夢の続き
ジェマルを弓の教師にしてから数日、彼はなんというかやる気が感じられなかった。基礎的な事は教えてくれるが、不格好な構え方をしてもあえて訂正などしない。給料分の働きはして欲しいものである。
「先生~ちゃんと見て下さい」
「見てる見てる。まあまあ出来てるので次に行こうか」
まあまあ!?
正式に習いたくて専門家を呼んだのに、これでは一向に上達するとは思えなかった。流石にアレリアは怒りが爆発した。
「ちゃんと教えてください!私は弓を極めたいんです」
ジェマルは欠伸をかみ殺してそうな顔で、ちらりとこちらを見て笑った。
「帝国の三大家門のお嬢さんが?弓術は西では実践に取り入れられない以上、暇つぶし以外の何に役立つのかな?」
ああ、貴族の暇つぶし程度だと思ったわけね
実際に西で弓術に長けた人間がいないので東から呼び寄せたのだ。その見解はあながち間違いではないが、アレリアの考えは違う。
「私は本当に学びたいんです。役立つかどうか決めるのは私です」
「なるほど、理解した。では私と勝負しよう」
「…え?」
なんでそうなるの?
間抜けな声を出して呆気にとられたアレリアにジェマルは丁寧に説明する。
「口先だけの言葉は私は信じないのでね。弟子を取る際も本当はまず初めに射てもらう、それで決めるんだよ」
それで何がわかるのかわからないが、彼の表情は冗談を言っているようには見えなかった。つまり試されているのだと思った。今まで試すにも値しないほどから、弟子候補が受ける試験をしてくれるのだ。少しはジェマルの視界に入ったと思ってもいいのだろうか。アレリアは勢いよく了承の返事をして、自分がいつも使っている弓を取りに行った。
的に当てれば良いだけと言われたが、かなり離れていて当たるかどうかすら怪しい。まずジェマルが弓を構えた。一連の動作は決められた型のように正確に見え、とても綺麗だった。見惚れていると音もなくいつの間にか矢が消えたように見え、的に当たった音で放ったのだと気付いた。
「さあ、貴方の番だよ」
命中した矢に目を向ける事もなく、アレリアに笑顔で話しかける。ぐっと腕に力をいれて長年愛用してきた少し古びれた弓矢を構える。手に馴染む重さも、重心が少し傾く癖も誰よりも知っている。狙いを定めて精一杯力を込めて放ったが、やはり遠すぎてかすりもしなかった。
ああ…
ちらりとジェマルを見ると、彼は飛んで行った矢ではなくずっとアレリアを見ていた。なぜ?という顔で首を傾げると、ジェマルは少し真面目な顔をして話しかけた。
「構えも素人だし、引きが甘い。何よりその弓矢が身体にあってない、重すぎて力が入り手元がぶれるだろう?」
ぐふっ…!そんなにダメだししなくてもいいじゃない
「でも集中力は見事だ。それに合わない弓の特徴を掴んで、どうにか的に当てようする工夫をしてるのはわかる。長年一人で考えてきたんだろうな」
ぱっとアレリアが顔をあげると、ジェマルが頭を下げた。
「すまない、君は真剣に弓に向き合っているんだね。学びたいという覚悟も嘘ではないのだろう」
「え…?これだけでそんなのまでわかるもの何ですか?」
「わかるよ。私もずっと弓に生涯を捧げてきた者だから」
それからは本格的に弓術を教えてもらう事になった。弟子と認めた者に師匠と呼ばせるのが彼のセオリーのようで、めでたくアレリアも師匠と呼ぶように言われた。ジェマルは厳しくて、けれど決して見放さない。何より弓術をこよなく愛している人だった。
「単体ではそれほど命中率も殺傷力も高くないのが弓だ、それこそ魔法具なんかを使った方が戦争ではよほど活躍するだろう。けれど人が手ずから射るからこそ、その覚悟の重みを感じとれるのだと思う。人の命を奪う事も出来れば、救う事もできる。そしてどちらにしても、君は誰かを守る力を得られるだろう」
ジェマルは弓が人を殺す事の出来る武器だととてもよくわかっていた。だからこそ、殺人術になるかもしれないものを誰にでも教える事をよしとしてなかったかもしれない。
それから数年の月日が流れ、師弟関係も終わりが近づいてきた。
「もう技術はほぼ習得したはず。最後の試験として山や森の中に行くのが好ましいのだが…」
「すみません、私は女王の命令なく城の外に出れないので」
ミアの干渉も年々酷くなっていて、今は殆ど仕事は女王の側だ。自分や女王がいない場所で周りからあれこれ言われているのは、ジェマルも知っているだろう。
「君は騎士だろう?なぜそこまで行動が制限されるのかわからないな…。これからもずっとそうやって生きていくのか?」
「多分…」
諦めの入った顔で笑うと、目を合わせなさいと頬を摘ままれた。まだ成長期のアレリアの目線に合わせる様にジェマルは中腰になって向かい合った。
「この関係もそろそろ終わりだ。だから、最後に君に贈り物をあげようと思う。もし失敗したら…そうだな、気恥ずかしいからこっそり東に帰ろうと思う。もし、私がいなくなったらそう思ってくれ」
「いきなりいなくなるんですか?そんなの嫌です」
「なら大きくなって東に会いにおいで。いつでも待っているよ」
ぽんと頭に手を置かれて優しい顔で微笑まれた。それが師匠と会った最後だった。
それから本当にジェマルは城から消え、アレリアは以前本人が言っていた通りに国に帰ったのだと思って少し寂しかった。ある日、侍女が予想外の物を持っているのを見るまでは。
何となく習慣になって師匠の部屋付近をうろついていると、侍女が数人掃除をしたり不要物を片付けたりしていた。客が返った後の対応としては当たり前だが人数の多さに少し不振に思った。
「何してるの?え…それは…?」
侍女が持っているのは衣類などが大半だったが、中に見覚えのある物があった。師匠が大事にしている弓だった。いくら何でも大事にしている弓を置いて国に帰るなんてあり得ない。ならばなぜ、侍女がそんなものを持っているのか。
「これは…女王に処分するように言われて」
嫌な想像が頭の中を掻き立てる。
走り出しそうな勢いでミアの元へ無言で赴いていた。
「あら、リア。他所での仕事は終わったの?」
「ミア…、師匠が、ジェマルがここに来た?」
何かを見定めるようにじっとこちらを見つめたミアは、にこりと笑って口を開いた。
「ええ、国に帰るんですって。その挨拶に来てたわね」
「国に…?でも師匠は帝国から出ていない。だって大事な弓を置いていくなんてありえないもの。彼の荷物を処分するように言ったのはミアなんでしょう?」
ふうとため息を吐いてミアはもう一度こちらを見た。
「リアが悲しむだろうから言わなかったけど、彼は罪を犯したの。貴方を東に連れていきたいって、成人にも満たない貴族の子供を誘拐しようとするのは重罪よ」
「誘拐!?そんなわけ…っそれで、どうしたの?」
「衛兵に連れていかれたわ。どうなったか、報告は受けたけど聞きたい?」
荷物が処分されるのを見ても、それ以上は聞きたくなかった。ただアレリアは大事な人を不幸にしてしまった罪悪感に耐えられなかった。あの人はどんな姿で帰る事になるのか、薄々わかっていたのではないだろうか。だからあんな事を言ったのだ、後でアレリアが悲しまないように。
私がいなくなったら、国に帰ったと思ってくれ
女王の決定に異議を唱えられる人間などいない。責めるべき相手は結局自分だった。自分はここにいたらいけないのだとずっとわかっていた。何もしていなくても、いや、何もしないから周りが不幸になっていく。諫める事も逃げ出す事も出来なかった自分がただ恨めしい。
「国を出よう」
保身のために誰かが傷つくのを見ない振りをするのはもうやめよう。自分がいなくても家門は強大なので、代わりはいくらでもいる。生まれ育った帝国が大事だから、ミアが自分のせいで変わっていくのを見たくないから。大切なものをずっと好きでいたいから。
人はいつだって道を間違うし、後悔だらけだ。けれど気付いたのに変わらなければ、ただの愚か者になってしまう。大事なのは同じ過ちをしない事だ、それこそ心に残る誰かに報いたければ。
あの人が望んだように自分の意思で出て行こうと、師匠の弓を握りしめた。




