27話 魔窟 グリザイユ伯爵家の屋敷
まず状況を把握してみよう。
オレ達は生存者を連れて地下壕に来た。
だが既にバレており化け物たちの襲撃があった。
エルティアナがなんとか土魔法で地下壕の入り口を塞いだおかげで難を逃れた代わりに唯一あった出入口を塞ぐ形となってしまい閉じ込められた形だ。
問題なのは『青色の赤子』が知識と知恵を持ち合わせている点だ。
おそらく風魔法を使おうとした兵士はアンドレ軍曹だと思う。
ヒューゴが『風使い』と評して信頼していたから間違いないだろう。
その兵士の亡骸を使って襲撃してきた点をみると狡猾さをもっている敵だということだ。
ゴブリンや豚巨人だったら敵だとすぐに分かる。
しかし兵士などに成り代わられると話が変わってくる。
味方だと安心させたうえで遠慮なく攻撃してくるのだ。
騙されているオレ達にはたまったものじゃない。
この街に魔族の大群の侵入を許したのも奴らのせいだと疑いたくなるくらいだ。
「ああ、考え過ぎて頭が痛い」
考え過ぎて頭が痛くなってきたので気晴らしにその辺を歩いてみるが良い案が見当たらず思わずため息を吐いてしまう。
眼中には大きな本箱が映っていたので何か役に立つ蔵書はないかと見てみるが空っぽでありただのオブジェがそこに佇んでいる。
なんか腹が立ったので蹴っ飛ばしてみようかと考えるが足を痛めるだけのであきらめた。
見渡すと近くの柱には何やら見覚えがある突起物がある。
なんで覚えがあるのかと思ったらあれだ。
あの丘にある遺跡で逢ったエミリー嬢が弄っていた突起物にそっくりであった。
こうやって弄ると隠し通路に繋がる入り口があったんだよな。
そう思い軽い気持ちで弄ると音もなく本箱が横に移動した。
「うわっ!」
情けない悲鳴を上げて思わず飛び退いて片手剣の柄を握りしめるがすぐに止めた。
本箱があった場所には入り口がありどこかに繋がっていそうだ。
後ろに気配を感じたので振り返ってみると民間人たちがこっちを見ている。
「なにあれ?」
「本箱の裏にこんな通路が」
よし、今のところはオレは注目されていないようだ。
そーっとこの場から逃げ出そうとしているとヒューゴと目が合った。
「ゴブタロウ兄貴一体何者なんですか!?なんで隠し通路があると分かったっスか!?」
「えーっとエミリー伯爵令嬢がこうやって隠し通路を出現させているのを見てさ」
「いや、伯爵令嬢と仲良くしてる時点で只者じゃないっスよ」
怪訝そうな顔でこっちを舐め回すように見てくるヒューゴ。
これはもう言い逃れができないな。
「丘の上にある遺跡でヒューゴと別れた時にさ。エミリー伯爵令嬢と会ったんだ」
「彼女はこの隠し通路を使って屋敷から遺跡に来たと仰っていたんだ」
「そうだったのか」
「そうさ、その時に教えてもらったんだ」
顔が納得してない感じだったがなんとか受け入れてくれたようだ。
すると近くから手を叩く音が聴こえてきたので振り返ってみる。
「ほらお前たち立った立った!お前たちはこんなもんじゃないだろう」
「ですが…」
「経験値の差だよ。別に気にしなくてもいつかできるようになるさ」
「でも我々は指を咥えて見てる事しかできませんでした」
「そんな事ないよ。咄嗟に風魔法から民間人を身をもって守ろうとしたのは凄い事だ」
なんかエルティアナが意気消沈している王国兵達を勇気づけているようだ。
手を叩いて素直に褒めつつ士気を向上させているのはさすがだと思う。
でもその優しさ。少しだけでもいいからオレに向けてくれないかな。
地獄の魔法訓練でフルボッコされた身としてはなんか気に食わない茶番劇である。
「なるほど、これがさっき言っていた隠し通路か」
「はい、さきほど打ち合わせしたようにここを利用すれば地上に出ずとも街の郊外まで抜けられるかと存じます」
「眉唾物だと思っていたが実際に目をすれば納得するしかないか」
エルティアナに押されてシャルル中佐はしぶしぶ納得したという感じであった。
そして近くに居る部下になにやら指示をしている。
「そうそうヒューゴ!ちょっと良いか?」
「エルティアナ姉貴どうしたっスか?」
「ちょっと頼みがある」
エルティアナはヒューゴを引き連れて壁際で何かを話し始めた。
何の話をしてるか気になるのでそっちに向かおうとする。
「あの!すみません!」
「は はい、なんでしょうか?」
そしたら急に声を掛けられたので声が裏返ってしまったが話しかけた来たのが街で救出した母親だったので無様な姿を見せない様に堂々と向き合う。
「お礼を申し上げたくて…」
「いやいや!この街の警備の依頼を受けた冒険者として当然の事をしたまでです」
「私も娘も助けて頂いたおかげでこうして命があります。なんとお礼を申し上げればいいか」
「気にしないでください。ちょっと用事を思い出したので失礼します」
「お待ちください!せめてせめてお名前だけでも!」
正直言ってこの展開は苦手である。
褒められたことが少ないせいかむず痒くてそわそわしてしまうのだ。
ゴブリン的思考から考えてあり得ない光景だというのもある。
とにかく食い下がってくる彼女に気圧されてしまった。
「オレの名はゴブタロウ。彼女はエルティアナと言います」
「はい、しっかりと覚えました。この恩はいずれ」
「ふむ、ゴブタロウ君ちょっと良いかな?」
プレッシャーに負けて自分たちの名前を告げるとシャルル中佐が話しかけてきた。
もうやだ。面倒くさい。
命懸けの戦闘のほうが気が楽なのはどうなんだろうな。
「君と同行していた彼女は何者なんだ?」
「彼女は複数属性の魔法が使える女戦士です。コンビを組んで数か月しか経ってないので自分にも彼女については良く分かりません」
「彼女は『無詠唱』で魔法を発動させていた。これはDランク冒険者の技量ではない」
「確かにDランク以上の実力がある事は存じあげておりますが…」
今度はエルティアナを掘り下げようとしてきてウンザリする。
彼女の事だからうまく受け流したのか。
中佐は真剣な顔立ちでオレの口から彼女の素性を割り出そうとしてくる。
「魔法を無詠唱で発動できるのはAランク冒険者以上かデュラント教国の精鋭部隊くらいだ。そしてエルティアナという名前、もしや彼女は…」
「精鋭部隊?そういえば聖印騎士団のカーチス大尉はどちらにいらっしゃるんですか?彼が居れば100人力なんですが」
「彼なら昨日の朝に分隊を率いて街を立ったよ。教国に呼び出しを受けたと言ってな」
「中佐殿!脱出の準備が完了しました!」
「ああ。分かったすぐに行く」
うまい事に話を逸らしたら良いタイミングで話が打ち切られた。
中佐は部下の報告を受けてオレの前から立ち去った。
見れば地下壕から脱出する準備ができたかのように兵士が整列している。
うん、こうして軍隊として機能してるのは本当に良い事だ。
「じゃあ、ヒューゴ頼んだよ!あくまでできればの話だけどね!」
「姉貴!一応努力してみるけど期待しないで欲しいっス!」
どうやらエルティアナの方も話が終わったようだ。
ヒューゴの様子からなにか無理難題を押し付けられたのかと思ってしまう。
エルティアナ・ゼミナールの生徒であるオレからしてみれば頑張れとしか言いようがないので心の中で応援することにする。
「じゃあ、行こうかゴブタロウ」
「ああ、やっとこの街から脱出できるんだな」
「いや、違うよ」
なんでだよ!
1人でも多く街の住民を脱出させたらオレ達も逃げるはずじゃなかったのか?
そう思って彼女の方を無言で睨む。
「私も逃げたいのは山々なんだけどね。他の地下壕にいる避難者達にも伝えないといけないという話になってさ。伝令役に男衆たちが協力する形にまとまってしまって私達だけ逃げるわけにはいかなくなっちゃたんだよ」
「えーやだ、逃げたいよ」
「私たちは数少ない戦闘員なんだよ?さあ、住民の避難は中佐殿に任せて行こうね」
確か地下壕は8カ所あるってヒューゴが言っていた。
つまりあと7カ所に生存者が居る可能性がある以上、どうにかそこに避難している住民も伝えないといけないのは分かる。
でも、あの化け物たちがここを特定した以上、他も危ない気がする。
「ここが襲撃された以上、危険じゃないのか?」
「そうだけど見捨てるわけにはいかないからね。伝令役も覚悟してるさ」
「で?オレ達はどこに向かえば良いんだ?」
「グリザイユ伯爵家の屋敷だよ」
意外な場所が出てきて動揺してしまう。
あそこって最も警備が厳重な場所であり一番安全な場所だとみられていた。
下手すればどの避難所よりも生存者が多い可能性がある。
なのに彼女は浮かない表情をしているのを見てヤバさが伝わってきた。
「…なんでそんな表情で言うんだよ」
「普通だったら安全な場所なんだけどね…あの化け物の様子を見る限り同士討ちをして地獄になってる可能性が高い」
「この街における精鋭部隊が駐在しているから大丈夫じゃないのか?」
「人間というのは信頼している人に裏切られるといとも簡単に破れ去る生物なんだ」
彼女はなにやら悲しそうな顔をして化け物たちの脅威を説明している。
死体に寄生して攻撃してくる『青色の赤子』。
そうとは知らずに奴らに背を向けている兵士。
この後、どうなるのか想像できる。
ただ、まるで自身が裏切られた事があるかのように喋っていたのは違和感があった。
まあ、異端者とまで言われた彼女だしなんかあったんだろう。
「そんなワケで出発したいんだけど何か忘れ物はないか?」
「隠し通路の地図がないんだけど」
「その写しなら作っておいたから安心して。はいプレゼント」
エルティアナから受け取ったメモを見るとグリザイユ家の屋敷までのルートがある。
そして街の郊外に脱出するルートと予備のルート以外は書かれてなかった。
「よく屋敷の場所と避難ルートを特定できたな?」
「この街の地図と重ねて作成したんだ。記憶力の良い優秀な兵士達が居て助かったよ!」
無駄に大声をあげた彼女はチラチラと兵士達の方を見ている。
こうやって何気にフォローをする姿を見て絶対オレなんかじゃ勝てんなと実感する。
少しだけ気が楽になったのか微笑み始めた兵士達。
感動的シーンだ。
彼女がオレの手首を掴んで引き摺るかのように通路に向かう事以外は。
あのーエルティアナさん、まだ準備できたって言ってないんですけど!
結局、有無言わせずに大勢の人に見送られて強制的に隠し通路へと連行された。
道中では敵と遭遇しなかった。
嗅覚などを駆使しても空気が淀んでいるだけで血の匂いすらしなかった。
それはつまりこの隠し通路は敵にバレてないということだ。
「もうじきグリザイユ家の屋敷に着くけど準備は良い?」
「あーいつでもOkだよ」
「じゃあ、そこの仕掛けを弄って開けてくれ」
「もう着いてるじゃないか!」
こんな感じに漫才を繰り広げても仕方がなかった。
でもこれで最後だ。
この仕掛けを弄ればグリザイユ家の屋敷の内部に出れる。
一体何があるか分からない分、武器を構えながら仕掛けを弄る。
音もなく石壁が退いて目の前には階段が見える。
そこには微かなメスの匂いが残っておりエミリー嬢の匂いだとすぐに分かった。
警戒しながら階段を上っていくと濃厚な血の匂いが漂ってくる。
「エルティアナ、すごい血の匂いがするぞ」
「ああ、やっぱりダメだったか。少しだけ探索したら帰った方が良さそうだ」
「そうそう念のために 塊土 初級魔法“土の壁”」
何故か彼女は土の壁を作り帰り道を塞いでしまった。
「なんで退路を断つんだ?」
「この壁を破壊されたら敵が通路に侵入したって分かるからだよ」
「ああ、なるほど…で?その壁はオレでも壊せるのか?」
「頑張ればいけるよ」
何か余所見をしているが見なかったことにしよう。
強者である彼女が死んだらオレも間違いなく殺されているのだから。
階段を上っていくと人工ではない光が差し込んできた。
光を手で遮って地上に出てみるとどうやら寝室の様である。
ベッドは血まみれで近くにはメイドとみられる死体がうつ伏せで転がっていた。
すぐさま突起物を弄り隠し通路を隠す。
辺りにはゴブリンや血の匂いが漂ってきており生存者は絶望的に思える。
警戒しながら通路を覗いてみると遠くにゴブリン達が屯している。
その付近には死体が辺りを彩るように転がっており不気味さが増している。
『この有様じゃ生存者は居なさそうだ。帰らないか?』
『ねえ大声でゴブリン語を話しているみたいだからちょっと訳してみてよ』
『えー帰らないか?』
『ゴブリンがこんな組織的行動するわけないから何かヒントがあるかもしれない』
確かにゴブリンの話している言語は理解できる。
だがいつエンカウントしてもおかしくないのでやる気がでない。
と言っても彼女は納得しないと知ってるので仕方なく近づいて聞き耳を立てる。
〈このままだと焼け死ぬだけだ!〉
〈あの糞野郎!オイラ達を嵌めやがったな!〉
〈寄生虫が!勝手に呼び出して切り捨てるとは〉
〈反抗した豚巨人の旦那達が食い破られたんだ!従うしかない〉
なんか嘆いた感じで叫んでいるゴブリン達の会話を口パクして彼女に伝える。
読唇術を取得している彼女ならこれで分かると思ったからだ。
『なんか奴らも何者かに振り回されているみたいだぞ』
『寄生虫はあの赤子かその創造主を表しているかもしれない』
『どうするんだ?』
『よし、鉄仮面と布を取って味方の振りして近づいてみよう』
こいつ正気かよ。
そう発言する前に口元の布を剥ぎ取られてしまった。
仕方なく鉄仮面をとって素顔を露わにする。
鉄仮面はエルティアナに渡して気を引き締めて何事もないようにゴブリン達に向かって進んでいく。
〈そこのお前!何やっている!〉
〈何やってるってやることないからここに来たんじゃないか!〉
〈馬鹿野郎!早く逃げろ!お前はまだ自由に動けるじゃないか!〉
〈そして外に居るやつらに伝えろ!オイラ達は利用されたんだと!〉
意味が分からん。
ただこっちを気にかけているのは分かる。
何故か顔だけこっちを向けて身体がそのままなのも気になる。
とりあえず彼らの意思で行動してない感じなので訊いてみることにする。
〈獲物が全然見つからないんだ!どこに行けば良いんだ!〉
〈まだそんな事言ってるのか!今すぐこの屋敷から脱出しろ!〉
〈広場にある死体には絶対に触れるなよ!〉
〈意味分かんない!下等生物を嬲り殺しに来たんじゃないのか!?〉
〈その下等生物はオイラ達も含んでるんだ!〉
彼らはかなり怯えきっておりなんか諦めすら感じてしまい気ままに生きるゴブリンらしくなく違和感を覚える。
ただ彼らの身に尋常じゃない事態があったと推測できた。
少なくとも彼らは自分の意思でこの屋敷から逃げられないみたいだ。
何が起こったのか訊こうとすると急に彼らは苦しみ始めた。
だが身体はそのままであり瞳がグルグルと動き出して口を大きく開けている。
「ゴブタロウ下がれ!」
エルティアナの指示で慌ててゴブリン達から距離を取る。
次の瞬間、彼らは一斉に口から大量の血を吐いた。
だが身体は全く動じずに首だけが暴れ回って血が飛び散って辺りを赤く染めている。
彼らは悲鳴にもならない何かを叫んでいるがどうしようもなかった。
とにかくエルティアナから渡された鉄仮面を身に着けて口元を布で覆った。
装備を身に着け終えたタイミングでゴブリン達の腹が爆散して血肉が飛び散る。
そのついでに見覚えがある青い色の物体も出てきた。
腹から出てきたのは可愛らしくない全身が真っ青の肌をした赤ん坊である。
それが20人、通路を青色で埋め尽くすほど不気味な存在であった。
そのうちの1人が前を歩んでくる。
慌ててグラディウスを構えると頭の中に声が聴こえてきた。
〈汝は我と契約して下僕になるか?〉
「断る!!」
〈よろしいならば汝は我の肉体となり絶望に満ちた生き地獄を味わうがいい〉
自分勝手な幻聴が聞こえると青色の赤子達は文字通り蜘蛛の子を散らした。
あの赤ん坊たちは青い蜘蛛が形成していた集合体であったようだ。
たくさんの青い蜘蛛が死体に吸い込まれていくと肉体が勝手に動き出して別の死体に絡んで赤い粘液を放出して身体が1つにまとまり始める。
そこに別の屍が次々にしがみ付いていき同じように身体中から赤い粘液を出しつつ身体を溶かして融合しているかの如く肉体が1つにまとまり始める。
「うえっ」
オレはその様子を愕然として眺めている事しかできなかった。
そしてゴブリン達や犠牲者の死体が無くなった通路にはある生き物が居た。
大百足
【Eランク討伐対象】
あのジメジメした地面と石の隙間に住んでいるあのムカデの大きい版だ。
いや、違う。
ムカデ人間
1人の肛門を別の人物の唇に繋げたようなそんな化け物だ。
違うのはブドウのように14人の頭が房状に結合しており胴体には頭がない点か。
ブドウのような実に見える頭はそれぞれ動いており全員がこっちを見てきて目、口、鼻、耳など…とにかく穴という穴からは赤い粘液を垂らしている。
胴体は新鮮な内臓の色をしており14人分のそれぞれの肉体が節となって繋がっている。
もはや人間とゴブリンを組み合わせた合成獣のムカデ人間である。
まあ、見た感じこんな化け物だ。
問題なのはそこじゃない。
そのムカデ人間が声にならない雄叫びを挙げて壁を破壊しながら迫ってくる点だ。
ついでに侵入者に気付いた動く屍達がムカデの後を追って来てるのもポイントだ。
なあ、一言言わせてくれ。
「もうやだ!!おうち帰る!!」
そう叫んだオレは片手剣を構えているエルティアナの後ろに隠れた。




