仲間
アレリアは少年と別れて森の中を歩き出した。彼が言うにはこの道をまっすぐにいけば大通りに出られるだろうとの事だったが…?
「道はどこ…?!」
どう見てもわかりやすい道はなく、所々に獣道が見えるくらいだ。早々に道に迷ってアレリアは途方に暮れる。空を見上げると太陽の位置でなんとなく方角がわかる気もするが、西ならともかく東は場所がさっぱりだった。
確か、公国に行くまでは周りに森の多い小国が多かった。そこら辺かな?
何となくあたりを付けてとりあえず進む。こんな所で日が暮れて野宿するする方が危ない。それに西に帰る前にどこかの街にでも寄りたいと思っている。
旅券がないから入国は無理そうだけど、街ならいけるよね。とりあえずお金は…着てるものを売るかな
一人で戻ってもまたハルに捕まってしまうので、何の準備もなしに西には戻れない。まずハルの暗殺者対策に護衛を雇いたかった。ハルも私兵を使わずに外部の者を雇ったのは、大事にしてミア達に知られたくなかったからだ。ならば、また襲われるとしてもそんなに大人数で来ることはないだろう。
腕に自信がある傭兵が一人は欲しいな
そんな事を思っていると、すでに昼は過ぎてしまったようだ。空腹よりも喉の渇きが限界で自然と水のある場所を求める様に進んだ。途中、小さな湧水を見つけた。
はー生き返る
一休みしていたら、水を求めて小さな野生生物が集まって来る。ここは動物たちの休憩場所なのかなと和んでいたら、ガサガサと大きな生物が動く音がした。
「!?」
「は?」
そこに現れた人物に目を丸くする。腰に二本の剣を差し、軽装の旅人姿をしたラエルだった。
なんで?!
思わず後ずさると、ラエルの方も信じられないものを見たように固まる。
「え?なんでラエルが西大陸の近くにいるの?」
「…西?ここは公国から一日も離れてない東のど真ん中だぞ」
なんと、西に進んでいたと思ったら逆に東の中心部に向かっていたようだ。あまりの間抜けさに両手で顔を覆った。何より、どんな顔でラエルと会っていいかわからない。逃げたい。
そろそろと後退すると、ラエルが待てと言って引き留める。
「日が暮れたら夜の森は洒落にならなくなる。西に行きたいんだろ?とりあえず街道に出るから付いてこい」
アレリアはここで意地を張れるような自信は何一つなかったので、力なく従った。道中、二人の間に会話はなかった。やっと大きな街道に出ると日が暮れかけていたので、ラエルが地図を広げて近くの簡易宿を探そうとする。
「えーと、ありがとう。助かっ…」
お礼を言って去ろうとすると、服の裾を無言で捕まれた。
「逃がさねえよ。話す事がたんまりあるだろ」
うう…
その後宿に入って、テーブルを挟んで向かい合わせに座った。しばらく会話はなく、気まずい雰囲気が漂う。大きなため息が聞こえたと思ったら、ラエルの方が先に口を開いた。
「お互い言いたい事あるだろうが、俺から話す。結論からな、俺はお前を恨んでいない」
「……え?」
だから逃げるなというように、ラエルはこちらと目線を合わせた。アレリアの方はあんな憎まれるような別れ方をしたのに、ラエルは何を言っているのかと目を丸くした。それだけの事を覚悟して言ったと思っている。
「あん時は俺もまだ動揺してちゃんと考えられなかったから、本音言うと少しお前を疑ったりした。けどさ、あのジークが生死を他人に任せるような終わり方はしねえだろ。特に俺やお前が出し抜けるほどジークが間抜けじゃないのは、俺がよく知ってる。生きるにしろ、死ぬにしろ、それはきっとジークの意志だ。誰のせいでもない…お前があんな物言いしたのは、俺のせいだろ?」
まさかラエルがそこまで考えているとは思わなかった。自分の事で精一杯の時でも、他人の気持ちを気にかけられる彼だからだろうか。それとも誰よりもジークの事を知っているからこそだろうか。
「俺がお前に頼んだように、ジークからも何か頼まれたんだろうなと思ったんだよ。俺がジークの事をよく知っているように、ジークも俺がどうするかわかってただろうからな。まあ、それからどうするかなと考えてたら、公国が戦争になるかもってなってな」
そういえばミア達と庭園で話していた時に、公国とアンティガブルで内戦が起こりそうだと聞いたのを思い出した。
「みんな、大丈夫なの?」
「一応女子供は近くの同盟国に避難させてたよ。俺も残ると言ったんだが、お前はやる事があるだろと追い出されたんだ。大公は余所者を巻き込むのが嫌らしいな」
「やる事?」
「お前を探しに西へ行けって。みんな心配してる、お前病み上がりで急に消えたからな」
公国で出会った人たちの顔が思い浮かんで少し泣きそうになった。そしてこれから激化していく情勢に皆の安否が気にかかる。
「でも、本当に私の事をそんなに信じていいの?結果的にジークは救えなかったんだし、もしかしてと思わなかった?」
「ん?ん~…俺はさ、どっちにしろお前を恨んで仇討ちをしようなんて考えなかった。なんていうか、俺自身の感情で動くような事って殆どないんだ。どこか他人の為に、誰かのせいにしてじゃないとそんな気は起こせない。鈍感と言うか、臆病なんだよきっと、ずっとそんな風に生きて来たから」
ああ、彼はそんな人だと思った。
復讐はジークの為に、贖罪は弟の為に、何も恐れることなく剣を振るってきた彼は、自分の為に生きる事を怖がっている。人に依存して生きていく事はとても楽だが、突然投げ出されるとどうしていいかわからなくなるのだ。
「じゃあ、これからはもっと自由に生きていけるね」
そう言うと、ラエルは今日初めて笑った。少し心許無さそうな笑顔だったが、ラエルはジークが心配していたような楔がなくても、ひとりで暗闇から抜け出しゆっくりだが今を生きている。あの時、咄嗟に彼を留まらせたが、きっともう私の言葉がなくても大丈夫だと思った。冷静であれば、彼は愚かではないから。
「俺はお前を信じるよ、今度こそ俺の意志でな。それに俺は、誰を殺す事になっても、お前だけは殺せないと思う」
「…それ、どういう意味?」
ラエルが真面目な顔をして言うので、アレリアも怪訝な顔をして尋ねると、ふっと目線を逸らせた。
「俺は馬鹿だけどさ、それでも大事な事はわかってるつもりだ。お前は俺以上に鈍感だよな」
「え?何でいきなり喧嘩売られるわけ?」
「なんかこのまま俺が可哀想な事になりそうだからやめとく」
「だから、なんなの?!」
「うるせえ!こういうのは雰囲気があるんだよ!そういう空気作っても、全てを霧散させるお前にはまだ早いわ!」
心なし虚ろなラエルは、一度両手で顔を覆って無言で俯く。そして切り替えて話題を変えた。
「それで?お前は何でこんな所にいる?帝国に戻ったんじゃなかったのか?」
「あー話せば長いんだけど」
そういえば、自分の目的はラエルに会う事ではなく帝国に戻る事だ。そしてまさに頼りになる傭兵を探していた。
ラエルに、話してみようか…
今頼れる人物がアレリアの周りには誰も居ない。自分の故郷である帝国なのに、そこにいる顔なじみの人達の誰を信じていいのかわからないのだ。何よりアレリア自身もまだよくわからない事が多い。
目の前の彼は自分を信じてくれた、ならば自分も信じてみたいと思う。
「あのね…」
ぽつりぽつりと、帝国に戻ってからの事をゆっくり話し出した。




