32話 ゴブリン、さようならをする
私はゴブタロウの身体を確認した。
土塊魔法で生み出された岩の破片が彼の胴体に突き刺さっていた。
皮肉にもその岩のおかげで出血が抑えられていたようだ。
「痛い痛いよ」
彼はそう呟いてまた意識を失った。
はっきり言って応急処置では手に負えない怪我であった。
岩の破片を抜いてすぐに【治癒の呪文書】を使えば治せるかもしれない。
だがこの場にその呪文書はない。
もしあったら兵士の誰かがダメ元でエミリーの怪我を治そうとしたはずだ。
また私は部下を死んでいくのを見ていくしかないのか。
部下達を残して敵前逃亡せず戦うべきだった。
クリスにしがみ付いてでも彼女の自殺行動を止めるべきだった。
異変を感知したゴブタロウの意見を聞き入れれば良かった。
死にいくエミリーを放置してゴブタロウを手当すれば良かった。
後悔などいくらでも浮かんでくる。
私は結局何もできずに失うのだろうか。
違う!
私はどこかで諦めていたのだ!
心のどこかで逃げ道を作って現実から逃避していたのだ。
私は嘆くよりも解決策を考えて模索する性格である。
それは自負していたことだ。
だけど肝心な時に女々しく嘆いて考える事を放棄してしまう癖がある。
兵士達も部下達もシャルル中佐もエミリーもゴブタロウも足掻いた。
今度は私がみっともなく足掻く番だ。
「ねえ治癒系統の魔法か治癒の呪文書が使える人は居るか?」
その問いかけに対して誰も返事をしなかった。
それは誰も治癒の魔法でゴブタロウを癒せないということだ。
さっきまでの私ならここで諦めてしまっていただろう。
だが今は違う。
どれだけ神に祈ろうが嘆こうが状況が好転したことは無かった。
自分で一歩踏み出さない限り何も変わらないのだ。
「あははははそうか…それなら自分でやるよ」
「エルティアナ姉貴?大丈夫っスか?」
デュラント教国の最上位教育機関である『救世軍士官学校』で様々な魔法を学んだ。
私は氷の魔力所持者であった為、氷結魔法を極めていたが暴風魔法と塊土魔法も同時に会得して使いこなせるようにした。
それはもしもの時に備えて複数属性の魔法を使いこなせるようにしたかったが一番の要因は主席の座を巡って切磋琢磨で競い合った同期の男が居たせいだ。
彼の名は、ロミュオー。
私は彼を出し抜くために勉学に励みながらも魔法をどんどん覚えていった。
カーチスとかいう男が妨害してきたが返り討ちにして私は奴を超える為に努力した。
結局、僅差で彼に敗れてしまい次席で卒業することになってしまったが。
問題なのは魔法を覚えている内に私は治癒系統の魔法の素質がないと分かった事だ。
騎士になりたいのであって神官になる気はなかったので別に気にしなかった。
だがロミュオーが中級クラスの治癒系統の魔法をあっという間に覚えていったのが気に食わず必死に覚えようと意地になって努力していた頃があった。
まあ、頑張ったが治癒系統の魔法を使う事ができなかったがそのおかげで『疑似神聖魔法』の補助系統の魔法を覚えることができた過去がある。
そう、私は治癒系統の魔法は使えないが知識はある。
基礎は知っているからそれを応用すればいい。
兵士達を見渡して小奇麗な兵士を見つける。
戦闘した痕跡が見られない所を見ると帯剣も大して汚れていないだろう。
あははははは彼から借りよう!
「ねえちょっとそこの君!」
「は はい!なんでありますか!?」
「ちょっとその剣を貸してくれないか?すぐに返すからさ」
「はいっ!どうぞ!」
「ありがとう」
兵士から片手剣を受け取り鞘から抜いて刃を確認してみる。
うん、よく手入れが行き届いている。
そして汚れておらず好都合である。
「良しやるか」
左手の甲を斬り付けて出血させる。
自身が得意としている氷結魔法に治癒系統の紋章を組み合わせる。
一見簡単に見えてとても難しいものだ。
制式化された魔法に別の魔法を組み合わせるのは普通ではありえない事だ。
だけどゴブタロウを救うにはこれしか方法が無かった。
「氷結 中級魔法“氷結治療・再生能力向上”!」
傷口はみるみる塞がっていった。
やはり魔力を【属性変換】するよりも魔力をそのまま使える氷結魔法に治癒系統を組み合わせればいいようだ。
だけどこれじゃあ足りない。
ゴブタロウの怪我を治すには威力不足だ。
幸い死体ならいくつかある。
実験に失敗しても別に問題はない。
「いや死体じゃダメだ。生物の肉体でなければ…」
近くには王国兵達が居る。
彼らを実験体にするか?
否、それはできない。
他者に必要じゃない痛みを強いることはできない。
まるで戦争でノイローゼになった民間人が子供たちに悲劇を繰り返さないように奮闘するように彼らを犠牲にすることはできなかった。
そうした間にもゴブタロウは死に近づいていく。
「なんか良い手は…」
そうして自分の手を見る。
そして気付いた。
あははははっは!
あるじゃないか!ここにどれだけ弄ってもいい実験体が!
留め具である金具を外して鎧を脱いで防護服も脱いでいく。
曇り空ではあったが街が火に包まれていたがさっきまで戦い続けた影響なのかとっても涼しくて心地いい。
良いよ!凄く良い!
王国兵達が戸惑った視線で見つめてくるがもはやどうでもいい。
左腹に刃を突き立て!掻っ切る!!
「ごふっ」
あははははははは!
嗚呼、懐かしいよ!これが死の恐怖か!
飛び出した内臓の温もりはとっても温かい。
血はどんどん身体から抜けて行って熱を奪われているようだ。
あああああああああ!良いよ!素晴らしいよ!
この激痛!生きている証拠じゃないか!
あはははははっは!久しぶりに死の恐怖を存分に味わってるよ!!
おかげで完璧な治癒魔法の構築式が浮かんでくる。
死に足掻こうとして必死に脳が考えてくれた。
さあ!早くこれを使おうじゃないか!
あはははっははは!
「氷結 中級魔法“氷結治療・肉体突然変異再生能力向上”!」
あああああ!自分の身体が造り変えアハハハ!られる感覚。
死に際になって土壇場でアハハハ!使用したのが功を奏したのか無事に斬り傷が塞がった。
他人の身体でやって気持チ良イ!たらすぐにこうはならアハハハ!なかっただろう。
ちょっと失敗してアアアアアア!!左腹の傷口はうステキ!まく修復はできなかったがアハハハハハ!内臓の傷は繋ぎ合わせ傷口ガ治ッタ!てなんとかうイケル!まくいった素晴ラシイ!ようだ。
あはははっはははこれを応用す大丈夫出来るヨ!ればダイジョウブ!良い。
虫の息になってい早ク!るゴブタロウに新たな大丈夫ナノカ?構築式を考えながら近づく。
本当にこれで良ダカラドウシタ!?いのか?自分を信サア早ク治療ヲ!じろ!
余計な思考がダイジョウブ!入ってくる。
魔法のサア早く!副作用なでも治セ!のか。
おかしいな!私はゴブタロウを助ケル!精神を歪ませ別ニ問題ハナイ!るつもりは。
嗚呼、しま早クゴブタロウヲ治療セヨ!この構築式が早ク早ク!精神を。
しくじった。でもこれさえ突キ刺サッタ岩ヲ抜ク抜けばヨイショ!大丈夫!ダイジョウブ!
「氷結 中級魔法“氷結治療・肉体突然変異再生能力向上”!」
岩を思いっきり引き抜いてゴブタロウノ血温カイヨ!大量出血する前に傷ヲ塞イダ。
改良版の治癒魔法成功シタ!いやまだ分からない。自分ヲ信ジヨウ。
ゴブリンの血って温カイノカ!やっぱり同じ生物なんだなって実感スル。
うんそうだよ、だって彼は早ク目覚メナイカナ?
ちょっと待って起コソウ。
ダメだ!傷口が悪化シナイヨウニ起こしたら可哀そうダケド、イツモ起コシテル。
それもそうか。ウン問題ナイ!
本当に?ソウダヨ!そうだね。早ク起コシテ反応を見る前に辺リヲ掃除シヨウ。
また怪我したらまずいからね。でも何か忘れてる。ナニガ?
とっても大切な事を、自分ノ身体。ああそうだ。まだ完全に傷が塞がってない。
「氷結 中級魔法“氷結治療・肉体突然変異再生能力向上”!」
これで良し!後遺症ハ怖イけどなんとか耐えてみせる。ミンナダッテ苦シンダ。
弱音ヲ吐ク前ニ着替えよう。
今、私は恥ずかしい恰好をしてる。それは侯爵家令嬢のプライドガ許サナイ。
傷口の血を拭いていつも通り服ヲ着テイクけどやっぱり違和感がある。
まあ、いいや。大丈夫ダ、問題ナイ。
うんそうだよ。涙ヲ流シテルけどとっても心地いい。
「ゴブタロウ!また一緒に居られるね。ありがとうそしてゴメンね」
★★★★★★★★
霧のせいでよく見えない。
どうやら川の近くに居るように見える。
というか目の前に川がある。
その全貌が分からない川を大勢の人達が渡っている。
いや人だけじゃない。
亜人や魔物ですら濡れることを厭わずに川を横断している。
『なるほどとりあえずこっちに行けばいいのか』
そう思って前に進もうとするが身体が動かなかった。
動こうと足掻いていると川からこっちへ向かって来る人が居る。
白髪で髭を生やしたどこかで見たことある人だ。
執事特有の黒色のスーツを着た老人である。
そう思っていると後ろから眩い光が差したようで目の前が真っ白になった。
「ハッ…痛っ!」
「大丈夫?」
身体を優しく揺らされながら話しかけれて目覚めたようだ。
視界がぼやけているが声は女性なのは分かる。
いや、知ってる人だ。いつも一緒に行動してくれた女性なのだから。
「エルティアナ?」
「良かった良かったよ。また一緒に居られるね」
彼女の顔が見える。
目を充血させて涙を流してオレの頬を温かく濡らしている。
どうやら心配をかけたようだ。
以前、絶対どっかでオレ関連でエルティアナを泣かせてやる。
そう決意したが実際に泣かせると心が痛くなる。
もうちょっとゴブリンらしく彼女を泣かそうと思ったのにな。
こうやって優しく抱き締められると申し訳なくてしょうがない。
鎧は着ていなくてその下に着込んでいた服から彼女の香水と汗と体臭が漂って来る。
そして濃厚な『メスの匂い』が鼻を優しく刺激して存分に味わう。
でもいつまでもこんな事はしてられない。
だって兵士達がこっちを見ているはずでとっても恥ずかしくなってくるのだから。
「ありがとう!おかげで助かったよ」
感謝の言葉を発するとまた頬を濡らした。
もしかして更にエルティアナが大泣きしたのかと思うが違うようだ。
それはまるで熱くなった身体を冷ますかの様にひんやりしたからだ。
ぽつんぽつんと雨が降り始めてすぐに声をかき消す勢いの土砂降りになる。
それはまるで街中にある火を消すかのように悲しみを流すように雨は降り続ける。
ようやく終わったのだ。
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あの後、レインコートを兵士からもらって建物の影で休んでいる。
その兵士は怯えた様子でエルティアナから剣を受け取っていたがどうでもいいだろう。
夜にも関わらず兵士達は、動けないオレ達に代わって片付けを始めたのだ。
早くしないと血に釣られて新たに魔物が乱入してくるし衛生環境も悪いからだ。
だけどその苦労は最低限で済んでしまった。
中央広場以外に死体が一切見当たらなかったのだ。
それどころか衣服も大雨で流されて建物の隙間に詰まっている有様だ。
魔物に至っては居た痕跡すら見られないほど綺麗さっぱり消えていた。
「街中を覆っていた魔法陣が肉体を消滅させたかもしれない。広場にあった死体が無事だったのはそこだけ違う魔法陣が展開していたおかげだな」
兵士達からその事実を聞かされたエルティアナはそう口にした。
彼女曰く、大虐殺の元凶が張った広場の魔法陣が皮肉にもオレ達を守ってくれたそうだ。
「魔法陣と紋章の違いって何だ?」
「それはまたの機会に教えてあげるね」
オレの問いに対してそう微笑んで答えた彼女の顔は忘れることはないだろう。
そしてもう1つ大切な事を訊こうとしたが忘れてしまったので無理やり納得した。
とにかく死体の片づけは最低限で済んでしまった。
そして死体に関しては2つに分けた。
エミリー伯爵令嬢の死体と戦死した王国兵を含む広場にあった死体達だ。
彼らはすぐさま中央広場で合同埋葬されたがエミリー嬢だけは違った。
なんと彼女だけ別の場所に埋葬することになってしまった。
それを命じたシャルル中佐曰く。
「周辺国家は『光の魔力所持者』を欲している。例え生存してなくても」
要するに死んでなお彼女の肉体が凌辱されるくらいなら生きて逃げ延びてもらった方が都合が良いそうだ。
確かに教国の連中などに解剖されるくらいならひっそりと眠らせてあげたい。
だけど彼女は死んでもぼっちなのを見ると悲しくなってくる。
結局、誰一人頼れずに絶望して死んでしまった。
そしてこの結末、あんまりである。
ちなみに彼女を死を知る人物は、オレとエルティアナ以外は全員王国軍に所属していた為、緘口令を敷くのは簡単である。
つまりオレが口外しない限りこの真実は永遠に歴史の闇に葬れるということだ。
「ゴブタロウ兄貴!エミリー様にお別れしてあげて欲しいっス!」
「そうか分かった…なあヒューゴ、オレを見て何か思うか?」
「ゴブタロウ兄貴がゴブリンだったとしても気にしないっスよ!」
「ありがとう」
そう考えていたらヒューゴにエミリー嬢とのお別れの挨拶を促してきた。
もちろんやりたいのでヒューゴに付き添ってもらってエミリー嬢の棺の前に立つ。
彼には下がってもらった代わりにエルティアナに支えてもらって棺の中を見る。
ランタンで照らされた棺桶にいた彼女は綺麗にされていたが直視できる姿でなかった。
「可哀そうに死んでも1人なのか」
「死は安らぎだよ。誰だって1人で逝くんだから気にせずに挨拶してあげて」
なんか可哀そうになったオレはポーチからある物を取り出す。
「それって『木彫りのお守り』だよね?」
「うん、冒険者ギルドのバイオレット嬢用のお土産だったんだけどエミリーにあげるよ。寂しくないようにこれを持っていてもらいたいんだ」
「…優しいね。きっと彼女も喜ぶよ」
「あっそうだ」
剣帯から短剣を抜いて手の甲を軽く切って彼女に向けて血を垂らす。
「今度は何をしてるの?」
「ゴブリンの儀式で同胞の死を乗り越えていくという意味があるんだ。まあ実際のところは死者を敬うどころか死体蹴りの方が強いけどね。でも最後にオレ達を頼ってくれたんだからせめて血だけでも一緒に居てあげようと思ったんだ」
「ふふふ、良いよ。素晴らしいよ。私もやってあげるか」
エルティアナも同じように血を垂らした後、木彫りのお守りをエミリー嬢にもたせて棺桶の蓋を閉めてオレを支えながらその場に後にしてくれた。
不謹慎な行動であったが夜であった為、兵士達には気付かれなかったようだ。
その後、棺桶は地中深くに埋められた後、兵士達に別れの挨拶をした。
ヒューゴにはエルティアナから早く逃げた方が良いと警告されたが適当に受け流して別れを告げた後、ヴェールヴィエンヌの街を後にした。
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こうして後世に『大虐殺』と語り継がれる事件は終わった。
だがこれが序章どころかプロローグに過ぎなかったとはこの時想像だにしてなかった。




