28話 全ての元凶
人外の化け物を見たらみんなはどう反応するのだろうか。
泣き叫ぶのか、呆然として固まるのか、絶叫して逃げるのか、普通に観察するのか。
少なくともゴブタロウは逃げてきたので普通ならそんな反応をするのだろう。
まあ、そんな事はどうでもいい。
目の前に脅威が迫ってくるならさっさと叩き潰すまでだ。
「暴風 中級魔法“暴風”!」
暴風に煽られてムカデのような化け物が遥か後方にある壁に激突するが同じように叩きつけられた屍を取り込んで肉体の一部にしているのを見ると触れられると即死しかねない厄介な敵のようだ。
だが、肉体を取り込んでいる間、動かないのを見て確信する。
「氷結 中級魔法 “氷結”!」
思った通り化け物は反応できずに凍り付いた。
肉体を取り込む間はその場から動けずに隙だらけになるようだ。
「ゴブタロウ帰るぞ!こんな化け物とまともにやりあってたら身が持たん」
何故奴らに侵入にバレたか納得できなかったがどうでもいい。
もはやこの屋敷で動くものは私達以外信用できない以上長居は無用だ。
地下に繋がっている隠し通路から脱出しなければならない。
「やっと帰れる…ああ長い一日だったよ。なんでこん」
こっちを見ているゴブタロウの発言が中断した。
その怯えた様子から尋常じゃない事態が発生したのが読み取れる。
振り返って凍り付いて障害物になってるはずの化け物を見てみる。
凍り付いた化け物は発光しており氷を溶かしていた。
少しずつ動き始めるのを見て私たちは出口に繋がる個室に向かって走り出す。
「あれは倒さなくていいのか!?風魔法使えば一発だろう!?」
「再生能力がある以上、風で切り裂くのは効果がないと思うしそもそも生存者を救出しに来ただけだから真面目にやりあう必要はない。」
私達の目的は、生存者の救出であって化け物退治ではないのだ。
生存者は絶望的でありゴブタロウを危険に晒すだけなのでさっさと帰る事にする。
もうすぐ隠し通路がある個室に着くし時間稼ぎができている以上、今後の事を考えて身体に無理な負担を掛けたくなかったのもある。
「げっ!何か部屋から出てきたぞ!?」
「あれは-」
いざ、その個室に着こうとした時、そこから血まみれのメイドが出てきた。
服装や装飾品を見ると、隠し通路から屋敷の個室に出た際に見た死体であった。
足を止めて手に入れた情報を元に思考を巡らせる。
「死体、寄生、屍を利用する狡猾さ、索敵能力、一糸乱れない団体行動…まさか」
手に入れたピースで全体像が見えてくる。
考えたくはなかったが出た結論を踏まえると今までの疑問が解決する。
「おい!早く魔法でやっつけて逃げようぜ!」
「ダメだ!別ルートを使って逃げるぞ!」
「なんで!?」
「こいつら!死体に扮して私達を監視していたんだ!地下壕がバレたのも私達の移動を見てそこから居場所を特定して襲い掛かってきたせいだ!種がバレた以上、この隠し通路は使えない!」
暴風魔法で襲い掛かってきたメイドだった屍を吹っ飛ばしてどうするべきか考える。
あのメイドに一部始終を知られた以上、隠し通路には化け物達が居るはずだ。
さすがにあの狭い通路で中級魔法クラスを使用するわけにもいかない。
ならば屋敷から外に出ればいいと思うが状況は変わらない。
そう考えている間にも前からも後ろからも敵が迫ってくる。
「あああああ!後ろからムカデ人間が!前からは青い赤ん坊達が!どうしよう!?」
あたふた慌てているゴブタロウの姿を見て安らぎを感じる。
ああ、そうだったよ。
可愛い部下を見て大切な事を思い出したよ。
「あはははは!そうだったよ!なんてくだらない事をやってたんだ」
「エルティアナ?」
「この逆境はお前を成長させるものだよ!嗚呼なんて素晴らしいんだ!実戦経験が少なかったのに危惧していたがたった半日でここまで成長できたんだ!これを喜ばずにいられないよ!あはははは!」
情報収集や状況分析などくだらない事に時間を費やしたのを後悔する。
私はゴブタロウが成長してくれれば他は全てどうでも良かったんだ。
「おい!おーい!…ダメだこれ。魔法の使い過ぎは精神的にもきついのか…」
「さあ、ここから逃げようじゃないか!」
「挟み撃ちにされてどうやって逃げればいいんだよ…」
「逃げ道がないなら作れば良いんだよ!暴風 中級魔法“切り裂き竜巻”!」
放たれた風魔法は近くにあった壁を切り裂いた後、屍達を巻き込ませた。
別に地下通路じゃないんだから屋敷の壁をぶち抜いてそこから逃げればいい。
ゴブタロウの手を引いて開けた穴から脱出する。
「これからどうするんだ?」
「屋敷の正門を突破して中央広場に向かう」
「マジかよ一網打尽されないか?見晴らしも良すぎて危険じゃないか?」
うん、いい指摘だ。
こうやって危惧したりするのは悪い事ではない。
もちろんゴブタロウの指摘は間違っていないがあそこには隠し通路があるのだ。
それに…。
「一網打尽にされるのは私達だけじゃないよ」
「えっ?」
「そんなワケでそこを退け!暴風 中級魔法“切り裂き竜巻”!」
放たれた竜巻が正門に屯していたゴブリンや豚巨人達を吹っ飛ばして切り刻む。
ついでに豪華な装飾がされている正門も切り裂いて突破口を開く。
「ひえっ!魔法で吹っ飛ばして強行突破するのか」
「そうだよ。あの地下通路を使っていたらこんな感じにはできなかったよ」
近くからぞろぞろと魔物共が集まってくる。
なにやらギャアギャア騒いでいるがあそこにいるムカデ人間などの得体が知れない化け物に比べれば大した脅威ではない。
それどころか動く屍達に驚いてゴブリン達が応戦を始めた。
「なんだあれ?同士討ちか」
「どうやら屋敷の外では化け物達の脅威が知れ渡っていないらしい。好都合だ、ここで撒かせてもらおう」
「マジかよこの虐殺はグルじゃなかったのか…」
正門を抜けてそのまま進めば中央広場に着く。
近くには魔物が徘徊しているが無視をして全速力で抜けていく。
そしてあそこには私が用意した保険がある。
もっとも彼らが参加してくれればの話だが。
「おい…あそこに居るのニコルさんじゃないか?」
ゴブタロウが指差した先には異様な光景が広がっていた。
中央広場は街の住民達の憩いの場であった場所だ。
その広場には多数の死体が重なって壁になっており通り道を塞ぐほどであった。
そんな地獄のような場所の中でも中央には3つの石像が佇んでいおりちょうどその石像の前に血塗れの燕尾服を纏った白髪の男性が座り込んでいる。
「ああ、確かにあの姿はエミリー嬢付き執事のニコルさんだ」
「一応確認してみるか?」
「気を抜かない様に距離を取ってやってくれ。私は後方を警戒する」
後ろを見ると魔物達は追っては来なかった。
それどころかこの場に一匹も近寄ってすらいない。
まるでこの場所に居る何かに恐れている様に。
「ニコルさん!大丈夫ですか!」
「お?おお?おお!ゴブタロウさん!よくぞご無事で!」
「良かった生きていたんですね」
「いくら老いたとはいえこんな所でくたばるほど無力ではないですよ!何故なら私はエミリー様の執事なのですから」
どうやら生きているようだ。
近くには顔馴染みの傭兵達が居た。
この街の防衛を任されていたが任務を終えて解散したはずの傭兵。
いや、その前にお食事会に招かれていたか。
「ははは情けない所をお見せしてしまいましたね」
「そんな事ないですよ!同じ立場だったらエミリー様を守れずに…エミリー様は?彼女の姿が拝見できないのですがどちらにいらっしゃるんですか?」
「それがあの襲撃で逸れてしまいまして…執事として失格ですな…ははは」
ニコルさんは自嘲気味に笑っている。
その姿に違和感を覚えつつ広場を見渡してみる。
どうやら彼らはここに合流してないようだ。
まあ、あくまで強制力のないお願いだったしな。
そう思い広場に佇んだ石像を見てみる。
これだけ住民が虐殺されていても街の英雄のシンボルが皮肉にも健在しているのを見ると悲しくなってくる。
視線を下げていくと四肢を捥がれた死体があった。
いや、息をしているので死んでないか。
腰まで届きそうな金髪の髪に蒼色の瞳で苦痛で顔をしかめつつも無言で泣いていた。
「嗚呼、エミリーごめんね」
彼女の顔をみるとなんだか胸が締め付けられる思いで一杯である。
こんな気持ちを抱くのは何年ぶりだろうか。
ああ、エミリー。私があの場に居たら死んでも彼女を守ったのに。
四肢がない彼女を見ているとエミリーの顔を思い出す。
思い出す、思い出す?なんで?どうして彼女が?あれ?
「~~~~~!」
彼女は私を見つけたようで驚いた顔をして何かを呟いている。
ああ、痛くて声も出せないか。
せめて彼女が伝えたい事を受け取って何かしてやれないかと思ってかつて必死に努力して培った読唇術で読み解いていく。
「すみませんがちょっと手を貸してくれませんか?腰が抜けてしまって」
「はい、分かりました!」
腰が抜けて動けないらしいニコルがゴブタロウに向かって手を伸ばしている。
それを見て彼は構えていたグラディウスを鞘に納めて近づいて手を伸ばそうとする。
初対面の出来事を踏まえると完全に打ち解けておりなんとも微笑ましい光景だ。
それを見た私は片手剣をニコルに向かって投げつけた。
「がっ!!ああつっ!」
「えっ?え?ニコルさん!?なんでなんで」
「~~!っ!!うぐううううう!」
「なんでだよ!なんでニコルさんを!エルティアナ!!!」
勢いよく投擲された片手剣の刃が執事の腹に突き刺さる。
それを見たゴブタロウは驚いた様子で私に駆け寄ってくる。
ああ、部下からこんな感じに詰め寄られるのは久しぶりだよ。
ふふふ、でも今はどうでもいいんだよ。
「なんでニコルさんを攻撃したんだ!あれは生きているじゃないか!瀕死ですらない!」
「うんそうだね」
「そうだねじゃない!エルティアナ!説明しろ!」
「うぐうううう…そ…ですよ。そー…だ。ぐっ何故ーああ何故でーす…か」
「なぜー。な 何故…」
「なんで敵だと分かった?」
「四肢を捥がれたエミリー伯爵令嬢を放置する執事が居るか!馬鹿タレが!!」
私に詰め寄っていたゴブタロウは慌てて振り返って片手剣を構える。
うん、いい判断だ。素晴らしいよゴブタロウ。
じゃあ私も短剣を構えるとしよう。
★★★★★★★★★★★★★★★
エルティアナの怒声で無意識に剣を構えた。
エミリー嬢を放置した?四肢が無い状態で?
そう思いながらもニコルさんから距離を取る。
ニコルさんは何事もなく立ち上がった。
その佇まいは気品すら漂わせている。
腹に突き刺さった片手剣の柄を掴んで抜き取って放り投げること以外は。
「やれやれ、下等生物如きに不意打ちされるとは情けない」
「上等生物様は下等生物なんか無視をして活動なさればいいのに」
「ははははっは!そうもいかんよ!」
肩を竦めたニコルさんも短剣を構えたエルティアナも笑いながら会話していた。
一昔前だったら『なにやってんだこいつら』だと思っただろう。
だが今ならわかる。
隙を見せたらいつでも襲い掛かれるようにしているだけだ。
「はははっ!とにかく見抜かれた原因は分かりました。でもそれだけでは分からない事があるのですよ」
「これはこれは!私達じゃ足元にも及ばない至高の御方を出し抜けるとは…」
「言葉遊びはどうでもいい!何故この自分が知らない隠し通路を知っていたのだ!?」
ニコルさんいや、ニコルの姿をした化け物は顔を歪ませてこちらを睨んでくる。
よっぽどお怒りのようで思わず後退りしてしまう。
「それはですね。エミリー様は貴方を信用してましたが信頼してなかったからです」
「それは何故だ!完璧にニコルという人物を演じ続けたはずだ!」
「だからですよ!あの子は自分の行動をただ称えてくれる人物を誰一人信頼できずにどんどん病んでいきました。エミリーは伯爵家も勇者としての責務も投げ出したかったのですよ」
「つまりどういうことだ!?」
「彼女はずっとぼっちだったということだよ!誰一人信頼なんかしてなかったんだ!」
エルティアナの声がどんどん大きくなってきておりその思いが伝わってくる。
遺跡で見たエミリー嬢をみる限りきっと彼女は理想の自分を演じてきたのだろう。
そのエミリー嬢はエルティアナを純粋に慕っていた。
それは彼女にとって唯一自分を曝け出して相談できる相手だったからだ。
そんなエルティアナですら隠し通路の事は知らなかった。
つまり…。
「それはエルティアナも含んでるのか…」
彼女の辛そうな叫び声がそんな感情を教えてくれた。
信頼されたと思って相談を受けていた彼女の悲痛な思いが伝えてくる。
エミリー嬢と一番距離が近かったのに救えなかった後悔が身に染みてくる。
「ゴブタロウ!こいつが大虐殺の主犯だ!警戒しろ!」
「なんで分かる!?」
「私たちは隠し通路の事なんてことは伝えてない!それなのに知ってるという事はこいつが化け物共の親玉だ!」
慌ててニコルを見る。
彼は蔑んだ眼差しで微笑みながらオレ達を見下していた。
つまりそういうことだ。
「ははははっ!こいつとはな!本性を現したな!この自分にこいつとはな!!!」
「既に本性を曝け出している貴様に言われたくないわ!!」
情報得て用済みだと思ったのか2人とも取り繕うことは止めたようだ。
なにやら彼女達からヤバそうなオーラが見えており身体が震えてしまう。
「塊土 中級魔法“地盤上昇攻落”!」
地震で思わず体制が崩れそうになるが必死に堪えていると近くにある住宅が地面ごと上昇していって日光を遮って影を作っている。
その大きな影の中にオレ達は居てこれから何が起こるのか察してしまった。
「暴風 中級魔法“風の断層”!」
エルティアナが何かを言ったと思うと落下してくる岩盤が何かに煽られたかのように制御を失い落下方向を変えた。
その岩盤はいつの間にか近寄っていた『ムカデ人間』に命中した。
岩盤に叩き付けられたのと重量で動けないのか奴は痙攣している。
「火炎 中級魔法“追跡する火炎の矢”!」
「氷結 中級魔法“追跡する氷の弾丸”!」
ニコルから放たれた2つの大きな火の矢が外回りに軌道を描いてオレ達の方に向かってきたがエルティアナが放った氷の弾丸が衝突して飛散した。
それを見て思った。
なに、この万国魔法びっくりショーは!?
これオレの出る幕じゃないよね!?
どれもがまとも喰らったら致死になりうる攻撃魔法が無詠唱でどんどん出てくるのだ。
もちろんオレがそんな魔法郡に対応できるはずもなかった。
そんなワケで隠し通路を使って帰りますー!あとはよろしく!
『そろーり、抜き足、差し足、忍び足っと…あれ?』
そう思ってこの場を後にするべく足を踏み出したがすぐにやめた。
何故かって?
ここから脱出する地下通路の入り口が分からないからだ。
「おのれ!下等生物如きが!!この攻撃についてくるとは!!」
「上等生物様に褒められて光栄に思います!」
「攻撃指令!お前達、奴らを無残に殺してやれ!」
エルティアナに煽られて更に切れたのかニコルは化け物達に指示を下してきた。
その場に居た兵士や傭兵、死体に扮していた民間人だった何かが迫ってくる。
どいつもこいつも名前は知らないが顔はどこかで見た事がある。
特に傭兵達は班で一緒になって任務をこなしていたのだ。
知らないはずはない。
だからこそ思う。
「このくそ外道が!!」
「ははっははは!良いなその罵り!下等生物らしくて心地いいぞ!」
全ての元凶である奴が高笑いをしている。
だがそれを咎める事はできなかった。
奴が差し向けた尖兵たちがこっちに向かって走り込んできたのだ。
「畜生!」
オレはそいつらと交戦しなければならない。
どう倒せばいいか分からないがやるしかない。
グラディウスの柄を握りしめて奴らに向かって打って出た。




