04.拝啓、むちゃくちゃな貴方へ【前編】
※人外描写、流血・暴力表現、死亡描写、一部BL的表現を含みます。
廻は激怒した。
かの怠惰で傲慢な土地神の横っ面を殴らねばならぬと決意した。
事務所の机に積まれた書類の山の前に貼られた付箋には「廻やっといて」と宮司の字と共に、下手くそな猫のイラストが添えられていた。
近頃、羽宮町の治安──特に、怪異関係で悪くなっているのは知っている。そのために宮司が駆けずり回っているのも、廻は知っている。
だが、それと事務仕事は別問題だ。土地神と宮司を兼任にしているのだから両方ともこなせ、と思わなくもないが、これが彼なりの甘えであることも廻は分かっている。
正直、頼られて嬉しい気持ちもあるが、量を考えて欲しい気持ちの方が強かった。
「はぁ……やるかぁ……」
事務机に向かい、一番上の書類を一枚見やる。
軽く内容を確認するが、確実に宮司がやった方が良いことだけは分かった。
ため息をつきながら、書類仕事すること数時間。そろそろ休憩するかと書類から目を離すと、微かに社務所の方で人の声が聞こえてきた。
雰囲気からして二人が会話しているようだが、なにやら様子が可笑しい。
息抜きがてら社務所の玄関へと向かえば、そこには最近入ってきたばかりの新人の巫女が、喫茶店『シェーズ』の看板娘、古賀祈と軽い言い争いをしていた。
「ですから、宮司は今大変忙しく──」
「それは分かってるの! でも一大事だから一分でも良いから会わせてって……めぐちゃん!」
「えっ!? 廻さん!? すみません、お忙しいのに。この子にはすぐに帰るように伝えますので……」
二人とも突然後ろに現れた廻に対して、救いを求める表情を向けた。
廻は巫女の隣に立ち、祈を紹介するように左手を差し出した。
「ああ、ごめんな。入ったばかりでちゃんと説明してなかった俺の落ち度だわ。この子が宮司に会いたいつったら、どんな状況でも通してあげて。宮司さんもそれを了承してるから」
「そう……なんですか?」
「そう言う『約束』なんだってさ。ここは俺に任せてくれて良いから。他の仕事あるだろ?」
「は、はい。ありがとうございます、廻さん。それと……君もごめんね」
頭を下げ、巫女はパタパタと雪駄の音を響かせながら境内の掃除へと戻って行った。
廻が改めて祈を見れば、祈は少し呆れたように腕を組んだ。
「新人教育はきちんとすることね」
「それは俺がわるーございました。んで、宮司さんに用があんだよな? 今なら……本殿中に居るだろうから、連れてく。多分だけど、俺も居た方が良い話だろ?」
「うーん、まぁ居てくれた方が良いかも。あたしたち喧嘩するし、絶対」
絶対、と言い切る祈に廻は苦笑いを浮かべながら「んじゃ、行くぞ」と歩き始めた。
本殿に辿り着き、御扉に手を掛ける。本来閉ざされているはずの鍵は掛かってはおらず、簡単に本殿の御扉は開いた。
本殿の中は、御神体である一振りの太刀だけが飾られており、それ以外はなにもない殺風景な場所だ。
開いた音に気付いたのか、中で御扉に背を向けて胡座をかいていた宮司は、顔だけを二人に向け祈を視界に入れた瞬間「げっ」と声を上げた。
「『げっ』てなにかしら? 土地神さま? あたしが来た理由、分かっているわよね?」
「やだな〜俺は土地神の仕事をちゃーんとしてるよ、ただ最近数が多いだけで」
「あなたが討ち漏らした雑魚が万が一、旦那さまを狙うようなことがあったらどうしてくれるわけ!? その時はあなたの首掻っ切るんだからね!!」
「じゃあ、祈が雑魚を殺せば良いだろ。君が負けるわけないんだから。それこそ、大切な旦那さまの安全のために」
「旦那さまの前でそんなはしたない真似が出来るわけないでしょ!! おばか!!」
「はぁ!? 夜やれば良いでしょ!? 怪異は大半が丑三つ時の方が元気なんだから!」
「深夜にこんな可愛い女の子を一人で出歩かせるつもり!? まず旦那さまが心配して、深夜に外出が出来ないってのが分からないの!? ほんっとうにデリカシーないんだから!」
方や面倒くさそうに座りながら、方や仁王立ちで怒りを露わにしている二人の言い合いを聞きながら、廻は静かに御扉を閉じた。
宮司と祈が会うと、高確率でこのような口喧嘩が始まる。喫茶店内では店主の透のことを立てそうでもないのだが、鳩羽神社が舞台となると話が違う。
今はまだ可愛い方だが、場合によっては本当に手が出るため、毎回止めるのに文字通り骨が折れる。
内心、早く終わらないかな、と思いながら廻は口を開いた。
「んでも実際、最近血の気の多い怪異が多いっすよね。なんでです?」
「あ〜なんか、魂が高潔な子が引っ越して来たみたいで、それに釣られて他所の怪異が羽宮に来たみたい。全くあの子、今まで良く無事だったなって感じ」
「……どこまで分かってるのかしら?」
「え〜っと、確か……名前は国木田誠。二十三歳、黒髪黒目の男性。住所は〜……」
宮司は白衣の懐からメモ帳とペンを取り出し、スラスラと住所を書いていく。
書かれている住所は鳩羽神社から見てちょうど駅を挟んで向かい側だ。駅からもそこまで遠くない、利便性の高いアパートに住んでいるようだった。
「え? なんで分かるんすか? ……もしかして、ストーカー…………?」
「いやね、俺は仮にも神様なんだって。口に出してなくても、俺に対して祈ってることは分かるの。国木田くん、祈る前に個人情報を全部言うから流石にびっくりして覚えちゃったよ」
「…………個人情報保護法って知ってる?」
「知ってるって!! ま、そんなわけで危なっかしそうだし、監視も必要そうだから、廻よろしくね」
「はぁ!? 俺ェ!?」
自らを指差し、驚く廻を他所目に宮司はうんうんと首を縦に振った。
祈も少し考える素振りを見せ、考えがまとまったのか、こくりと頷く。
「まぁ、あたしたちよりめぐちゃんの方が自然ね」
「でしょ?」
「あのー……ちなみに、俺の決定権って……?」
手を挙げ、恐る恐る廻が言えば、宮司と祈は二人揃って「ない!」と元気よく返事をした。
──本当にこう言う時だけ仲が良いってなんなんだよ……!
「あー! もう!! 分かりました!! やりゃあ良いんでしょ、やりゃあ!!」
「ありがとう。流石に神社へのお願いが『この町に馴染めますように』って言う子だからさ、放っておけなくて」
「……接触方法とかは問わない、で良いんすよね?」
「良いよ、全部廻に一任する」
宮司の言葉に廻は静かに頷き、そして宮司の腕を掴んだ。
掴まれた宮司は不思議そうに廻を見つめ、廻は宮司の目をはっきりと見ながら、
「分かりました。じゃあ書類仕事、してくれますよね?」
と告げた。
「それとこれとは……別問題じゃない?」
「いいえ、一緒です。等価交換ってやつですから、絶対に! やって貰いますからね!」
「え〜? めぐちゃんに仕事を押し付けてるの? サイテー!」
「分かった分かった、やるよ、もう。俺が書類仕事苦手なの知ってる癖に」
「残念。俺は元々、読み書きすら出来なかったんすよ。観念してやってください」
宮司はやる気のない返事をしてから立ち上がり、廻にすれ違い様に肩を軽く叩いた。
「廻は意地張ってないで、羽宮に居るならちゃあんと、人間と関わろうね」
「……程々の距離感で、入れ込みすぎない。それが俺のモットーなんで」
人間と関わって、散々な目に遭って来た。
神域に迷い込んだ廻を拾い、受け入れてくれた宮司の恩に報いたい気持ちもあるが、あまり人間とは関わりたくない。出来れば、怪異とだけ関わりたい、と言うのが廻の本音だった。
しかし、宮司からの頼みとあれば聞くしかない。やりたくない仕事だが、すぐに終わる楽なものだろう。そう割り切るしかない。
「……それならそれで良いよ。んで、祈。もう用事は済んだ?」
「ええ。取り敢えず、今回の件が済むまで出禁ってことだけ決まったわ」
「はあ!? じゃあどこでコーヒー飲めば良いわけ!?」
「適当なチェーン店にでも行けば?」
そう言い放ち、祈は我が物顔で御扉を開けて本殿から出た。
本殿からは「今月の季節のタルト、凄い楽しみにしてたんだけど!?」と言う宮司の嘆きが聞こえて来たが、これは身から出た錆と言うやつだろう。
廻も宮司の腕を離し一言だけ声を掛け、本殿を出た。
宮司はこのまま本殿に残るらしく、出て来る気配が一向にない。
この時間帯は神様らしくこの町を守るために祈りを捧げている、と聞いたことがあるため、咎めるつもりはないのだが。
先に社務所に戻ろうと境内を歩くと、少し先で祈が廻を待っていた。
「? どうしたの、祈」
「めぐちゃんはさ、まだ人間のこと……怖い?」
「あ〜……怖いって言うか、俺たちって正体がバレたら怯えられたり、拒絶されたりする存在じゃん? なら最初から近付かない方が俺が傷付かなくて済むからさ」
「……それを怖いって言うと思うんだけどな〜……」
「そうとも言うかもな〜。俺は穏やかに過ごしたいからさ」
そう言うどこか諦めた表情を浮かべる廻の横顔を見つめ、祈は少し寂しそうな顔をした。
「でもめぐちゃんには、幸せになって欲しいのよ。……化け物からそんなこと言われても困るだろうけど」
「なぁに言ってんだよ、俺は今でも十分幸せだよ。宮司さんも祈も、透さんだって居るし」
宮司も祈も、自分と同じ時間を歩んでくれる。
透には事情を話してはいないが、常連の『廻』として受け入れてくれる。
それだけで、廻は救われるのだ。これ以上、なにを望めば良いのか廻には分からなかった。
「鳥居の向こうまで送ろうか?」
「ううん、忙しいんでしょ? 一人で帰れるから平気。めぐちゃん、あたし宮司のことは嫌いだけど、めぐちゃんのことは大好きだから。忘れないでね」
それだけ言うと、祈は廻に手を振ってから境内の奥へと帰って行った。
「大好き、ね」
友愛を向けられたのは、一体いつ振りだろうか。思い出そうと思えばいくらでも思い出せるが、虚しくなるだけでしたことはない。
──過去が廻を慰めたことは、一度もないのだから。




