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アンジェ 変身

 わたしは心配そうに眉を寄せるトゥーマの隣で、できるだけ安心させるように笑いかけながら手を握って、和友さんがトゥーマの首につけられた鉄の輪をペンチの親分みたいな道具で挟み切るのを見ていた。

 これでもかと硬く握られた手も、寄せたままの眉も、今トゥーマがどんな気持ちでいるかをはっきりと表していて、わたしの方が泣きそうだった。


 だってこんなに小さいのに、こんな大きくて重そうな首輪をつけられて、しかもあんな怪我をして、一人ぼっちで怖い思いをして。誰かに追われていて、誰にも会いたくないのに、泣き言一つ言わないで逃げずに立ち向かおうとしている。

 これからのことだってそうだ。ジネさんがここで一緒に暮らすって言ったときも、学校のことを話した時も、しり込みをしたりしなかった。そして、学校に行くには邪魔になる、首に嵌められた鉄の輪を外したい、と自分から言った。

 少しでも助けになれるなら――そう思っていたのに。


 なに、この展開!


 首にはまっていた重たい(本当に重かった)輪が取れたトゥーマは、嬉しそうに笑いだして、笑い出したかと思ったら急に成長した。

 さっきまでは小学校に入ったくらいのかわいいちっちゃい男の子だったのに。え?! って思っていたら、理科で見た朝顔の成長動画の早送りみたいに、にょきにょきと背が伸びて、めきめき音がしそうなくらい骨が出たと思ったら、わたしよりも大きくなっちゃったんだから!


「え? えええ? 何? トゥーマ!?」

 本当にトゥーマなのかと思って聞いてみたら、トゥーマ自身も何かがおかしいと気がついたみたいで、「ええ?! 何!?」って大声を出して、鏡がある脱衣所にすっ飛んで行った。


 嘘みたい。


 和友さんもすごくびっくりしていて、わたしたちは言葉もないままトゥーマが走って行った先を呆然と見ていた。

 そのまましばらく固まっていたら、コホン、と一つ咳をしてジネさんが口を開いた。


「ああー、ねえ? 今の――」


 わたしたちがパッとそちらを見ると、ジネさんは「今のは――」と、言い淀んだ。

 すると和友さんがぼそっと言った。

「ああ、外れてよかったな。だが俺は、なんにも見てないぞ。」


 ええっ? 和友さん、すごく現実的な人なのにまさかの現実拒否!? わたしが驚いている側で、和友さんは重そうな工具を両手で持ち直すとさっさと外に出て、軽トラックに乗って帰ってしまった。

 なに、それ――!! トゥーマが急に成長したの、今、見たのに。

 わたしは開いた口も塞げないまま、帰ってしまった和友さんとトゥーマが出て行ったドアとジネさんの間で視線を行ったり来たりさせていた。

 ジネさんが変な顔をしている。


「アンジェ? まず、ちょっと落ちつこうか?」

 そう言われて、とりあえず頷いてソファに座りなおす。


 でも、落ち着けるわけがない。わたし、今人が五年くらい一気に成長するところを見たんだよ、ね。見間違いじゃないよね。

 わたしは立ち上がり、居間から廊下に首を出してトゥーマの様子を窺った。

 脱衣所から出てくる人影、身長が、大きい。おもわず首を引っ込めた。やっぱり、見間違いなんかじゃない。


 ソファに座って何とか落ちつこうとしていると、そっとトゥーマが入ってきた。気まずそうに、あちらこちらに視線を泳がせている。

「トゥーマ、なの? トゥーマ、だよね?」

 覗くようにしながら聞いてみると、こくりと頷いた。


「あの、ええっと――ぼく――」

 そう言ったものの、どう続けたらいいかわからないみたいで言葉が出てこない。いったいどんな説明が出てくるのかと思っていたら、横から予想外の言葉が飛んできた。

「言ってた通り、いい感じに成長したじゃない。よかったわね」


 ええ!? 何それ!?

 パッと声の方を見ると、なぜかジネさんは嬉しそうな顔をしていた。


「はい。戻りました」

 トゥーマがほっとしたようにジネさんを見る。

 わたしひとり、なんだか会話から置いてけぼりだ。


「な、なん、なんなの? 何の話なの?」

 目を白黒させていると、「しょうがないわ」と、呟いてからジネさんが「座って話しましょ」と勧めた。



 それからの話は、まったく寝耳に水だった。


 とりあえずソファに腰を下ろすと、ジネさんはまず、トゥーマの本当の年齢は高校生くらいで、今の外見とも違い、実は人間じゃないのよ、とわけがわからないことを言ってから、アンジェの弟として学校に行き始めてから大きくならなくてよかったわ、と、まるで庭のキュウリの成長を話題にしているみたいにあっさりと言ってのけた。


 さらに続けて、わたしのことを、もしかしたらトゥーマの仲間かもしれないと言った。しかもさらに、どうせなら、と前置きして、実は自分はおそらく生物学的には遠い親戚だけどわたしのおばあちゃんなんかじゃなくて、わたしのことは預かっていただけで、親が誰かはわからないってことまで言われて、わたしはジネさんが話すのを、ただ目を丸くして聞いていた。


 たしかにわたしはちょっと変わってるしその自覚はあるけど、でも人間じゃないとか、そこまで変わってるとは思っていなかった。


 ジネさんは、人間でなくたって、人間として生きていく以外にわたしたちができることはないんだから、結局今までと何にも変わらないのよ、と前置きして、とにかくアンジェは人間としてはトゥーマの先輩なんだから、これからも生活のしかたをちゃんと教えてやるように、と言った。そう言ったジネさんはさっきより若々しく見えたし、なんだか話し方まで違う人みたいになっていて、そう指摘したらあっさりと「アンジェが大きくなるのにわたしが年をとらなかったら不自然でしょ。成長速度を和友さんに合わせてたのよ」と自分が見た目詐欺をしていたことを認めた。今は自然体だというジネさんは三十代そこそこにしか見えない。


 なにそれ。わたし、一〇年以上も騙されてたの? いや、三歳でここに来たって言われていたから一〇年近く、か。


「アンジェは人を疑わないから騙すのも簡単で助かったけど、トゥーマはさすがに何かおかしいってすぐに気づいたから、正直に話して黙っていてもらおうと思ったんだけど、こんな展開になったなら、ちゃんと話した方がいいかと思って」

 ジネさんは当たり前で何でもないことのように言って、お茶を入れ直す。

 わたしは真っ黒い髪と目と整った顔以外は、とてもさっきまでの男の子だとは思えないトゥーマを見つめた。


「すぐに気づいたの? なんで?」

「いや、アンジェに触ると痛みが消えるし、言葉も気持ちも伝わりやすかったし。それにジネさんの薬はあり得ないほどよく効いたし……」


 当然かもしれないけど、そう説明する声までさっきまでの声と違う。かわいかった子どもの声は、ちょっとかすれて低い感じの男子の声になっていた。


「トゥーマ、何歳なの?」

「たぶん、今は十二か三に見えてると思うけど、本当は十七くらい……だと思う。」


 つまり、見た目が同級生の中身が高校生ってことだ。それじゃあ一緒にお風呂とか、無理だったよね。ごめん。でも知らなかったし。あ、でも、勉強がわたしよりできても、同じくらいのと歳ならあんまりがっくりする必要はなかったね。

 そう思いながら観察する。

 身長はわたしより大きいと思う。

「弟設定は無理じゃないかな。中学生にする?」


 八月の間は何度か見かけた不審な船は、九月に入ってようやく諦めたのか姿を見せなくなった。わたしも学校が休みのや天気のいい夜には短時間だけ海を訪れるようになった。


 この前まで当たり前だった学校生活が、なんだか緊張感のあるものに感じられるのは、本当のことを知って、今までよりも大きな秘密を抱えたせいだと思う。


 トゥーマはあいかわらず誰にも姿は見せないようにしているけれど、それは設定上わたしの従兄にすることになったトゥーマをジネさんが架空の親元から引き取ることになる予定の日がまだ決まらないからだ。トゥーマがいつから学校に行くかが決まったら設定して、わたしも学校で友達に従兄と一緒に暮らす話をし始めることにしている。今は少数しかなかった衣服や道具も少しずつ揃えている最中だ。


 首輪と鎖がなくなったせいか夜にうなされることもあまりなくなって、昼間も前よりもずっと落ちついたように見えるから、冬休みが開けた三学期には一緒に学校に行けるんじゃないかと思う。


 十一月が終わるころにはトゥーマの顔の火傷痕はずいぶん薄くなって、ちょっとひどい虫刺され程度になった。毎日朝晩しっかり薬を塗り込んだかいがあった。痕が消えるまではあまり陽に当てないほうがいいとジネさんが言うので薬を塗った後はガーゼに包帯で巻いてしまうけれど、あの夜海で思った通り、大きくなってもすごく整った顔をしているから、この痕が消えて学校に行くようになったらきっとモテモテになるに違いない。


ちょっとトゥーマの設定を修正しつつ、続きます(*^^*)ありがとうございます。

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