33話 亡霊に見初められるゴブリン
夢を見た。
あの広場で意識を失ってる時に見た夢だ。
霧のせいで全貌が分からない川の近くにオレは佇んでいる。
どうせ夢なら愉しんでいくかと思っているとまた見たことがある人物が居た。
黒いスーツに白髪に髭を生やしたお爺さん。
そして気付いた!
こいつは大虐殺の主犯である執事のニコルいや、アイホート!!
慌てて剣の柄を掴もうとしたがそこには何もなかった。
それどころか動くことすらできなかった。
焦って奴を見るが何故か襲い掛かってこなかった。
それどころかなにやら感謝している様子ですらある。
「~~!」
ニコルは何かを話しているが声が一切聞こえず良く分らなかった。
でも何故か何を言ってるのか察することができた。
<ゴブタロウさん、執事失格な私に代わってエミリー様の事、よろしくお願いします>
そう伝えてきた気がする。
そしてニコルさんは再び川の方に向かっていき霧の中へと消えていった。
その後ろ姿を見送って気付いてしまった。
もしかしてここって三途の川!?
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「嘘だろう!?」
「どうしたのゴブタロウ?」
「いたたたた!身体が動かない!!」
思わず飛び起きたが全身が痛くてしょうがない。
冒険者ギルドがあるヴァレリアンに帰る道中だったが身体が痛くてうまく歩けなかった。
エルティアナも同じの様でせっかく山道を通ってきたのに到着が遅れてしまっている。
「そりゃあ街であんなに身体を酷使したらね」
「なあ、エルティアナ!魔法訓練の翌日に使った魔法をここでもやってくれよ」
「 “治癒系賦活”の事?ダメだよあんなのに頼っちゃ!あれは痛みを誤魔化すだけで治るわけじゃないんだから」
「いや、痛みが和らげられるなら使ってくれよ!」
そう懇願するが彼女の解答は非情だった。
「使用し過ぎると副作用が酷いんだよ…私も現役時代に使ってたけど副作用で酷い目に遭ったんだから!まあ、今はもう感じる事すらできないけどね」
畜生!どケチ!
そう言って罵りたいが彼女も同じ状態なので何といえない。
それどころか一日中、魔法を使いまくった分、オレより症状が悪いはずだ。
でもそういった素振りを見せないのはさすが精鋭部隊の部隊長と言った所か。
もしすぐに弱っている姿を見せたら部下がパニックになってしまうからな。
「じゃあ、ちょっと休んでから出発するよ」
「それがいいよ。私は料理の支度をするからちょっと待っててね」
そう言ってエルティアナはオレから離れていった。
暇つぶしになるから別にここで作ってくれてもいいけどな。
そう、身体が痛みのせいでうまく動けないので暇なのだ。
小便できるほどには回復しているがもちろん静養した方が良いのに変わりはない。
でも最近、暇つぶしができた。
ほら草むらから来たよ。
透明に近い黄色い靄がオレに近づいてきた。
触れても害はない。むしろその動きを観察して暇を潰せるからラッキーですらある。
エルティアナには見えないようなので妖精なのかもしれない。
ちなみにゴブリンは元をたどると妖精に行き着くらしい。
だからなのか、この不思議な存在が見えている。
2日前から靄を見つけたがその気楽そうな動きを楽しんでいる。
「お前は気楽でいいよな」
そう伝えても靄は気にせずにオレの周りをうろついている。
こっちは痛みで苦しんでいるのに靄はそんな事知るかと言わんばかりに動き回っている。
ククク、今までなら見てるだけだったが今回は違う!
ようやく手を振れるようになったのだ。
いまこそ、その成果を靄に見せつける時!
「‐!」
手を振ると黄色い靄は驚いた様子で動き回っている。
その反応に満足した後、料理を作っているエルティアナの方に向く。
干し肉の匂いが漂ってきており思わず涎が零れてしまう。
最近の娯楽は、靄を観察する事と料理を楽しみにすることである。
しかし今回は違った。
靄がオレの前に出てきて視界を遮ってきたのだ。
仕方なく横を見ると靄がそっちに移動してきた。
なんかムカついたので横になるが顔の前に靄が飛んでくる。
「~!」
何かを伝えたいみたいだが何を言ってるのかさっぱり分からん。
せめて美少女になってきてから出直してほしい。
目の保養は大事なのだ。
「エミリー嬢みたいな美少女になってミニスカと膝まである靴下履いてこっちにきてよ」
そう伝えても靄は全く通じずに相変わらず目の前を動き回ってる。
仕方がないので片手を前に出して手を空けたり閉じたりしてから首を軽く振る。
痛くてしょうがなかったが仕方がない。
話が通じてない事をジェスチャーで靄に必死に伝えた。
すると諦めた様に靄は草むらの中へと消えていった。
なんか悪い事しちゃったかな…と罪悪感があるが意思疎通ができない以上、仕方がないと割り切り料理ができるのを待つことにする。
「ゴブタロウできたよ」
「じゃあ、持ってきてくれ!」
靄と遊んでいる時間が意外にも長かったのか、すぐに料理ができたようだ。
メインディッシュは辛く味付けされた干し肉、そしてそれを彩るサラダがある。
「昼飯にしては豪華だな?」
「スタミナ付けないと不味いからね。それよりさっきから何やってたの?」
「黄色い靄 いや、妖精さんと遊んでた」
「いいな妖精さん、幼少期は憧れてものだよ」
意外にもエルティアナは乙女チックであったようだ。
彼女は懐かしそうな眼をして切り株に料理を並べている。
「そういうけどさ!呪文で妖精さんの名前読んでる人が居た気がするんだけど?」
「“火精蜥蜴”や“土精爺”の事?あれは精霊さんだよ。一説によると精霊が力を貸してくれるおかげで人も魔物も魔力があって魔法を使えるそうだ」
「妖精と精霊ってどう違うんだ?」
「簡潔に序列で言うと『大精霊』、『精霊』、『妖精』って感じだ。妖精は、姿形があるけど力は弱くて悪戯ぐらいしかできないけど精霊は、姿形が定まっていないけどちょっと力を開放しただけで自然災害を起こすことができるほどの存在だよ」
つまり火の妖精達の親玉が“火精蜥蜴”という精霊なのか。
火炎魔法の呪文を聴いていると精霊が少しだけ力を貸した感じだから…。
いや、考えるのはよそう。
急にほぼ透明な黄色い靄が恐ろしい存在に見えてきたからだ。
とにかく心を落ち着かせようと料理に手を付けようとする。
「ねえゴブタロウ?その妖精さんとやらに何かしたの?」
「ジェスチャーで意思疎通を図ったんだけど失敗して草むらに消えていったけど?」
「じゃあ、あそこに居るのはその妖精さんなのか?」
エルティアナが警戒した様子でオレの背後を人差し指で指した。
ゆっくりと振り返ると靄が消えていった草むらの方に何か居る。
「なんだあれ?」
「ゴブタロウ、やらかしたな」
そこに緑のローブを被った何かが居た。
フードを深く被っており顔は良く見えないが肌が綺麗なので女性だと直感する。
そしてローブは手首までしっかりタイプのようで魔術師が良く使う感じだ。
それだけだったらエルティアナはあそこまで警戒なぞしないだろう。
その何かは、上半身だけで下半身が無かった。
緑のローブはおろか腰すら存在しておらず浮遊している。
そしてその身体は少し透き透っていて背景がうっすら見える。
まるで亡霊のような存在であった。
「なあ?あれってもしかして?」
「気を付けろ。こんな日中で出現するのはただの亡霊じゃない」
「幽鬼級の亡霊か」
幽鬼
【Aランク討伐対象】
それは生者を羨み憎んで自分から生物を魔法で殺害してくる恐ろしい亡霊。
霊体なので物理攻撃が一切効かず魔法攻撃もほとんど通用しない相手。
それどころか反撃してくるせいで弱点のはずの神聖魔法を当てづらいという強敵だ。
更にその魔力は生半可な魔術師を凌駕し小さな街程度なら単独で滅ぼせるほどの存在。
そして日光を浴びても吸血鬼と違って平気で活動できるのがそのヤバさを物語っている。
もし発見されれば国家が緊急事態宣言をするほどだ。
「ふふふ、そうだよ。だからいつでも逃げれるように準備しておいてよ」
そう言ってる彼女は明確な行動を取ることはしなかった。
幽鬼がオレ達を眺めたままその場から動く気配がなかったからだ。
そして幽鬼は埒が明かないと気付いたのか深く被ったフードを外して姿を曝け出す。
それを見た瞬間、オレ達は同時に剣を抜いて刃を彼女に突き付けた。
緑色のフードを外すと腰まで届きそうな金髪が出てきた。
青白い肌であったが良く手入れがされてるのが一目見て確認できる。
可愛らしい唇、優しそうな蒼色の瞳、手入れが良くされたストレートな金髪。
その顔をオレ達は知っている。
「ああ、なんてことだ。やっぱり成仏できなかったか!クソが!」
そう呟いてしまうのも無理は無かった。
そこに居たのは死んだはずのエミリー伯爵令嬢である。
刃を見たらと彼女の居る場所には何の変哲もない風景が広がっている。
反射せずに姿が映らないということはただ1つ。
エミリー嬢は、幽鬼となってオレ達に近づいてきたんだ。
「なんか彼女は動揺しているけどどうするの?」
「もちろん成仏させるさ!幸い【悪魂浄化の呪文書】がある。可哀そうだけどここで成仏させてあげるのが彼女の為だ!」
いきなり敵意剥き出しで刃を突き付けられてエミリー嬢は泣きそうな顔をして震えている。
それを見るとなんだか可哀そうな気がしてしまう。
しかしエルティアナは容赦しなかった。
「良いかゴブタロウ!亡霊というのは最初は害が無くてもいずれ悪霊となって生物に襲い掛かってくるんだ!エミリーを彼女のまま逝かせてあげるのが救いなんだ!」
頭の中で既に分かっていた。
彷徨う魂を放置すれば、生物としての意識を失い発狂して悪霊になるくらい。
でも直にエミリー嬢を見ると攻撃したくなかった。
彼女は手を合わせて指を交えて必死に何かを言っている。
だがそれはオレ達には聞こえなかった。
「なあ?なんか喋ってるみたいだけどなんて言ってるんだ?」
〈どうして!?ゴブタロウさん!エルティアナお姉さま!〉
〈私です!エミリーです!本当なんです信じてください!〉
〈どうして!?なんでこんな目に遭うの!私はただ【死】から逃れようとしたのに!〉
〈必死に頑張ってきたのに!我慢して我慢してみんなの理想を演じてきてたのに!〉
〈これからだったのに!まだやりたい事が山ほどあったのに!〉
〈苦しいの!寂しいの!温度も嗅覚も聴覚も触覚もないの!!いやいや!助けて!!〉
〈【血】を辿ってここまできたんです!お願いします!一緒に居させてください!〉
エルティアナが悲しそうな顔をして彼女の言葉を代弁してくれた。
彼女が話した内容からあの時、【血】を彼女に垂らした結果、彼女は亡霊となって甦ってしまった。
つまりこうなったのはオレの責任である。
「エルティアナちょっと待ってくれ!」
「どうしたんだゴブタロウ?退いてくれ!亡霊は例外なく成仏させないと!」
エミリー嬢を成仏させようとしているエルティアナの前に立つ。
それでもなお、成仏させようとしている彼女の手を掴んで必死に懇願する。
「エミリーが幽鬼になったのはオレのせいだ。あの時、血を垂らしたせいで彼女は甦ってしまったんだ。だからこうなったのはオレに責任があるんだ!」
「じゃあ、どうするの?このままエミリーが悪霊になるのを待つっていうの?」
「せめて話をさせて欲しいんだ」
「…良いけど手早く済ませてよ」
オレはエミリーに近づいてポーチから日記を取り出す。
『落雷ゴブリンのどたばた奮闘記』と書かれた日記の空きページに文字を書いていく。
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ごめんなエミリー オレが死体に 血を 流した から 亡霊にしちゃった
エミリーの声が 聴こえない 全く だから 文字を 書いた
今から 成仏 させる エミリーを
お願い 大人しく成仏して 悪霊 として 討伐する前に
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書いた文章をエミリーに見せた。
すると彼女は涙を流して何かを叫んでいる。
読唇術で彼女の台詞を解読したエルティアナ曰く。
〈嫌です!私はまだ温かい現世に居たいです〉
〈お願いします。一緒に居させてください。きっとお役に立てます〉
〈ゴブタロウさんとエルティアナお姉さまが私にとって最後の繋がりなんです〉
〈寂しいんです怖いんです寒いんです自分を失いそうなんです助けて助けて〉
〈手足の感覚がないのに痛いんです寒くて恐ろしい闇が私を封じ込めようとしてるんです〉
〈嫌!助けて!温めてください!ゴブタロウさん!助けて!〉
「エルティアナ、もうちょっとだけ成仏させるの我慢してくれないか?」
「どうして?」
「彼女はずっと1人だった。だからこそオレは彼女の遺体に血を垂らしたんだ。そして彼女は1人になるのを拒否して亡霊になってまで【血】を辿ってオレ達に逢いに来てくれたんだ。せめて少しだけでも一緒に居てあげたいんだ」
「大丈夫?後悔はしない?」
「…ああ、しないよ」
エルティアナは少し考えた素振りを見せたが諦めた様子でため息を吐いて笑った。
剣を鞘に納めて呪文書をしまって完全に武装解除した後、耳打ちをしてきた。
『私にも責任があるからね。ゴブタロウが望むなら少しの間、一緒に居てあげよう。でもエミリーの様子がおかしくなったら分かってるよね?』
『ああ、その時は問答無用にエミリー嬢を成仏させるよ!』
本当に大丈夫なのか?
【理性】や【本能】から警告されるがこの際無視をする。
もしここで彼女を無理やり成仏させたら今度は『大怨霊』となって襲い掛かってきそう。
そんな考えが脳裏を横切ったのもある。
「吸血鬼の女に恋をした上級神官といい、私はなにかと死者に縁があるな」
「なんか言ったか?」
「なんでもないよ」
どうやって彼女と接すればいいのか分からないがまあ、どうにかなるだろう。
なんかエルティアナが独り言を呟いてた気がするが良く聞こえなかった。
「じゃあ、エミリーにこっちへ来るように文字を書いて知らせてあげてね」
彼女に言われてできるだけ読める字で書いていく。
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エミリー 良かったね また一緒 居られるよ
少しでも 未練 を晴らせる 頑張るよ
おいで エミリー 今度は 3人一緒に いような
ほら エルティアナも 手招き してる
おいで エミリー
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そう書いた文章をエミリー嬢に見せるとすぐに泣き止んでしまった。
そして凄い勢いで手招きしてるエルティアナの方に突っ込んで貫通して森へと消えていった。
と思ったらすぐさま木の幹の隙間から飛び出してエルティアナの前に躍り出て楽しそうに何かを話しかけている。
そしてその様子を嬉しそうに見ながらエルティアナは手帳に何かを書いて会話を試みようとしている温かな空間がそこにあった。
蚊帳の外になったオレを除いて。
おかしいな?ここはオレの方に来るべきじゃないのか?
そう思いながら彼女達の方に向かっていった。
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これがエミリーを穏便に成仏させる最後のチャンスだった。
そして彼女を招き入れた事を後悔するのはそう時間が掛からなかった。




