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ジネさんの正体 

 二回も「飛ぶ」と言われた。


 間違いなく、この人はぼくの正体を知っている。


「どうして――? アンジェは? ――あの子も知っているんですか?」

 おもわず尋ねた声がうわずった。


 ジネさんは軽く首を振って否定した。

「わたしが知っていることを君に隠しておく必要はないと思って、確認しただけよ。どうして気づいたかってことなら、君が音で話したから――アンジェがここにいたらいいって言ったとき、君はここにいていいのかって聞いたでしょう? あの時、わたしの耳に言葉通りの音は聞こえてこなかった。でも、音が聞こえて意味がわかったの。それに君がアンジェと言葉を交わし、意味を理解して覚えていく様子を見ていたから、アンジェみたいに聞こえた音を言葉として理解できるんだってことに気づいたの。普段はそんな話し方はしないけど、わたしにもできるのよ。


 わたし自身は君とはちょっと違うけど、わかるでしょう? そんなわけで、むかし君みたいな知り合いがいたのよ。で、アンジェは、小さいときにここに連れて来られたんだけどね、あの子はその知り合いのお仲間――つまり君の方の仲間なんだけど、今のところあの子は自分が普通とちょっと違うこと以外は何も知らないし、君が仲間だってことにも気づいていない。


 自分の特性も――つまり飛べるってことだけど――知らないし、実際、飛べるのかどうかもわからない。少なくともわたしは見たことがないの。小さい時からずっとあのままよ。詳しくは何も教えられなかったけど、そのせいでここに送り込まれたんだと思うの。


 それでもわたしのすることに変わりはないから、時期が来るまではここで世話をしてる。


 君がここに来た理由や、来る前に何があったのかを教えてもらえるなら、わたしも君に教えてあげられることがあるかもしれない。助けることもね。だけど、知らないことの方がずっと多いから答えられないことも多い」


 話せる範囲で構わないから、何か話す気になったら教えて欲しい、そう言われて言葉に詰まった。


 わかるでしょうと言われてもわからない。一気に言われたことの内容に驚いていたし、何か話す気になったら、以前の問題で、何を話したらいいのかわからない。


 正体がジネさんに知られている。そして、ジネさんの話し方をそのまま受け入れればアンジェはぼくの同類だ。でもそうは見えない。ジネさんのほうにも特異な力があるのは確かなのに、ジネさんはぼくとは違うという――。


「アンジェがぼくと同じ、それは確かなんですか?」

 信じられなくてそう聞くとジネさんは眉を寄せて言った。


「それも、たぶん、なのよね。そうなのかどうか君にはわからない? それともわたしと同じに見える?」


 ぼくが自分のことを否定しなかったことで安心したのか、へにゃ、とした笑いを浮かべて聞いてくる。でもそんなこと聞かれてもわからない。ジネさんと同じに見えるかって聞かれてもアンジェとジネさんがどう違うかもわからない。


「ジネさんは、違うんですか? あなたも特別ですよね。どうして違うってわかるんですか?」


「お互い人間と違うってことは納得できたみたいだから話すけど、わたしは海から来た『番人』よ。一度は空に登ったけれど、空から来た者ではないの。あの子は空から来た。君もそうでしょう?」


 言葉の意味がわからずにいると、ジネさんはぼくに通じていないことに気がついて付け加えた。


「ええと、簡単に説明すると、う~~んと遠い親戚みたいなものだけど、同じじゃないの。わたしにはもともと翼はなくて、空に登ったときにもらったんだけど、地上に戻った時に返した。海に行くこともあるけれど、わたしはそれからずっと今みたいに人として暮らしてる。


 君たちのお仲間がわけありで降りてきたり、滅多にないことだけどわたしたちの仲間が出てくるときに助ける役目を担ってるから『番人』って呼ばれてる。君、空の『番人』の説明を聞いていなかったの?」

何を言われているのかもわからなかった。


「空の『番人』って何のことですか? 初めて聞きました。それにぼくは自分が空を追われた理由もわからない。あなたは何を知っているんですか?」


 ジネさんは驚いた顔をした後、むむむ、と眉を寄せた。

「本当に何も知らないのね――」

 そう言って大きく息を吐いた。


「じゃあ、今のわたしから見て思うことを話すから、君もわかる範囲で答えてくれる? あなたが何を知っていて、何を知らないのか、わたしにもわからないから。


 さっきも言ったように、わたしは海の番人で、海から陸に上がりたい者や陸から海に潜りたい者を助けてる。空には空の番人がいて、彼は君みたいなケースを――堕天使たちが地上に降りてくるときの窓口の役割を果たしている。君がもうすでに地上にいる以上、空の番人の手で地上に送られたんだと思ったんだけど、違うみたいね?」


 確認するように聞かれて首を横に振る。初耳だ。

「空からわたしのところに来るのは、よっぽど空が合わなくて、でも地上にも合わなくて居場所を求めているような変わった人か、空の番人のところを通したくない訳ありの人くらいなの。


 それでもこれまでにわたしがここで出会った人たちは自分がどうしてここに来たのかわかっていたし、これから人として生きるってことを知っていて、どうするのかを自分で考えていた。だからわたしの役割は、彼らが人間として一生を過ごせるように最初にちょっとしたコツを知らせて人間の世界に送り出すこと。つまり窓口よ。


 だからアンジェに会ったときは驚いた。だって、あの子はここに連れて来られた時、本当に小さくて、まだ三歳くらいに見えた。自分で望んで空を離れることを決めるような歳じゃなかったし、罪を犯すような歳でもなかった。ふつう空を追放されるにはそれなりの理由があるでしょう? それに、どこにも烙印がなかった――君にあるような」


 緑の目がちら、とぼくの頬を見て、ぼくはそこに左手を当てた。ガーゼに覆われた火傷の痕は、罪を犯したものだとわかるように押された烙印だ。


「そんなに目立つ烙印は初めて見たわ。すぐには信じられなくて、人間の子がひどく虐待されたのかと思ったくらいよ。だけどあれだけ念入りにアンジェがわたしの薬をつけてもずいぶん治りが遅いようだから――もちろんそのうちずっと目立たなくなるはず。あの薬はアンジェが塗ると相乗効果があるから」


 そう言って片目をつぶっていったん言葉を切ると、また大きく息を吐いた。


「とにかく、アンジェは小さい頃にここにきて、それからずっとここにいる。あの通りちょっと普通とは違うところがあるのは確かだけど、今のところ翼はないし、生えそうな兆候もない。そして変わっているといっても人として生きられないほどじゃないから、成長して自分の生き方を決めるまでは、もうしばらくここで預かって、いずれ注意事項を説明して送り出すの。それがわたしの役目だから。


 それで、話を戻すけど、君も堕天使でしょう? だからわたしは空の番人を介して地上に来たんだと思ったの。それなのに何の用があってわたしのところに来たのか、それが知りたかったのよ」


 でもわたしに用があってここに来たたわけではなかったのね――そうつぶやいてジネさんが続ける。


「どんな罪を犯したのかはわからないし、わたしには関係ないことだけど、そんなに目立つほどの烙印を押されているのに、君からは叛意も悪意も感じられない。ものすごく嘘をつくのがうまくて、性格を百八十度偽っている可能性もあるかと思って見ていたけど、それもなさそう。


 君はどうして空の番人の手を介していないの? どうして何も聞いていないの? それにその首につけているそれだけど――」


 視線の先を鉄の輪に移す。


「それも、そうなの? わたしが知っているケースではそんなものをつけられて送り込まれた人はいない。さっきも言ったけど、一体どんな罪を犯したらそんな――」


 ぼくは首を振って否定した。


「これは人間がつけました。どうしても取れなかった」


「飛んで逃げられないようにされたのね」


 ぼくはまた首を振った。


「そうかもしれないけど、こんなことをしなくても、ぼくは飛べない」


「そんなはずないでしょう? 人間に囚われるのは誰にとっても不本意だもの。生きているならいくら何でもこんな目に遭う前に翼の封印が解除されるはず。番人から聞いてないから知らなかったのかもしれないし、危険だと思ったのかもしれないけど、君たちの翼は通常は封印されていても、いざという時に人間から逃げるためにほんの短時間なら――」


 ぼくはもう一度首を振った。今教えてもらったことでもう頭はいっぱいだけれど、ぼくが飛べないのは事実だ。


 ジネさんはまた眉を寄せると首を傾げた。


「君は何も知らずにここに来たんだから、人間から一時保護して人としての暮らし方を教えて、安全が確保されてから人の世界に送りだすことはできる。だからここにいるのは全くかまわないんだけど、こんなに何も知らない状態で地上に堕とされるなんて――」


 そう言ってぼくをじっと見た。


「まあ、わたしたちのことはもう話したし、人間とはあまり関わりたくないっていう所は同じだから、協力できるでしょ。とりあえず君はどうしたい?」

ジネさん、訳ありです。たぶん和友さんもそうでしょう。

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