22話 敵との遭遇
屋根や街路樹からは火の手が上がっている。
排泄物はおろかゴミすらなかった石畳に無残に殺された街の人々の死体が其処彼処と転がっている。
絶望した顔、痛がったまま事切れた顔、泣き顔、傷だらけの顔。
人間、蜥蜴人、鉱人、鳥人、森人、獣人。
肉屋のおっさん、花屋のお姉さん、兵士、老人、男の子、裕福そうなご婦人。
死体から様々な情報を読み取れるが共通してるのはさっきまで普通の暮らしをしていた何の罪もないヴェールヴィエンヌの住民たちである。
時折聞こえてくる悲鳴から凄惨な出来事が現在進行形で起こっている事を実感させる。
そして明らかに普段使っている言語でないものが聴こえてくる。
呪文魔法を使う為、人間もエルフもドワーフも国籍も下手すれば魔王軍幹部でさえ話す共通言語ではないものを話す者達。
そんな奴らなんて限られている。
「エルティアナ!前から5体のゴブリンが向かって来るぞ!」
「後ろにも2体居るか、後ろの敵は任せた!」
血塗れの武器を携え殺意剥き出しで襲い掛かってくるゴブリン共。
それは巣穴で退治した時のゴブリン達よりも不気味であった。
そして挟み撃ちにされたので腹を括って覚悟を決めるしかなかった。
「暗雲に囚われた我の肉体に刹那の助けを 電撃 中級魔法“雷系身体活性化”!」
【魔力】という糸を生み出すように意識をして視界が赤くなったのを確認して『呪文』を唱えるとまるで身体が羽の様に軽くなった。
すぐさま駆け出してグラディウスの刃を背後に居た先鋒ゴブリンの首に斬り付けた後、流れるように後方に居るゴブリンの後ろに回り込み隙だらけの後頭部を叩き斬る。
その行為は、ゴブリン達には目が追い付けなかったのだろう。
首の骨ごと断たれたゴブリンは勢いよく地面に叩きつけられて衝撃で頭が飛んで行きもう1匹は何が起こったのかわからずに死んだようだ。
エルティアナの方をみると5匹のゴブリンは既に殲滅されていた。
すぐさま生み出した【魔力】を身体の中央に集めてから背中から押し出して放出するイメージをし強化魔法の発動時間を短縮させる。
身体はすぐに重くなり強化魔法の効果が切れたのを実感できる。
この街に来てからも強化魔法を練習しまくった甲斐があったな。
「ゴブタロウ、そっちは終わったか」
「ああ、強化魔法を練習しまくったおかげですぐに片付いたぞ」
「それは結構、練習した甲斐があったね」
オレの成長が嬉しいのか苦笑している彼女。
だがそれに釣られて呑気に笑えるほど状況は好転してない。
新たに前方から濃厚な血の匂いを携えてゴブリンの匂いが漂ってきたからだ。
そしてすぐにゴブリンの群れが現れた。
「ジャイアントゴブリン2体にゴブリン13体!?数が多すぎる!」
「ホブゴブリン2体か…さすがに荷が重いね…ゴブタロウ、私の背後に下がって…もう隠れてるのね」
「うん、だって勝てる気がしないんだもん。エルティアナさんお願いします」
当然である。
多勢に無勢、勝てるわけがない。
よって聖印騎士団でも精鋭とされる部隊で活躍していた彼女に頼った。
何故か怒らずに嬉しそうにしてるのは首をかしげたくなったが。
「氷結 中級魔法“広範囲・氷結爆弾”!」
彼女が一言呟いたと思うと掌から何かが解き放たれた。
それは青い軌道を描いてゴブリンの群れの方へ向かっていく。
一方、ゴブリン達はそれを無視をしてそのままオレ達の方に突っ込んでくる。
そして青く輝く何かが群れのど真ん中にある地面に着弾した瞬間。
身が凍り付くほどの冷風が吹き荒れる。
「ぎゃあああ!冷気が顔にあたって痛いいいい!」
冷気が鉄仮面に当たって思わず手で遮ってしまう。
そしてすぐに冷気が収まり手を退けてゴブリンの群れを目視する。
その惨状を見た結果、今度は体内が凍り付いた気がする。
今までこっちに向かっていた殺意を剥き出しにして叫んでいたゴブリン達の姿は無く代わりに大きな氷を削って作られたような像が佇んでいた。
もちろん、マジックの様に氷の彫刻で差し替えられたのではない。
エルティアナが放った『氷結魔法』でゴブリン達の肉体が凍り付いたのだ。
彼女が指を鳴らすとそれを機に氷の彫刻は全て砕け散った。
破片どころか粉の様に散っていくその光景はダイヤモンドダストを喚起させる。
いや、ダイヤモンドダストなんて見たことないけどさ!
なんかその光景は芸術的にも見えた。
「さあ、行こうか」
「はい」
現在、彼女は視界を確保するために兜を被ってない。
つまり彼女の笑顔が良く見えた。
2桁の生物を凍死させて肉体を砕いた魔法を使ったと思えない笑みを見ると…。
『エルティアナが味方で良かった』と胸を撫で下ろすのも仕方がなかった。
頭を振って気を取り直して辺りを見渡してみる。
空からは鳥の鳴き声が聞こえて遠くからは断末魔の悲鳴が聞こえてくる。
だがこの街に辿り着いてから未だに民間人の生存者を確認できていない。
まるで突然襲撃されたかのように道には死屍累々の肉片が転がっている。
その死体の山を見てみると何故か兵士の死体とゴブリンの死体は少なく大半は逃げ遅れたと思われる民間人だった。
「ねえゴブタロウ?この惨状を見てどう思う?」
「まるで奇襲されたかのように死体だらけだ」
「そうだよ、この広範囲に渡って火が付けられているしただの群れの仕業じゃないね」
それもあるが例の【連続失踪事件】を受けて街の兵力が増加しており最低でも600人以上の戦力がこの街に居たはずだ。
それにも関わらず見事に守備隊の対応は後手にまわっており民間人が虐殺されている。
普通に考えればありえない事だ。
でもそうなる要因に心当たりがある。
あの時、エミリー嬢を迎えに来たピエール少佐は『濃厚な血の匂い』を漂わせながら執事のニコルさんにゴブリンの群れを討伐した報告していた。
だけど現状はさっき見た通りゴブリンなんぞ討伐された感じなどしなかった。
そして山道にあった内臓と骨を吐き出されたかのような肉塊とそのすぐ傍に落ちていた『ピエール』と書かれたバッジ。
そしてまるで人形のような視線をしてきた護衛兵。
そこから導き出せるのはー。
「なあ、ピエール少佐とその部下達ってもしかして皮を被った魔王軍じゃないか?」
「あり得るね。化けている魔物の正体まで分からないけどそんな悪趣味を思いつく指揮官を1人だけ思い浮かべることができるよ」
「そんなに有名なのか」
「まあね、街がこんなに燃えているのも納得ができる」
さすが教国の精鋭部隊を率いて生き残ったことはある。
その経験と知識からこれらをやった敵の正体が導き出せたようだ。
それにしても空がきーきー煩い。
「きぃー!!」
ほらもっと鳴き声が大きく聞こえてきた。
うんざりして声がした曇り空を見上げる。
そこには6羽の鳥がいた。
まるで身体は血で染められたように赤黒く大きな翼を広げてこっちに向かって来る。
前世から引き継いだ朧気の記憶のおかげでその鳥の正体が分かった。
血塗られた大鷲
【Cランク討伐対象】
名前の通り全身が赤黒くまるで返り血を浴びたような大鷹である。
その鉤爪は鋼鉄の鎧さえ切り裂き黒いクチバシは剣の刃をもへし折ると言われる。
1羽だけでDランクの冒険者のパーティが命懸けで戦う相手。
【Cランク討伐対象】はそれくらいヤバい奴だ!
それが6匹、こちらに向けて天空の覇者達は襲い掛かってくる!!
「魔王軍には【五芒星将】と言われる5名の師団長が居てね。そこに強力な『火炎魔法』の使い手にしてマッドサイエンティストが居るんだけどその名は―」
「エルティアナ!血塗られた大鷲だ!上からくるぞ気を付けろ!」
呑気に説明している彼女に警告をする。
しかし、ここまで接近を許してるのに気が付いてない彼女に違和感がある。
彼女は振りかえって空を見上げて舌打ちをする。
その姿は彼女らしくなく見ていてなんか新鮮な感じがした。
「暴風 中級魔法“切り裂き竜巻”!」
彼女がそう呟くと何かを打ち上げるような手の素振りをした。
代わって空を見上げてみる。
大きな翼を広げて滑空状態で鉤爪を突き出して血塗られた大鷲が襲い掛かろうとしている。
飛べる自分たちと違って逃げ惑うしかできない哀れな獲物。
そう思って慢心していたのだろう。
目に見えない風の刃が射程範囲内に居た2羽の大鷹を連続で切り裂いた。
声をあげる事すらできずに細切れになって肉片と血の雨を降らしている。
それを見て避けようとした大鷹の左翼を根元から抉り取られてしまい、揚力を失ったそいつは悲鳴をあげながらすごい勢いで錐揉みをして屋根へ激突をした。
血肉が高速回転しておりようやく竜巻を視覚で確認できたのか後続に居た大鷹は、軌道変更を試みるも隣に居た仲間に空中衝突をした。
1羽はその衝撃で竜巻の範囲内に入って無残にも身体は裂かれ血の雨を降らした。
もう1羽は制御を失ってなすすべなく建物の石壁に激突してめり込んだ。
その衝撃で建物が崩れて燃え盛る屋根と瓦礫の中へ消えていった。
最後尾を飛んでいて滑空状態ではなかった大鷹も気流が乱れて飛べなくなったのか錐揉みをして屋根に大きな右翼を激突させてから石畳に強く全身を打ち付けられた。
それでも衝撃が和らぐことがなく何度も石畳にぶつかりながら転がってちょうどオレの20歩手前で止まった。
これで天空から襲って来た血塗られた大鷲の群れを倒せたのだ。
そう思い安心して微笑んだ。
だが驚くべきことにまだ息がありこいつは翼を地面に当てて立ち上がろうとしていた。
思わずグラディウスを思いっきり叩きつけるが弾かれてしまった
どんな羽と肉体をしてるんだこいつ!
そう思いつつ雄叫びを上げている血塗られた大鷲から距離を取る。
「アアアアアアアアッ!!!!」
「暗雲に囚われた我の肉体に刹那の助けを 電撃 中級魔法“雷系身体活性化”!」
さっきまで激突して転げ回っていたとは思えない化け物は、すごい勢いで突っ込んできて辛うじて回避する。
そして強化魔法を唱えて自分の身体能力を一時的に向上させて敵に剣を構える。
街路樹に突っ込んだそいつは衝突の痛みで顔をしかめつつこちらを睨んでいる。
良く見ると屋根に激突した時にちぎれたのか右翼の半分が無かった。
これでは再び天空へ戻る事は出来ないだろう。
いや、だからこそ一矢報いようとオレを狙ってきたのか。
エルティアナの方をみるとゴブリンや灰色野狼を相手にしている。
彼女の方に行かせるわけにはいかない。
いや、こうなるようにあえて彼女が仕組んだかもしれない。
「彼女の方に行かせるわけにはいかないか…来いよ!化け物!てめぇなんか怖くねえーよ!」
中指を立てて挑発をしてみる。
何故か通じたようで雄叫びを上げながら血塗られた大鷲が突っ込んでくる。
その様子を見て剣帯から短剣を抜いて大きく開けた口に目掛けて投げつける。
それは左翼で薙ぎ払われて短剣を弾かれてしまう。
その隙に細長い脚に目掛けてグラディウスの刃を叩きつける。
しかし弾かれてしまいその反動により手が痺れてしまい隙ができてしまった。
一方、大鷹も想定外だったようでバランスを崩して転んでお相子になった。
よっぽど激怒しているようでこいつは、オレの胴体より太い街路樹を翼で薙ぎ倒してジャンプするほど興奮をしている。
一方、こっちはどうやって倒せばいいか分からずテンションはただ下がりである。
ただ、空中から叩きつけられたダメージが大きいようで痛みで動きが止まる時がありその隙を狙えば勝てるかもしれないと考える。
負けるビジョンより勝つビジョンが大事だ!
鉤爪で襲い掛かってくる血塗られた大鷲の攻撃をしゃがみ込みつつ右に回避して左翼の付け根である【脇】に斬り付ける。
さすがにそこは守りが甘いようで手応えがあった。
距離を取りつつも敵を注意深く観察してみる。
奴の放った鉤爪は石壁をえぐるほどの威力を持っており瓦礫を握りしめてこっちに向かって雄叫びを挙げていた。
しかし、さっきとは違いなんだか弱々しくて元気がなかった。
すぐに死体をぶっ飛ばしながらこっちに向かって来るはずなのに動かなかったからだ。
原因はすぐに分かった。
右翼の傷口からかなり流血したようで血が足りなくなっているからだ。
更に左脇を斬り付けたので更に血を流している。
その上、空中から叩きつけられて全身骨折してても可笑しくはないはずだ。
この鳥の様子からそんな事を窺えた。
これなら逃げまわっているだけで『出血性ショック』で殺せるかもしれない。
なんで出血してるのに【ショック死】するのかさっぱり分からんが前世の記憶がそういってるんだからそうなんだろう。
というか、そこまで知ってるならこいつの倒し方を教えろよ!
「いっ!?」
そんな事を考えていたら目の前に鉤爪が見えて思わずグラディウスで斬り付けた。
その無意識な行動は、意外にも当たりだったようで見事に全ての指を両断できた。
だが、血塗られた大鷲がバランスを崩して圧し掛かってしまい身動きが取れなくなってしまった。
「グッ!!」
「キィイイイイイイッ!!!!!」
「ああああああ!くそくそくそ!」
おそらく最後である勝利の雄叫びを挙げて残った方の鉤爪でオレの胸を抑えつける。
ブリガンダインを着ているおかげで爪が胸に食い込む事は無かったが完全に押し倒されて身動きが取れなくなってしまった。
圧し掛かれた衝撃で片手剣の柄を離してしまいどこにあるのか分からない。
今できるのは貫こうとしているクチバシを両手で必死に抑えてることだけだ。
強化魔法で身体能力が上がっているとはいえ自力は向こうの方が上。
徐々に押され始めてクチバシがどんどん近くなっている。
こうして足掻いているとなんかデジャブを感じる。
そう、森牙狼に押し倒されて必死に足掻いていたエルティアナと状況がそっくりに見えた。
そういえば森牙狼も下手すれば【Bランク討伐対象】に匹敵する奴だったな。
師も師なら弟子も弟子だな。
思わず微笑んでしまいその後どうなったか思い出してみる。
必死に噛み付いて身体中をボロボロにされて目の前が赤くなって—
そして思い出した。
オレはもう1つ魔法を使えたのだ。
魔力を生み出すイメージをすると目の前がすぐに赤くなった。
既に強化魔法を発動しているせいなのかもしれない。
だがそれはどうでもいい。
今度はその魔力を全身に巡らせずに体外に放出するイメージをする。
そう、今度は【魔力】を強化ではなく攻撃にするのだ。
自然と頭が冴えてきて、今から使う魔法をイメージできた。
「我の領域に踏み込む者に無慈悲な裁きを 電撃 中級魔法“接触防衛放電”!」
強化魔法の為に全身を巡らせている魔力とさっき生み出した魔力を全て放出するイメージでクチバシに触れている両手から流し込んでみる。
直に放電を浴びた血塗られた大鷲は黒焦げになり後方に倒れ込んだ。
身動きが取れるのを確認して近くに落ちていた片手剣を拾ってボロ炭になった首を何度も叩きつけて完全に胴体から斬り離すまで攻撃の手を止めなかった。
死体蹴り?
ここまでしないと再び立ち上がってきそうで怖かった。
「ゴブタロウ大丈夫か!?」
「はははは、エルティアナと同じ境遇になってて同情できたよ」
珍しく慌てた素振りに彼女を安心させるようにジョークを言う。
今回は自分の意思で魔法が使えて良かったとしか言いようがない。
まあ、彼女にはそれが分からないと思うけど。
その直後思考が停止した。
彼女はオレを優しく抱き締めてきたのだ。
濃厚な血の匂いや死臭が漂ってくる中、彼女が微かに発している『メスの匂い』はさっきの戦闘で昂っていた精神状態を落ち着かせた。
普段だったら性欲を刺激して興奮するのにおかしいなと思いつつ彼女の温もりと匂いを存分に味わった。
辺りは火に包まれて熱いはずなのにこの温もりだけは心が温まった。
「なあ?これじゃあ一網打尽にされるぞ」
「大丈夫だよ、周辺の魔物共は私達の強さにビビって逃げ出したみたいだから」
彼女はようやく抱擁から解放してくれた。
すぐに彼女の顔を見ると心配させたようだ。
「迷惑を掛けてすまなかった」
「いいよ、その代わりゴブタロウの成長が見れたんだからさ」
「でも忘れてはいけない私たちは」
そう言いかけて遠くから男性の断末魔の叫びが聴こえてきた。
彼女は一瞬振り向いたがすぐにこっちへ視線を戻して人差し指を立てて口に当てた。
「敵の殲滅じゃなくて1人でも多く救出するってことを忘れないで」
「分かったよ、今度から気を付けるよ」
「良し、私たちを待っている人達が居る!さあ、行こう!」
彼女は男の悲鳴が聴こえてきた道へと進んでいく。
その姿を見送りつつ後ろを振り返ってみる。
そこには黒焦げになった血塗られた大鷲が居る。
だが、この街を焼き払ったのはこの魔物ではない。
それどころか、オレが戦った時には魔法で打ち漏らしたものの満身創痍だった魔物に過ぎないのだ。
そう、まだオレは無傷の【Cランク討伐対象】に勝てないのだ。
そしてこいつは『火炎魔法』を使ってこなかった。
つまりこの先にはこいつより強くて火炎魔法を使用してくる魔物か魔王軍の兵士が居ると言う事だ。
そう思うと身震いをしてしまう。
でもエルティアナと一緒に居ればなんとかなるかもしれないと考える。
いや、考えた。
近くに落ちていた短剣を拾って剣帯に収めるとオレは、後ろを振り返らずにエルティアナと合流するべく駆け出した。




