06.拝啓、ようやく始まる人生へ【後編】
羽宮町に棲む怪異と人間のお話。
※人外描写、流血・暴力表現、死亡描写、一部BL的表現を含みます。
あの夜以降、国木田誠に会う機会はあった。
最初は本当に、国木田の言う礼を受け取ったら適切な距離を取ろうと思っていたのだが、気付けばまた会う約束をして……を数度繰り返していた。
何度会っても、国木田の考えることは分からないが、自分よりも他人を優先すること。意外と強かな部分があることは分かった。
今回も「ずっと気になってたカフェに行きたくて!」と言われ俺が案内をする、と言うことで会う約束をした。
国木田の行きたがっているカフェは、駅の近くにある小洒落た小さな店だ。観光客や若者向けのメニューが多く、SNS映えもバッチリと抜け目がない。
俺も一度だけ行ったことがあるが、ああ言う華やかな場所はあまり得意ではないため、結局いつもシェーズに行ってしまうのだが。
待ち合わせである駅の改札口前で待っていれば、少し遅れて国木田がやって来た。
「ご、ごめん! 待たせちゃった!?」
「いいや、別に。待ったうちに入んねーよ」
弄っていたスマートフォンをズボンの尻ポケットに入れ、国木田と並んで歩き始めた。
「……バイト終わり?」
「早朝の人が欠勤になったから代わりにね。走れば間に合う! と思って入れちゃった」
「へぇ……まぁ、体だけは壊すよな」
やけにいつもより荷物の多い国木田に問うた。やはりと言うか、なんと言うか。お人好しが過ぎるのではないだろうか? コンビニのアルバイトはそんなものだ、と言われても現代の雰囲気は全く分からない。
宮司のお陰で長く勤められている鳩羽神社は何かと融通が効くため、他と比べることが難しい。今風に言えばホワイト企業、と言うやつだ。まぁ職種も違っているし、比べるのは難しいか。
「廻は? 今日はお休み?」
「いいや、午後休」
「そっかぁ、お疲れ様」
他愛もない会話を続けていれば、件の店の前までたどり着いた。のだが、若い女性客やカップルが行列を作っており、明らかに男二人である俺たちは浮いている。
一応、気を遣って普段のスエット姿ではないが、ドレスコードでもあるのではないか? と錯覚するほど周りの人間たちは綺麗に着飾っていた。
──俺が来た時はこんなんじゃなかったが!?
知らぬ間にSNSで話題になったのか、前に来た時はもう少し空いていた。行列なんてなかった気がする。
予約をしていないしどうするか、と思考を巡らせていれば、国木田は店の前まで行き、扉前に置かれた記名台にサラサラと文字を書き、俺の元まで戻ってきた。
「前に並んでるの五組くらいだったから、名前書いちゃった。人数にしては少なかったし、団体さんが居るのかな? 凄いねぇ、ここ」
「あー……うん、そうだな。」
正直、どうやって帰ろうか頭をフル回転させていたが、無駄だったようだ。
そんな俺をよそに国木田は無邪気な笑顔をこちらに見せた。
「ここのシフォンケーキが美味しいんだって。バイト先の一緒の人に教えてもらったんだ」
「ふーん。誠は甘いモン好きなの?」
「好き……と言うか、まぁ小説書くのに頭の使うから欲しくなる……って感じかなぁ……廻は? 甘いの好き?」
「好きか嫌いかで言ったら好きな方。ただ、普段行ってる喫茶店とどっちが美味いかな〜って」
シェーズのケーキは絶品だ。機嫌の悪い宮司に土産として持っていけば、一発で機嫌が治るくらいには美味しい。
昔、冗談で店主の透に「レシピ教えてくださいよ」と言ったことがあったが、あの時は人差し指を口元に当てながら、少し得意げな表情で「内緒」と言われ、聞くことは出来なかった。
その後、どうしても気になってしまい根気強く聞き続けた。その時に唯一知れたのは、透の亡くなった奥さんのレシピだ、と言うことだけだった。
そんなことを言われてしまっては、もう聞くことは出来ない。素直に諦めて、ケーキとコーヒーを目当てに通っているのだが。
「……廻ってやっぱり地元の人なんだね……常連のお店があるんだ」
「いや、地元ではねーよ。ただ暮らしてるのが長いってだけ。ある意味、俺も余所者だよ」
「えー……? そうかな? それにしては馴染んでるように見えるけど」
「そう見えるだけだっての」
本当に、斎刃境主命の神の権能によって人間たちの認知を歪め、俺の素性や不老不死を誤魔化しているだけだ。もちろん、怪異相手には全く効果はないのだが。それのどこが、馴染んでいると言うのだろうか。
「二名でお待ちの国木田さま〜!」
雑談をしていれば、気付けば自分たちの順番が回って来たようだ。国木田が短く返事をし、店内へ案内される。
内装はカウンター席は無く、テーブル席がいくつか置かれていた。間接照明や背の高い観葉植物も置かれており、落ち着いた雰囲気ながらも洗練されたように見受けられる。
大きな窓の向こう側にはバルコニーがあり、そこにも席があることから、テラス席もあるようだ。
前に来た時はさほど気にしていなかったため、気が付かなかった。
店員に席に通され、お冷とメニューを渡された。
国木田は嬉しそうにメニューを開きながら、
「廻は前に来たんだよね? 何が美味しかった?」
「あ〜……前はパスタ食った、美味かったよ。でも目当ては違うんだろ?」
「そうなんだけど、メニュー見てたら全部美味しそうに見えて……。あっでも、ケーキセットあるね。僕はこれにするけど、廻は?」
「俺もおんなじので良い。ケーキは……そうだな、カッサータとか珍しいからこれにしようかな」
「飲み物はコーヒーだよね?」
国木田の言葉に頷けば、彼は店員を呼びテキパキと注文を済ませた。
しばらく雑談をしながら待っていれば、店員は注文していたコーヒーを二つ、そしてカッサータとゆるく泡立てられた生クリームが添えられたシフォンケーキを運んできた。店員は笑顔で「ごゆっくりお過ごしください」と告げた後、すぐさまテーブルから離れた。
カッサータは白いクリームチーズの生地の中にドライフルーツやナッツが混ぜ込まれており、断面がとても綺麗だ。
シフォンケーキの方も、焼き加減は完璧だ。見た目からして、ふわふわと柔らかそうでとても美味しそうだった。
「へぇ、それがカッサータってやつなんだね」
「シチリアのお菓子。前に別のとこで食って美味かったからさ」
そう言えば、国木田は少し興味深そうに「次はそれにしようかな……」と真剣な表情で呟いた。
「……一口、食う?」
「え? 良いの? 廻そう言うの嫌いかと思ってた」
「んな欲しそうな目で見られたら、一口くらいやるっての」
「そんなに顔に出てた!? あっ僕のシフォンケーキも食べて良いから!」
慌てて皿をこちらに寄せる国木田に、なんだかなと思いつつ、カッサータの乗った皿を国木田の方へ寄せた。
互いにフォークで一口分だけ切り取り、口へ運ぶ。
シフォンケーキは、シンプルな卵の風味と、香り付けのバニラが鼻腔をくすぐり、素朴な甘味とふわふわの食感は、確かに癖になる。生クリームが無くても美味いが、あった方が満足感は上がるだろう。
たしか、他にも色々な味があったはずだ。これは他のが食べたくなるのも分かる。
カッサータを食べている国木田をちらりと見れば、初めて食べたのだろうか、少し眉間に皺を寄せながらも幸せそうな表情を浮かべていた。
「なんで眉間に皺寄ってんの?」
「ドライフルーツは何が入ってるんだろ? って思ったら、つい」
「で? 何入ってた?」
「え〜……自信ないな……。多分、オレンジとか? 結構さっぱりしてたよ」
「ふーん?」
国木田の言葉を聞きつつ、カッサータを口の中へ運ぶ。
まずはクリームチーズの濃厚な味の後に、ドライフルーツの酸味でさっぱりしつつ、しっかりと甘味がある。しつこい甘さではないため、非常に食べやすい。ナッツの食感や香ばしい香りがアクセントになっており、なかなか美味しい。
ドライフルーツには国木田が言った通りオレンジや、おそらくレーズンも入っているのだろうか。
そのままコーヒーを飲めば、コーヒーの苦さとカッサータの甘味がいい塩梅だ。
ここが人気店なのも頷ける。まぁ、シェーズには敵わないが。
「廻はどう? ここは気に入った?」
「ん〜……美味いとは思うけど、やっぱいつもんとこが一番だな……。なんつーか、落ち着くし」
「へぇ……そうなんだ。いつか僕も行ってみたいな」
「…………いつかな」
「楽しみにしてるね」
俺は出禁にはなっていないし、国木田を連れてシェーズに行くことは可能だが、肝心の古賀夫婦を見て、どう反応するのかだけが気掛かりだった。
人を理解したい、と断言したのだから引くことはないだろうが、シェーズの二人が嫌だ、と言ってしまえばそれまでだ。まだ、あそこに国木田を連れて行く気にはなれない。
飲食を終え、支払いを済ませてから店を出れば、空は少しだけ茜色に染まっていた。そんなに長居をしたつもりはなかったのだが、相変わらず時間はあっという間に過ぎて行く。
これから帰って夕食の準備をするのは面倒だな、なんて思っていれば、国木田が口を開いた。
「もう少しだけ、時間を貰っても良い? 今日が楽しくて、なんだか終わりにしたくなくて」
「なんだよ、誠。随分と詩的じゃん」
「一応、小説家なんだけどなぁ……」
「ま、俺も話したいことあるし、良いよ。どっか座れる方が良いよな?」
「そう……だね。ファミレスなかったっけ?」
「あー、あるな。あそこにすっか」
ファミレスを目指して歩き始めた国木田の少し後ろを追うようにして歩く。
──人間を理解したい、と言った人間は果たして怪異を受け入れるのだろうか?
そんな、一種の好奇心のようなものが俺の心に芽生えていた。
あれだけ怪異が国木田を狙っているのにも関わらず、国木田は怪異を感知することが出来ない。俺や祈、宮司と言った人と生きることを望んだ怪異しか視ることが出来ないだろう。
だが、そう言った怪異たちは自らの素性を隠したがる。もちろん、俺も素性を隠す派の一人だ。
それでも国木田には伝えなければならない。国木田 誠と言う人間を、見極めるために。
この羽宮にとって、災いとなるのか。それとも良き隣人となるのか。
──それを、確かめる時が来たのだ。
ファミレスの中はさほど混んではおらず、すぐに席へ案内された。
夕食を食べるには早過ぎるし、なにより先ほどまでケーキを食べていたのだから、お腹は空いていない。二人してドリンクバーだけを注文し、各々好きな飲み物を持って来た。
国木田のカップにはコーヒーが。俺のコップにはジンジャーエールが注がれている。炭酸のパチパチと弾ける音がやけにはっきりと聞こえた気がした。
先に席に着いていた国木田は、コップを持つ俺を見ながら、少し不思議そうに、
「廻って炭酸も飲むんだね。コーヒーのイメージが強いや」
「ファミレスだし、たまにゃ良いだろ」
「ははっ、たしかに。僕も後でソフトドリンク持ってこようかな」
そう言って、柔らかな笑みを浮かべた。
国木田の向かいに座り、コップの中にあるストローを弄りながら、国木田の様子を伺う。
彼はコーヒーを飲み、たまにメニューを見たりと、俺が「話がある」と言ったことをあまり気にしていないように見えた。それか、こちらが切り出すのを待っているのか。
多分、後者だろうがどう切り出したものかと、俺は頭を抱えていた。
ただ、人間ではないと打ち明けるだけ。今までだって何度もしてきたことだ。今更、何に怖気付いているのか。
──孤独に生きて行く。あの時、独りで誓ったのだから。
意を決して国木田の顔を見て、口を開こうとした瞬間、先に国木田が声を発した。
「ねぇ、廻ってさ……好きな人、いる?」
「は? いやなんで急に? 今?」
「実は、小説で行き詰まっててさ。あっ僕、恋愛小説を書いてるんだけど、地元の友達から聞いた話は全部書いちゃって」
「…………そう言う誠は?」
「僕? 実は全然。彼女が出来ても『なんか違った』ってフラれるんだよね」
「あ〜…………だろうな」
「えっ!? 廻にも分かるの!?」
大方、国木田の『理解したい』『理由が知りたい』に付き合いきれなくなって別れるのが目に見えている。
と言うか、どうしてこんな話を? と疑問に思っていると、国木田は困ったように眉を下げながら、
「これで、少しは話しやすくなった?」
と告げた。
それに対し、俺は「あー……」や「そう、だな」と言った相槌を打ってから、ややあって改めて国木田を見た。
「……誠」
「どうしたの?」
国木田の耳障りの良い優しい声が、少し騒がしい店内の中でも聞こえてきた。
深く深呼吸をしてから、両手をテーブルの上で握り込む。爪が手のひらに食い込むが、今はこの痛みのお陰で平常心を装える。
深呼吸を何度も繰り返して、ようやく言葉を紡ぐことが出来た。
「俺ずっと考えてたんだよ。他者を理解するって具体的になんだろうって。だからお前を観察してた」
もう一つ息を吐きながら、続ける。
「でも分かんねぇんだよな、お前って。どっちかと言うとレアケースだし」
「ええ? そうかな……?」
そうだよ、とツッコミを入れたいが、ぐっと飲み込む。
次の言葉を紡ごうと口を開くが、言えずを繰り返し国木田は首を傾げながら、俺の言葉の続きを待っていた。
俺は少し視線を外しながら、
「誠はさ、人間じゃない存在……例えば妖怪とか、幽霊とか。そう言うのがすぐ傍に居るって言ったら、信じる?」
大体の人間は、この言葉を聞くと「信じない」や「え? 急にどうしたんだ?」や「宗教勧誘はお断りなんだけど」と否定的な反応を示す。
それもそうだろう。突拍子もないことを言っているのだから。そう言った反応が返ってくるのが妥当だ。
いくら人間を理解したいと言ってるとは言え、怪異までも分かろうとする人間は居ないだろう。
「わり、忘れてくれ」
そう言って伝票に手を伸ばす手を、国木田に止められた。
国木田はひったくるように伝票を持つと、俺の方を真っ直ぐと見ながら、
「人間じゃない存在…………僕には幽霊とか視えないけど、居たら……凄く言い方は悪いんだけど、ワクワクするよね! やっぱり昔の人たちはずっと妖怪や幽霊は居るんだって伝承が残っているし、なんなら今も子供たちに大人気だし!」
と屈託のない笑顔を向けた。
──正直、何を言われたのか分からなかった。
居たらワクワクする? 子供たちに大人気? それらはフィクションの中だけであって、現実ではない。本当の怪異の恐ろしさを、国木田は知らないだけだ。
「そうは言うけどさ、その人間じゃないのが──俺だったら、どうする?」
先ほどまではしゃいでいた国木田は、急に表情が消えた。俺の言っていることを、把握しきれていない様子だ。
結局、言葉だけだった、と言うことだ。国木田の持つ伝票にさらに手を伸ばしたが、国木田は隠すように伝票を持つ右手を背中へ隠した。
「……何かの冗談……では、なさそうだね」
「まさか。俺は死なないし、歳も取らない。ずーっと、俺はこのまま。いつか誠も俺のことを忘れるだろうね」
結局のところ俺たちと人間は根本的に分かり合えない。あまりにも時間が、価値観が違い過ぎるのだ。
住む場所を、境界の位置を履き違えてしまえば、怪異は生きていけなくなる。それは人間もまた同じ。
互いに踏み込まず、適切な距離感で関わるのが一番良い。国木田 誠へは、踏み込み過ぎた。ここで一度線引きをしなくては。
そんな俺をよそに国木田はコーヒーを一口飲み、カップがソーサーに置かれた音が響いた。
「なるほどね。その話が本当だったとして…………僕が廻と友達を辞める理由になる?」
と、国木田は心底不思議そうに俺を見たのだった。
「……は?」
「難しいことは分からないけど、だって廻は廻だし。ちょっと口が悪くて、割と顔に出やすいタイプだけど、義理は通すって僕は知ってる」
国木田は優しく微笑み、
「だから、今回も僕に義理を通してくれたんだよね」
と告げたのだ。
何を言われているのか、きちんと言葉を咀嚼するまでに時間が掛かった。
友達を辞めるつもりはない? 俺は義理を通す? 何を言っているんだ? 俺たちは決して交われない存在のはずなのに。
──どうして国木田 誠は、まだ俺を『理解』しようとする!?
「……俺が言ってること、分かってんの?」
「僕なりに分かってるつもりだよ」
「死なないんだよ。どんなに細かく切り刻まれても、俺は死ねないの」
「僕にそれを確かめる術はないし、廻がそうなんだって言ったら、僕は信じるよ。紛れもない廻の言葉だから」
「……ッ! 歳だって、取らないんだぞ。いつかお前は俺を置いて逝く」
「未来は誰にも分からないよ。もしかしたら、未来では僕は羽宮を離れているかもしれないし。それよりも僕は現在、廻と友達でありたい」
国木田の言葉に思わず俯いた。
強く握りしめ過ぎた拳が、自身の爪が手のひらに食い込み血が滲み始めた。だが、これもすぐに治る。
どうして、拒絶しない。どうして、軽蔑しない。どうして、受け入れようとする。どうして、俺に優しくする。どうして、俺と友達であり続けようとする?
宮司が俺を受け入れたのも、祈が俺を受け入れたのも、透が受け入れたのだって、結局は"こちら"側だからだ。
でも、国木田はどうして、なぜ?
彼の言葉に嘘偽りがないことは、ここ数日で嫌と言うほど分かっている。
だからこそ、分からなかった。国木田 誠のことが。
不意に、俺の握り拳を国木田は両手で包んだ。
驚き国木田を見れば、国木田は「僕のことは怖がらなくて良いよ」と月のように優しい微笑みを浮かべた。
「過去で廻がどんなことをされたのか、きっと僕の想像力じゃ到底、想像が出来ないよ。でもね、今でもみたいに美味しい物を食べて、色んなところに行きたいんだ。廻と……君だから一緒に行きたいんだ」
「……ははっ。……なんだよ、それ」
「要は、僕は絶対に廻の友達を辞めないってこと。廻ってば、僕に友達を辞めさせようとするんだから。友達を辞めさせようとするのを、辞めさせようとしただけ」
握り拳を軽く開けば、微かにだが爪の食い込んだ痕が残っていた。しかし血は止まっており、数分もしない内に傷跡も消えるだろう。
拳を開いたところで、国木田はすかさず俺の手を握り、半ば無理やり握手をさせられた。
「なら、これから本当の友達になろう。廻の視ている世界を、僕は知りたい。君と対等でいたいから」
「…………受け入れて、くれんの? 俺のこと。人だって殺したし、人じゃないのだって殺した。盗みだってしたこともある。生きるためならなんでもしたんだぜ、怖くないわけ?」
「そりゃ、少し怖いよ」
握られた手の力が、少し強くなった。
国木田の漆黒の瞳が、真っ直ぐと俺を見据えた。
「でも、ここで君を失うことの方が──もっと僕は怖い」
「なんだよ、それ」
「本当なんだって! それほど、僕は廻が大事なの」
──ああ、言葉の重みとはこんなにも違うものなのか。
宮司の言葉よりも、祈の笑顔よりも、透の送り出してくれる「またおいで」よりも、国木田の「大事なの」に縋りたくなってしまう。
俺は救われても良いのだろうか。未来に希望を持っても良いのだろうか。自分がまだ人間であると、錯覚しても、良いのだろうか。
ここまで絆されるつもりはなかったのだが。本当に不思議な男だ。国木田 誠と言う人間は。
国木田に握られた手を額に当て、
「……本当に、俺の心を乱しやがって。──責任取れよ"ハニー"?」
そう言いニヤリと笑えば、国木田は目を丸くし、そしてたった一言「うん」と答えた。
「じゃ、今日は俺の奢りな」
「えっ!? 悪いよ、自分の分は出すって!!」
国木田の手を解き、テーブルの上にいつの間にか置かれていた伝票を手に取れば、国木田は慌てた様子でこちらに手を伸ばした。
「だって、友達なんだろ? なら、奢られとけ。次、奢って貰うから」
「……そう言うことなら、分かった」
「ノリが良くて助かるぜ、ダーリン」
「もう、何その呼び方。まぁ良いけど」
身支度を整え、会計を済ませてから店を出た。
──どうやら、俺の長過ぎる人生は、ようやく始まったのかもしれない。
そんな気がしたのだ。
内容は変わっていませんが、再投稿失礼します。
大変ご迷惑をお掛けしました。




