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境界に棲む  作者: 篠崎 カンナ
本編
5/7

05.拝啓、理解し難いお前へ【中編】

※人外描写、流血・暴力表現、死亡描写、一部BL的表現を含みます。

 ──国木田誠を観察して、少しだけ分かったことがある。

 まず、現在はアパート近くのコンビニでアルバイトをしているようで、日勤と夜勤をどちらもしている。基本的にシフトの時間はバラバラ。

 困っている人を見かけると必ず声を掛け、自分の力だけでは解決することが出来ないものは、交番や病院など適切な施設を頼る。

 一見すれば、普通のどこにでも居る親切──否、お人好しすぎる青年。それが、国木田に対しての印象だった。

 彼の周りに潜む怪異たちも、土地神の視線を気にしてまだ手を出していない。が、襲われるのも時間の問題だろう。

 どうにかして、自然に接触をしなければならない。これが俺の頭を一番悩ませていた。

 女子が相手ならナンパを装えるが、相手は男だ。残念ながら、全く案が思いつかない。

 宮司に言おうものなら「一任するって言ったよね」と返されるのがオチだろうし、祈も「そう言うのはめぐちゃんのが分かるでしょ」と言われるのが目に見えている。透もプライベートは控えめなため、助言を賜るのは難しいだろう。

 つまり、自分で解決するしかないのだ。

 深夜の公園の灯りに群がる蛾をぼーっと見つめていたが、ベンチから立ち上がり国木田がアルバイトをしているコンビニ近くまで歩くことにしてみた。

 そこで接触出来れば良し、出来なければ羽宮で怪異たちが悪さをしないように釘を刺し、宮司に恩を売れば良い。

 街灯も少ない道を歩いていると向かいから何やら、両手に荷物を持った青年がヨロヨロと歩いていた。

 こんな深夜になにを? と思い目を凝らして見れば、国木田の特徴とよく似ている。それに、彼の周りにわずかにだが怪異の気配もする。

 少し警戒しつつ更に近付けば、そこにはアルバイト終わりであろう疲れ切った表情をした国木田だった。

 息を大きく吸い一度丹田に溜め、そこからゆっくり吐き出す。

 ──よし、やることはいつもと同じだ。


「大丈夫ですか? 荷物、凄い多いですけど……家、近くなんですか? なら持ちますよ」

「え!? あっいや、その……わ、悪いですよ! でも、その……助かります」


 突然、声をかけられ驚いた顔をしたと思えば、申し訳なさそうに国木田は大きめなエコバッグを俺に差し出した。

 やけに素直に頼るな、と呆気に取られつつも受け取る。エコバッグの中に何が入っているかは分からないが、非常に重い。これを一人で運んできたのだから、かなりの重労働だっただろう。


「あっ!? もしかして、重い方を渡しちゃいましたか!? すみません! 手伝って貰ってるのに!!」

「え? あ、いや……いいっすよ、このくらい」

「良くないです、こっちで!」


 と無理やり荷物を引ったくられ、代わりに持たされたもう一つの先ほどの物より少し小さいエコバッグは、確かに軽かった。

 さほど変わりはないのだが、何を気にしているのやら。俺にはさっぱり分からなかった。


「でも良かった。最近ここに越してきたばかりで頼れる人が居なくて」


 国木田は少し照れくさそうな表情を見せ、そして俺の目をまっすぐと見た。


「でもこの町にも年の近そうな人が居て、安心しました」


 そう言って、心底安心したように笑う国木田に、理解が追いつかなかった。

 普通は、こんな深夜に出歩いている男が急に声を掛けたら警戒するはずだ。

 だが、目の前の男は最初こそ警戒した仕草を見せたものの、もう警戒を解きあまつさえ「年が近そうな人が居て安心した」と言ったのだ。

 ──この男は、なんなんだ? 今まで出会ってきた人間と、何かが違う。だが、何が違うのか。必死に思考を巡らせ、ありとあらゆる過去を思い返すが、該当するものが一切ない。

 動揺を悟られないように、笑顔で取り繕いながら、俺は口を開いた。


「そうなんすね。なんでまた羽宮に?」

「……実は、両親がこの町が好きだったんです。子供の時には行く機会がなかったのですが……大人になったから、いっそのこと両親が好きだって言った町で住んでしまおう! と思って……変…………です、かね?」

「良いんじゃないっすか? そう言うのも。ご両親はなんて?」

「──両親は、もう居ないです。だからなんですかね、ここに来たいと思ったのは」

「あー……すんません、軽率でした。でも、良い町なんで、気に入ってくれると嬉しいです」


 この町を気に入って欲しい、と言うのは本心だった。

 人間であろうがなかろうが、共存を望めば生きていけるこの町を、平穏に過ごして欲しいと思う。土地神が気に掛けているから、と言われてしまえばそうなのだが。

 国木田の方を横目でちらりと見やれば、彼は空を眺めていた。その横顔が、やけに絵になっていると直感的に思った。

 呆然と国木田を見つめていれば、国木田は空からこちらに視線を向け、少し俺を不思議そうに見つめてから、優しく微笑んだ。


「はい。もう貴方って言う素敵な人と出会えましたから」


 はっきりと言い切った国木田は、どうしてか、眩しく見えた。俺には無いもの、あるいは捨ててしまったものを彼は持っているのかもしれない。俺が、失ってしまったなにかを。

 国木田は、はっとしたのち、改めて俺に向き合いお辞儀をした。


「僕は国木田誠。小説家……なんですが、あまり売れてなくて。同じ苗字の文豪が居るのに、人生って面白いですよね」

「……あー、その……俺、本はあんまり……。えっと、廻です」

「廻さん、改めてありがとうございます」


 もう一度、深々とお辞儀をする国木田に顔を上げるように催促し、歩き始める。

 力仕事は苦手なのか、相変わらずヨロヨロと歩いてはいるが、先ほどまでよりはマシだ。

 近くに潜む怪異たちを牽制しながら、ポツポツと話始めた。


「越してきたばっかってことは、大変なんじゃ?」

「まぁ……色々と大変ではありますけど、凄く楽しいですよ。毎日、新鮮な気持ちで過ごせて」

「新鮮……そんな珍しいモンなんてあります? ここ」

「ありますよ! なんて言うんでしょう。場所が、と言うよりは……住んでる人たちみんな優しくて生き生きとしてて。とても素敵だなって。それが凄く新鮮で」

「ふーん……国木田さんって、人好きなんですか?」


 国木田は少し考える素振りを見せたあと、こくりと頷いた。


「そうですね。僕は人が好きですよ。この世界にはたくさんの人が居ますから。合う合わないはあるとしても、僕は色んな人と出会って、交流して、そしてその人を理解したいなって。そう思います」

「ふーん。理解っすか」

「…………僕、変なこと言いました……?」

「いや、良いと思いますよ、俺は。でも、どうしても理解することが出来ない相手が現れたらどうするんすか?」


 これは、単なる好奇心だった。

 人間を理解したい、と言った人間がもしも怪異と出会ったら。または、余程の狂人と出会ったら。普通と呼ばれる範疇から超えた存在と遭遇したら、一体どうなるのだろうか?

 国木田は「そうですね」と前置きを置いてから、


「もし、理解が出来ないのなら……それは僕の力不足なだけです。相手は何も悪くないですよ。それでも、僕はどうにかして理解したいと思いますけどね」


 随分と身勝手な言い分ですけど。

 そう言い苦笑いする国木田に、かける言葉が思いつかなかった。


「廻さんは? 廻さんは、この人こと理解出来ないな〜って思ったら、どうしますか?」

「え?」


 呆気に取られていると、国木田は「なんとなく、聞きたくて聞いちゃいました」と答えた。

 理解出来ない人間は、今まさに目の前に居る。監視のために接触し、会話を交わしているだけだ。それを抜きにこの男と関わりを持て、と言われたら俺は──


「…………分からないっすね。現に俺、国木田さんのこと理解出来ねぇなって思ってるから」

「ははは、まぁ……うん、ですよねぇ……。よく言われます」

「でも、分かんねぇことをそのままにするのって、なんかこう……気持ち悪いってのは分かります」


 なぜ、この男のことが気になるのか。なぜ、この男はここまで人間を好きだと、理解したいと公言するのか。なぜ、この男のことを眩しいと思ったのか。俺は漠然とだが、知りたくなった。

 このままにしておくのは、なんだかモヤモヤして気持ち悪い。なら、直接本人に答えを聞けば良いではないか。


「──教えてくれよ。正直、俺は人間が好きじゃない。だから、お前の言う人間の良さってやつを、俺に教えて」

「そう言うことならまず、僕たちが友達になるところから始めましょう。僕のことは、誠って呼んで。ね? 廻」


 空いている片手をこちらへ差し出す国木田の手を、恐る恐る取る。ぎゅっと握られた手は男にしては細いが、確かに暖かかった。


「……よろしく、誠」


 ──友達。人間の友達など、一体いつ振りだろうか。

 透は友達と言うには関係性が遠い。精々、店主と常連客、それ以上にはなれない。

 祈はそもそも化け物だし、宮司だって神だ。神社で働く人間たちは、同僚であって友達では無い。友達とは、なにをするものだったか?


「っと話に夢中になりすぎたね、ごめん。せっかく荷物持ってもらってるのに、僕ったら……! すぐに僕の家まで案内するね」

「お、おう」


 繋がれたままの手を引かれ、歩き始めた。

 アパートに着くまでの間、好きなものや嫌いなもの、好きな景色など他愛のない会話をしながら、深夜の道を歩いて行く。

 深夜はいつも独りだった。宮司と過ごすこともあるにはあるが、あの神はいつだって羽宮を優先して動く。

 それを嫌だとは思ったことはない。むしろ、そこまでしてこの町を守りたいと思う彼の在り方に、強い憧れもあった。俺もいつかは、そんな風に思える何かと出会ってみたいと、心の奥底では願っていた。出会える可能性は、低いけれど。

 ──まぁ、でも。独りよりはマシか。

 国木田の住むアパートは、少し年季の入った二階建てだった。

 二階の一室が国木田の部屋のようで、表札にはきちんと国木田と記されていた。

 国木田はボディバッグの中から鍵を取り出し、玄関を開ける。そこは、あまり広くはないが一人で暮らすには十分だろう。

 当然ではあるが、あまり物がある印象も受けない。ダンボールが山積みになっており、玄関にまで侵食していた。

 エコバッグを玄関に置くと国木田は、


「ここまでで大丈夫。あとはどうにかなるから。ありがとう、廻」

「おう。引っ越しの片付け、頑張れ」

「うん、ありがとう。なるべく早く終わるように務めるよ。後日、ちゃんとお礼がしたいんだけど……廻の連絡先を聞いても良い?」

「は? 礼とかいらねぇよ、つかなんで連絡先?」

「僕ら、もう友達だろ? それにお礼しないと僕の気が済まないし、人の良さを知る機会ってことで。ね?」


 スマートフォンを片手にそう告げる国木田に、俺は少し戸惑いつつもメッセージアプリを起動した。連絡先に登録しているのは、どう頑張っても両手で数えられるくらいだ。

 慣れない手つきで国木田を連絡先を交換し、そのまま国木田の部屋をあとにした。

 アパートの外階段を降りた瞬間、空気が変わった。怪異たちが、国木田を狙って殺気立っているのだろう。

 少し面倒くさいが、仕方がない。これも仕事だ。


「……悪いけど、あいつは鳩羽神社の監視対象だ。引け」

「それにしては、随分と親しげだったな。人間は嫌いだったろうに。我の記憶違いか?」


 怪異の言葉に、俺はすぐさま頷いた。


「嫌いだよ。あんな傲慢で自分勝手な生き物。でもまぁ──」


 スエットのズボンのポケットに両手を入れ、怪異が居るであろう方向を見た。


「俺のさ、トモダチらしいから。手ェ出すなよ」

「なら、斎刃境主命いみはやさかいぬしのみことに伝えておけ。我らは常に獲物を探していると。我らが手を下さなくとも、他が手を下すと思うがな」


 それだけ言って、怪異たちの気配は消え去った。

 ほっと胸を撫で下ろし、先ほどの自分の吐いた言葉に嘲笑した。


「……トモダチ、ねぇ」


 咄嗟に出た言葉に、自分でも驚いている。

 友達だと本当に思っているか、は分からない。だが、理解をする努力はしてみようと思う。せっかく監視を任されているのだから、長い人生の暇つぶしとして。

 あくびをしながら、国木田のアパートとは真反対の方向を目指して歩き始めた。

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