢の動向や成長も書いて欲しいと言われたので頭上にはてなマークが浮かんだが亡霊がここまで人間の感情を残してるのは例がないようで後世の為に記録を残しておきたいというものであった。
そう思うなら…と突っ込もうとしたら既に彼女のメモ帳には1ページにぎっしり文字が書かれていてドン引きしてしまった。
しかも小さな文字で埋め尽くされているのに色を変えたり隙間をうまい具合に空けてたり文章の構成がうまかったりして読みやすくて驚いてしまい図らずも日記を書くのに参考になってしまった。
自分の視点だけじゃ見逃す事もあるしなにより友人として先入観で書いてしまって違和感に気付けないのでオレの視点でメモをして欲しいと両手を合わせて指を絡ませて切実な表情で彼女に頼み込まれてしまい、押し切られる形でエミリー嬢の成長記録も記すことになった。
そして4行の文を付け足したら瞼が重くなったので寝ることにした。
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亡霊が話せるようになった。
それが数時間後に問題になるとは知らずに…。




