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ハルジオン・前

今回はハル視点のお話です

僕は帝国の三大家門の一つ、アーテルベルグ直系の次男として生まれた。

裕福な暮らし、白騎士になるという名誉ある未来、全てを持っていると幼い頃は思っていた。


ある日領主である父親が亡くなった。兄はまだ後継者教育を終えていない歳で、中継ぎの領主が必要だった。


「私と再婚して下さらないかしら?このままだと傍系の叔父が領主になりそうなの。そうなると叔父はきっと自分の息子を跡継ぎにしようとするはずよ。貴方だって尊敬する兄の座をその血を受け継ぐ息子に譲りたいでしょう?」

「私は白騎士です」

「そう長い間ではないわ。夫人である私が殆どの雑務はこなせるから、貴方はこの子が大きくなるまで兼任してくれればいいの」


自分の叔父である白騎士はとても優美な容姿をしており、多くの女性を魅了していたがずっと独身だった。その魅了された女性に母も入っていたのだと気付いたのはずっと後の事だった。そして叔父は僕らの義理の父親になった。


「義父様」

「無理してその名を呼ぶ必要はありませんよ」


形だけの領主になった叔父は、僕らとあまり関係を深めようとはしなかった。母にも同じく興味はないようで、白騎士として城に勤めて殆ど顔を合わせる事はなかった。

その後、次代の白騎士としての教育の為、城に赴く様になって叔父がどんな人なのか目の当たりにする事になる。勤勉、冷静、ほとんど表情を崩さない彼は、同じ騎士の集まりでは少し柔らかい顔をするのがわかった。特にミルゼベルクの青騎士の女性には心を許しているようにみえる。


あの人が好きなんだな


けれど帝国では、家門を超えた婚姻は許されない。それを裏付けるように、ミルゼベルクの女性は後に皇族と結婚して子供を産んだ。幼い自分は、ふと言わなくてもいい事を言ってしまった事がある。


「白騎士様は…結婚はされないのですか?その、恋人とか」


血族婚をしなければいけない為、愛のない結婚も多かった。その為、好きな相手とは結婚はせずに綺麗に言えば恋人、実際は愛人として会う男性貴族も珍しくなかった。


「貴方も白騎士になったらわかるでしょう」


そう言った叔父の表情が忘れられない。悲哀に満ちた表情、それは憐憫だったのかもしれない。けれど当時の自分はなぜそんな風に思われるのかわからなかった。


その言葉はすぐにわかる事になった。


白騎士と青騎士が事故にあい、叔父は亡くなりミルゼベルクの女性は重体だった。そしてすぐに長老会に呼ばれ、白騎士としての就任式を行うと言われた。少し早いが白騎士としての役目をあけておく事は出来ないという上の判断だった。


「アーテルベルグは呪われているな、領主に続き騎士までも早世とは。けれど時代の女王はまだ早すぎる」


女王?そういえばミルゼベルクの女性と同時期に、女王の子供も生まれたんだったか


「幸いにもまだ青騎士は生きています。そちらの血でよろしいかと」


血…?


何を言っているのかわからないまま、小さな杯が渡される。その中に少量入ってる赤い液体を見て、強い錆の匂いに少し顔を歪める。血だとわかったがそのまま飲めといわれ、少し躊躇った後に一気に飲んだ。そしてそのまま意識を失った。


ああ、そうか


アーテルベルグは歴史の番人、白騎士になるという事は初代白騎士からの記憶を受け継いでいくという事だった。それは失われた魔法の記憶、様々な古代文明の歴史、そして帝国にしか残っていない希少な儀式のやり方。どれも書物では残せないものをアーテルベルグの白騎士が頭の中で継承していく。その中で最も重要なのは、女王と三大家門の血の歴史。


帝国の歴史には皇族と結ばれたシーラがいた。

彼女の血は帝国をより大きなものにした、特にヘルシェベルク、アーテルベルグ、ミルゼベルクの三貴族は眷属として強大な能力を手に入れた。

女王はシーラの血を色濃く残すために皇族と子を成したが、純血でない為その血の能力は失われた。いや、失われたと思った。

けれど血を分け与えられた家門の血筋に限り、一世代にひとりだけ眷属として覚醒する事ができた。まさに隆盛の時代の再来のように、栄華を手にするための生贄のように。


なぜ、強大な力を手に出来るのに生贄のように思ったか。それは目覚めてすぐに感じた感情が尋常じゃなかったからだ。今までミルゼベルクの青騎士の事は、叔父である白騎士の想い人くらいの認識しかなかった。見た目は派手さもなく騎士にしては大人しい方だと思っていたくらいだ。


けれどなぜだろう、この気持ちは。名も知らない方なのに、母のような姉のような、焦がれる恋のような、守らなければいけない唯一の人だと強く感じるからだ。臥せっている彼女の側にいれば、二度と離れがたい心境に陥る。その様子を、たまに目を開けたミルゼベルクの女性は悲しそうに見つめていた。


これは叔父の記憶だ


叔父は彼女が好きだった、今の自分と同じように。そして逃げたいと言った彼女の、国を出る手助けをして共に追い詰められ崖から落ちたのだ。女王が国を出たいのは故郷に帰りたいシーラの血が騒ぐのだろうか。


そんなの許せるわけないだろう


なぜ叔父はそんな愚かな事をしたのだろう、彼女がいなくなるなんて夢にも思えないのに。その時は本気でそう思っていたし、おかしいとさえ思わなかった。


その後ミルゼベルクの女性は後遺症で亡くなり、現女王の嘆きは酷かった。自分も暗い夜を何度か超えた後に、彼女が亡くなった事を受け入れた途端に心が軽くなった。正確に言えば、慕う気持ちが全くなくなったわけではないが、自身の心を囚えていた鎖がほどけ正気に戻ったというべきか。


これがシーラの…


この感情は理屈では抗えないのだと思った。能力と引き換えに強制的に屈服させる事ができる驚異の民族、そしてその運命を数人の子供に背負わせる事で存続する帝国、これからも犠牲になる子供達を考えると、全てが気持ち悪かった。


これは間違っているだろう


いや、わかっていたのかもしれない。とても可哀想な目で僕を見ていた青騎士、帝国の決まりを破り運命に抗おうとした白騎士、彼らはシーラの眷属ではなく、人として生きたかったのかもしれない。まだ逃れられない女王と黒騎士を残して。


そして同時に叔父はそんな想いにずっと苦しんでいたのだと気付いた。自分も彼が彼女を思っていた気持ちが血によるものだと、そんな汚れたものだと思いたくなかった。


貴方は今、愛する人と笑えているだろうか


こんな思いをする人間がこれからも続いていくのだろう。

けれど現状、自分がどうにかできる事ではない。特に家門は直系の人間を差し出しているが、次男が逃げれば三男が犠牲になるだけだ。根本的な解決にはならない。


ならば、シーラの血筋か


女帝もまた、世代にひとりだけだった。いつだって頂点に君臨する者はたったひとりだ。その者の血を絶やせば終わるのでは?

けれど女帝はミルゼベルクが生まれた時から手厚く保護し、城に来てからは皇族が常に近くにいたはずだ。


まだ早い、何をするにも僕がもっと家門の力をつける必要がある


今までも帝国の現状に不満を覚えた貴族が、反旗を翻す事がなかったわけではなかった。けれどいつも女王に忠実な特別な能力を持った三大家門がいたから、抗えなかったのだ。そのひとつである白騎士が裏切るなど誰が思うだろう。


きっと、そう思えるのは僕の主がもういないからだ


生まれた次世代の青騎士は自分の主ではない。だからこそ、今しかないとも思える。けれど、まだ実行するか本当は迷っている。それが本当に良い事なのか、現状を変えたいのは自分だけで、帝国の誰もが満足しているのだったら?


正直数人の犠牲で大多数が幸福になるなら…、そう考えると何が正しいのかわからなくなる。犠牲と言っても死ぬわけでもない、能力と引き換えに心を囚われるだけだ。考えれば考えるだけ答えは出てこなかった。


けれどそれを確信に変えてくれるのは、ある少女との出会いがあったからだ。

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