17話 雷鳴魔術師の御一行様と光の魔力所持者である令嬢
エミリー・ティティス・グリザイユ伯爵令嬢は石像について説明を始めた。
中央広場に設置されいる石像たち。
それはヴェールヴィエンヌの街において誇りとなる英雄たちだった。
魔導士は、雷鳴魔術師という異名を持つこの街出身の人物らしい。
かなりの有名人らしくて説明する必要がない一般常識の人物であった。
名も教えてくれたがすぐに忘れてしまった。
まあ、あとでエルティアナに訊けばいい話だろう。
それより執事や衛士による視線によって圧伏されそうで石像についてはどうでもよかった。
とはいえ、彼女の出してくれた『助け舟』に乗らないと連行されてしまいゴブリンとバレてしまうので、時折うんうんと頷いて興味津々の振りをしていた。
彼女曰く、彼はSランク冒険者として数々の伝説を築いてきた人物である。
異名の由来は、神話に出てくる『暗黒竜』を電撃魔法で瞬く間に倒したことだとか。
人々は彼に敬意を払って尊敬していた。
ただ、一点を除いてだが。
彼は女癖が悪くて色々旅先で問題を起こしていたそうだ。
分かっているだけで愛人が13人も居るらしい。
それを聴いたエルティアナがこっちを見てくる。
なんだよ!こいつがオレの前世とでもいうのか!?
確かに『電撃魔法』を使えたり【本能】が女を求めているがここまでじゃないぞ!
それに前世がこんな優秀な魔術師だったらすぐに呪文魔法をマスターしてたわ!
拳を握り締め抗議したいが睨み据える事すらできないので我慢するしかなかった。
「実は2年前に彼と出会って会話したことがありますの」
「そのときはニコル爺が必死に彼を引き離そうと奮闘してましたけど」
「はて?そうでありましたかな?」
「まあ、あまりにも憎くて記憶から抹消するとは貴方らしくありませんね」
意外にも生ける伝説の人物であった。
そして2年前にこの街に立ち寄っておりエミリー嬢も面識があったそうだ。
こういった石像って大昔に活躍したとされる偉人というイメージがある。
まあ、街のシンボルとされるほどなのである意味しょうがないかもしれない。
ただ、優秀そうな執事さんが記憶を消すほど人格面で問題あるようだ。
執事さんとのやり取りを見る限り相当嫌っていたみたいだな。
なお雇い主の上司の娘さんに結果としてちょっかい出してしまった何の偉業も達成してないオレの方が立場はまずい模様。
「こちらの従者はタロウ・ライガネという方です」
「黒目黒髪の珍しい方で極東にある島国出身の方とか」
そんな些細な事なんて一切考えてなさそうなエミリー嬢は、冴えなさそうな男の石像に手を向けて楽しそうに説明している。
聴きながら適当に頷いてるとエルティアナが傍に寄ってきてオレの顔を見てきた。
だからこっちみんな。
元々『ゴブタロウ』という名前はお前が付けたんだからさ!
いちいち前世に結びつけようとするなよ。
という感じに愚痴をこぼしたいが…。
それは後でもできるから金輪際無視することにした。
「最後にこの狼の石像は、従者の優秀なペットですわ」
「人語を理解して片言ですが言語を話せた賢くて勇敢な狼でしたの」
ワンちゃんじゃなくて狼?
そう思って犬だと思った石像を見てみる。
確かに大型犬並みに体格があって狼と言われればそうかもしれないと思った。
ただ、顔を見ると不細工だなと感じてしまった。
何故そう思ったか分からない。
でもオレは、ゴブリンの不細工顔とイケメン顔を見分けられるのをみると人類より顔の見分けができるかもと思ったが同族だから見分けられるというのもあるかもしれない。
人と感性がズレているのは自覚してるし未だにゴブリンの精神面で引っ張られている節がある。
あまり余計な事を考えるとボロが出ると思い黙って説明を聞いていた。
「私もこの子ともう少しお話をしていたかったのですが皆様に止められてしまって…再会の約束をするのに精一杯でお別れの言葉も伝えられませんでしたの」
「確かに身体が大きく獰猛そうで警戒されるのも致し方ありませんが残念でした」
ともかく領主の娘という立場上、色々行動が縛られているんだな。
名家の令嬢は、ノブレス・オブリージュという考えに基づいて行動が縛られている。
それは戦略として平民から支持を集めて権力を盤石にするという意味でもある。
逆に言えば自分勝手に行動ができないともいえる。
彼女の辛そうな顔を見るとそういった一面が覗けてくるから面白い。
『令嬢は生まれながらして操り人形かもしれないな』
女子力皆無でむしろ男らしいエルティアナが過去に貴族について説明をされた時はしっくり来なかったがそれを感じさせる表情で令嬢が悲しく淡々と述べてるのを見てオレは底辺で良かったな…と思った。
権力や地位がない分、好き勝手生きることができるのだからな。
一通り説明を終えて彼女は一呼吸して笑顔でこっちを見てくる。
何か察して欲しいという意思表示なのか?
といっても既に石像に興味が薄れてしまってこっちから何も言う事がないので…。
「分かり易く丁寧なご説明して頂きありがとうございます」
声が少し裏返ってしまいつつなんとか礼を言って感謝をする。
敬語はこんなもんでいいのか不安だったが口に出してしまった以上、取り消しようがないので深く頭を下げて感謝している意思表示をする。
もっとも感謝してるのは説明ではなく助け舟を出してくれたことだけど。
そもそも伯爵家令嬢が話しかけてこなければ問題が起きなかったと思うと、どうしても心の底では納得できずにイライラしてしまうが。
「お嬢様、もうすぐ会食のお時間です」
「ああ、もうそんなに時間が経ってしまったのね」
ああ、ようやく終わった。
説明自体は、短時間だったはずなのに衛士や執事さんのおかげでゴブリン退治している時よりもプレッシャーを感じてしまい、かなりの長時間に感じていた。
そう思っていたら令嬢がオレの傍まで優雅な足取りでやってくる。
彼女から漂ってくる香水の匂いは、年配の執事と違って、いつまでも嗅いでいたくなるような安らかな甘い香りである。
さすが名家の令嬢。
その辺の成金貴族と違って使っている香水すら格が違った。
『ゴブリンさん。今回はなんとか誤魔化せましたけど気を付けてくださいませ』
そういって小声で呟いてオレから離れていった。
思わず彼女の方に振り向いてしまった。
もし鉄仮面と口を覆っている布が無かったら驚愕した表情であっただろう。
「それでは皆様、ごきげんよう」
そして彼女はスカートの端を摘まんで深くお辞儀をすると大勢居た衛士と執事を引き連れて優雅にこの場を後にした。
その姿が完全に消えたのを確認して辺りを見渡して監視が居ないのを確認すると糸が切れたの様にその場に座り込んでしまった。
「この街に来るまでの道中より疲れた」
さきほどまでのやり取りは、この一言で表せる。
魔物と違って力づくで解決できないうえに少しでも間違えると連行されて取り調べを受けてしまって自分だけではなくエルティアナまで巻き添えにしてしまう所であった。
オレ1人が罰せられるのはともかく好意で協力してくれる彼女の築きあげたキャリアまで傷つけてしまうと考えると改めて自分の迂闊さに後悔する。
「ゴブタロウ。目的が済んだことだし手配された宿に行かないか?」
「ああ、そうしよう」
そういえば集合場所である中央広場を確認しにここに来たのであった。
場所を確認して騒動に巻き込まれた以上、ここにいる理由はなかった。
優しく伸ばしていた手を握り立ち上がり支給されたメモを見て宿へと向かう。
冒険者ギルドの建物では【凸凹コンビ】と囁かれた通り周りから視線を集めてしまって目立ってしまったがさきほどの石像事件よりはマシなので我慢して歩いていく。
しかし、あの優しそうな伯爵家令嬢。
オレの正体に気付いていた。
もちろん、一般的なゴブリンほどの体格で人間しか居ないなら目立つかもしれない。
でも宿に向かう道中ですら12以上の種族を見かけているほど亜人種が多い。
そのおかげでオレを見ても新しく見る亜人としかみられず生活に溶け込めてるのだ。
なのにオレを見て一目でゴブリンと断定されたのは何故だ。
その事に頭が一杯になってしまい頭痛が激しくなっていく。
『それにしてもゴブタロウの正体を見破られた時は私でもヒヤヒヤしたよ』
『さすがエミリー嬢。教国が喉から手が出るほど欲しがることはあるな』
そう言って彼女は小声で呟いていた。
『おい、ちょっと待って。何でそんな事知ってるんだ?』
『あの令嬢はオレしか聞こえない小声で囁いて去っていったんだぞ!?』
『言い忘れたけど【読唇術】を取得しててね。ある程度なら発言が分かるんだ』
オレからしてみればエミリー嬢もエルティアナもどっこいどっこいである。
なんでDランク冒険者がそんな技能を取得してるんだよ。
ゴブリンの巣穴を爆破したといいどっかの特殊部隊にでも所属してたのか!?
失敗作の【呪文書】を入手できるといい本当に彼女は得体がしれない。
『全く迂闊だった。エミリー嬢について話しておけばあんなミスは無かった』
『あとで宿に着いて個室に案内されたらエミリー嬢の事を教えておくよ』
あくまでもエミリー嬢について語ろうとしており、自分の過去を一切語ろうとしない彼女を見てため息を吐きつつ斜陽になって赤と黄色に染まった空を見つめる。
まるでこれからの出来事を暗示しているかのようであった。
この後、何事もなく手配された宿に辿り着いた。
遅れた理由を述べて謝罪をしてなんとか怒られないように細心の注意を払った。
そして案内をする女将さんに続いていき手配された部屋を確認した。
案内された部屋はそれほど大きくなく中央にカーテン付き窓がある。
その手前には小さな木製の引き出しが置いてあり鍵付きであった。
引き出しの左右には敷布団が置いてあったがベッドメイクはばっちりである。
ドア側の壁にはクローゼットが備え付けられている。
簡素な部屋であったが朝と晩の飯が出る上に風呂があるのでFランク冒険者が泊まる宿としては上等である。
しかも任務中の宿泊代は依頼主が受け持ってくれるので気楽に過ごせる。
気になった点としては、女性であるエルティアナと相部屋になった点か。
この宿は、相部屋しかない上に見知らぬ傭兵と一緒になるとオレの正体がバレやすいので彼女がうまく手回ししてくれたのだろう。
建前としては、知り合い以外の異性と相部屋になりたくないとか色々あるだろう。
こうして晩飯を食べて日記を書き終えて彼女が風呂から上がるのを待っている。
晩飯は当然、ぼっち飯である。
兜と鉄仮面を外して口を覆っている布を取ればまんまゴブリンの顔なのだから。
よって人気のないところで飯を食べるのが習慣となっていった。
この宿では皿を決められた時間に返却用のカウンターへ置くシステムで良かった。
そう考えていたらドアがノックされたと思うとエルティアナが入ってきた。
銀髪は乾ききっていないみたいだがしっかりと髪を梳かしてきたようだった。
甲冑姿の彼女に見慣れているせいか寝間着姿に違和感を覚えてしまう。
そしてナイトガウンを纏わずにパジャマだけをチョイスする点が彼女らしい。
「ごめん待たせた」
「別に問題よ。それよりエミリー嬢について聞かせてくれ」
「そうだったね。それじゃあ彼女について語っていくよ」
彼女は掛け布団を纏ってから傍に寄ってきて小声で話し始めた。
「エミリー嬢はね。強い『光の魔力』の素質があるんだ」
「あーどっかで聞いた単語が出てきたな」
「図書館で軽く触れていたけどね」
図書館と言えばゴブリン退治のあと、魔法を覚えようとしてた頃だな。
確か人によって作り出す魔力が違っていたのは覚えている。
例えば、『火の魔力』を生み出した場合『火炎魔法』しか使えない。
その為、火の魔力で『電撃魔法』を使えるようにするには【属性変換】が必要だ。
普通ならそれでいいのだが神聖魔法はちょっと変わってくる。
『神聖魔法』と『疑似神聖魔法』の2つに分類されている。
前者は、『光の魔力所持者』だけが使えて後者は、教国の秘術で使えるようになる。
その為、教国は希少な『光の魔力所持者』を血眼で探してるとか…。
と思い出して彼女を見てみる。
「つまりエミリー嬢は神聖魔法が使えるのか!?」
「それも王国から【勇者】としての素質があると言われるほどね」
「もしかしてゴブリンと察せられたのも光の魔力の影響なのか!?」
「魔を払うとされる魔力ならば魔族の感知なんてお手の物だと思うしそうだろうね」
通りでゴブリン退治なんて目じゃないプレッシャーを感じたわけだ。
おそらくあの場に居た衛士たちは王国軍でも精鋭中の精鋭だろう。
ゴブリンに少し毛が生えたFランク冒険者程度じゃ威圧されるな。
それどころかDランクの彼女ですら瞬殺される実力だったのだろう。
それほどの重要人物に絡んでしまったオレはなんというバカ者だろうか。
改めて彼女に迷惑をかけたことを実感してしまう
「ああ、なるほど。通りで護衛のプレッシャーがすごいわけだ。…ごめん」
「別に済んだことは気にしてない。それじゃあ、続きをいうよ」
「エミリー嬢が光の魔力だと判明したのが物心付く前なんだよ」
「つまりその時点で彼女の人生は他者によって定められたわけなんだ」
ただでさえ、令嬢として生まれると戦略道具として扱われる。
その上に希少な光の魔力所持者なんて加わればどうなるか明白だ。
周りが勝手に盛り上げて【聖女】として称えるのだろう。
もしかしたら過度の期待を背負ってしまいプレッシャーが半端ないだろうな
「よって、彼女が選択できる道は片手で数えるほどしかない」
「まず王国の言う通りに色々経験を積んで【勇者】という英雄になること」
「それか教国の勧誘を受け入れて【聖女】や【大神官】になるか」
「同じく勧誘してるゴンサレス魔導国で大魔導士になって後世に名を轟かせるか」
「完全に才能を捨てて他国や国内の上位貴族に貢いで貴婦人として生きていくかだ」
陰鬱な雰囲気を和らげようとしたのか大げさに肩を竦めていたが顔は真剣だった。
そんな彼女の顔を見てエミリー嬢はとんでもない責務を負ってるのを強く感じた。
思わず肩を竦めた拍子に落ちた彼女の掛け布団を纏いたくなるほど背筋に冷たいものが迸った。
「オレだったらすぐに重責に耐え切れず投げ出しちゃうな」
「彼女だって深刻に悩み過ぎて病んでるからね。そう思うのも仕方がない」
と彼女が口にして急に口を閉ざして暫く静かになった。
最初は何で黙ったのか分からなかったがすぐに理解した。
「…なんでその事を知ってるんだよ?」
「結構巷で有名な話でね!彼女が背負う業に同情する人物が—」
「じゃあ、明日街の人に訊いてみることにするよ」
「いやいや!その事がエミリー嬢の耳に入ったら悲しむからやめた方が良いよ!」
なんか焦りだしたエルティアナを見て初めて【お話】で勝利した気がする。
今まで彼女に辛酸を舐めさせられてきたのを思い出すと嗜虐心が駆られる。
思わずニヤニヤしてしまい口角が上がっていくと対照的に彼女は青ざめている。
鉄仮面を外している状態なのでオレの表情はまる分かりだろう。
そうなると次に何を考えているのかも分かるはずだ。
今こそ貯め込んできた鬱憤を晴らす時!
任務の合間を縫ってエミリー嬢について訊きまわると言えば—
『補助 中級魔法“睡眠”』
いやーこうやって相手より有利になれるって気持ちいい。
本当に気持ちいい。
そう考えると安心してなんだか眠くなってくる。
あれ?エルティアナがなんか呟いたような?
なんていったっけ?
思い出そうとしてもまぶたが重くあけてられないー。
ああ、しきぶとんにすわってたんだ。
かけぶとんをかぶってねよう。
「おやすみ、えるてぃあな」




