シーラディーバ
アレリアは向かい合った訪問者に敵意がない事を感じて警戒を解いた。けれど何を言っているのかいまいちよくわからない。
「救済?この鈴は知り合いにもらったんだけど…」
「これはシーラの者であれば、お互いを助けあう為に作られたものよ。外は私達にとって生きにくい場所だからね」
シーラという言葉を聞いて、やはりこの人たちもそうなのかと思った。けれどそこまでして他人を助けるシーラ教とは一体何なのだろう?
「貴方達もシーラの教徒なの?」
「はあ!?」
黙って聞いていた男性の方がじろじろとこちらを見てくる。至極不快な事を聞いたという表情だ。
「俺らが教徒なわけないだろ!むしろあの頭おかしい連中から逃げる為に、隠れて暮らしてるって言うのに」
「え?教徒じゃないの?」
どういう事?いや、待って…
いつかシーラ教の起源を聞いた事がなかっただろうか?教国に入る前にジークに教えてもらった言葉を少しずつ思い出す。
“シーラディーバが少数民族という説もある”
つまり教徒たちが崇めているシーラの民族がひっそり生き残っていたとしたら…?東の国は先祖にシーラを娶った者がいると聞いた事がある。各国に逸話が残っているからこそ、未だにシーラ教の影響力も高いのだ。それが本当なら現在もその血が続いている可能性だってありえない事ではない。
じゃあ、私が会ったあの少年もシーラ?
けれど助けてくれるというなら、今はそんな事はどうだっていい。
「ここから脱出するのを手伝ってくれるの?部外者の人に頼むのは申し訳ないけど」
「ええ、その為に来たのだから。それに貴方だってシーラよ、でなければ救済の鈴は反応しないはずだもの。その鈴を預けたシーラもきっとわかってたはずだわ」
「え?」
この人たちは今アレリアの事をシーラと言った。けれど聞き間違いではないかともう一度聞いてみる。
「私は生まれも育ちも帝国人よ。シーラと何の関係もないよ」
男性の方が怪訝な表情をして、なぜかアレリアに顔を近づけてくる。そして触れるか触れないかの距離まで近づいて離れた。どうやら怪我した耳を見ていたようだ。
「確かに薄いがちゃんとシーラの血の匂いがするが?そういや鈴の音もかなーり微妙な大きさだったしな。純血ではないとそうなるのか」
あのデカい鈴の音が微妙てどうよ?いや、それより…
「血…?何か違いがあるの?」
「同族同士はかなり甘ったるい匂いに感じる」
そういえば少年に初めて会ってシーラだと言われた時、アレリアは転んで血を流した。それで近寄って来たのだとすれば、彼が自分をシーラと勘違いしたのにも一応説明がつく。
けれど、帝国にシーラの話なんてないはずなのに
ふとハルが自分に対して呪われた血だと言ったのを思い出した。もしかしてそれがシーラの血の事だろうか?アレリアの知らない事実をハルがずっと知っていたのだとしたらどうだろうか。
もしかしてハルが私を殺したいのってもっと意味が含まれているんじゃ
「おい、ぐずぐずしてていいのか?逃げたいんだろ?」
男性が急かすと、アレリアは現実に返って急いで立ち上がった。今は色々考えるよりも最優先は脱出だ。その後に彼らに聞けばいい。
「とりあえず、貴方の鈴は東の隠れ家のひとつみたいね。近くまで行けば迎えてくれるんじゃないかしら。行ってみましょう」
鈴にも違いがあるんだ?
横を見ると男性がよじよじと窓に足をかけて脱出経路の準備をしていた。それを見ていたアレリアが、無意識にぼそりと声を出していた。
「シーラって特別な力があるんじゃなかったっけ?」
「は?俺たちは何の変哲もない人間だよ!悪かったな、トロくて!」
この人ずっと怒ってる気がする
そしてもうひとりの女性が説明してくれる。こちらは大分穏やかで話が通じそうだ。
「私達に特別な力はないけど、この血には他者に力を与え虜にする作用があるの。そうやって利用されるのもするのも嫌で、私達は隠れて暮らしているのよ」
「虜に…?」
「物理的にも精神的にもな。最初こそ無欲に崇めてても、人間てのは貪欲になるんだ。崇拝したからと、その不思議な力を与えられるのが当然と思うようになる。それを利用してくる者や独占してくる者の争いが絶えなくなるんだ。それにそれなりの代償もある」
何となくわかる気がする、過ぎた恩恵は人間をダメにするようなものだろうか。けれど代償と聞いて一気に不安が襲う。そんな危ない血が自分に流れている?
「あ、お前の血にはそんな能力ないと思うがな?基本的にシーラは純血同士じゃないと、その能力を受け継ぐ確率が大幅に下がる」
それを聞いて少しだけほっとする。実際そんな危ないものは受け継ぎたくはない。
「貴方本当に何も知らないのね、けれどその血の濃さは無知で出る物じゃないでしょ?近年いなくなったシーラはいないはずだし…」
「どういう意味?」
「意図的ってわけか。西はシーラに興味ないと思ってたんだがなあ」
「ねえ、二人で納得しないで説明して」
思わず文句を言うと、くるりとこちらを向いた男性が自分を指さした。
「デルク」
「え?」
「あっちがリズ」
あ、名前か
うまく話を逸らされた気がしたが、名乗ってもらったからにはこちらも名乗らなければいけない。
「私はアレリア」
よろしくと笑顔で返してくれたリズと違って、デルクはけっとそっぽを向いた。難しいお年頃だろうか。
塔に縄をかけてゆっくりと降りていく、こういうのは騎士の訓練でもやっていたのでアレリアは特に問題なく出来た。
「アンタは本当に運痴ね。どちらが助けに来たんだが」
「うるせえ」
反対にデルクは苦手なのか、たどたどしい手つきで降りていく。何となく口の悪さからラエルを思い出してしまったが、こういう所は似ていない。
ラエルは元騎士だから身体使うのは得意そうだったしね
彼はどうしているだろうか?公国が戦争になるのなら、一緒に戦うために留まっているのだろうか?世話になった公国でも何も言わずに消えてしまったので、もうアレリアは帰る事は出来ない。西でもこんな有様で、自分はどこに行っても邪魔者なのだなと思った。
「私のせいで、面倒かけてごめんなさい」
自然と漏れた言葉に、デルクがまた怒りの声をあげる。
「あのなあ!シーラってのはいつだって自分勝手な奴らばっかりなんだよ。好奇心旺盛で呑気にどっか行くのも多いしな!そういう奴らを援助すんのは日常茶飯事なんだよ」
アレリアがぽかんと見返していると、リズがあははと笑い出した。
「それじゃあわからないわよ。あのね、シーラは少ないからこそ皆で助け合って、家族のように生きているの。誰かが重荷になるんじゃなくて、その重荷を分けて軽くしましょうって事。家族を助けるのに理由はいらないでしょう?」
要するにデルクの言葉は気にするな、という事だと理解した。
その中に私も入れてくれるって事なのかな
自分がシーラなのかはわからないが、優しい言葉をかけてくれた彼らの事をもっと知りたくなった。




