↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

アンジェ  拾った男の子

 あれやこれやで疲れ切っていたわたしはそのまま眠ってしまったらしい。次の日の朝、ジネさんが帰ってくるまでそこで眠っていた。同じく死にかけたせいで疲れ切っていた男の子の方もずっと眠っていたらしく、その結果、徹夜明けで帰宅したジネさんがコーヒーを淹れてサンルームに行ったところ、長椅子で眠っているボロボロに怪我をした男の子と、かたわらの床に座って男の子に片腕を預けたまま眠っているわたしを発見することになった。


 いつもなら遠慮なく声をかけるジネさんが、そっと肩を揺らした。タイル張りの床の上のお尻はひんやりと冷たいのに、右手は温かい。わたしはぼーっとしたまま、なんでこんな状態なのかと頭を働かせ、目を開けて昨夜の出来事を思い出した。


 顔をあげると、コーヒーを片手に隣に立つジネさんの眉間に深い溝があった。唇の前に指を一本立てて男の子の方を目線で示し、顎の動きで居間に移ろう、と知らせてくる。

 わたしはまだ男の子に抱えられたままの腕をそっと引き抜いて静かに立ち上がった。


 座ったまま眠ったせいで背中が痛い。しかも片足が痺れて感覚がない。わたしはカウンターにつかまってサンルームを出ると、ゆっくり居間に入った。どうにかソファにたどりついて座ると、痺れた足をこすりながら昨夜海で男の子を拾った話をする。


「『絶対に海に行かないように』って書いていったはずだけど?」

 そうだった。

 わたしは慌てて謝った。


「そこは、ごめんなさい! 本当にごめんなさい。でも、救助の人たちもみんないなくなったから、もういいかと思って。それに、すごくお月様がきれいで……海に道ができてて、うまく説明できないんだけど、なんだかもう、行かなきゃ、って感じになっちゃったの」


 わたしと海が切り離せない関係にあることをよく知っているジネさんがしょうがない、という顔になる。わたしはサンルームで眠っている男の子を鳥居の下で発見したことや、驚いてかなり手ひどい扱いをしてしまったこと、沈没した船に乗っていたのではないかという考えを話した。


 話すうちに一度はゆるんだジネさんの眉間の溝がまた深くなってしまった。

「でもさ、ほら、ちゃんと生きてるし。手当もしたから、きっと元気になると思うの。後で訴えられるとか、そういうことにはならないんじゃないかな。警察とか、ちゃんと連絡すればさ。昨日の夜はジネさんもいなかったし、しかたなかったってことで……」


 そうとりなした。

 ジネさんは深いため息を吐いて口を開いた。ちらりとサンルームに目をやってから重い口調で言う。

「昨日の船に、行方不明者はいなかったの」


 え?


 意味が分からなかった。

 行方不明者がいない、ということはみんな救助されたか、亡くなっていても身元が判明した乗組員ばかりだということだ。


 そんなはずはない。現にうちのサンルームには男の子がひとり寝ているし、その子は間違いなく昨夜海で倒れていた。

 わたしが首を傾げていると、ジネさんはゆっくりと言った。

「昨日転覆した船に、乗員は三人。全員ただちに救助されて本土の病院に運ばれたと聞いた」


 わたしは訳がわからないまま首を横に振った。

「それって……?」

「あの子は船に乗っていなかった。そうでないなら、あの子は乗員ではなかったってこと。わかる?」


 わからない。もしあの子が船に乗っていなかったのなら、どこから来たのか。島の子ならみんな顔見知りだ。見覚えのないあの子がこの島の住人じゃないのは確かだし、昨日はわたしたちが目撃した船以外の海難事故はなかったはずだ。あったら無線で連絡が飛び交って大騒ぎになっているはず。観光客が迷子になったという知らせもない。


 なら、どういうことなのか。

 あの子が乗員じゃなかったのなら?

 船にいたのに乗員ではない。つまり、それは。


 嫌な感じがした。


 わたしの目をじっと見たまま、ジネさんが言う。

「昨日の船は、密輸船だった。引き上げられた船の中に残っていた檻の中には条約で保護され、輸出入が禁止された動物たちがいた。手遅れだった檻もあったけど、助かった生き物もいて……戸が開いたままの空っぽの檻もあった」


 ゾクリ、と背中に悪寒が走った。あの子の身体を拭いた時、手に当たったあの硬くて黒い金属が頭に裏に浮かんだ。あの時わたしは一瞬思った。まるで首輪みたいだと。


 ジネさんは話し続ける。自分が昨日帰ってこられなかったのは、人間の治療のためではなく、事故現場から一番近いこの島に運ばれた動物たちの治療に当たるためだった、と。いまごろ島の港には助かった動物たちを保護したり、転覆した船を調べて事件を捜査するための人員が次々と到着しているし、乗組員は体調が安定していることが確認され次第逮捕されることになるという。


「詳しい話を聞いてみないとわからないけど、あの子がもし「密輸品」として運ばれていたのなら、あの子がここにいることはおおっぴらにしないほうがいいかもしれない」

 すっかり冷めたコーヒーを一口飲んで、ジネさんが大きく息を吐いた。


 その日わたしたちはずっと家を離れずに過ごした。サンルームの長椅子は寝るのに最適な場所とは言いがたいから、地下の簡易ベッドかせめて居間のソファに移してあげたかったけれど、男の子はよっぽど参っていたのか全く目を覚まさずに昏々と眠り続け、夕方になってやっと目を覚ました。


「ああ、気づいたかい? 気分はどうだい?」

 問いかけるジネさんの声が聞こえたので、夕飯の素麺を鍋に入れようとしていたわたしも火を止めてサンルームに顔を出す。


「怪我はどう? 熱はなかったみたいだけど、痛む?」

 そう声をかけると、長椅子で起きあがった男の子は顔をあげてわたしの方を見て驚いたような顔をした。

「昨日のこと、覚えてる? わたしはアンジェ。海では蹴ったりしてごめん。すごくびっくりして、怖かったの」


 男の子がさらに目を見開いて、わたしを見た。

 髪も目も、社会科の資料集に載っていた黒曜石みたいに真っ黒だ。驚いた顔と出来損ないのミイラみたいな包帯がおかしくて少し笑ってしまう。


「包帯、下手くそでごめんね。頭って巻くのが難しくて。後でやり直しさせて? お腹空いてる? ご飯食べられる? 疲れてるかもしれないけど、ちょっとは食べたほうがいいんだよ。もちろん、おいしいかどうかって聞かれたら、出されたものに文句は言うなって言うのがうちの食事なんだけど、何もないよりましだと思うんだよね。あ、素麺好き? 薬味はネギと海苔でいい? おかゆの方がいいかな、ジネさんどう思う?」


「こらこら、その子は病み上がりなんだから、もっと落ちついて話しなさい」

 ジネさんがたしなめた。

 もっともだ。密輸話を聞いたせいで、なんだか焦ってしまっていた。


「ええっと、じゃあ、とりあえず名前? わたしはアンジェ。あなたは? あと、蹴ってごめん」

 男の子は一度瞳を閉じてから口を開いた。

「トゥーマ」

読んでいただきありがとうございます(*^^*)嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。