表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落雷ゴブリンのどたばた奮闘記  作者: Nera
第二章 死神に魅入られた少女と亡霊に見初められるゴブリン
31/56

31話 終幕

ああああああしくじった!

虐殺の元凶であるアイホートに気を取られてゴブタロウの怪我を放置してしまった!

倒れ込んだ彼を見てクロスボウを放り投げて慌てて駆け寄る。


「ゴブタロウ大丈夫か!?」

「エル…ア」

「喋るな!傷口が開くぞ!」

「頼む…エミリー…の所…連れて…くれ」


ゴブタロウがエミリー伯爵令嬢の所に行くように指示している。

私からすれば助からない彼女より助かる彼を救いたい。

まだまだこれからだっていうのにこんな所で死ぬなんてもったいない!


「お願いーだ…はやく」


だけど弱々しく掴んで移動を促してくる彼を見てついエミリー嬢の所まで運んでしまった。

人目に着くのは避けたいのに。

早く傷口を塞いで治療をしないといけないのに。

感染症の恐ろしさはここに居る誰よりも身をもって知っているのに。

瀕死のはずの彼に逆らえなかった。


「ゴブ…さんーエル…姉さま」


エミリー伯爵令嬢いえ、エミリーは私達を見て痛みに苦しんでいた顔が少し安らいだように見えたが正直に言って彼女を直視したくなかった。

色んな話や魔法などをこっそり彼女に教えてきたからこそ教え子が旅立とうとするのに悲しむ教師の様に胸が一杯であったからだ。


人の死に立ち会うのは胸が苦しくてしょうがない。

兵士や騎士ならまだ覚悟を決めている分、なんとか納得しようとする。

だけどエミリーのような子が私より先に死ぬのに耐えきれないのだ。


思い返せばこのような事態を避けられるチャンスはいくらでもあった。

ゴブタロウが異変を感知して何度も警告してくれたのに!

護衛部隊の兵士の様子に違和感を覚えていたのに!

私はそれを無視をした。

過ぎた事は後悔してもしょうがないがそれでも辛いものがある。


「ふふふ、ゴブタロウさんゴホゴホ…すごく素敵です」

「エミリー…ごめん」

「あやまらなくて…いいですよ…最後にお姉さま達に逢えてーよかった」


アイホートがエミリーを人質にして動かなかった時、読唇術の事を知っていた彼女は口パクで『私ごとやってください』と伝えていて泣く泣くクロスボウに矢を装填して撃ち抜いた。

物理的に寄生されている以上、彼女から奴を離すのは不可能だったうえに味方に危険が迫っている以上、躊躇うことができなかった。

気遣ってくれる彼女の優しさが逆に碌でもない私の心を抉る。


「ゴブタ…さんと一緒に逝けるなら…ゴホゴホ悪くないーです」

「エミリー様!ダメです気をしっかり!」

「大丈夫です!助かりますよ!だから弱音を吐かないでください!」


兵士達が駆け寄って彼女を励ましているがもう手遅れだ。

四肢と胸は捥がれた後に傷口を焼かれて身体中を食い破られて内臓が損傷している。

専門知識をもっているわけでないがこれで助かるというのが無理がある。

それにもしここで助かったとしても彼女の人生は長くないだろう。

いっそ、ここで止めを刺して苦痛を断ち切ってあげるのが優しさかもしれない。


「お姉さま…寒い…です」

「嗚呼!エミリー!!」


その一言で思わず彼女を優しく抱き締める。

そんな行為をしても延命はできない。

むしろ動かすと急激に悪化して死に至る可能性がある。

そう知っていても抱き締めてしまった。


「あったかい…姉さま」


彼女の肌は驚くほど冷たかった。

氷結魔法を駆使して誰よりも冷たさに慣れているはずなのに!

流れている生暖かい鮮血に体温を持っていかれていると錯覚するほど肌は冷たい。

氷点下の雪山で地獄の訓練を駆使した時よりも遥かに冷たく感じる。

長時間風通りが良い場所にこの姿で放置されていたのだろう。


「エルティアナ姉貴!」

「…どうしたヒューゴ?」

「瀕死だった自分みたいに回復できないっスか!?」


ヒューゴ二等兵が必死な様子で私に話しかけてきた。

彼もまた豚巨人(オーク)との戦闘で瀕死だったが『治癒(ヒール)の呪文書』で命が助かった経緯がある。

でも失った物は戻せないしここまで傷が酷いと助からない。

脇腹に刺さった2本の矢は抜けば大量出血による出血性ショックで死に至るし放置すれば呼吸によって矢がどんどん内臓を傷付けて死に至る。


「ここまで酷いと無理だよ。むしろヒューゴは運が良かっただけなんだ」

「やっぱり俺に使った『治癒(ヒール)の呪文書』が最後だったっスね!?」

「ねえヒューゴ?ここまで酷いと手の打ちようがないんだよ」


エミリーに着いた汚れを手で払い頭を撫でていく。

せめてできるだけ綺麗な姿で旅立てるように。


「エミリー安心して。そこに居るゴブタロウは転生者なんだ。来世はあるよ」

「姉さま…」

「怖がらなくていいんだよ。すぐに痛みは引いて楽になれるからね。エミリーの存在は無駄じゃなかったんだよ」

「姉さま…エルティゴホゴホ」


彼女を元気づけているといつのまにか兵士達が整列していた。

どいつもこいつも軍人らしくない顔をして中には泣き崩れている者も居る。

情けない顔立ちしてるなと思う私も顔は歪んでいるだろう。

ゴブタロウがエミリーに向かって手を伸ばしていたので触れさせる。


「ああ、ゴブタロウさん慰めてくれるのですね」

「エミリー嬢、オレを見て怖くないのか…?」

「英雄を見て怖がる人はーいませんよ…ゴホゴホ」


ゴブタロウの問いに苦しみながら無理に笑顔を作って返答しているエミリー。

呼吸するのも苦しそうな彼女を見て一思いに楽にさせたい。

例え自分が彼女を殺害した罪に問われても後悔をしない。

彼女が苦しむから逃れる為に殺害を幇助(ほうじょ)されたら躊躇なく完遂できる。

そんな思いで胸が一杯である。


「おや…すみなさい」


そう言って彼女は力尽きた。

伸ばしていた腕は自然に垂れて瞼がゆっくりと閉じた。

それを見た兵士達は泣き崩れるなり顔を手で覆い隠して泣いたり中にはエミリー嬢の後を追おうとする兵を必死に取り押さえている者達も居る。

彼女は決して一人ではなかった。

できるなら彼女の代わりに死んであげたかった。

私と違って未来がある子が死ぬのは本当に悲しい物である。


「嫌」


息絶えたはずのエミリーから声が聴こえたので慌てて彼女を見る。


「嫌!死にたくない!ゴホゴホ!どうじて!わだくじが!!ああああ!!」

「エミリー?」

「エミリー様!」

「エミリー様!?」

「これがらだったのに!嫌!!おねがゴホゴホホ!助けで!ぐるじいの!じにだぐない!」


そこには死を恐れる1人の少女が居た。

血を吐き呼吸を荒くして藁を掴むように片腕を伸ばして兵士達に助けを求めている。


「まだやりだいごとが!どうじで!やだ!…がい!だずげで!」


慌てて撫でるが彼女は拘束から逃れようと抵抗する。

人の死に際にその人の人生が分かると聴いたことがある。

どれだけ取り繕っても彼女にとって【死】は恐怖であり安らぎなどではなかった。


「えどぅでぃあなおねざま!ごぶたどうさん!だずげ…で…」


ついに下顎呼吸になりもはや彼女は声を出せないほど弱り切っている。

それでも生にしがみ付こうと必死になっている。

でもそれもすぐに終わった。

家族も兵士ではなく私達に助けを求めたのがエミリーの遺言となった。

彼女は絶望したまま力尽きてしまったのだ。


「嗚呼!エミリーごめんね!ごめんね!」


こうならないように必死に慰めてきたけどダメであった。

死は安らぎとしてなんとか誤魔化そうとしたが残念ながら彼女は苦しんで逝ってしまった。

私は自分の無力さを実感してしまう。


「ごふっ」


彼女の腕を弱々しく触れていたゴブタロウの手が離れた。

彼を確認するとエミリーと同じように動かなくなっていた。


ああ!

あああああああああああ!

私は!私は肝心な所で致命的なミスをした!

ゴブタロウもまた瀕死の状態だったのだ!

それを放置してしまって彼は息を引き取った。


「ああああああああああ!」


エミリーを安置して顔に血塗れな両手を当てて後悔する。

脳裏に浮かぶのは200人の部下たちの顔だ。

私はまた部下を死なせてしまったのだ!!


「ごめんなさい!ごめんなさい!」


あの時、魔王軍に大量の火炎魔法の攻撃を受けた時、私はまだ生きている部下を切り捨てて重傷を負ったクリスという部下を背負って敵前逃亡した。

その時の記憶は鮮明に思い出せるが何故か茶色に塗りつぶされている。

そんな彼女も死んでしまった。

重傷を負ったまま休む暇も食事も満足に取れなかったのだ。

そしてなにより『感染症』が止めになった。


「あああああああああっ!!!」


嗅覚による追跡から逃れる為に糞を全身に塗りたくったり沼で匂いを消していた。

それが致命的なミスに繋がって感染症で傷口の皮膚から腐っていった。

皮膚が壊死して生きたまま腐っていくのだ。

不衛生な環境に居たせいで感染症に苦しみ追撃してきた魔王軍の部隊にあえて飛び込んで火炎魔法を浴びて壊死した皮膚を焼いてもらうほど末期であった。

だけどもクリスにはそれをさせることができずに更に悪化してしまった。


「それに元隊長、私はもう長くありません。衛生兵さんからそう伝えられました」


どれだけ酷かったのかは彼女の放ったこの一言に集約される。

感染症によって末期状態であり薬を飲もうが回復魔法を浴びようが全身に毒が回るだけで苦しむだけである。

彼女の自殺行動を止めたかったが制止しきれなかったのはこのせいである。

助かった私ですら今でも後遺症で苦しんでいるのだ。

彼女の笑みの裏では尋常じゃない苦しみがあったのは察しが付く。


「あああああああああああっ!!!」


私は肝心な所でミスをする。

今もまた、死にゆくエミリーに気を取られてゴブタロウをまたもや放置してしまった。

感情的に助かる命を見捨てて死にゆく命の方を優先してしまった。

責めるならひと思いにやってほしい。

だが誰も私を責めてくれない。


「どいつもこいつも好き放題言って逝きやがって!ああああ!もう!!」


部下もゴブタロウもエミリーも死んでいった者は誰も私を責めずに逝ってしまった。

いつでも死ぬ覚悟を決めている私が生き残って生きて欲しい者達から死んでいく。

これが理不尽と言わずになんと言う。

でももう良いんだ。

もう私は苦しむことはない。


「あははははは!私もこれ以上生きていても仕方がないな」


全てを失い壊れた私は現世に未練はなかった。

目に見える者達は全て人形(NPC)に思えてもはや愛着がなくなっていた。

ゴブタロウはそんな私に【存在価値】と【存在意義】を教えてくれた。


この残酷で碌でもないこの世界を知らないゴブタロウ。

多少の知恵があっても常識も知識もなかった彼。

限界を知ってしまった私と違って未来があった。


そんな彼に色々教え込んで役立ててもらうのが私の【存在価値】であった。

呑み込みは遅かったが少しずつ成長していく彼の姿を見て私は癒されていた。

彼が特有の能力で私を出し抜いた時は、絶頂するほど気持ちよかった。

それほど私はゴブタロウに依存していたのだ。


「待っててみんな、私もすぐそこに逝くからね」


教えたい。

それが私の【存在意義】である。

ゴブタロウは無理やり教わるのを嫌がっていた。

それでも無理やり教えていたのは私のエゴだ。


少しでも私の経験や知識や知恵が彼に継承されて受け継いで欲しかった。

少なくとも正しい知識や知恵は知っていても損はない。

今は要らなくても役に立つ時があるかもしれないし困っている人に役立てるかもしれない。

だから私はゴブタロウに役に立つように教えてきた。

あえて全てを話さずに考えて自分から訊いてくるまで待っていた。


まるで基礎を教わって問題集を解いていた生徒が応用問題で躓いて質問してくるのを待っている教師の様にゴブタロウの成長を私は楽しみにしていた。

難関に打ち勝って私が想定したハードルを乗り越えていく彼の姿を見るが好きだった。

だけどそれも終わった事だ。

彼は死んでしまった。


もう彼は成長することは無い。

死んでしまったらそこまでなのだ。

死んでも成長する吸血鬼(ヴァンパイア)などを除き基本的に死んだらそこまでである。

私の希望は途絶えてしまい疲れてしまった。


『忌み子』と蔑まれて孤独で生きてきた私は自分に興味はなかった。

読唇術や読心術を身に着けてしまうほど他者を気にしていた。

任務も使命も私にとって苦痛のものではなかった。

エミリーと違って私はそれに縛られて他者に期待されるのが好きだった。

だからこそ全てを失った時の絶望は私の精神を崩壊させるのは避けられなかった。

そして私は最後に大切な物を失った。


「エルティアナ姉貴…?何をしてるんですか!?」


首に短剣を突き付けて覚悟を決める。

これだけの兵士達が生き残ったのは不幸中の幸いである。

きっと彼らなら…。


「ありがとうヒューゴ助かったよ」

「姉貴!?」

「さようなら」


最後に碌でもない私に協力してくれたヒューゴに感謝する。

彼のおかげで犠牲者達の仇は取れた。

もうこれで心残りはない。

さようなら我が人生。

さようならこの碌でもない素晴らしくない世界!

せめて裁かれて浄化されて来世では善行をする事を願って。

さようなら。




「エルティアナ」


ゴブタロウの声が聴こえてきて彼を見る。

どうやら彼は気を失っていたようだ。

そんな彼は虫の息でありながら私の名を呼んだ。

まるで私を現世に留めておきたいように。


「ふふふ、どうやら終幕はまだ早いらしい」


彼を抱き寄せて状態を確認した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ