東の待ち人
アレリアは塔から抜け出しても、帝国から脱出するのは難しいのではないかと思っていた。実際魔法で移動するのも、ミアくらいの能力がないと不可能だからだ。
けれど今誰にも見つからない場所を、悠々と歩けている事を不思議に思う。
「普通の道に見えるのに、誰とも会わないのね」
「ここはシーラだけが通れる道だからね、それでも別の里の者に会う事はあまりないわ」
地上を大っぴらに出歩けないシーラの者達がある条件下で使える道らしいが、さすがにどこにも属していないアレリアにはそれは教えてもらえなかった。だからずっとリズが手を繋いで導いてくれている。
ただ何となく、不可思議なものはシーラが能力を与えた人間が作り出したものではないかと思った。
「着いたわ、多分ここら辺が東の隠れ家が密集している場所だと思うけど」
「は?まだ一時間も歩いてないけど!?」
帝国からあれだけ長い間旅をしてきたのに、もう東についたと言われたら驚きもする。二人がそういうものだからと平然と言うのが尚更おかしい。デルクが手を伸ばすと、そこから空間が切り裂けるように光が漏れて、誰かが立っていた。
「あっ」
鈴をくれた青い目の少年だった。
「知り合い?会えて良かったわね」
そう言うとリズたち二人は右手を左胸に置いて礼をする。少年も同じような動作をしたことから、これはシーラの挨拶なのだなと思った。
「導きに感謝する」
「じゃあね、アレリア。また機会があったら会いましょ」
手を振ってくれるリズと違って、やっと仕事が終わったと言っているデルクは最後までぶっきら棒だ。けれど助けてくれた事には違いない、アレリアは感謝を伝えて別れた。
そして残されたアレリアと少年、知り合いという程の関係ではないので非常に気まずい。ちらりと見ると案の定睨んでいる。なぜ。
「お前、鈴使うなら東で使え。西のシーラに世話かけやがって」
アンタがそう言ったのに理不尽すぎる
声に出さずにアレリアが毒づくと、こっちに来いと言われる。どうやら同じシーラでも余所者が里に入る事はできないらしい。
ここはどこだろ?
場所は森の中だという事はわかるが、それ以外に目印になるものはなかった。道が分からない為、アレリアは少年に素直について行く。
「あの人たち、私がシーラなんて言ってたんだけど…貴方もそう思って鈴を渡してくれたの?」
「ああ、シーラが助けるのは同族だけだ」
やはりそうなのかとアレリアは俯いた。そうすると帝国の中枢にいる貴族にシーラの血が流れている事になるのだが、そんな事実は一度も聞いた事がないのが不思議だった。東では語り継がれているくらいなのに、西との違いは何なのだろう?
とりあえず場を持たせるために、アレリアは少年に話しかけた。
「そういえばシーラって希少民族だからか、みんなで家族のように支え合っているんだってね」
「はぁ?それはまた綺麗な言い方をされたな」
何故か含みのある返しをされて、違うの?とアレリアは首を傾げた。
「俺達が同族を助けるのは協定を結んでいるからだ。アイツらが求めれば同じようにこちらも動かなければいけない」
「でもそれって結局助け合いじゃないの?」
しかし少年は怪訝な顔でじっとこちらを見て、言葉を続ける。
「シーラの事は聞いたんじゃないのか?俺たちの血の事を」
「聞いたけど…」
「なら理解できるだろ。俺達は一人外の人間に捕まれば多大な影響を及ぼすんだよ。だからお互いを誰もが監視し合っている。昔は捕まったり逃げ出そうとする者もいて…お前みたいな中途半端も多かったらしいからな」
つまり、外の人間を利用して国を支配する事もできたという事だろうか。それは確かに危険思想かもしれない。
「平穏に生きたいって事よね?なら、シーラと外の人間とで血を薄めたら良かったんじゃないの?さっきの二人が言ってたけど、純血じゃないとその能力は引き継がれる事はあまりないって」
「ああ…。けど人間が少人数集まっても全員同じ考えにはならないだろ?シーラもそうで、純血主義ってのがいるんだよ。自分の生まれや血に誇りを持っている奴らがな。それに引き継がれる確率がかなり低くなるだけで根絶するわけじゃあないからな」
それほど彼らは自分たちの血の影響力を熟知しているという事だ。けれど外の人間と関わらないように隠れ住んでいるのなら、人間に血を与える事何てないはずだが。
「もしかして、昔具体的に何かあったの?その、シーラが外の人間に関わって不幸になった事が…」
「ああ、俺達シーラなら生まれた時からジジババ達に聞かされて育つよ、外は怖い所だってな。それでも隔絶されて生きてはいけないから、外の世界に全く関わらないわけじゃないんだ。無知だと危険も回避できないからな」
なるほど、だから私と彼は外で会えたのね
「有名なのは若い恋人の話かな。ものすごく昔にシーラの男女が東と西でそれぞれ捕まったんだよ。それで結局外の人間に手籠めにされてシーラと外の人間との子供が増えた。純血じゃない子供はシーラの血の能力はない確率が高いが、たまに不思議な力を持って生まれたりする。それこそ、シーラが普通の人間に血を分け与えたような異能を持った子供がな」
手籠めって…
「けど、その話なんか既視感ある。東に王族がシーラを娶った話が残されているけど、もしかしてそれ?確か公国で…恋人を待ち続けた、みたいな物語も見たことあるし」
「詳しいことは知らない、けれどその男女が東と西に分かれたのはこちらにも伝わってはいる」
まって、なら西のもうひとりのシーラはどこに行ったんだろう?
東で伝わっている話が本当なら、王族に不思議な力が現れると神官が言っていた事に繋がる気がする。けれど、西にはシーラ教自体が普及はしていないはずだ。一人で孤独に亡くなったのだろうか?ううん、きっと違う。なぜなら、帝国人であるアレリアにシーラの血が流れているらしいからだ。
ミルゼベルクにシーラの血が流れている?
なんとなく違う気がして眉根を寄せる。不思議な能力と言えば、帝国の三大家門だがそれぞれ血が繋がっているわけではないし、ちゃんと家系図もある。一人のシーラの血がそこまで広がっているのはあまり現実的ではない気がした。
そういえば、私は本当にミルゼベルクではないんだろうか?
ハルと話していてそんな風な事を言われた覚えがあった。あの時もう少し詳しく聞いておけば良かったと少し後悔する。
「考え事は終わったか」
どうやらひとり物思いに耽っていたら、思いのほか長く目の前の少年は待っていてくれたらしい。場所は明るい日差しの入る森の奥深く、気にもたれかかって少年が口を開いた。
「では今度はこちらの質問に答えてもらいたい」
「え?」
少年の声が低くなった気がして、アレリアは少し動揺しながら目の前の人物を見つめなおした。
「お前は何者だ」




