20話 デロリアン4個中隊のエルティアナ大尉
オレの傍にいたのはエルティアナという名の女性ではないのか?
そんな問いに関してどう答えるべきか迷う。
何故ならエルティアナは、この街で自分の名を出すのを躊躇っていたからだ。
自分たちが疑われた際ですら瞬時にオレの書類を差し出すほど自分を隠していた。
現在「ティアラ」と名乗っているDランク冒険者なのだ。
とはいえここで嘘を付いても後で見破られる可能性がある。
「彼女は『ティアラ』というDランク冒険者です。実はオレもこの警備の依頼を受ける直前でコンビを組んだので詳しい事が分からなくて本当に申し訳ございません」
「そうですか…あの甲冑を纏っている女性から知り合いを思い出したのですけど」
だから無難な返答をした。
彼女と出会って数か月も経ってないし実力も過去も知らないので嘘は言ってない。
もしエミリー嬢が直接本人に追及しても齟齬が発生せず対応できるはずである。
「それではゴブリンさんはどんな事情で彼女と共にしてるのですか?」
「え!えーっとあのーその…」
今度はとんでもない爆弾発言してきやがったよこの令嬢。
あえてゴブリンと煽って動揺させてオレの情報から彼女について考察する気だ。
「ここで知った情報は誰にも口外しないので大丈夫ですよ」
「えーっとご無礼な発言をしてしまいますがよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんわ。それなら彼女に話しかける口調で仰ってくださいませ」
なんか絶対に逃さないという意思がヒシヒシと感じられて本当にあのエルティアナと友人関係を築いていそうだな…と思ってしまう。
それはともかく敬語や丁寧語を使うのは違和感があってイライラしてしょうがなかったので『いつも通りの口調で喋っていいよ』という許可が出たので遠慮なく話させてもらう。
「まずオレの前世は人間だったと言ったら信じてもらえますか?」
「ええ、こうやって言葉で意思疎通できてるので信じていますわ」
「前世を思い出したのは良いけど記憶があいまいでした。それにも関わらず人間の価値感をもってしまい、人間としてもゴブリンとして中途半端の存在であり正直言って絶望しました。」
「そんな時、エ…重装備している彼女に出会ったのはー」
こうして振り返ってみるとここ最近は濃厚で充実した生活を送っていたな。
とりあえず目を輝かせている様に見える彼女に噛まないようにゆっくりと説明した。
とにかくエミリー嬢には『オレの口に野菜を突っ込むノルマをもってる』とか『魔法訓練なのに一方的にボコられた』などイメージダウンさせつつも同時に『何だかんだで骨付き肉を奢ってくる』とか『親切に丁寧で分からない事を教えてくれる』とか言っていつの間にかエルティアナに感謝していた。
彼女が必死に教えてくれたおかげで文字が書けて読めるようになった…と説明したらエミリー嬢は微笑んでくれてこっちまで嬉しくなった。
つい彼女について分かる範囲で語ってしまうのをみるとエミリー嬢の口車に乗せられてうまく誘導させられているのかもしれない。
「ホブタロウさんは良い相棒に出会えたようで羨ましいですわ」
「私には自分の心情を打ち明けられる方などいらっしゃらないのですから」
「そうですか」
思い出話を楽しそうに聴いていた彼女はオレを羨んでいた。
そして自虐し悲しそうな顔をして視線を床に落としている。
ただでさえ伯爵家令嬢であるうえに希少の『光の魔力』の所持者である彼女は、気軽に話せる友人も頼れる人も居なかったのだろう。
それは予想に過ぎず実際はどうなのかは分かるはずもない。
それでも彼女の様子から察するとなんとも言えない気持ちになる。
だからといってFランク冒険者にそんな事を告げてどうするのだろう。
どうも彼女はオレを過大評価し過ぎている節があるように見える。
ここはきっちり断言して関係を切らなければならない。
彼女の為にもオレの為にも。
「一昔前にはお1人だけいらっしゃったのですけどね」
「それが『エルティアナ』という女性ですか」
「ええ、その通りです」
発言をする前に先手を打たれてしまった。
とりあえず彼女には貯め込んだ思いを吐き出させて気持ちを軽くさせる事にする。
「エルティアナお姉さまは、聖印騎士団でも精鋭とされる『デロリアン4個中隊』の1つを指揮していた部隊長でした」
「デロリアン4個中隊って前にオレ達に突っ掛かってきた部隊だった気が…」
「はい、そうです。デロリアン中隊は、部隊によって遂行する任務が違っています」
「例えば私を勧誘するついでに口説いてきたカーチス大尉の部隊は【治安維持】と」
「このように中隊は、描かれている2つの星の色で遂行する任務が分かるようになっていて【赤】は治安維持、【青】は専守防衛という感じですわ」
以前、エルティアナと聞いたことと同じである。
でも精鋭部隊と言えども中隊規模って少ない気がするのはオレだけだろうか。
2個大隊ならまだ分かるのであるが…。
「お姉さまが指揮されていた部隊は、【金】でしたけどそれはいいです」
「彼女は、いつものように勧誘してきた聖印騎士団の団員達と違って、色んな事を教えてくれたり相談に乗ってくれた方です」
「合計すると数週間ほどしか逢える日がありませんでしたがあの時は幸せでした」
「きっと純粋に頼ってくるエミリー嬢に彼女も嬉しかったと思いますよ」
「そうだと良いですが…色々ご迷惑をお掛けしてしまい今思い出すだけで…」
彼女は両手で自分の顔を覆って恥ずかしそうに取り乱している。
オレからしてみれば勝手に1人で盛り上がってしまい取り残されて呆然としているのであるが彼女はそれに気付いていないようだ。
だからと言って彼女の幸せの一時を壊せるほど馬鹿ではない。
様子を見ながらどう切り出すか迷いつつ無難な会話をする。
この話術は、格上であるうちのエルティアナの雑談で培って鍛えられたから話すこと自体は苦痛ではなかった。
ただ、乙女らしさを全開にする彼女を見てどう対応していくか考えるだけで億劫に感じてしまって早く落ち着いて欲しいというのが本音だ。
そう考えていると乙女心全開だったエミリー嬢は、急に椅子から立ち上がり床に生えていた雑草の葉を毟り取って口に含もうとしている。
興奮のあまり乱心したのかと思い慌ててこっちも立ち上がり止めようとする。
すると彼女は片手を広げて腕を伸ばしてオレを制止する意思表示をする。
仕方なくその場で待機していると高い音色が聴こえてきた。
短時間であったが彼女は、貴族らしからぬ慣れた感じで草笛を披露してくれた。
「お姉さまは草笛から『火炎魔法』などいろんな事を私に教えてくれました」
「そしてなにより彼女は私の相談事に乗ってくれて本当にありがたかったですわ」
「でしたらあのカーチスとかいう男ではなく彼女を指名したら良いのでは?」
すると上機嫌だった彼女が悲しそうな顔をしてしまった。
何か地雷を踏んでしまったらしい。
「エルティアナお姉さまは約3年前に【異端者】として教国に謀殺されました」
「それを独自のルートで掴んだ時は、断腸の思いで心が裂けそうになり2日間何も喉に通らなくなるほどショックを受けました」
彼女の悲しむ顔を見て釣られてこっちまで悲しくなってしまう。
一瞬だけであったがコンビを組んでるエルティアナと交換して欲しいわ。
なんて考えたのを後悔してしまうほどである。
とにかくエミリー嬢は未だにこの事を引き摺っており甲冑を着た同性であり彼女は知らない事だと思うが同名である女戦士に何かを惹かれたのかもしれない。
そして『エルティアナ』という名が教国で縁起が悪いのは【異端者】だからか。
道理で彼女が自身の名を隠しがっていたわけだ。
オレも同じ状況だったら迷わず同じことをするだろう。
「本当に私が唯一自分を曝け出す事ができる方でしたのに」
「エミリー嬢?ご気分が優れないのであれば…」
「ゴブタロウさんもそうやって私を伯爵家令嬢として気を遣われるのですね」
なんか雰囲気が変わった。
さっさと話題を変えたいが良い話が思いつかない。
あの能天気であり強引で論争に強い女戦士だったらどう切り返しができたのだろうか。
「皆様はそうやって伯爵家令嬢である私から距離を取ります」
「他者から見れば私は光の所持者で優しくて貞淑で可憐なお嬢様に見えるのでしょう」
「うふふ、本当にくだらない。私の本質は幼少期から変わってません」
「傲慢ちきで!わがままで!優秀な兄たちと違って才能が無いのに勝手に期待されて!道具として扱われるのが大っ嫌いで責務を放棄して逃げたくなる…そんな女です」
どうやら雑談してる内に彼女は全く伯爵家と関係ないオレだけしかいないのに安心したのか感情が高ぶり過ぎて吹っ切れたのか令嬢としての仮面を外し始めた。
それは嫌みったらしいカーチス大尉と言葉遊びをしていた彼女の姿を彷彿とさせる。
ただの令嬢でないと思ったが何か深淵を覗き見たようで言い知れぬ恐怖が全身に寒気として駆け回り身震いしてしまう。
「ゴブタロウさん、『ノブレス・オブリージュ』ってご存じですか?」
「いや、全く分かりません」
「分かり易く言うと権力や社会的地位には『責任』が伴うという考えですわ」
「『責任』を『特権』と置き換えて亜人や平民を見下して好き放題する愚か者が大勢居ますがそれはここではどうでもいいです」
「私はこの考えが大っ嫌いです!分かりますか?ノブレス・オブリージュのせいで私は親友も友人も頼りになる恩師も意中の異性も一切できませんでした!」
「なんで美味しい物を買いに行くのに数十人の護衛を供わなければならないのですか?何故話しかけただけでその方々に剣と疑惑を向けられるのですか?どいつもこいつも私を希少魔力を持った【特別】な伯爵家令嬢としか見てくれません!」
「ああ、くだらないくだらない!人の気持ちを知らずに好き勝手に私を『聖女』やら『勇者』やら持ち上げて社交界で誰もが同じような『甘い言葉』で口説いてきて反吐が出ますわ!」
なんかすごく取り乱してドン引きするわ。
好き放題言われて鬱憤が溜まっていたようでもはや暴走して手に負えない。
見ろよあの迫真の顔!演技とかそういうレベルじゃない!
金髪が乱れて般若の面のような憤怒の形相の顔をしてるのを見て喉を締め付けるような恐怖が襲ってきて身体が震えてどうしようもない。
「私は自由に生きることはできません。それは貴族の令嬢としての義務であり責任でありそうあれ!という平民たちや王国軍に支えてられているからです」
「気軽に話せる友人なんてできるはずがありませんでした。優秀な兄たちと比較させれてコンプレックスを抱えて皆に期待されるのが嫌なんて言えるわけも無くずーっと『グリザイユ伯爵家のエミリー・ティティス・グリザイユ』」として演じてきました!」
「両親も!兄たちも!貴族たちも!王国も!周辺国家も!そうであれ!と過度の期待を受けてそれを投げらせるほど私は図太い精神の持ち主ではありませんでしたし、ノブレス・オブリージュを学んで実行しているのでどうしようもなかったのですよ」
「えーっとなんと言うか…ご愁傷様です」
なんか失礼な事を言ってしまったがどうしようもない。
【本能】は〈めんどくさいからさっさと襲っちまえ!〉と騒いでいて
【理性】は〈めんどくさいからさっさと逃げ出よう!〉と説いている。
残念ながらどっちもできないから困る。
ああ、エルティアナに暴走した女を落ち着かせるテクニックを教えて欲しい。
というか彼女は大体暴走して振り回す側だからオレが知っているワケないのであるが。
「でもその悩みも解決できるかもしれません」
「ほえ?」
「この国いえ、世界でもトップクラスの難関校である『王立魔法学園』ならば私の親友になってくれる方がいらっしゃるかもしれません」
「はい、きっとたくさんの良いご友人を築けると思いますよ」
はっきり断言しよう!
『絶対に無理だろう』と!
だがこんな事を言えば『火炎魔法』に焼き尽くされるビジョンが浮かんで言えなかった。
そして更に絶望を上乗せするようなフラグを立ててしまった。
まあ、その時はオレは絶対にその場に居ないのでどうでもいい気がする。
そう思うと気が少し楽になった。
「そういえば、ゴブタロウさんって魔法が使えるそうですよね?ゴブリン魔術師やゴブリン祈祷師なのでしょうか?」
「いいえ、電撃魔法を1つだけ使えるだけのただのゴブリンです」
「そんなに自己評価を低く見積もらなくてもいいですよ。魔法大国の1つとされるこの国ですら魔法を使える者が少ないのですからね」
「ところでどんな電撃魔法を使えるのです?よろしければ教えて頂けませんか?」
良し、話が逸れたのでそっち方面の話をしてタイミングを見て帰らせてもらう。
じゃないと彼女の狂気に呑み込まれそうで怖いのだ。
「電撃 中級魔法“雷系身体活性化”という強化魔法です」
「もっとも呪文魔法として唱えて使うことができず意識を集中させて感覚で使うので後日、筋肉痛で全く動けなくなってしまいますが…」
「そういった強化系の呪文魔法は時間制限があるものなので結構斬新な事を聴いたのかもしれません。筋肉痛になるということはまだ魔法として完成してなく制式化されてないのですね」
「いや、単純に呪文魔法として使ってないせいだと思います」
完全に話題を変えることができて良い感じだ。
あとはそろそろ夜明けが近いことですし…とか言って強制的にお開きをするだけだ。
「動けなくなる筋肉痛になると色々不便ではありませんの?」
「以前まではそうでしたが最近ではエル…じゃなかったティアラさんに疑似神聖 中級魔法 “治癒系賦活”で痛みを誤魔化してくれて動けるよ…」
ここまで言いかけて気付いてしまった。
疑似神聖 中級魔法 “治癒系賦活”は文字通り『疑似神聖魔法』だ。
ちなみにエミリー嬢のような光の魔力がないと『神聖魔法』が使用できない。
その為、疑似神聖魔法は、文字通り神聖魔法を模して無理やり使っている。
そしてそれは『デュラント教国』の秘術によって後天的に使用できると習った。
まるで欠けたピースが見つかってパズルが完成するように頭が冴えていく。
つまり『疑似神聖魔法』を使えるエルティアナは、教国と接点がある。
そしてDランク冒険者にしては博識であり卓越した剣技、洞穴を爆破できるなどの特殊技能をもっており面倒見が良い。
そこから導き出せるのは1つだけだ。
伯爵家令嬢が唯一相談することができた『お姉さま』と慕われているエルティアナはオレが良く知っている女戦士と同一人物である。
そう、彼女はかつてデロリアン4個中隊で部隊長を務めて【異端者】として謀殺された過去を隠しているDランク冒険者だ。
今、思えば心当たりはいくつもある。
この街に来た日の晩、エルティアナは口を滑らせて『彼女だって深刻に悩み過ぎて病んでるからね。そう思うのも仕方がない』と発言した。
当時のオレは疑問でしょうがなかったがエミリー嬢の病み具合が分かったこそ思う。
そりゃあ知ってるはずだ。だって病んだ彼女の相談に乗っていたのだから。
他にも別の日にエミリー嬢と揉めている聖印騎士団は、カーチス大尉率いるデロリアン中隊と一瞬で見抜き彼にへりくだった態度をして必死にオレ達の疑いを晴らしてたのは同じ部隊長として彼の性格を熟知していたこそだ。
ああ、なんてことだ。
「急に静かになってどうかなされましたか?もしかしてゴブタロウさんの相棒は私がよく知っているエルティアナお姉さまと同一人物だと気付きましたの?」
「まさか知っててこの茶番を演じたのか…?」
「貴方に心情を打ち明けていたこと時以外はそうですわね」
この情緒不安定な女狐め!
そう罵りたかったが必死に堪える。
バレたのであればやる事は1つしかなかった。
「騙して本当にすみませんでした」
「事情は分かるので頭を上げてくださいませ。エルティアナお姉さまが生きていた…ただそれだけで充分ですわ」
椅子から飛び出して流れる様に土下座してるオレをどうやら許してくれたようだ。
それは幸いと立ち上がり思考を再開させる。
双方とも聞きたいことは済んだのでここでお開きにさせてもらおう。
「エミリー嬢。そろそろ5時になりますのでこれで帰らせてもらいます」
「ああ、時間が流れるのが早いですわね。それでは一緒に帰りましょう」
「えっ?」
「だって、私もゴブタロウさんも『隠し通路』から帰るのですもの」
「この際、ついでに練習だと思って私をエスコートしてくださいまし」
「あっハイ」
そう言い切ると彼女は笑顔で左手を差し伸べてきた。
オレは右手で彼女の手を取って前に進みゆっくりと隠し通路の方へと向かった。




