さよならの後に
ラエルが剣を向けた瞬間、ミアがこちらに駆けようとして思い留まる。なぜならここはハルの私室であり、女王であろうと魔法が使えない仕様になっている。西での暗殺者対策は、物理は警備で何となるが魔法は防ぐ方法が限られているからだ。
部屋の主人なら何かしら手段は持ってるだろうけど
けれどハルはきっと邪魔はしないだろうと思った。彼からしたら、この展開は好都合だから。
「何のつもり?アンタはリアの従者でしょう!?」
「従者じゃねえ!」
仲間とは言いたくないミアの言葉を流して、ラエルはバルコニーに移動したアレリアに近づき剣を向けた。
「ミア、危ないからダメだよ」
「話しなさいハル!あの子が…!」
ハルがミアの安全を確保するように、出来るだけラエルから距離をとろうと後ろから身体を抑える。やはり、ハルは現状を静観する事に徹するようだ。それを見計らったように、ラエルがアレリアの方に向き直る。
お互い言葉はなく、しばらく視線だけを交わした。そしてふっとアレリアが笑うと、ラエルがため息を吐きながら顔を歪めた。
「長い旅だったね」
「短けえよ。けど、色々あり過ぎたな」
まるでいつもの道中で世間話をするかのように話しだす。それが別れの儀式のように。
「さっき言ってた事、それを俺にやれって言うんだよな。酷い奴だな」
「ハルを悪者にはさせられない。ずっとミアの側にいて欲しいからね」
「俺は悪者かよ」
「ミア達は大事だから助けたい、けど…ラエルは大事だから助けて欲しい。ごめんね」
二つは同じ言葉だが、違う意味で言った事に気付いただろうか?どちらでもいいと思ったが、どことなくラエルの表情が驚いているようにも見えた。そして柔らかく笑った。
「いいよ。一緒に地獄に落ちてやるよ」
そしてアレリアに向かって剣を構え、そのまま突き進んだ。ミアの絶叫がとても遠くに聞こえると同時に、剣はアレリアの心臓を突き抜けたが、痛みよりもラエルに抱きしめられた体温の熱さに意識を奪われた。そのまま二人はバルコニーから深い森の中に転落した。
暗い闇の中で目を覚ますと、幼い頃のミアやハルがいた。ジルもぶっきらぼうな表情で後ろからついていく。けれどそこにアレリアはいなかった。自分がいなくても皆笑っている、幸せそうに。
それが悲しくて、けれどどこか嬉しかった。とても自由な私のいない世界。
ハルが優しそうにミアを見つめ、手を取る。
いいなあ…
どうしてそう思うかわからないが、ふとそう思った。
たったひとつでいい、たったひとりでいい。ただ、独りは寂しい。
するりと何か顔に当たる感触がした。
「アレリア」
そして自分の名を呼ぶ声。
暗闇の中に光が差し込んだと思ったら、それは現実の陽の光だった。目を開けると、森の木々に囲まれた場所に、ラエルが半裸でこちらを見下ろしていた。
「…なんで、裸なの」
「第一声がそれかよ。あの高さから落ちてこれくらいで済んだのは奇跡だろ」
よく見ると、ラエルの身体は所々傷ついて服を包帯代わりに巻いていた。自分も節々が痛いが、目立った傷がないのはラエルが守ってくれたのだろう。ぼうっと森を見上げていると、徐々に記憶が蘇っていく。
私…
「!?」
勢いよく起き上がって、自分の胸元に手を当てる。確かに刺されたはずだ、けれどどこにも傷はなかった。
「どうして?」
「ああ、ここは天国じゃねえよ」
アレリアの行動を把握したラエルは、静かに話し出すと同時に剣を取り出す。
「これ、覚えているか?」
「剣…だよね?あ、でもなんか見たことあるような?」
「そ、俺が教国でもらったやつだよ」
あのボロクソにいってたやつね
「けど、そんなことあるの?私は確かに剣に貫かれたのに…?ラエルは、私の意を汲んで実行してくれたんだよね?」
アレリアはラエルが断れないのを知っていた。彼は誰かの為にいつも動いてくれる、それがどんな願いでもきっと本心からなら叶えてくれるだろうと思っていた。
「ああ、お前の願いは俺が叶えるって約束したからな、それに少し嬉しかった」
「嬉しかった?」
「お前はずっと大切な人間は助けたい、そんな事ばかり言ってたのに、俺には助けて欲しいて言ったじゃん。共に罪を被って共犯になって欲しいと」
「…ごめん」
「いや、謝って欲しいんじゃなくて…共に幸せになりたいって台詞はよくあるが、共に不幸になって欲しいってかなり特別な想いがなければ成立しないだろ。なんかそれが、俺だけ特別だって事みたいで…」
最後はごにょごにょ言ってよく聞こえなかったが、アレリアからしたらラエルを巻き込んだだけだ。けれど殺されるなら、最後はラエルが良かったと強く思ったのも事実だった。
シーラの呪縛から解き放つには、主が死ななければいけない。ハルの話を聞いて確信したアレリアは、ラエルに残酷な頼みごとをしたのだ。
「けど…どうしてかな。死んでほしくないと思ったんだろうな。そういう意味では、剣の方が正直だった。実はそんな意図もあってこの剣を使ったんだけどな、普通の剣じゃお前を刺せなかったかもしれない」
そしてはっと神官の言葉を思い出す。確か斬れる時と、斬れない時があるとラエルが言っていたのを。
“聖剣は持ち主の心を反映してくれるものです。退魔の剣は悪を払うと同時に、正義の剣でもあります。もし問題があるならば、それは剣のせいではなく、貴方自身の心の在りようでしょう。貴方は斬れないのではなく、斬りたくなかったのではないですか?”
剣は本当に斬りたくない者は斬れない。ラエルが強くそう思ったからこそ、それを剣が叶えアレリアは死ななかった。
「ラエルは私に生きてて欲しかった…?」
「ああ、お前の願いを叶えてやりたいと同時に、俺自身も願った。その矛盾で結局お前の願いは相殺させちまったようだ、ごめんな」
死にたいわけではなかった、自分の命は大事に思っている。だからこそ、大事な物を自分の意思で、大切な人たちにあげたかったのだ。どう生きるか、と言われて自分で決めれるなら。
「ううん、私も本当は死にたくなんてなかった。生きたい、生きて色んなものを見たい」
「生きるのに理由なんかいらねーよ。自分の人生の責任をとれるなら、何をしたっていいんだよ」
中途半端に起こした身体をラエルが支えてくれる。
「とりあえずどこ行くか、もう帝国には帰れんのだろ?俺もアセノーには思い出が多すぎるしな。でもルイには会って行かないとうるさそうだ」
その言葉に、アレリアがきょとんとした顔をすると、ラエルが首を傾げた。
「なんだよ?」
「いや、なんかラエルも一緒に行くような雰囲気だから」
「はっ!?お前、俺を捨てる気か!?あれだけ俺を酷使しといて用済みなんかよ!」
「ちょっ変な事言わないでよね!?」
なんだか痴話喧嘩のようになり、妙な気分になってくる。つまり、アレリアのこれからの旅はラエルと一緒という事だ。
「まあ、お互い西はしばらく離れた方がいいだろう。東に行くか」
「そうだね。姿を見られるのは困るから…。もう一度公国には行きたいな、何も言えずに出て行ってしまったから」
帝国にいるアレリアの大事な人たちを思い浮かべ、シーラなんて頼らなくても新しい国を作って行けるだろうと思う。むしろそれが正しい国の在り方で、いつまでも不変の国という方がおかしいのだ。二度と会えないのはやはり辛いけれど。
そして落ち着いたら、師匠の家族を探してみたい。東でも弓術の師範はそういないので、いつか辿り着けるかもしれない。
「あーでもジルとはどこかで会いそうな気がする。あの場にいなかったからなあ」
「そうか、そういえば最初に会った時も東だったな」
「うん。けどジルなら大丈夫な気もする。ヘルシェベルクはシーラの影響が一番薄い家門みたいだからね。黒騎士は代々結婚もしているし」
「うーん、あれも大概に見えたが…まあ、ともかく行こうぜ」
そうしてラエルの差し出してくれた手をとって立ち上がる。
最初は独りだった、途中で四人になったが今は二人だ。ただ、あの時と違うのは不安な気持ちはないという事。
共に幸せにも不幸にもなりたい人の手を握って、再び東への旅に足を踏み出した。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
恋愛要素はいきなり恋愛脳に陥る展開も唐突過ぎるので淡い感じに終えました。
もう少し距離感を縮めた後日談でも書くか悩み中です。




