庭園で
女王が臣下を集めれば、その会談での会話は一言一句記録される。けれどアレリア達の集まりは全て非公式として、何を言っても黙殺される私的な場だった。表向きは女王とアレリア、ハルジオンとジルバーの幼馴染だけの交流会だ。
アレリアはいつも通り女王の庭園に招かれる。ここは許可された者以外は入れない女王お気に入りの場所で、一年中様々な花が咲き乱れている。すでにハルとジルは着席していて、騎士勢はアレリアが最後のようだ。
「やあ、リア。元気だった?」
優雅に茶を飲んでいるハルを見ながら、公国との再会以来、彼とは会っていなかったなと思った。今日は少し長めの銀髪を軽くひとつに結いラフな格好で足を組んでいる。三人の騎士の中では一番貴族らしい井出達だ。
「元気そうに見える?」
「報告では特に問題なさそうだったけど」
少し不機嫌に返しても、年上らしい余裕で受け流す。彼はこの集まりでは最年長で、いつも皆の我儘を聞いてくれていた兄代わりだった。同時にアーテルベルグの白騎士として帝国の情報のほぼ全てを網羅している家門なので、報告を聞いているのも嘘ではないだろう。
「リア!やっと帰って来たわね」
「セレスティミア女王は僕らに挨拶はないので?」
「ごきげんようハルジオン、ちゃんと愛称で呼んで。リアと姉妹のような響きが気に入ってるの知ってるでしょ?」
後ろから抱き着いてきたのは女王であるミアだが、この場では基本彼女に敬語を使わない。公の場では弁えても、この場では誰もがただの幼馴染として振舞う。
「リアがいない間、ミアを宥めるのに大変だったんだよ?僕が止めなきゃジルと同じように東に旅立ってたね」
「ジルはいいわよね。リアとずっと一緒だったんでしょ」
「リアと二人、楽しかった」
いや、二人じゃないけど
もしかしてジルは私以外の人間を、ちゃんと認識していなかったのだろうか。
けれど、懐かしい雰囲気に少し顔が緩んだ。アレリアは決してこの幼馴染たちを嫌いではない、むしろずっと会いたいと思ってたほど今もとても好きだった。
「そういえば、公国とアンティガブルで諍いが激化しそうだね」
唐突なハルの言葉に、はっとしてアレリアは顔を上げる。
「ああ、アンティガブルの王は未だに消息不明なんですってね。公国に疑いがかかってるらしいけど、それも公国の狙いなのかしら?戦争になれば公国が勝つでしょうし…それなら帝国はアンティガブルに武器供給しなきゃいけないわね」
「どうして敗戦すると思ってる方に助力するの?」
アレリアが口を挟むと、ミアはふふっと笑ってこちらを見る。けれど答えてくれたのはハルだった。
「東で内戦が起これば、それを長引かせるのがこちらに有益だからだよ。双方が疲弊してくれれば、こちらが仕掛ける時に有利になるだろう?」
「公国とは戦争をする予定はまだないはずでしょう?ミアは公国が…欲しいの?」
じっとミアを見つめて聞くと、首を傾げて考える。実際ミアはそこまで他国に興味はなく、野心などはあまり見受けられない。けれど帝国の概念に領土を広げるのは統治者の義務のようなものがあり、それは軍事国家として今も尚、強く受け継がれている。
「リアは余程興味があるから東に行ったんでしょう?なら、そこも帝国領にしたらリアは嬉しくない?」
「それは嬉しくないよ…帝国領にしたら、その国はどうしても変わってしまうでしょ?東には泣きながら前を向いている王女がいたし、西には…」
なんとなくジークを思ったが、言葉で口に出す事が難しく黙ってしまった。けれど出来るだけ否定しておくことは大事だ。ここで無言を貫けば、是ととられても困る。
「私はその国だから興味があるの。軍事的に必要がなければ、今は不用意に戦争はして欲しくはないかな…」
「まあ、アセノーの陸路はまだ完全に復旧してないから東に人員は送れないしね。そちらの方を早めに解決しないと、商人からの苦情が増え続けてるし」
ハルの言葉に、そういえばそんな事したなと思い出した。やらかした自分を褒めて、アセノーを含む迷惑を被る人達には心の中で謝っておく。
心配してたけど東で内戦が始まるなら、アセノーを攻撃する必要性は今はないはず。以前、停戦はどこかで聞いたような気がしたけど本当だったのね
「リアはいつも感情移入しちゃうから心配なのよね。一番知りたい貴方の心が読めないのは残念でならないわ」
「ミアはその異能が昔は嫌いだって言ってたじゃない」
「知りたくもない人間の汚い本音と大好きな幼馴染じゃ比較にならないでしょう。私もジルのように獣になれる方が良かったわ」
あれ?ミアはジルが変身する事をしってるの?
これが家門で秘匿するべき事と思ってたのは、自分だけだったのかなと考えを改める。もしかしてハルも知ってるのかなと視線を移すとにこりと微笑んでハルが答える。
「僕が知らない事は帝国にはないと思うよ?」
「ハルも知ってるんだ…じゃあハルはどんな異能があるか聞いてもいいの?」
「僕はそう特別な力はないかな、ある時期に弱まってしまってね。今では鳥を使った通信手段ができるくらい」
「へえ…私は自分の異能を知らないけど、私にもミルゼベルクの何かがあるのかな?」
何でも知っているというハルに聞いてみたが、彼は何故かミアと目線を合わせる。そして再びこちらを見つめて優しく答えてくれた。
「そうだね。リアにも代わりになれない何かがあると思うよ。でもそれを伝えるのはミルゼベルクの当主だろうから、時期が来れば教えてくれるんじゃないかな」
「お父様は…教えてくれるかもうわからないわ。だって私は逃亡した裏切り者だと糾弾される立場だもの」
「あら、リアがそんな立場になる事は絶対ないわ。貴方は誰よりも帝国に必要な人間なのよ?」
え?
何を言っているのか。帝国に必須なのは女王で、それ以外は駒に過ぎない。特に騎士の命は主君の前には儚いものだと思っている。
「お前」
ミアが突然発した言葉の矛先は、アレリアや他の二人の騎士に対する言葉ではなかった。彼女の視線の先には茶会の世話をするために庭園に入っている侍女がいた。
「今何を思った?ここに入る侍女は、何を聞いても何も考えないのが鉄則のはずよ?」
いきなり怒りを露わにした女王に、侍女は怯えアレリアは止めに入った。
「ミア、何も思わないなんて人間には不可能よ。知ってるでしょ?」
「理解してるわ。けれどこの子はリアの事を見下したの。逃亡したはずの騎士をなぜ未だに優遇するのかってね、何様のつもりなのかしら」
それは実際誰もが当たり前に疑問に思う事だ。けれどミアの怒りは収まらない。助けを求めてハルを見ると、困った顔でため息をついた。
「とりあえず下がって。拘束はしないでいいけど、一応監禁しておいてよ。僕が後ほど沙汰を下すから、ミアはそれでいいね?リアとの時間を楽しみにしてたんだから、無駄に消費するのは勿体ないんじゃない?」
ミアは少し落ち着いて、アレリアの手を取った。
「リア、手が冷たいわ」
「ちょっと、昔の事を思い出して気分が悪くなったの」
ミアが気分を害せば周囲に犠牲が出るのはいつもの事だった。それもアレリアが原因の事が多く、それがとても嫌で堪らなかった。どんなに諫めてもミアはアレリアを特別扱いする。その度に周囲からは奇異と偏見の目で見られるようになり、良い意味でも悪い意味でも関わってくる者が居らず孤立していた。
「こそこそと心で悪態ついても、私には普通に聞こえるから意味ないのよね。まだ実直に意見を言った方が好感がもてるわ。今までそんな風に私に言ったのは官僚と、どこぞのならず者くらいだったわね」
びくりとアレリアがミアを見ると、彼女は遠い記憶をおぼろげに語った。
「あの者も余計な口出ししなければ、死なずに済んだのにね」
それを聞いた瞬間、アレリアはミアに掴まれていた手を盛大に払いのけた。




