ハルジオン・後
数年後、僕はひたすら勉学と白騎士としての仕事を熟していた。そして何が一番辛いかと言うと白騎士として記憶を継承した事だった。それは自分から子供らしさを早くに奪う事になった。
帝国の情報を牛耳るという事は、陰の部分も同時に治めなければならない。特に貴族の裏の顔の知るにつれて、人を信じられなくなっていった。
「はあ、やってられない」
「何がやってられないの?」
いきなり降ってきた声に、思わず横たえていた身を起こす。ここは皇宮の庭園で誰もが入って来れる場所じゃないので、独りになりたい時はよくここで休んでいた。
目が合ったのは自分の半分ほどの背丈の少女だった。そしてこの場所で出会ったという事と服装で、すぐに見当がつく。
「王女様にご挨拶申し上げます」
会った事はないが報告としては入ってくるので知っている。身をかがめて小さな少女に頭を下げる。幼い少女はじっとこちらを見ながら首を傾げる。
「お前、この前拾った狼の子のよう」
「はい?」
何を言っているかわからないが、とりあえず笑顔のまま頷く。王女はよく生物を拾って来ては侍女たちを驚かしているので、その類の話だろう。
「餌をもらう時は側に寄って来るのに、寝る時は絶対見つからないように隠れるの。私を信用してない所がよく似ている」
…子供の感は鋭いな
ハルはあれからシーラの血に纏わる人間に極力会いたくはなかった。尤もらしい言い訳で先代騎士達を蔑ろにする帝国も、同じように従わなければならない次代の騎士達にも好意は全く抱けなかったからだ。すると、頭の上にするりと何かが触れて、一瞬身体が硬直する。
「王女は膝を折ってはいけないらしいから…。騎士と女王は絶対の理解者なのだと母に教えてもらった。だから私は敵ではない味方だよ、ずっと」
まるで懐かない獣に接するように、彼女は自分の頭を撫で続けた。それを嫌がらずに受け続けたのは、単に階級の違いというだけではない気がした。
それから、たまに話しかけてくるミアの相手をするようになった。幼いながらも稚拙な会話にはならず不思議と気が合うのは、彼女の気立ての良さもあるのかもしれない。
「色騎士でも表向きはあまり好意を見せてはいないのですって。共謀?策謀?を疑われないようにしなさいって」
「王女は難しい言葉を知ってるんだね、偉い偉い」
「また馬鹿にしているでしょう?私だってもうすぐ儀式を終えたら女王になるのよ、子供じゃないわ」
「もう?女王は危ないのか」
彼女の母親が長くないとは聞いていたが、まだ青騎士や黒騎士の次代とも顔合わせはしていない。それなのに儀式は早すぎるのではないかと思った。彼女には出来るだけ自由な子供時代を過ごしてほしかった。
「…もし嫌なら、僕が何としても止めてあげる。君が願うのなら」
「どうして?私は今更、自分の使命から逃れようなんて思わないわ。大丈夫、何も変わらないわ」
そうなのだろうか
不安を感じながらも、自分が持てる手段の少なさにただ落ち込んだ。今、彼女を止める為の言葉も、信じてもらえる自信も何も持ち合わせてないのだから。
そうしてミアの儀式後、ミルゼベルクの青騎士アレリアが城にやってきた。
一見何も変わった様子もなかったミアは、リアがやってきてから少しずつ変化が見られた。元々人懐こい性格ではあったが、彼女に対する執着はかなり違って見えた。
…僕はそれを知ってる
苦い過去の実体験を思い出しながら、それに支配されているミアを見るのが辛かった。同時に実直だった彼女が変わっていくのが悲しかった。
あの子が壊れていく
自分の意思で生きれない事は、生きていると言えるのだろうか。
自分を味方だと言ってくれたミアは、どこにいってしまったのだろう。
何が悪いのか、どこから間違ってしまったのか、誰かのせいにしなくては耐えられなかった。
その矛先はどうしてもアレリアになってしまう。
見る度に、まだ幼いリアなら自分でもどうにか出来ると想像してしまう。
「どうしたの、ハル?」
そして何の疑いもなくこちらを見てくる無垢なリアを見て、自己嫌悪に陥る。
知らないのは罪だが、それは僕らが意図的に隠しているからだ。
本当はわかっている、リアは悪くない。
それにリアに手を出したら、ミアは僕を許さないだろう。一生僕を憎んでくれるのならそれもある種の幸福だが、僕はミアの側にいたかった。
リアを殺したくないのか、ミアに嫌われたくないのか。
自分の為に生きるという事はなんて傲慢なんだろう。
何もしていないのに、自分だけが汚れていくようだった。
「私はこの国を出たいの」
転機はリアの言い出した言葉からだった。そういえば、シーラの血は帝国に留まろうとしないんだったか。だから世代の女王は、全ての土地を帝国領にしようと戦争に明け暮れているんだけどね。
「君が勝手に付いてくる分には干渉しない」
「ありがとうハル!」
こちらこそ、ごめんねリア
君のせいだとは思わない、ミアの為にとも二度と言わない、僕は自分の為にあの子を取り戻したいんだ
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話が終わると、ハルはアレリアの方を見て微笑んでいた。やっと重荷を下ろせたような、そんな清々しさすら感じる。
「終わりだよ。軽蔑した?」
一緒に聞いていたラエルは何も言わない。ここで口を挟む資格は部外者の自分にはないと思っているのだろう。しばらく黙ったまま静かな時間が過ぎると、今度はアレリアが口を開いた。
「昔ね、自分の為に生きて自分の為に死ぬ事が、自分勝手な卑怯者だと言った人がいたの。けれど私は自分の為に生きる事は卑怯じゃないと思う。軽蔑なんかしないよ」
人には優先順位があるから。他人よりも身近な人間を大切に思うのは当たり前だし、時にそれは自分かもしれない。ハルにとって、自分よりもミアの方が大事だったという事だ。強いては帝国の為に、一番憎まれる役を買って出てくれただけだ。
きっと私でも、シーラはいらないと思うから
「話してくれてありがとう、ハル。これで確信できたよ」
「リア…?」
予想外の答えだったのか、ハルが不思議そうにこちらを見てくる。
「ミアとジルをこの場に呼んでくれる?」
それを聞いて、少し顔を曇らせたハルはわかりやすく動揺した。今までの事をミアに共有して欲しくないのだろう。
「大丈夫だよ、ハル。ちゃんと終わらせてあげる」
アレリアはハルと視線を逸らさずに告げる。どこか不安そうなハルだったが、けれどここまで来たら覚悟を決めたのか了承してくれた。ハル自ら呼びに行ってくれている間、アレリアはラエルと二人きりになる。
「おい、大丈夫なのか?」
「…うん。だからラエルに頼みたい事があるの、願いを叶えてくれるって言ったの覚えてる?」
「覚えてるけど」
これはハルに頼んじゃダメだから
アレリアは抱き着く様に、ラエルの耳元に顔を寄せた。
「おわ!?」
「ここはハルの私室だから、聞かれている可能性もあるから」
「お、おお…?」
「…、…」
最初少し顔を赤らめていたラエルは、アレリアの話を聞いて徐々に眉間に皺が寄って行き、最後は驚愕の表情で目の前の人物を見つめた。
「は…?本気か?そんなの出来るわけないだろ」
「きっとそれしかないからね、以前教国で神託を受けた言葉が今は納得できる気がする」
「神託…?はっそんなに当たるもんなら俺もきいときゃよかったぜ」
その時、勢いよく扉が開いてミアが飛び込んできた。そしてアレリアに駆け寄って抱きしめてくる。
「リア…!ああ、どこに行っていたの?急にいなくなったけど、ハルは心配ないと言うし」
「ジルは、リアがいなくなっていつの間にか消えたそうだ。アイツの事だから、また単独行動してリアを探しているんだろうね」
ミアの後ろからハルが困ったような顔で説明してくれる。
「みんな下がれ」
全員が揃ったのを見てラエルが声を張り上げた。ちょうどアレリアをバルコニーの方へ、ミア達を扉の方へ分ける様に間に入り、そして剣を抜いた。




